25話:勇者となる条件
前回の内容で、死神の体質についての説明を書きましたが、少し説明不足な点がありました。
死神の身体は人間の魂を変質させた「霊力」という、魔力とは違うもので出来ていますが、魔法を使う際は霊力を魔力に変換して扱っています。
〜人間界〜
新たなる魔王、ディザスターが去った後、俺は暫くの間、奴と死神、そしてリミアについての憶測をしていた。
暫くとは言えども、思考速度を100倍に早めた俺の同時並列思考でディザスターとシックルを、自立思考でリミアについての思考を行っていた為に時間が長く感じられただけであって、実際にはほんの数秒の話なのだが。
先ずは、ディザスターについて。
奴の最終的な目標は、俺を絶望の淵へと陥れる事。
俺を「勇者」という存在にするべく、一年間の猶予を与えた。
奴が俺に固執する理由は色々と考えられるが、わざわざ自分が不利となる可能性を生じさせてまで、俺に一年間もの強化する期間を与えた理由についての答えは断定できない。
今の俺を殺すのはつまらん、と奴は言っていたので、対等な対戦を望んでの行為なのだろうか?
……否。一年間という期間は、決して俺を強化させる為だけに与えられた、俺だけに有益な期間という訳では無い。
一年間あれば、今とは比較にならない程の成長が見込めるのは俺だけではないのだ。
まだ力に目覚めたばかりの奴にも同じ事が言えるのである。
つまり、一年間という期間は寧ろ、俺の方に圧倒的なまでに成長した力を見せつける為に用意された期間という訳か。
奴が俺の力を受け継いでいる以上、奴の成長速度もまた計り知れない。
この一年間を、どちらがより有効に使えるかが勝敗の別れ際となるであろう。
次に、シックル。
ディザスターの話に拠れば、シックルは現在奴に捕えられており、俺とリミアの動向を探る為の要員として利用されているとの事だった。
と言うことは、シックルは奴の言っていた「魔界全ての魔族生命体達は戦闘本能が引き上げられている」という話からは例外なのだろう。
リミアもそうなのだから、他にも例外となる存在が居ても可笑しくは無い。
奴に捕まるまでに、何があったのかは手掛かりが無いが、シックルは何も出来ないまま易々と捕まる様な実力では無いだろう。
リミアは死神の助力を借りて人間界に転移した、と奴は言っていたので、少なくとも奴に捕まる前にはリミアと接触し、奴の存在については聞いていた筈。
恐らくは奴に捕まる前に、何かしらの抵抗はしたと思える。
しかし、それでも捕まったという事は、その時点で奴は魔王の力に目覚めていた訳だ。
いや……もしかすると、生まれた瞬間から魔王の力に目覚めていた可能性もある。
もしもそうなら、一年間という期間があれば、最盛期の俺と同じ力にまで成長するのでは無いだろうか?
当然、今すぐに魔界、人間界共に侵略すると言われるよりはマシだが……
一年後、奴に敗北した時、俺の目に映る最期の光景は、今のそれよりも遥かに残酷なものかも知れない。
……それを阻止する為にも、俺はこの一年間を有意義に使わなければならないであろう。
最後に、リミアについて。
ディザスターは、俺とリミアが近い内に会えるだろうと予告していた。
既に人間界に来ているという話だったが、今どこで何をしているのかは全く情報が無い。
死神の助力を得て人間界に転移した筈なので、恐らくは俺の居場所も死神の「世界視」の映像で俺の居場所を特定出来ているとは思うが……
未だ出会う事が出来ていないという事は、リミアが人間界に来てから、俺の居場所が判らなくなってしまったという事だろうか。
確かに、必然的にリミアが人間界に転移したのは、死神が奴に捕まる前の事だ。
つまりは、リミアが人間界に転移してから、既に相当な時間が経過しているという事になる。
リミアが人間界に転移してから一度俺の居場所が判らなくなってしまうと、再び俺の居場所を突き止めるのは非常に困難であろう。
しかし、先程の戦闘で奴は膨大な魔力を放出した。
リミアも「魔力感知」にてそれを感知し、こちらに向かって来ている筈だ。
飛行能力もあるのだし、今すぐに俺の目の前に現れても可笑しくは無いだろう。
そう考えると確かに、直ぐに会えるという奴の台詞には頷ける。
しかし今は、それを気にしている場合ではないな。
リミアの同行は気掛かりではあるが、先ずはフィリアとハイネの容態を見なければ。
2人共、どれ程の負傷を負っているかは判らない。
吐血した出血量は致死量では無かったが、もしも内蔵近くの骨が砕かれているのであれば命が危ない。
俺は2人の元へ駆け付け、直ぐにその容態を伺う。
ディザスターの言った通り、呼吸音を聞く限り2人の命に別状は無く、内蔵や骨にも深刻な損傷は無さそうだった。
俺は2人の身体を揺さぶり、気絶状態から目を覚まさせる。
「ん……クロト?
