24話:漆黒の剣(ディザスター視点)
突然ながら、今回はディザスター視点のストーリーとなります。
前回の説明や、魔族生命体についての説明等、基本的には説明・解説回となっており、地の文が非常に長いのでご了承ください。
〜人間界(ディザスターside)〜
人間界へと転生した元魔王に自分の目的を伝えた私は、人目に付かないようにセインガルド王国の城下町を離れ、ある建物を目指して飛行していた。
セインガルド王国より遥か西方に存在する、数十年前に廃れて人の居なくなった、小さい廃村の民家である。
穀物や野菜を栽培していたのであろう数々の畑は荒れ果て、上空から見える井戸の水は濁り、建ち並ぶ木造の民家はどれも一部が風化しており、壁や天井には穴が空いている。
私が最初にこの村を訪れた時には当然ながら既に人の気配は無く、生活感も全く窺えなかった。
しかし、食事や睡眠を必要とせず、伝染病に感染する可能性も無い私達魔族生命体にとっては、少しの間を閑居するには絶好の地だ。
「戻って来たぞ」
やがて、その古びた民家の一つに辿り着き、玄関の扉の前に降り立った私は、扉を開きながら民家の中に居る一人の人物に声を掛けた。
……否、人では無い。
人間の姿をしてはいるが、私が魔界で捕らえた死神である。
「……君の様子を見ていたよ。
本当にあれで良かったのかい?」
玄関に入った直後に見える、木造の壁や天井に幾つかの穴が開いている殺風景な光景の部屋の中で、椅子に腰掛けていたその死神が、私の方を見て質問を問い掛けた。
魔界と人間界の全ての光景を、空中に表示される平面の画面に映像として映す事の出来る固有能力、「世界視」によって、私の動向を見ていた様だ。
その死神の首周りには現在、二つの黒く細い線が蛇行して幾つか絡み合った、鎖のような模様の呪印が刻まれている。
私が魔界からこの死神を連れてくる際に刻んだ「行動制限呪詛」という固有能力による呪印だ。
この呪いを掛けた相手に、術者は3つの制約を掛ける事が出来る。
流石に、戦闘にて敗北を認めさせた相手にしか通用しないという条件はあるが……
そして、「術者の命令を聞かなければならない」という様な、制約を3つ以上に増やす可能性を生じさせる様な制約も不可能である。
それを踏まえて私が死神に掛けた制約は、
「私への攻撃行為を禁止」
「他者との意図的な接触を禁止」
「私に無断で異世界へ転移する事を禁止」
以上の3つだ。
この能力が働いている間でも、私が意図的に制約を解くことは可能である。
もしも制限に逆らった場合は……その呪印に生命を吸い取られる事になる。
更に吸い取られた生命は術者の力の源へと還元され、術者に攻撃を与える前に、逆に力を与える結果になってしまう恐るべき呪いである。
最も、私から見れば、非常に便利な呪いであるが。
人の魂を刈り取る死神が、自分の命を吸い取られて死ぬというのも中々に皮肉な死に様であろう。
対象者の位置を常に特定できる効果もあるので、仮に私の元から逃げようとした所で無駄な事だ。
制約により、人間界以外への世界へ逃げる事も不可能である。
それを死神に説明すると、死神は私に力を与えてしまう事を恐れ、今は下手に私に逆らおうとはせず、元魔王サタンと金髪の悪魔リミアの動向を探る為の要員として、私の指示通りに動く事を選択した。
わざわざ魔法で拘束する必要が無くなったという訳だ。
そして、その死神が私に問い掛けた質問に、私は返答をする。
「フン、質問の意図が分からんな」
俺は死神を鼻であしらう様にして言った。
私の台詞は嘘であり、実際には死神の言いたい事は分かってはいた。
恐らくは、殺そうと思えば今すぐ殺せるのに、わざわざ自分の嗜好の為に逆転の機会を与えて良かったのか、と聞きたいのだろう。
実に愚問である。
返答するとするならば、「あぁ、構わないさ」と言っているところだ。
ただ、威厳ある魔王として、たかが死神如きと気安く普通の会話をする訳にはいかなかった。
つまり、普通の簡略的な会話をさせない事によって、格の違いというものを理解させてやろうと考え、敢えて死神に一手間を取らせようとしたのだ。
「……嘘だね、君なら僕の言いたい事は分かっているでしょ?」
しかし死神はそれを分かっているようで、それを見て私はチッ、と内心で舌打ちをする。
勘のいい奴め……
「……全く、食えない奴だ。
私の行動には、間違いも後悔も無い。
