40話:魔法実技、本格化
今週も遅れて申し訳ありません。
もう少し早い投稿を目指していましたが、話のキリがつかず、長々と書くことになってしまいました。
よって、今回のお話は少し文章が長めです。
~人間界~
暫くの仮眠を経て暗闇の世界から目を覚ました俺は、体内時計により現在の時刻が朝のHRの五分前である事を把握し、机に突っ伏したまま周囲の音に耳を傾けた。
流石にこの時間帯にもなればクラスメイトのほば全員が登校するので、教室内は生徒達の談笑で騒めいている。
そろそろ起きなければ……と思い、顔を上げた瞬間。
「「「「じーっ……」」」」
周囲を囲って俺の顔を凝視する、フィリアを除いたアイラ達四人の姿が目に映り、俺は顔には出していないが内心で少し驚いた。
「あ……起きた……」
俺が目覚めた事に反応し、相変わらず眠たそうな目でルアナが呟く。
「四人とも、何故俺の周りに集まっているんだ?」
「何故って……クロト君の寝顔が可愛らしかったからつい、ね」
アイラが、まるで悪戯が見つかった子供のような仕草で舌を出して答えた。
この時間帯になっても俺を起こさなかったのは、それが理由なのだろうか。
寝顔についてはフィリアにも同じ事を言われたが……失礼な言葉だな。
ふと隣の席を見ると、フィリアは穏やかな表情で夢の中に意識を飛ばしていた。
まぁ、可愛いだの女性らしい顔立ちだのという事はとうの昔に言われ慣れているので、今更突っ込む気にもならないのだが。
しかし後々になって同じ事を言われても若干は癪に障るので、無言のまま少し怪訝な表情を浮かべて訴えてみた。
「あはは、ごめんごめん。失礼だったかな?」
そう言って謝るも、目線を逸らしたアイラの様子に反省の色はあまり無いようだ。
無駄に咎めるのも良くないので、俺はそれに気づきながらも見過ごす事にした。
「……別に気にしてない。それよりも先に、フィリアを起こした方が良かったんじゃないか?」
「あっ、そ、そうだね! おーい、フィリアちゃん……もうすぐHRだよー?」
俺に指摘されてアイラはハッとした表情を浮かべ、早速フィリアを起こそうと、その身体を揺さぶりながら声を掛けた。
「んぅ……っ、もう、そんな時間?」
フィリアが片手で眠たげな目を擦りながら、少し寝惚けた様に声を発する。
「あぁ、そろそろ起きた方が良いぞ」
俺がそう答えると、フィリアはのそのそと遅い動作で姿勢を正した。
その次には半目で小さく欠伸をしていたので、まだ眠気が残っているのだろう。
それから少し待っていると、ガラガラと扉を開ける音とともにマーリンが入室した。
「皆さん、おはようございます! 朝のHRを始めるのですよ!」
太陽の様な笑顔でマーリンが陽気に挨拶すると共に、朝のHRが開始された。
......................................................
それから朝のHRが終わり、一時限目の授業に突入した。
本日最初の授業は昨日と同じ魔法実習の科目だが、今回の内容は、魔導書に記載されている初級魔法の教育及び習得となる。
初級魔法とはいえ、魔法を扱う上では大なり小なり災害が起こり得る。
威力や規模が小さいというだけで、危険な事には変わらないのだ。
そんな訳で現在、俺を含める特別学習クラスの全生徒は、マーリンの指示によって『魔法訓練所』に集団で移動していた。
「さて、皆さんに最初に習得して頂く魔法は『魔法弾』と『魔法盾』なのです!」
生徒全員が教室の席順に整列したタイミングでマーリンが声を掛け、注目を集めた。
「魔道士にとっては有名で基本的な魔法なので、皆さんもご存知かと思うのです」
その言葉に対し、生徒全員が首を縦に振る。
何しろ、その二つの魔法は魔導書の最初の方のページに記載されているからな。
魔法弾の方は昨日の不良生徒の三人組が使っていた無属性の初級魔法だ。