……ハッ! さっきの人は何処に……!?」
目を覚ました直後は、ゆっくりと身体を起こそうとしていたフィリアだが、何者かに自分が殴打を加えられた事を思い出すと同時に勢いよく起き上がり、周りをキョロキョロと見回して警戒する。
過剰に警戒しすぎでは……と突っ込みたい気持ちもあったが、とにかく無事で何よりだ。
「大丈夫だ、奴は去っていった。
ただ、厄介な事にはなったが……」
「えっ?」
俺の「厄介な事」という言葉に、フィリアが疑問を抱いて問い掛ける。
しかし、俺が質問を返そうとする瞬間、フィリアに続いてハイネが起き上がった。
「うっ……あれ? クロト君? 一体何があったの?
それよりも、さっきの人は一体……」
フィリアとは違い、落ち着いた様子でハイネは俺にフィリアと同様の質問を問い掛けた。
「さっきの人は去っていった様です。
クロトが一人で対処してくれたみたいで……」
同じ返答を返す事になる事を察してか、フィリアは俺に代弁して質問の答えを返す。
「本当!? 凄いわね……クロト君。
クロト君がいなければ、今頃私達は……」
ハイネは驚愕した表情を浮かべて言うと、今度は直ぐに申し訳無さそうな表情を浮かべて顔を項垂れた。
「いえ、別に俺が戦闘で奴に勝った訳ではありません。
奴は自分の『目的』だけを俺に伝えると、直ぐにその場を去っていきました」
「でも、その服の汚れ……やっぱりクロト君が私達の為に戦ってくれたんでしょう?」
ハイネが心配そうに問い掛ける。
あぁ……ディザスターに投げ飛ばされて壁に激突した時に付着した砂埃か。
かなり砂に塗れているし、傍から見れば激しい喧嘩の後の様にも見えるかもしれないな。
「ごめんね……クロト君。
ひったくり犯を捕まえたのも、さっきの人に対処してくれたのもクロト君よね。
私は上官なのに、未だ2人に良い所を見せられていないわね……」
ハイネは再び顔を項垂れ、申し訳無さそうに謝った。
「……私も同じね。
ひったくり犯にも、さっきの人に対しても何も出来なかったわ……」
フィリアもハイネと同様に顔を項垂れる。
2人共、それぞれに自責の念があるのだろう。
俺はそうやって自分で反省できる人間を、わざわざ叱りつけたりはしない。
「……いえ。俺は偶然、相手に対処しやすい位置に居ただけです。
ひったくり犯の時は、俺が真ん中の位置で待ち伏せしなければ間違いなく逃していました。
先程の奴も、俺が偶然外に居て、2人がタイミング良く駆け付けてくれたお陰で、奴の狙いが俺ではなく2人へと向けられただけです。
2人が気に病む必要はありません」
俺は真剣な表情で二人に言った。
多少は都合良く解釈を変えた部分もあるが……
「……ウフフ、ありがとう。クロト君は優しいのね。」
自身の行いが許された事に安堵したのか、ハイネは顔を赤くして、頬を掻きつつ照れながらも、嬉しそうに微笑みを浮かべる。
「……ごめんなさいね、クロト。
次からはしっかりするから……」
フィリアは未だ自分の行いを反省しきれていないのか、ハイネとは対照的に顔を項垂れて謝った。
「気にするな。フィリアも自分なりに力を尽くそうとしたんだろう?」
俺はフィリアを安心させようと、フィリアの頭をポンポンと軽く叩き、笑顔を見せながら言った。
「……う、うん……ありがと」
いきなり頭に触れられた事に驚いたのか、フィリアは顔を赤らめ、俺に触れられた頭を両手で抑えながら目線を逸らして頷いた。
「あらら〜、もしかして照れてる? フィリアちゃん」
先程の沈んだ気持ちはどこへやら、ハイネはそう言いつつ、フィリアを揶揄う様にニヤニヤと笑みを浮かべる。
「ち、違います! いきなり頭に触れるから、ちょっと驚いただけです!」
先程よりも更に顔を赤く染めたフィリアが、ハイネに抗議する。