貴様は余計な詮索はせず、ただ私の支持に従っていれば良いのだ」
私は死神にそう言いながら、死神の座っている椅子の傍にある、古びたベッドに腰掛けて腕を組んだ。
私が腰掛けた瞬間に、ギシッ……という音が鳴るあたり、このベッドは相当に年季が入っているのであろう。
「むぅ……」
私の言葉に対して死神が不服そうな表情を浮かべるが、私の態度を見て何を言っても無駄である事を悟り、拗ねたように半目になり口を噤んだ。
そう、私が行動を間違う筈がない。
何故なら……脳に響く「声」の導きの通りに動いているのだから。
この声の通りに動いている内に、私はサタンの記憶を次々に継承し、力を身に付ける事が出来たのだ。
この声はやはり、私の運命を正確により良い方向へと導いている。
サタン……いや、クロト=ルミナが「勇者」として相応しい実力を身に付けるのに必要な年月が一年間であると断言したのも、その切っ掛けを作るようにと私に進言したのも、この声なのだ。
更に奴との戦闘においても、私の索敵スキルでの攻撃方向の予想が外れた時、奴が背後から私に斬りかかっていると事前に警告を発したのも、この声である。
肝心の声の正体は判らないが、この「声」が自分の声と同一のものである点から考えて、無意識に脳内で行っている未来予知の結果が声として変換され、脳内に響いているのだと私は仮定した。
あくまでただの推測である為、間違っている可能性も大いにあるのだが。
「さて……では、クロト=ルミナが勇者になるまでの動向を探るとしよう。
死神、奴の映像を映せ」
私はひとまずの憶測を中断し、死神に命令する。
「待って、その前に……。
リミアちゃんの事だけど、君が言うよりも早く、サタン……じゃなくてクロトと合流しそうだよ?」
死神はクロト=ルミナの映像を映す前に、金髪の悪魔、リミアの話を持ちかける。
「何だと……?」
リミアは古代竜と出会い、「勇者」についての話を聞かされた後、古代竜の助言により、長耳族の助けを借りてセインガルド王国へと向かおうとしていた。
そして古代竜と別離した後、長耳族達の元へと向かうまでリミアの動向を探った所で、映像をクロト=ルミナへと切り替えたのだ。
古代竜を封印する洞窟がある、長耳族達が住まう森からセインガルド王国まで、案内役を連れてリミアが辿り着くには、2日程は掛かる計算だった。
それに、魔法により形成した翼で飛行すれば可能な時間ではあろうが、入国審査の厳しいセインガルド王国にリミアが入国するには、魔法の発展への助力として異族間で協力関係を結んでいる長耳族の仲立ちが必要だという話だった筈だ。
私の場合は、魔界と人間界の何処へでも移動出来る死神の固有能力の一つ、「世界転移」でセインガルド王国内へ転移することにより、入国審査を受けること無く入国が出来たのだ。
「……どういう事だ。私の計算が狂ったか?」
恐らくは、リミアが入国した際の一部始終を見ていたであろう死神に問い質す。
「えーっと……リミアちゃん、長耳族とはセインガルド王国まで道案内をしてもらう所まで話を付けたんだけれど、その道案内の途中で君がセインガルド王国で魔力を解放しちゃったから、『魔力感知』で方角が判ったみたいで……。
案内役の長耳族を置いて、セインガルド王国に向かって飛行しているみたいだよ」
気まずそうに死神が答える。
成程、そういう事か。
私が自分の存在を街の住民に気づかせようと、魔力を最大限に解放したのが原因だったと言うわけだ。
しかし……サタンの配下として勤めていた頃、誰よりも規則の厳守を徹底していたリミアが入国審査を放棄するとは思わなかったな。
つまりは、それ程の非常事態だとリミアは判断したのであろう。
「我ながら迂闊な……まぁ良い。
計算に多少誤差が生じた所で、奴に大した変化が生じる訳では無かろう」
そう言いつつ、私は自分の行動の迂闊さに対して呆れ、ため息をついた。
「あれれ? やっぱり後悔しているんじゃないの?」
死神が私の様子を見ながら、ニヤニヤと気持ちの悪い不快な笑みを浮かべて言った。
「黙れ死神。どの道、私の計画に変更は無い」
私は死神を睥睨し、威圧により強制的にそれ以上の言葉を封じる。
この状況で冗談を言う余裕があるとは……。
全く、この死神を絶望させるのが一番骨が折れそうだ。
私はそう考え、短くため息をついた。
「……それで、本当に一年間も与えて良かったのかい?