魔力を指先に収束させた後、指向性を付与して発射する攻性魔法で、魔法式も原理も簡単な部類に入る。
扱いに慣れてくると一言の詠唱で発動したり、一度に数発の弾丸を発射することが可能になる。
魔法盾も同じく無属性の初級魔法で、固体化した魔力を薄い板状に広げる事によって様々な攻撃を防ぐ魔法だ。
扱いに慣れてくると、同じ魔法盾を形成させて積層し、強度を増す等の応用が可能となる。
どちらの魔法も、まだ魔法初心者の生徒達には丁度いい難易度だろう。
勿論、俺にとっては欠伸が出るほど簡単過ぎる内容だが。
まぁ、せいぜい問題を起こさない程度に真面目に授業を受けることにしよう。
「ではまず、先生から見本を見せるのです!」
マーリンがそう告げると、三脚架に乗せられた薄い円形の的が室内の真ん中に突然出現する。
恐らくは彼女お得意の転移魔法によって顕現したのだろう。
マーリンと的との距離は二十メートルほど開いており、射撃には丁度良い具合の間隔だ。
的の表面には、中心から黒で六つ、白で三つの同心円が描かれている。
中心に近い箇所に着弾させるほど、高い得点が得られる事が見て取れた。
「皆さんはまだ初心者なので、先生も詠唱を唱えて魔法を打つのです。因みにあの的は"魔法弾"でも貫通する様に、敢えて脆い造りになっているのです。
さて、ざっと説明を終えた所で、早速――」
マーリンはそっと両目を閉じ、息をすうっ……と、深く静かに吸い込み、人差し指を立てた右手をゆっくりと上げていく。
「《我が力よ――》」
そして、閉じた目をゆっくりと開きながら詠唱を丁寧に唱え始める。
それと同時に、彼女の指先に微小な光の粒子の様な魔力が収束していき、眩い球体の光が形成されてゆく。
既に全ての思考が完全に自身の深層意識に潜り込み、周囲の音や気配の一切を遮断するその集中力は、もはや明鏡止水の域であった。
周りの生徒達は、陽気かつ無邪気な、いつものマーリンとはかけ離れたその雰囲気に驚愕し、口を開けて呆然とした様子で、目の前の光景を眺めている。
その合間にも、マーリンは自身の魔法を完成させるべく、更に詠唱を紡いでいく。
「《――一条の閃光となり、彼の者を打ち倒せ 》!」
そしてマーリンの綺麗な瞳が開眼されると共に、遂に魔法が完成された。
既に照準を合わせた右手の人差し指から一条の閃光が疾駆し、目の前の的を貫通する。
弾丸は寸分の狂いなく的の中心を射抜いており、彼女の天才的な射撃の腕を証明していた。
発動した魔法は初級魔法に過ぎないが……それでも、この一連の流れから読み取れる、彼女の集中力と正確性は驚愕に値するものであった。
「す、凄い……」
目を見開いて呆気にとられていたフィリアが、思わず率直な感想を口にした。
だが、その一言に、一体どれ程の感動が含まれているのだろうか。
言葉に出来ない様々な感銘を受けているという事が、瞬時に理解できる。
フィリアの零した言葉を聞いた周囲の生徒達も、神妙な顔をして無言で頷き、同意を示すのみであった。
そんな生徒達の様子を無視して、マーリンが明るい笑顔と陽気な口調で説明を切り出す。
「こんな感じで、あの的の中心を目掛けて魔法弾を放つのですよ。
勿論、魔法が命中した箇所が中心に近ければ近いほどに得点が高いのです。
たった今、先生が打った魔法弾は中心を撃ち抜いたので、最高点の十点になるのです!」
「あ、いつもの先生だ……」
詠唱中に別人格と言える程の豹変ぶりを見せたマーリンが、元の雰囲気に戻った事に安堵した様子でアイラが呟いた。
他の生徒達も同じく安堵した様子で、ホッと息を吐いていた。
「今度は実際に、皆さんに実践して頂くのです。では、最初に挑戦したい人は挙手して下さい!」
お得意の"修復"で的の穴を塞ぎながら、マーリンはこちらに向けて満面の笑みを浮かべた。
それを見た生徒達は瞬時に沈黙し、彼女から目線を逸らす。
「いや、あんなもん見せられた直後に初心者の俺達が実践できる訳ねーだろ……」