「ウフフ、青春ね」
しかしそんなフィリアの怒りなど意にも介さず、ハイネは笑顔を止めないまま、笑いを堪える様に口を片手で隠して言った。
「だ・か・ら! 違います!」
フィリアが更に一段階、声を荒らげてハイネに抗議する。
それにしても、「セイシュン」とは一体何なのだろうか。
相変わらず気になるが、訊ねられそうな雰囲気では無さそうなので聞くのは止めておこう。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とは言うが、そもそも聞こうとするタイミングを間違えるのは本末転倒なのである。
「それよりも2人共、怪我は大丈夫なのでしょうか?」
二人のやり取りを横目で見ていた俺は、フィリアの怒りが爆発する前に話題を逸らした。
胸の話の時は、ハイネが上手く話題を逸らしてくれたから、そのお返しのつもりだ。
「ええ。この通り、全然平気よ」
ハイネは清々しい笑顔を浮かべ、腰に手を当てて胸を張り、元気さをアピールして言った。
「……私も問題無いわ。殴られた時はかなり痛かったけど……」
フィリアもハイネに続いて、自分が無事である事を告げる。
ハイネへの抗議を妨げられた事に対して、腕を組みながら不服そうな表情を浮かべてはいるが……
それにしても2人共、吐血はしていたものの、意外とダメージは少ない様だ。
「それで、さっき言ってた『目的』って何なのよ?」
先程俺がハイネに言った台詞が気になったのか、フィリアが腕を組んだまま俺に問いかける。
「そうそう、私もさっき気になったわ。
先にクロト君の身の方が心配になっちゃったけどね」
ハイネがフィリアの言葉に頷いて賛同する。
自分の身よりも、部下の身を案ずる上官……
恐らく、周りの人からの人望も厚いのだろう。
そんな事を考えつつ、俺は2人の質問に返答する。
「えぇ、奴は『勇者』という昔の存在について俺に語っていました」
「勇者……聞いたことあるわね」
思い出すように斜め上を見上げつつ、フィリアが呟いた。
ディザスターの話によると、勇者の話は数百年も昔の話の筈だ。
現代の人間にとっては非常に昔の話になるであろうが、まだ少女であるフィリアが知っているということは、今となってもその話は有名なのであろう。
「私も聞いたことがあるわ。
噂では、現代で幻とされている暗黒竜の討伐を単独で達成した人物らしいわね。
人類最強と言われ、暗黒竜討伐の旅の途中にも、数々の化け物を倒してきたという逸話もあるみたいね」
ハイネに至っては、勇者についての細部まで把握している様だ。
勇者と同じセインガルド騎士団に勤めている内に、多少の噂は小耳に挟む事もあるのかもしれないな。
暗黒竜等の存在を幻と言っているあたり、あくまで噂だという認識ではあると思うが。
「奴は……自分が『魔王』であると大声で街中に名乗りあげ、更に俺に『多くの命を救いたければ勇者になれ』と命じて去っていきました」
俺はありのまま起こった事を、簡潔に2人に伝えた。
「魔王……? まさか、魔族の王って事!?」
俺の言葉に、ハイネが驚いた表情で叫ぶ。
「えぇ、恐らくは。
逸話の中の『暗黒竜』を含めて、全ての魔族を統べる存在の様です」
俺は奴の事についての殆どを知っているが、敢えて深刻な表情で曖昧に告げた。
俺が元魔王である事を2人に悟られないようにする為だ。
「有り得ない……そんな存在が……」
俺の言葉に、フィリアが口を開けて驚きつつ、小さく呟いた。
驚くのも無理は無かろう。
人間界でも古代から最強と伝えられ、恐れられたという暗黒竜を上回る存在。
その存在を想定できた人間など、居るはずが無いのだから。
「いえ、それ以前に、暗黒竜や勇者が実在したと言うの……?