彼なら一年間あれば魔法も十分に扱えるようになるし、どれ程ステータスが上昇するかも計り知れないよ?」
死神が先程の笑みを止め、真剣な表情で質問する。
「なぜ、お前が私に助言をする?
今さら私の味方に付く気にでもなったか?
生憎だが、最強たる私に仲間などという下らんものは必要ないぞ」
私は死神に疑惑の目を向けながら問い質した。
「……違う。不安なんだよ。
君がいつ彼との契約を破ってもおかしくないから……確認が取りたかったんだ」
死神はどこか悲しげな表情を浮かべながら答えた。
別に目の前の死神がどの様な心境になろうと私には関係の無い事だが。
「……良いか、私は奴が最高に絶望して死ぬ様を、この目で見届ける事が出来るのであれば何でもするつもりだ。
その為にも、一年間という期間は『気まぐれ』では無く『必要』なのだ」
そう、現段階では奴は私の思うように完全には絶望しない。
今は実力こそ人間の中では一頭地を抜いているが、それでもまだ、普通の人間に過ぎない。
それは、奴自身が一番よく理解しているであろう。
奴の転生前、最盛期の頃は……魔界に存在する全ての魔族生命体を以てしても、奴に比肩する実力を持つ者は誰一人としていなかった。
だが今となっては、手加減した私にさえも敵わないのだ。
そんな状態だからこそ、奴は絶望しない。
何故なら、現段階で私に勝てないのは「当たり前」の事なのだから。
実際に戦ってみて確信した事だが、奴は自分自身の命よりも、圧倒的に他者の命を優先して考えている。
しかし奴が絶望する条件は「自分の仲間や知人が死ぬ事」では無く、「自分の力で守れた筈の人間が守り切れなかった」事なのだ。
私との戦闘において奴に出来たことは、自らの命と引き換えに他者の命を守る事だった。
そしてそれを何の躊躇もなく、私の前でやってのけた。
当然ながら、「交渉」を成功させるには相手に利益のある条件をこちらが背負う必要がある。
もしも奴が四肢を欠損しており、虫の息という程の満身創痍であった時に、あの時と同じ交渉を持ち掛けた場合、奴の交渉を承諾する利益は私には何一つ無い。
何故なら、そんな状態の相手であれば、交渉など受け入れずにさっさと殺してしまえば、私には何の不利益を生じさせずに済む話だからだ。
奴はそれを踏まえて、敢えて片腕を切断された私に対し、五体満足の状態という自身の優位性を放棄してまで私にあの交渉を持ち掛けたのである。
あれ以上戦闘を続けていれば、間違いなく自分の方が不利な状況となり、交渉の意味を成さなくなる事を理解しての行動なのだ。
戦争で例えるならば、予め自国よりも相手国の方が強いと分かっているのであれば、相手国を侵略した後、自国が圧倒的不利な状態に陥ってから相手国に停戦の交渉を持ち掛けるよりも、端から侵略する前に停戦の話を持ち掛ける方が相手国からの承諾を得やすいし、被る被害も少なくて済むだろう。
ただし、戦争に勝つ事で多大な戦利品を得られる可能性の全てを手放す覚悟で無ければ、その決断を取る事は不可能だ。
人間界では古今東西、相手国の実力を知りながらも欲に溺れて自滅した国は多い。
奴はそうはせず、自分の命という犠牲を払ってまで他者の命を守ろうとしたのである。
一切の躊躇や後悔を見せつけずに。
私はその精神が奴を完全に絶望させるのを邪魔している原因であると考え、非常に腹立たしくて仕方が無かった。
他者を蹂躙し、絶望の淵へと陥れる事で至上の快楽を得る私の生を、真っ向から否定されているかの様に感じたからだ。
奴が自らの命をたかが人間の為に差し出すと口にした時に私が哄笑した理由も、本当は奴の行動が可笑しかったからでは無い。
内心では酷く憤慨しており、笑いでもしなければ、怒りで奴をあの時点で殺してしまいそうだったからだ。
奴を絶望させる為には、私を殺せる可能性があるという段階にまで実力を身に付けさせる必要がある。
そうする事で奴は、魔王を殺せる実力を持つ者は自分しか居ない。故に奴を倒して全ての命を守る責任は自分にある……と考える筈だ。