「魔法弾は簡単だけど、ありゃレベルが違ぇって……」
「いっそ指名の方が清々しいや……」
生徒達の予想を遥かに上回るマーリンの手本を見て、生徒全員が一気に気弱になり、積極性を損なわれた。
フィリアやアイラ等、そこそこの自信がありそうなメンバーも、挙手する事をかなり躊躇してしまっている様だ。
と言うか、その二人を含めた五人の女子達は、何やら期待の眼差しで俺を見つめている。
まぁ、こうなるだろうと察しはついていたのだが……仕方ない。
「……俺がやります」
俺はこの場の全員にはっきりと聞こえる程度の声量で告げ、挙手する。
……と共に全員の注目が俺に集中した。
「おぉ、流石はクロト君なのです! あ、言い忘れていましたが、一人につき三回まで打つことが出来るのですよ。
それと、先生が先程立っていた所が射撃位置になるのです」
マーリンの追加説明を聞きながら、説明の通りに彼女が先程立っていた場所まで歩く。
「……ところで、その三発は同時に打っても問題はありませんか?」
ふと思いついた素朴な疑問を、俺はマーリンに聞いてみる。
「えっ? まぁルール上はアリなのです。
最も、出来ればの話ですが……」
何故それを聞いたのか解らないといった表情を見せながらも、マーリンは答えた。
「解りました。では、《力よ――》」
俺が短く詠唱し、右手で指を鳴らすと、周囲の空間の三箇所に黒い瘴気のような魔力が収束していき、数瞬後に漆黒の球体が三つ形成される。
「え……何あれ……」
「黒い……魔法弾?」
「一度に三つ……だと?」
何やら周りの生徒達がどよめいており、マーリンも目を見開いて呆然としている様子だが、構わず詠唱を続ける。
「《――打ち倒せ》」
その瞬間、三本の黒線が球体から高速で伸長し、それらの線が的の中心に収束する様に着弾し――相乗効果にて、通常の"魔法弾"の三倍の威力で的の中央を正確に貫いた。
三つの黒い弾丸は的を貫通した先にある壁に衝突し、再び漆黒の瘴気となり霧消する。
やはり"第二知能"による照準補正を行ったということもあり、精度は高いな。
「び、びっくりなのです……全部ど真ん中を撃ち抜いているので、最高点の三十点です。まだ複数の魔法の同時起動術は教えていない筈なのですが……」
賞賛と混乱の両方を混じえて、マーリンが感想を口にする。
そして驚愕のあまり、一瞬だけ頭から抜けていた的の修理を咄嗟に思い出し、"修復"の魔法を的に掛けた。
昨日、俺に絡んできた三人の男子生徒は普通に短い詠唱で同時発動も出来ていたので、それなりに才能のある者なら出来ないこともないと思ったのだが。
意外と昨日の三人組は魔法の才能があったのかもしれないな。
しかし俺から見れば、三人とも生徒としては優秀かもしれないが、まだまだ精神も実力も魔道士としては未熟だ。
「すげぇ……」
「あんな魔法弾見た事ねぇぞ!?」
「やっぱあいつ、規格外だわ……」
俺に対する生徒達の驚愕の声が聞こえるが、敢えて反応はするまい。
「もうアンタ……自重する気無いのね」
フィリアは、もはや呆れ顔で嘆息しながら諦めたように言い放った。
これでも相当に自重した筈なのだが。
「えー、では気を取り直して、次に実践する人は挙手するのです! 誰もいなかったら先生が指名するのですよ」
「……ここは騎士団出身の関係で、私が続くわ」
そう呟きながらフィリアは挙手し、マーリンの呼びかけに応じた。
「次はフィリアちゃんですね! 今度は普通に済ませて欲しいのです……」
これ以上、不祥事によって授業が滅茶苦茶になる事を危惧してか、マーリンの口から零れる心の呟きが聞こえた。
そんなマーリンの呟きを聞き流しつつ、フィリアは射撃位置に移動する。
「勉強の成果を見せつけてやるわ」
小声で呟いたフィリアの台詞を、俺は"聴力強化"で聞き取った。
相変わらず負けず嫌いな性格だな。
まぁ、彼女が努力家なのはその性格あっての事なので、悪い事とは言えないのだが。