更にその上に立つ存在が私達の目の前に現れたなんて……」
ハイネが驚愕した表情のまま呟く。
信じられない事だが、目の前で起こった以上は信じざるを得ない。
しかし、その存在を認めるというのは、普通の人間に取っては相当な恐怖となるのであろう。
今、フィリアとハイネの2人は、激しい葛藤に頭を悩ませているのである。
「……とにかく、この事柄は騎士団全体に報告しなければいけないわ。
一旦、王城まで戻りましょう」
額に汗を滲ませながらも、ハイネは冷静に決断を下す。
当然ながら、長々と感傷に浸っている場合ではないのだ。
ハイネの言う通り、見廻りの続きよりも、先ずは異常事態の報告を騎士団全体に報告し、それに対する迅速な対処をするのが最善であろう。
「「了解!!」」
俺とフィリアはハイネの決断に賛同し、ハイネの後に続いて王城へと戻るのであった。
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王城へと戻った俺達3人は先程の事柄の報告をするべく、実技試験の会場と同じ兵士達の訓練場にて、大勢の兵士達の訓練指導を行っていた騎士団長の元へ訪れていた。
訓練場に居る兵士達の数は……約三百人といった所だ。
一体一で剣を交えて打ち込みを行う兵士達の様子は、その表情こそ兜に隠れて窺う事は出来ないものの、その場の全員が鬼気迫る気迫を醸し出していた。
この場では圧倒的に場違いな俺達3人……いや、ハイネはともかく、俺とフィリアの存在を全く意にも介さずに訓練を続けている。
騎士団長の指導の元、実戦に向けた厳しい訓練が行われているのであろう。
俺達はそんな大勢の兵士達を気まずく横目で見ながらも、訓練場の端で兵士全体の訓練の様子を伺っていた騎士団長に近づき、街で起こった事柄についての報告を済ませた。
因みに魔王についての報告を行ったのは、事の詳細まで一部始終を見ていた俺だ。
先に報告したひったくり犯の件については、一つ頷き「よくやった」と言った程度であったが、その後に報告した魔王の存在の件については、驚愕を顕にして「何だと……!?」と呟いていた。
普段冷静な態度を崩さない騎士団長が感情を顕にした事に対して、何かしらの事件の予感を感じ取った様に周りの兵士達は一斉にこちらを振り向くが、直ぐに意識を訓練に戻して俺達から視線を外し、訓練を再開した。
「ふむ……『魔王』か……。
その様な存在が居るとは驚きだな」
騎士団長は片手で顎を擦りながら、何かを思案する素振りを見せて呟いた。
「そして『勇者』についての話、か……。
魔王などという存在が、勇者を通じて我々人間にまで恨みを持っているとは……厄介な事になったものだ」
思い悩む様に顔を抑え、ため息をつきながら騎士団長が言った。
「……騎士団長は、その『勇者』についてご存知なのでしょうか?」
俺は、如何にも『勇者』を知っている様な騎士団長の口振りが気になり、問い掛けた。
と言うより、セインガルド騎士団の団長たる人物が、ハイネですら知っているセインガルド騎士団についての事情を知らない訳が無いのは明白だ。
勇者についての情報を少しでも得られるのであればと、その情報について最も有力な人物に訊ねたという方が正しいだろう。
「無論。騎士団の中でその話を知らぬ者などおらん」
騎士団長は目を閉じ、腕を組んで頷きながら返答した。
それ程までに有名なのか……。
だったら、まだ若いハイネが勇者の情報について知っているのも当然であろう。
「それで……クロト=ルミナ。
話によると、どうやらお前が魔王直々に、勇者に指名されたという事か」