つまりは、私を倒さなければならない立場に立たせ、それを打ち倒す事によって、自らの責務を全うする事が出来なかったという自身の無力さを判らせてからこそ、奴は私の望み通りに絶望するのである。
その為にも、今すぐに殺すのは余りに惜しい。
「そう……とにかく、現時点では彼らを殺す気は無いんだね。
善意でやっている訳じゃあ無いのは分かっているけど……僕としてもそっちの方が有難いよ」
死神は安堵したように胸をなで下ろす。
その動作を見る限り、嘘は言っていないのだろう。
……フン、分かっていないな。この死神は。
今すぐ楽に殺されるよりも遥かに凄惨な死に方を、奴が後々迎える事になると言うのに。
しかし……この死神も奴同様に、自分の命よりも他者の命を優先して心配する精神には虫唾が走る。
「分かったなら、それ以上余計な事を言うな。殺すぞ」
そう言いながら、私は再び死神を睨みつける。
「うっ……君の『殺すぞ』という一言は余りに恐ろしいよ。
何しろ、あのサタンと同じ顔と姿だからね……」
平和主義者の姿と酷似した者が「殺すぞ」という言葉を使う事に嫌悪感を感じるのか、それとも奴と同じ力を以て殺される恐怖から言っているのかは判らんが、とにかくこの死神の追求を止められたので良しとする。
そして私は再び2人の動向を探るべく、死神に2人の映像を映し出す様に命令しようと考えたのだが、その直前にある一つの事を思い出す。
「……そういえば、奴はあらゆる戦闘方法の中でも剣戟が得意だった筈だ。
奴とは、剣戟で決着をつける事にしよう。
最も得意とする戦闘で敗北してこそ、己の無力さを知るであろうからな。
死神、お前にも協力して貰うぞ」
私は腰掛けていたベッドから立ち上がり、笑みを浮かべながら死神に言った。
「確かにそうかもだけど……協力って?」
死神が不思議そうな表情で首を傾げ、私に問い掛ける。
「解らんのか? お前が剣戟の練習相手として私と戦えと言っているのだ」
私は理解の遅い死神に憤りを感じ、またも死神を睨みつけて答えた。
「それは解るけど……この首の呪印のせいで僕は君に攻撃出来ないじゃないか」
死神は自身の首元を指差しながら、「何を無理難題を言っているんだ」とでも言いたげに首を傾げて呆れた様な表情を浮かべて言った。
「……既に私への攻撃制限は解除してある。
ただ、追跡効果は残っているから、逃げ出そうなどと考えるなよ?」
私は察しの悪い死神に呆れてため息をつく。
「えっ、いつの間に……。
でも、さっき言ってた様に2人の動向を探らなくて良いのかい?」
死神は首を傾げながら、再び私に問い掛けた。
「そんなものは後回しで構わん。
奴が急速に成長する可能性がある以上、私もただ奴との決着をのうのうと待っている訳にはいかないだろう。
奴との決着まで、お前には何度か剣戟の相手になって貰うぞ」
「えぇ……魔王と何度も戦うって、相当に骨が折れそうだよ」
非常に嫌そうな顔で死神が言う。
今すぐ殺されるよりは幾分とマシであろうに。
「……一々文句を言うな。ではまず、魔界に転移するぞ」
「えぇ? 何で魔界に? 戦うだけなら此処でも出来るでしょ?」
私は増す増す察しの悪い死神に対して苛立ち、ハァ……と、先程よりも長いため息をつき、死神に返答する。
「人間界は魔界に比べて非常に大気中の魔力濃度が低い。
此処で一年間過ごしていては、幾ら技能を鍛えた所で身体の方が衰えていくであろう。本末転倒も良い所だ。
その様な状態で奴と戦う気は無い」
と、私は死神に簡潔に答えた。
魔族生命体の身体能力が、人間よりも総じて高い理由は、体内に宿らせる事の出来る魔力量が人間と比べて多いからだ。
あらゆる生物は血液中に流れる魔力量が多いほど、細胞の活性化が活発になる。
体内に内包できる魔力量は、種族毎によって大体は決まっている。
人間も魔族生命体も、基本的には魔力量の弱い者ほど、身体も脆弱となるのだ。
同じ種族の中でも、稀に生まれつき非常に体内の魔力量が少ない個体もいれば、逆に非常に体内の魔力量が多い個体も存在している。