射撃位置に着いたフィリアが、ふうっと息を吐き、マーリンと同じく目を瞑って静かに息を吸い、集中力を高めていく。
「《我が力よ――一条の閃光となり、彼の者を打ち倒せ》!」
そして充分に集中力が高まった瞬間、フィリアは一息に詠唱を唱えつつ右手の人差し指の照準を的に合わせ、指先に収束させた魔力を一条の閃光へと変えて疾駆させる。
発射された閃光は的の中心を外し、内側から三つ目の中心円を貫いた。
だが、フィリアはそれを惜しむ様子も無く、更に詠唱を唱える。
「《倒せ! 倒せ》っ!」
しかし今度は単純な魔法弾の詠唱ではなく、短く切り詰められた短縮詠唱による、同種魔法の連続起動であった。
高速で形成・発射された二条の閃光は別々の箇所に命中し、的に更なる二つの穴を穿孔する。
命中精度はさほど高くは無いが、連続起動の早さと、詠唱短縮による威力減衰の抑制力は賞賛できる。
連続起動術は昨日の勉強でオマケ程度に軽く教えただけだったのだが、知らない間(恐らく俺の睡眠中)に何度も復習して理解し、モノにした様だ。
「おおっ! フィリアちゃんは連続起動ですか! 点数は合計で二十三点になるのです。
ちょっと今年の生徒さんは優秀過ぎて少し困惑しちゃうのですよ……」
授業で教えていない高等技術を易々と扱う俺達を見て、マーリンが自信喪失気味に感想を述べる。
自分の教科の内容を知らない間に学習している事に対しては嬉しい面もあるのだが、同時に本来は教師が生徒達に新たな知識として教えるべきものが既知されているという違和感もあるのだろう。
「ふふん、私の魔法、どうだったかしら?」
どこか勝ち誇った表情で、フィリアが俺に感想を要求する。
正直に言えば、まだまだ未熟な部分もあるのだが、初心者にしては上出来と言える。
初級とはいえ、連続起動なんて高等技術は、普通は一朝一夕で身につくものではないのだから。
という訳で、ここは下手に改善させるよりも、褒めて伸ばす事にする。
「驚いたな、連続起動を習得していたなんて。かなり腕を上げたものだな」
お世辞ながらもフィリアを褒め、軽くその頭を撫でた。
「ちょ、ちょっと、皆の前でやめてよ……」
何故かフィリアはいつもの如く紅潮し、恥ずかしそうに周りの目を気にし始めた。
普通に褒めているつもりなのだが、周りに生徒達がいると何か問題があるのだろうか。
俺も同じ様に周りの生徒達を見ると、ニヤニヤと悪戯っぽい怪しい笑みを浮かべつつ、こちらに注目していた。
何か不味かったのだろうか? と思い、咄嗟にフィリアの頭を撫でるのをやめた。
「さてさて、お次は誰が実践してくれるのでしょう?」
その空気を変えるようにマーリンが声を掛けて生徒達の意識を授業に向けさせたお陰で、全員の視線が俺とフィリアからマーリンへと移り変わった。
「次は……私が……やりたい……」
マーリンの言葉に反応したのは、小さく挙手をするルアナだった。
フィリアと同じく、俺に魔法を教わったという関連として後続するつもりだろうか。
まぁ、俺も彼女の魔法の腕の成長ぶりは吟味しておきたい所だったので丁度良い。
「ルアナちゃんですか! クラス最年少ながらも積極的に挙手して偉いのです!」
マーリンが嬉しそうに笑顔でルアナに賞賛の言葉を掛けた。
確かに、周りが上級生ばかりという環境で積極的に動くというのは、彼女の年頃なら普通は多少の躊躇があるものだろう。
彼女が何の迷いもなく積極的に挙手をした事には、何かしらの理由がある筈だ。
俺がそう考えている間に、ルアナは俺達の時と同じく射撃位置に移動する。
「あっ、ルアナちゃんの年齢なら、もう少し的に近づいても良いのですよ?」
ルアナが十七歳(という設定になっている)の俺やフィリアと二歳年下という事を考慮し、マーリンが難易度を少し下げる様に提案した。
確かに、俺達と彼女が同じ難易度というのは少し不平等だな。
「……大丈夫……出来る。多分……」