騎士団長が腕を組んだまま、視線を俺に向けて問い掛けた。
「はい、その通りです」
騎士団長の問い掛けに、俺は頷きながら端的に答える。
「それにしても、クロト君が『勇者』に指名されるなんてねぇ。
魔王にまで実力を買われるなんて、とんでもなく凄い事よ」
ハイネが頷きながらも深刻な表情で言った。
上官として俺の実力を賞賛したい気持ちもあるのだろうが、今はそれどころの事態では無い事を理解しているのだろう。
「……しかし、『勇者』というものは、騎士団最強の戦士にのみ与えられる役割であり、その内容は決して楽な仕事では無い。
お前の実力がはっきりと判らぬ以上、例え魔王からの指名であろうと、こちらとしてはその様な危険を伴う役割に軽々しく新兵を任命する訳にはいかない」
騎士団長は至って真剣な表情で告げた。
騎士団長の言う事は最もである。
危険と言うのは、俺の身に様々な危険が降り掛かるのを心配しているという意味合いでは無く、国の運命を左右する勇者を選ぶには重大な責任が伴う故、実力も判らぬ者に大勢の命を託す行為というのは、国民から騎士団への信頼に影響するのを心配しているという意味合いなのであろう。
ただの新兵に過ぎない俺の身を案じるよりも、国民からの信頼を案じる方が、騎士団からすれば明らかに有益なのだから。
しかし、騎士団長の「軽々しく任命する訳には……」という台詞から察するにその言葉は、俺を勇者として任命する為の明確な理由さえ与える事が出来れば、正式に俺を勇者として認めてくれるという事の裏返しなのであろう。
「……では、どの様な条件を満たせば、俺を『勇者』として認めて貰えるのでしょうか?」
俺が騎士団長の言葉の意味を理解したという事が伝わったのか、騎士団長は一瞬、満足げに笑みを浮かべて返答する。
「フッ、そうだな……。
見て分かる通り、丁度ここには大勢の兵士達が集っている。
この中で最強の兵士を相手に勝利する事が出来れば、お前を『勇者』として相応しい実力を持っている可能性は認められるであろう」
騎士団長はそう答えると、訓練に励む兵士達を一瞥し、ある一人の兵士の名を大声で叫んだ。
「来い、フレイド=アルムズ!」
「ハッ、此処に!」
騎士団長が指名した刹那────ブレイド=アルムズと呼ばれた兵士は大声で返答すると、騎士団長が叫んだ事により動きを止めた大勢の兵士達を掻き分けてこちらへ向かって進み、俺の目の前に現れた。
その体格は他の兵士達と比べても特に優れており、目の前に存在するだけでも相当な威圧感が感じられる。
「お前には、この新兵の相手をしてもらおう。手加減は一切するな」
「了解!!」
一切の表情を崩さぬ、冷徹な口調で騎士団長が命じると、フレイド=アルムズは間髪入れずに勢いよく返事をした。
「ちょっと待って下さい。手加減するなって……熟練の兵士と入団して間もない新兵が本気で勝負するなんて、余りにも無謀では無いですか!?」
騎士団長とフレイド=アルムズとのやり取りを見ていたフィリアが、驚愕の表情を浮かべて激しく抗議する。
フィリアが抗議するのも無理は無い。
先ず体格から見ても、その差は大人と子供。
そして当然、相手には長年鍛え上げられた筋肉や技術が身についているのだから。
新兵の相手をさせるには、普通に考えて明らかに不釣り合いな選択であろう。
「……大丈夫だ、フィリア。俺は誰にも負ける気は無い。
人間にも、そして……魔王にも、な」
俺は再びフィリアの頭を軽く二回叩き、笑顔を浮かべて言った。
フィリアを安心させると共に、感情の昂ったフィリアが騎士団長に掴みかかるのを阻止する為でもある。
「……ッ」