後者の例としては、リミアが挙げられる。
元々、体内の魔力量の多い淫魔族と夢魔属の二種族の混合種にして、体内の魔力量は異常値。
リミアがあの細身の身体で、非常に優れた身体能力を発揮できる理由がそれなのだ。
しかし、身体の魔力量が多い魔族生命体には、ある弱点が存在する。
それは、空気中の魔力量が少ない場所で生活していると、やがて身体の魔力量が欠乏して大きく弱体化してしまう可能性が生じるという点だ。
巨人族等、元から体内に内包する魔力量が少なく強靭な肉体で身体が構成されており、魔力に頼らずとも高い身体能力を発揮できる種族の場合は殆ど弱体化が起こらない。
その代わり、扱える魔法の範囲が狭くなったり、威力が弱くなったり、或いは全くもって魔法が使えない場合が多いのだが。
死神の場合は特殊で、刈り取った人間の魂を変質させた「霊力」という、魔力とは異なった物質で身体が構成されているので、魔力の欠乏による弱体化は起こらない様だ。
そして、更に特殊な場合……サタンや私の様に、身体の殆どが魔力で造られた類稀な存在においては、圧倒的な身体能力や魔力量を誇る代わりに、他の魔族生命体に比べて魔力量の欠乏による弱体化が著しいのである。
普通の生物であれば、魔力とは自分の身体にある、一つ一つの細胞が生み出すものだ。
消費する魔力量に対して、自力で作り出す魔力量が足りない場合のみ、空気中に漂う魔力を体内に取り込み、それを扱い易い性質へと体内で変質させている。
しかしサタンや私にはその様な機能が備わっておらず、空気中の魔力を体内に取り込んで身体を構成しているのだ。
身体の大半が魔力で出来ているため、並大抵の物理攻撃は効かない上に無尽蔵の魔力を内包している事になるのだが……それ故に、身体の魔力を使用するという事は、自らの命を削るという事にもなる。
空気中から多大な魔力を供給出来る魔界においては、多少魔力を消費しても問題は無い。
しかし人間界に居る間は、少しの魔力を消費するだけでも私にとっては命を削る行為となるのだ。
つまり、私が人間界に長居する利点は何一つ無いのである。
決着の地も当然、互いに……と言うよりも私に不利の無いよう魔界にて行うつもりだ。
「な、成程……それじゃあ、転移門を開くから、君の無属性の魔力を借してくれなきゃ」
ようやく私の意図を理解した死神は椅子から立ち上がり、椅子の脚の傍に置かれた死神の鎌を手に取って言った。
死神の鎌は、死神を捕まえた際に抵抗を防ぐ為に取り上げていたのだが、呪印を死神に刻んでからはその心配は無くなったので返しておいた。
聞いた話によると死神は、死神の鎌が無ければ転移が出来ない様だ。
転移門を開く為に、空間を「裂く」必要があるからである。
転移門は非常に繊細な造りとなっており、門を開き続けられる持続時間は数分と持たず、他の属性の魔力と混合すれば即座に拒絶反応を起こして崩壊するという不便な面がある。
空間を「裂く」必要があるのは、転移門の周りに虚無空間を作り出し、空気中に漂う魔力との混合を避ける為だ。
転移門を開くのにも、空間を裂いた後の歪みを持続させるのにも霊力が必要となる。
死神だけの霊力では、自分よりも力のある存在を転移させる為に必要な魔力に達しない。
より強力な個体を転移させるのには、その個体の持つ力の全てを空間の歪みの先へと送り出す力が必要なのだ。
魔力を借りる必要があるというのは、他者から貰った魔力を、死神の体内で霊力へと変換して扱う為だ。
わざわざ無属性限定としている理由は、単純に無属性の魔力が一番、霊力への変換効率が良いからである。
つまりは、別に必ずしも無属性の魔力を与えなければならないという訳ではないのだ。
まぁ、そんな非効率な事をする気は私には一切無いのだが。
仕方がない事とは言え、一時的にでも死神に協力する様な行為を取ることには虫唾が走る。
「チッ、早くしろ」
腹いせに舌打ちしながら、私は死神の背中に手を置き、無属性の魔力を流しながら転移門を開くのを催促させる。