ルアナは何故か自信ありといった様子で、マーリンの提案を却下する。
しかし……多分、という答えには不安を感じるな。
まぁ、彼女の場合は、的に当たらなくても惜しい所まで狙いをつけることが出来ていれば上出来な方だろう。
そして俺を含めた生徒全員がルアナに注目する中、彼女はマーリンやフィリアとは違って、予め的に右手の人差し指を向けたまま詠唱を始める。
「《我が力よ――》」
的を真っ直ぐに見つめる彼女の瞳は、普段の眠たげな雰囲気とは打って変わって、真剣に目の前の標的に集中していた。
その指先に一切の震えは無く、集中力の乱れは全く窺うことができない。
「《一条の閃光となり――》」
ゆっくりと。こと更にゆっくりと。
一語一句を丁寧に紡いでゆき、それに追従する様に少しずつ、その指先に黒い闇の粒子が収束し、そして球体状に形を成しつつ増大する。
「《 ――彼の者を打ち倒せ》!」
そして詠唱が完了すると同時に、指先に創られた拳大の黒球から一条の――いや、何と驚くべき事に、一つの黒球から次々に黒線が放射され、合計で三条の黒き弾丸が連続発射されたのであった。
的は高速飛来する三条の黒線に穿孔され、中心から二つ目の中心円に三つの穴が作られる。
「ル、ルアナちゃんも同時展開なのですか……? 点数は二十四点なのです。
ちょっと今年の生徒は怖いのです……」
あまりの優秀な結果にマーリンは顔面蒼白寸前の混乱状態であり、ルアナに対する賞賛すらも忘れてしまった様子だ。
因みにルアナが連続で三条の黒線を放った原理は、実は俺の同時展開術とは違うものだ。
俺が使った同時展開術は、全く同じ魔法式を用いて複数の魔法を並列展開するものだったが、彼女の場合はそれと違っていた。
一度の魔法展開によって、通常よりも魔力密度を高めた魔力の塊を一つだけ創造し、その魔力を三分割して三つの弾丸を放ったのだ。
的に空いている穴の直径が全て均一である事から見て、一つ一つの弾丸に全く同じ大きさの魔力が込められていたのだろう。
一つの弾丸を発射しながら球体状に収束させた魔力を維持するのも相当な難易度なのだが、更に均等に魔力を込めて精密に弾丸を打ち出すなど、どう考えても素人技ではあるまい。
並外れた集中力と魔力の精密操作の才能があってこそ成し得る高等技術である。
勿論、俺が行った複数の魔法の同時展開とそれの精密操作の方が難易度は高いのだが、それでも彼女の歳を考えると本来は使える筈のない技だ。
「ま……負けた……」
俺の隣で、フィリアが悲壮感漂う絶望的な表情を浮かべて落胆していた。
僅差とは言え、点数ではルアナの方が一点だけ上である事に敗北感を覚えたのだろう。
騎士団試験を受ける前から自身の優秀さに自身を持っていただけあって、自分より年下の存在に実力で引けを取った事に対して劣等感という名のショックを感じているのだ。
「いや、フィリアも連続起動ではなく元々の詠唱を三回唱えて普通の手順を踏めば結果は違っていただろう」
このままフィリアが傷心したままでは良くないな、と思った俺は咄嗟にフォローの言葉を掛けた。
「うん……慣れない事はするものじゃないわね」
俺の言葉を聞き入れ、フィリアは素直に反省した。
下手に派手な魔法や高等技術ばかりを先行して扱うのは実用的ではない、と体験して理解したのだろう。
「クロト君……私……すごい?」
実践を終えたルアナは再び眠たげな目に戻り、こちらに近づき俺に感想を求めた。
アドバイス等は、俺ではなく教師であるマーリンに聞くべきものだと思うのだが。
「そうだな、あれ程の魔法制御が出来るなんて驚いたよ」
聞かれた以上は無視する訳にもいかないので、一応は賞賛の言葉を送った。
当然、正直な感想ではあるのだけれど。
「……褒めて」
心做しか、そう言いつつも何故かルアナは眠たげな目を更に少し細め、不服そうな表情を浮かべた。
今の言葉も褒め言葉のつもりだったのだが……他に何を褒めれば良いのだろうか?