俺の言葉で、冷静になったフィリアは悔しそうな表情を浮かべながらも感情を抑えて口を噤んだ。
冷静に考えれば、騎士団長ともあろう者が何の考えも持たずに、熟練の兵士と新兵の試合を認める筈が無い。
騎士団長は間違いなく、俺が勝利する可能性が十分にあると見て命令したのだ。
事実、まだ若い女性兵士とは言え、魔法騎士としてその実力を買われているハイネにも、俺は対等な戦いで勝利している。
それを間近で見ていたフィリアは、騎士団長の意見を否定し切れない筈。
しかしそれでも、俺にとって圧倒的不利な勝負には変わらない。
相手は騎士団長にその実力を認められた最強の騎士であり、更に「手加減は一切するな」と命じたのだ。
それを承知で騎士団長が下した条件にフィリアは納得がいかず、憤りを感じているのだろう。
しかし納得いかないのはフィリアだけでは無い。
騎士団長の判断であるが故に一切の口出しをしていないが、ハイネもまた、額に汗を滲ませつつ手を強く握り、俺の健闘を見守ろうとしている姿がフィリアの斜め後ろに見えている。
「……フン、大した自信だな。
騎士団長からの支持である以上、一切手を抜くつもりは無いが……せいぜい怪我しないようには気を付けろよ? 小娘」
俺達のやり取りを見ていたフレイド=アルムズは、俺が勝ち気でいる事が気に食わなかったのか、鼻で笑いつつも最大限の皮肉を言い放った。
俺としては、一番最後の「小娘」という台詞が、他のどの言葉よりも皮肉に感じたのだが……まぁ良い。
女性呼ばわりされるのは、人間界に来てからも既に経験しているし、何より今は、感情に左右されず、己の実力をはっきりと証明する事が最優先なのだ。
「……いや待て。試合を行うのは今からでは無いぞ?」
「「……えっ?」」
俺とフレイド=アルムズの両者が、既にやる気満々である様子を見て、騎士団長が呆れ顔で告げ、それに対して俺とフレイド=アルムズは拍子抜けした様に、呆気に取られた表情を浮かべて呟いた。
「当然だ。フレイド=アルムズは既に数時間の訓練を行った直後であり、クロト=ルミナは『魔王』などという存在と交戦したのだから、二人共、万全な状態で試合など出来るはずが無いだろう」
騎士団長は冷静な表情で告げた。
まぁ、言われてみればその通りだが……
確かに、俺は街の見廻りの途中で、ひったくり犯を散々追い掛けた上に、魔王との交戦を行ったのだ。
対するフレイド=アルムズも、日々の訓練で体力が鍛えられているとは言え、あれ程の打ち込みを何時間も行った後に全力で本気の試合を行うのは厳しいであろう。
俺の真の実力を見極めたいのであれば、今が絶好の機会であるとは非常に言い難い。
別に俺の方は、騎士団長が案じる程に疲弊はしていないので、十分な実力を見せる事は可能だと思うのだが……まぁ、最大限に実力を示す為には、やはり万全の状態で戦うのが最善である事には変わりないか。
「今は、予め試合の予定を立てただけだ。
二人の試合は、明日この場にて行う事にする。
立会人も当然、この俺が担当する事になる。
クロト=ルミナは今日の任務を終えて、明日の試合の為に休息を取るが良い。
フレイド=アルムズも、今日は早めに訓練を引き上げて休め」
「「……了解!!」」
あれだけのやる気を奮い立たせた後に言われては、すっかり興味索然してしまうものだが……騎士団長の意見は最もなので、それに従う事にする。
フレイド=アルムズも、騎士団長の命令に逆らう気は無いようだ。
「フッ、良かったな、小娘。
私に速攻で敗北するのが一日遅れたではないか」
フレイド=アルムズが騎士団長から顔を逸らし、俺の方を向いて言った。