蛇足だが、魔族生命体にも人間にも、体内に流れる魔力に属性を付けて体外へと放出する為の器官が身体の中に生まれつき備わっている。
有属性の者が無属性の魔力を扱う為には、その器官を介さずに、身体に流れる魔力を放出すれば良いのだ。
私から魔力を借りた死神は目の前に「世界転移門」を展開する。
その力によって生まれた、陽炎のように揺らめく空間の歪みからは、魔界の荒廃した平野の光景が見えている。
流石に激戦を想定してなるべく被害の少ない戦場を選ぶ頭はあるようだ。
もしもその被害を想定せず、適当に魔族生命体の生息地等を選んでいれば、今度こそ目の前の死神に叱咤している所であった。
「はい、作ったよ。
分かっているとは思うけど、閉じちゃう前に早く入らなきゃ……」
「その喋ってる時間が無駄だろうが」
「あぅ」
私は転移門を開くや否や、こちらに振り向き無駄な台詞を述べる死神を門の向こうへと軽く蹴り飛ばし、その直後に私自身も転移門を通った。
転移門を通った先には、先程転移門の向こう側に見えた通りに、見渡す限り何の建造物も無い平坦な荒野が広がっていた。
ここなら散々暴れ回っても問題無さそうだ。
恐らくは邪魔者が入る可能性も無かろう。
「アイタタ……もう、乱暴だなぁ」
私に蹴られた背中を擦りながら、不服そうな表情で死神が文句を言う。
痛がるほど強くは蹴っていないだろうに。
「私が先に転移門を通った直後に、お前が転移門を閉じる可能性を考慮すれば当然の事だ」
私は死神の演技臭い動作に呆れて、ため息をつきながら答えた。
「……蹴り飛ばす必要無いよね? 僕、蹴られ損だよね?」
「さっさと転移門を通らなかったお前が悪い」
頬を膨らませて抗議する死神に対し、私は呆れの表情を浮かばせて言い捨てた。
「……ハァ、お前と話すと調子が狂う。
さっさと始めるぞ」
私は呆れた表情のまま顔を手で抑えて再びため息をつき、逸れた話を元に戻すべく、剣戟の話へと話題を転換させた。
「……うん。でも、君は武器すら持っていないじゃ無いか」
私が素手の状態である事を見て確認し、死神が言った。
「フン、わざわざ用意する必要は無い。
暗黒物質の真の使い道を見せてやろう」
私は笑みを浮かべて死神に宣言すると、右の掌を上に向け、そこから空に向かって渦巻く闇の粒子状の魔力を放出させた。
その魔力はやがて、不定期に揺らめく、黒く小さい竜巻を形成する。
竜巻の高さは、私の身長と同じぐらいだろう。
「えっ……何それ? 竜巻?」
「……黙って見ていろ」
死神はその黒い竜巻に興味を持って質問を投げ掛けるが、魔力の操作に集中したい私は簡潔に返答して死神を黙らせる。
非常に細かい粒子の操作をしている為、暗黒物質で何かを造形させるには、緻密な計算の上で電子顕微鏡並の精密な操作が必要となる。
魔力を扱う難易度は、決して低くは無いのだから。
最も、暗黒物質の操作を感覚で慣れているサタンなら造作も無いことであろうが……
私は会話の間に一時静止させていた魔力の操作を再開させる。
すると渦巻いていた竜巻は周りの空間へと拡散され、黒い竜巻の中で形成されつつ闇に隠されていた、漆黒の剣が姿を現した。
竜巻の時と同じで、剣の全長は私の身長と同じ位だ。
「……うむ、一先ずはこれで良いだろう」
「嘘……そんな精密な操作が……」
死神は私が粒子状である暗黒物質を精密操作し、剣の形成に成功した事に対して、目を見開いて驚愕している。
「……精密? 馬鹿め、奴ならこれとは比にならない程に複雑な形状の剣を形成できる。
こんな剣、子供の作る粘土細工の様なものだ」
事実、私が製作した剣は、人間界でも非常に普及している、ただの長剣だ。
それも、十秒以上の時間を要するものであった。
そう、私と奴とでは、暗黒物質を扱う為の「知識」は同等だが、「慣れ」と「経験」は全く違う。
私はただ、説明書の手順に従って物を製作しただけに過ぎない。
そんなもの二流以下の技術……基本中の基本である。
造形技術というのは一流に近づけば近づく程、説明書の手順から離れてゆくものだ。