ん? あぁ、そういう事か。
「……良くやったな」
と、俺は適当に褒めつつ、ルアナの頭を撫でた。
彼女が欲しかったのは賞賛の言葉ではなく、単純に頭を撫でて貰うことであった。
「……ん、ありがと……」
相変わらず無表情だが、彼女の頬が満足げに少し緩んだ気がした。
何というか……無邪気な小動物の様な子だ。
俺とルアナのそんなやり取りを眺めていたマーリンが、皆の意識を再び授業に移させるべく声を掛ける。
「では、次の希望者は挙手するのです!」
「はいはーい! 私やりまーす!」
室内に響き渡る程に威勢良く、甲高い声でアイラが名乗り出て挙手をした。
女性陣が次々に実践しているのを見て、自身もそれに後続する気になったのだろう。
「お次はアイラちゃんですか! 頑張るのですよ!」
「はーい!」
アイラはマーリンの声援に元気よく返事をして移動する。
そして射撃位置に立ったアイラが不意にこちらを意味ありげに一瞥し、すぐに視線を的に向けた。
俺達に向けられたその視線からは、「ちゃんと見ててね」という挑戦的な意思が感じ取れた。
「よし、本気出すぞー!」
誰に向けて言った訳でもなく、恐らくは自分のやる気を引き出す自己暗示の為の掛け声なのだろう。
自身への鼓舞の声を出した彼女は、右手の人差し指の照準を的に合わせて詠唱を開始する。
「《焔の力よ――灼熱の弾丸となりて、彼の者を灼き倒せ》!」
それは、マーリンの教えた"魔法弾"の詠唱とは違う内容の呪文。
決して文章を間違えた訳ではなく、意図的に言葉と効果を改変した彼女独自の詠唱であった。
そして詠唱を完了した彼女の指先に拳大の体積で形成された、赫灼たる明光を放つ紅色の光球から、三条の紅線が空を裂く絶速の勢いで駆けてゆく。
それら三つの弾丸が虚空に朱の線を引く様に曲線を描きつつ飛翔し、的に着弾する。
穿孔された的の表面中央には互いの着弾点が僅かにずれた弾丸による三つの風穴が刻まれており、その狙いの精度を明瞭に証明していた。
よく見ると三つの穴には焦げ跡が付いており、アイラの放った弾丸が高熱を纏っていた事が窺えた。
驚くべき事に、彼女は同時展開と並列して、"魔法弾"に属性付与効果を施していたのだ。
「あ、アイラちゃんも三十点なのです!
先生の予想を軽々しく上回ってしまうのが怖いのです……」
相変わらず、マーリンは呆気に取られた表情で感想を口にした。
俺でさえ、彼女達の成長ぶりには驚いているのだから当然の反応と言える。
「ふふん、"魔法弾"ならぬ、アイラちゃん特製の"火炎弾"だよ!」
得意顔で自身の実力と魔法を自慢しながら胸を張るアイラ。
しかし彼女の学生離れした技巧を目の前に、生徒達は賞賛をも忘れてただ呆然と口を開けているだけであった。
「あ、あれ? やりすぎちゃったかな?」
その空気を読み取り、アイラは気まずそうに苦笑いで誤魔化す。
高等技術に実力が追い付いてはいるものの、少し出しゃばり過ぎて失敗したな。
まぁ、それでも彼女の秀でた才能を考えると今回の結果は賞賛に値するものだが。
「えーっと……では次の人、挙手をお願いするのです」
驚きの連続で、そろそろ精神的に疲弊してきたマーリンが、再び"修復"で的を元通りにしながら苦笑いで生徒達に声を掛ける。
自分の授業で、まさかこれ程までに予想外の事態が起こるとは思っていなかったのだろう。
まぁ、俺も他人事のように考えては居られないのだが……。
「はーい! やります!」
元気よくマーリンの呼び掛けに応えたのは、やはりユウナであった。
この流れだと、彼女かミキが名乗り出るだろうと察していたからな。
どうやら先に動いたのはユウナの方だった様だ。
「あ、あくまで普通にやって下さいね……」
マーリンがユウナにそう頼むも、本人のユウナは全く聞いていない様子で、すたすたと軽い足取りで射撃位置に移動した。
「よーし、派手にいくよ!」
彼女の張り切り具合から見て、どう考えてもマーリンの希望する通りに『普通』の"魔法弾"を打つ気配はなさそうだ。