兜に隠れて見えないが、恐らくその表情には不敵な笑みを浮かべているのだろう。
失礼な態度ではあるが……相手を見下し皮肉を言ったり、挑発的な言動をするというのは、明らかに目の前の男が強者である事を示している。
騎士団長の言う通り、此処で訓練を行っている兵士の中で最強の兵士である事は間違いない。
「……ええ。せいぜい奮闘させて頂きますよ」
俺は不敵な笑みを浮かべ返して返答し、それを見てフレイド=アルムズは「面白くない奴だ」とでも言いたげに肩を竦めた。
そのやり取りを見ていた騎士団長は、やれやれと腕を組みながら呆れ顔でため息をついた。
「それでは、失礼します」
「「し、失礼します!!」」
俺は騎士団長に挨拶すると、それに続いて焦りつつも挨拶をするフィリアとハイネと共に、俺を先頭としてこの訓練場を後にした。
......................................................
それから俺とフィリアは、騎士団長に伝えられた、兵士達の居住空間である二階にある自室を目指し、主塔の階段を上っていた。
ハイネは上官として、他の上層階級の者達への活動報告を行わなければならない為、途中で別行動を取ることになった。
どの道、部屋が違うので、途中で別行動を取ることに変わりは無いのだが。
それと同時に明日の試合開始時刻の予定も伺い、その時刻になったら明日、俺達の部屋に訪れて知らせてくれるとの事だった。
……先程の場で伝えてくれれば良かったであろうに、とは思うが、何より立会人である騎士団長の都合も関わってくるので、確認を取るべき事もあるのだろう。
「……それにしても、今日は色々あったわね」
階段を上りつつも、疲れたという様子でため息をつきながらフィリアが言った。
「そうだな。ただの見廻りでこれ程の事件に遭遇するとは思わなかったよ」
俺はフィリアに平然とした様子で返答する。
今日はひったくり犯を捕まえたり、魔王と交戦したり……と、一番疲れているのは俺の筈だが。
と言うか、ひったくり犯に関係する事で一番疲れたのは、身柄を拘束した後の事情聴取だったな。
あれだけでも相当な疲労が掛かっている。
……主に精神的な意味合いで。
「すっかり疲れちゃったし、今日はもうゆっくり休みたいわね」
「そうだな……ん?
あそこの廊下で話しているのはグリルとエドワードじゃないか?」
二階に続く階段を登りきり、廊下へと足を踏み入れた瞬間、廊下の一番奥にある俺達の部屋の隣……エドワード達三人の部屋の前で、グリルとエドワードの二人が立ち話をしている姿が俺の目に映り、俺は二人を指さしながらフィリアに訊ねた。
「あら、本当ね。あの二人はそんなに仲良くなったのかしら?」
俺の言葉にフィリアが反応するが……フィリアの見解とは違い、会話をする二人の間に談笑は無く、その表情は至って真剣なものだった。
「おう、クロト。丁度良いところに来たな。
ちょっと話に付き合ってくれねぇか?」
「あぁ、何の話だ?」
俺達の存在に気づいたグリルは、手を振りながら俺達を呼び寄せ、俺はそれに返事を返して二人の元へ近づいた。
やがて手の届く距離まで近づくと、グリルが口を開いて話を始める。
「実はな……昼にエドワードの班が街の方に見廻りに行ったらしいが、そこで『魔王』なんていう奴が現れて、『勇者』に報復するとか宣言してたらしいぜ」
グリルは内緒話でもするかの様に、俺達三人にだけ聞こえるような小声で言った。
別に他人に聞かれても困る事では無いだろうし、寧ろ、より多くの者に伝えるべき内容だと思うのだが。
と言うか、何故わざわざグリルが答えるのだろうか?