当然、説明書の手順を一切踏まえない訳では無いが……その手順の中に自分だけの独創性を加え、より良い作品をより早く製作する技術というのが、一流の職人技であるという事だ。
私は、自分の製作した剣が二流以下の作品であると自覚している。
剣一本を形成するだけで今の自分の能力の底が知れるとは……嫌な気分である。
元々芸術というものは、完成させた作品を一目見るだけで製作者の実力が自他共にはっきりと伝わるものだ。
しかしそれ故に、私にはまだ大幅に伸び代があるのだという事実にもなる。
何故なら、完璧とも言えるサタンの暗黒物質の操作の素質を、私は受け継いでいるのだから。
「粘土細工……? 粒子状物質で物を形成するなんて、そんなレベルの話じゃ無いでしょ……」
未だに驚愕した表情を崩さぬまま、死神が呟く。
確かに、粘土細工では例えが悪かったかも知れないな。
作業を一時中断し、作業場を離れて休憩が取れる様な工作類とは違い、集中力が切れて魔力の操作を少しでも中断すれば、それまでの苦労は全て水泡に帰すのだから。
現に今、こうして死神との会話を交わしながらも魔力の操作に気を抜けない状況となっているのだ。
奴との決戦前には、この暗黒物質の操作も完璧に習得しておきたいものだ。
「フン、お前は余計な事を気にするな。
……あぁ、剣戟を始める前に、先に規則を言っておこう」
「……うん」
私が人差し指を立てて死神に言うと、死神は唾を飲み込み、慎重に私の話に耳を傾けた。
「まず、勝敗の判定基準は相手の戦闘不能。
武器破壊か、或いは相手を行動不能にするかの2つだ」
「なんて言うか……騎士団の入団試験の実技試験に似てない?」
当然だ。この規則は実技試験から発想を得ているのだから、殆どの内容は変わらないだろう。
……ただ一つ、非常に重要な箇所を変更している事を除いては。
そしてそれは、私よりも死神の方が注目すべき事なのだ。
「この戦闘は、実技試験と違って、『相手の殺害』も認められる。
まぁ、判定役も居ないから当然の事だが」
「……!! それって……」
死神はその意図を察し、驚いた様子で目を見開いて言った。
「そうだ、お前が私を殺す事が出来れば、晴れてお前は自由の身だ。
それどころか、魔界、人間界共に多くの命を救う事が出来るぞ?
……どうだ? 少しはやる気が出てきたであろう」
私は挑発的に笑みを浮かべ、死神に宣言する。
殺害を可とする規則を設けた理由は、死神に救いの手を与える為では無い。
奴との決戦は、「遊び」ではなく「死闘」になる。
私が死ぬという覚悟が必要である程の訓練で無ければ意味が無いのだ。
つまりは、私は目の前の死神に敗北する可能性を全く考えていないという事だ。
死闘を挑む相手に敗北する予想をするなど、以ての外なのである。
「……成程、わかった。
さっきまでは、どうせ勝てないだろうから、なるべく怪我を負わないようにさっさと負けようかと考えてたけど……そういう事なら、僕は一切手を抜かないよ」
死神はそう言いつつ薄らと笑みを浮かべ、鎌の刃を私へと向け、殺意と敵意を込めた眼差しで私を睨みつけた。
どうやら、本気を出す気にはなった様だ。
「まぁ、全力で来ようと無駄な事だがな。
では────」
そう言いながら私は剣を構えて目を瞑り、全力の初手を繰り出す為に意識を集中させる。
私が目を瞑る前、死神もまた真剣な眼差しでこちらを睨み続けており、私同様に意識を研ぎ澄ましている事が伺えた。
僅か数秒の沈黙。
しかし、その数秒が数時間にも感じられる程に空気は張り詰めたものとなっている。
そしてその緊張を切り裂く様に、私が声を発する。
「────始めるぞ」
私は死神に宣言し、全力の疾走にて死神との距離を詰めた。
この第三章のタイトルが「魔法学校編」と書いてありますが、未だ入学すら出来ていないので、学園モノのストーリーを期待している方には申し訳ありません。
なるべく早く話を進めて、魔法学校でのストーリーを書けるようにしていこうと考えております。