「《我が力よ――三条の閃光となり、彼の者を打ち倒せ》!」
指先を的に向けて詠唱を行うユウナの指先に、光粒子の様な煌めきを放つ魔力が収束してゆく。
恐らく、アイラと同じ様に属性付与を施しているのだろう。
僅かに内容を変更した彼女の詠唱が完了すると共に、収束した魔力が詠唱の通りに三条の閃光に拡散し、須臾の間に的の中心を刺し穿った。
その弾速は、俺達の放った"魔法弾"の比ではなく、まさに閃光そのものと言える。
「どうかな? これが私の最速最強の弾丸――名付けて、"閃光弾"だよ!」
自身の腕を披露できて満足したのか、ユウナは得意満面の笑顔でこちらを見て自慢した。
まぁ、所詮は初級魔法の"魔法弾"なので、相当量の魔力を込めない限りは大した威力にはならないので最強とは言い難いだろうが……速度的には最速と誇る事はできるだろう。
「凄い技術で、点数も二十六点なのです……が、もっと普通にやって欲しかったのですよ……」
的を修復させながら述べられたマーリンの感想の内容は、もはや驚愕を通り越して「もう、どうでもいいや」という呆れと諦めの領域に突入していた。
「えー、お次の方は……」
「は、はい! 私がやります!」
五人の女子生徒の内で残った一人、ミキがマーリンの呼びかけに咄嗟に反応する。
というか、この流れだと必然的に彼女が名乗り出るだろうとは思っていた。
「おお! 真面目なミキちゃんなら、今度こそは普通にやってくれると先生は信じるのですよ!」
確かに、彼女はアイラやユウナと比べて、格段に人の話を聞く真面目な性格だ。
他人に対して、かなり気を配る事も出来るしな。
今見る限りでも、派手な魔法や高等技術で目立とうと気張っている様子ではなく、マーリンの言う通りに普通に行おうとしているつもりのようであった。
「魔法の操作……なるべく力を最小限に抑えて……そう、落ち着くのよ、私……。やれば出来るはず……」
聴力強化で何とか聞き取れる、彼女のブツブツと呟く自己暗示の内容がとても不安だが……まぁ、何とかなるだろう。
巨大な魔力を操るイメージの例は教えたのだから、そこは彼女なりに工夫してくれる筈だ。
「よ、よし……! 《我が力よ――》」
イメージトレーニングを終えたのか、何やら意思を固めたミキが詠唱を始める――と同時に、的に向けた右手の人差し指に魔力が順調に収束してゆく。
「《一条の閃光となり、彼の者を――》」
と、詠唱完了の寸前まで至ったところで、何と順調に巨大化していた指先の魔力の球体が突如、これまでとは比較にならない速度で巨大化し、人間の顔ほどの大きさにまで高速膨張するのであった。
だが、その様子を捉えたのは、いち早く彼女の魔法の異常を察知し、"第二知能"を発動させた俺の視覚だけであった。
当の本人はそれに全く気づいておらず、そのまま詠唱を続けようとしている。
「待て、詠唱を止め……」
「《――打ち倒せ》!」
俺が咄嗟に彼女に中断を呼びかけるも、ミキの詠唱が先に完成してしまう。
そして彼女の指先から放たれたのは、一条の閃光――ではなく、往来の"魔法弾"からは有り得ない圧倒的な光量を纏う巨大光線であった。
その光線は人間の顔ほどの直径を維持したまま空気中を直進し、着弾した的の表面の八割程を消し飛ばした。
更にその光線は的を破壊しただけでは威力の減衰には至らず、魔法練習所の壁に激突し、その壁を大きく歪ませながら、ようやく雲散霧消する。
――どう考えても、『普通』どころか、これまでとは常軌を逸した『異常』な結果となった。
「え……えっと……的の中心を射抜いているので、最高点ですよね?」
自分の起こした目の前の惨状から現実逃避する様に、引き攣った苦笑いを浮かべて恐る恐る意見を求めるミキに対して、マーリンは――
「は……反則なのです!」
――としか言えないのであった。
今回は同じ魔法を何度も使っているので、詠唱の内容と効果をキャラ毎に変えているのですが、どうにも文章が長くなってしまいました。
もう少し一話ごとのストーリー進行度も上げていけると良いのですが……。