一部始終を見ていたエドワードが答える方が、より鮮明に答えられるだろうに。
……エドワードがグリルの後ろで呆れ顔を浮かべてため息をついている辺り、ただ単純にグリルが我先にと答えたかっただけであった様だ。
俺はそう考えると同時に、先程までエドワードと話していた内容はこの事だったのか、と納得する。
「えぇ、知っているわ。
と言うよりも、実際に遭遇してクロトが交戦したわよ」
俺に変わって、平然とした表情でフィリアが返答する。
下手に笑って誤魔化しても面倒事を起こすだけだと理解し、敢えて嘘を言う素振りを見せず、端的に事実を述べたのだろう。
「何ッ!? おま……冗談だろ!?」
「馬鹿な……噂の暗黒竜でさえ上回るという存在では無かったのか!?」
しかしフィリアの応答には、少しばかり言葉足らずな部分があった。
二人は驚愕し、より一層面倒な事になってしまった様だ。
「待て待て、交戦したからと言っても、別に魔王を倒した訳じゃ無いぞ。
少し戦った後に向こうから戦闘を中断して、俺に『勇者になれ』と伝えて去っていったんだ」
フィリアの台詞により勘違いしている二人に、俺は呆れ顔で事実を弁明した。
「そ、そうなのか? しかし『魔王』なんてのに少しでも交戦できるだけでもすげぇけどな」
俺の弁明を聞いて、グリルが落ち着きを取り戻して苦笑いで言った。
「しかし、『勇者』とは驚きだ……。
逸話は聞いているが、入団したての新兵がその様な存在になど、なれるものなのか?」
エドワードが顎に手を当てて『勇者』についての逸話を思い出しつつ、俺に問いかける。
「あぁ。騎士団長には話してある。
明日、訓練場で騎士団長の指名した最強の騎士と試合を行い、そこで勝利出来れば勇者として相応しい実力の持ち主であると認められる様だ」
俺はエドワードの問いかけに頷いて返答した。
「おいおい、マジで勇者目指してんのかよ!?
しかも平然と最強の騎士と試合だなんて言っちまうし、凄すぎて感服しちまうぜ……」
グリルは感服、と言いつつも、驚きを通り越した様子で、頭に手を置き、呆れ顔でやれやれとため息をついて言った。
「目指しているのでは無く、成るべくして成る様なものだ。
本当の『勇者』であれば、人間相手に手古摺る様では話にならないだろ」
腕を組み、俺はグリルに返答する。
そう、相手はあの「魔王」なのだ。
人間を一日で絶滅させる事が可能な存在に対し、人間一人に手古摺る人間をぶつけるなど、余りにも無謀。
当然、それは元魔王たる俺こそが一番心得ている事だ。
「凄いな、ルミナ殿は。
既に『勇者』としての高い意識を持っているという訳か……」
そう言いながら、エドワードが感心した様子で頷く。
「……普通にクロトで良いぞ」
しかし俺は、名前の後に「殿」を付けられる違和感が気になり、先に訂正を頼んだ。
「む……済まないな、クロト。私達の話は以上だ。
二人共、引き止めてしまって申し訳ない」
エドワードが頭を下げて謝る。
グリルとは正反対に、誠実で紳士的な雰囲気が感じられる奴だ。
「構わないさ。無駄話という訳でも無かったからな。
じゃあ、俺達は一足先に休憩させて貰うよ」
「そうね。それじゃお二人さん、また後でね」
俺とフィリアは二人にそう告げて、すぐ隣にある自室へと向かった。
先程の会話では、少しばかりフィリアが蚊帳の外になっていた気がするが……本人は気にしていない様子だったので、特に口出しはしなかった。
文字数の関係で、中途半端な場面で終わってしまい申し訳ありません。
現在は部屋の内装、魔法学校の構成等について頭を悩ませております。
魔法学校への入学はもう数話は先になってしまいそうです。




