23話:邂逅と激突
前回は次話投稿に二週間以上掛かってしまうかも知れないと前書きに書きましたが、思いの外早く書けたので、また一週間投稿が出来ました。
出来るだけ早めに執筆しているつもりですが、次回はまた一週間投稿ができるかも、二週間投稿になるかも知れません。
〜人間界〜
俺は見知らぬ通行人にいきなり名前を呼ばれて驚き、その通行人から目線を外さず警戒したまま後ろに数歩引いてしまった。
俺がこの国に来てから、まだ数日しか経っていない。
そのため俺の名前を知るものはごく僅かで、見知らぬ通行人が知っている筈がない。
そして、俺とほぼ同じ体格や身長を持っているという点から、直感的に俺と何らかの繋がりがある人物である可能性を感じたからだ。
「その反応……やはりそうか。
会いたかったぞ、クロト=ルミナ……いや、サタンよ。私が誰であるか……この顔を見れば判るだろう?」
そう言って通行人がフードを脱ぐと、そこには髪と瞳の色のみが異なった俺の顔があり、その顔には怪しげに薄く笑みを浮かべていた。
俺の正体……転生前の名を知る者は魔界の住人しか知らない筈。
更にその存在を確定付けるかの様な、俺と瓜二つの顔。
俺は誰何するまでも無く、目の前の通行人の正体が何であるかを理解し、それを口にする。
「新たなる……魔王か」
内心で驚愕しつつも平然を装い俺が答えると、その通行人……新たなる魔王がゆっくりと口を開いた。
「その通り……名前は『ディザスター』と呼んで貰おうか」
新たなる魔王は薄い笑みを浮かべたまま、自分の名前を名乗った。
何故、新たなる魔王が此処に?
一体何の用で、どうやって人間界に転移した……?
俺は様々な疑問を思い浮かべ、質問を一つに絞ってその魔王へと問い掛ける。
「ディザスター……『厄災』か? 何故その様な名を?」
「クク……私の目的は魔王の力を用いて、魔界に、そして人間界に厄災を齎す存在と成る事! その目的を表す為の名だ。
いずれ貴様の作り上げた魔界の平和は、私の力によって崩壊を迎えるだろう!」
俺の問い掛けにディザスターと名乗った新たなる魔王は笑みを浮かべたまま俺を睨みつけて宣言する。
「な……っ!」
俺はその言葉に驚き、驚愕の表情を浮かべつつ声を上げる。
馬鹿な……新たなる魔王が「厄災」だと?
その力を悪しき目的に使えば、どれ程の被害を生み出すかは計り知れない筈。
最悪は無限の破壊活動が可能と言っても過言では無いだろう。
それ程までに、魔王の力というものは危険なモノである。
だからこそ俺は、その力を魔族間戦争の抑止力として用いたのだ。
どの程度までかは判らないが、俺の記憶を少なからず継承しているというのは奴の口振りから察する事は出来る。
少なくとも、俺が魔界の平和を築いたという事を知っていたのだから。
であれば、その力を魔界の平和の崩壊に使う事の恐ろしさは分かっている筈だ。
ならば何故、俺が築き上げ保ってきた平和を崩そうと目論むのだろうか?
俺は常日頃から……そして現在も魔界の平和を望んでいる。
少なくとも俺の記憶を継承しているのであれば、その思想を受け継ぎ、寧ろ魔界の平和の維持に尽力するというのが当然の道理であろう。
俺はディザスターの言葉がどうしても信じられず、何かの冗談であるという可能性に賭けることにした。
「……まさか、冗談だろう?」
俺はあくまで新たなる魔王、ディザスターの話を信じていないという事を装い、冗談話を鼻で笑うように言った。
転生前の自分なら、冗談でもその様な物騒な台詞は言わないのだが……気分というのは時に理解不能な行動を生物に取らせるものだ。
ディザスターが冗談を言っている可能性が無いとも言い切れないし、本当の事を言っているという確証も無いのである。
敢えて鼻で笑ったのも、「冗談であれば笑い話で済むが、本気で言っているのであればそうはいかない」という心情の裏付けであった。
ここは「ただの悪い冗談だ」と、先程の言葉を撤回してくれる事を内心で願ったが……その期待は裏切られる。
「ククク……ハッハッハ!!」
俺の様子が可笑しくてたまらない、とでも言うようにディザスターが哄笑したのだ。
「何だ? 何が可笑しい?」
俺が鼻で笑ったという反応の意図が通じておらず、まだ冗談を言っているつもりなのだろうか……? と考え、俺はディザスターが哄笑する理由を問いかけた。
「フッ、まぁ貴様が信じない……いや、信じる事を拒む理由も解る。
だが、私は余りにも平和ボケした貴様の滑稽さにどうしても笑いがこみ上げてしまったのだ」
哄笑する事に疲れたのか、ディザスターは一旦落ち合いた様に息を吐いてから、今度は俺を嘲笑するかの様に、再び薄く笑みを浮かべて言った。
「私は平和などという幻想に現を抜かして生きる貴様とは違い、戦争を、殺し合いを好いておるのだ」
コイツ、いつまで下らない冗談を……。
と、熱湯の様に沸き上がる怒りを抑えつつも、ディザスターの話に耳を傾ける。
……冗談? だがしかし、平和を幻想と例えるなど、転生前の俺とは明らかに性格が違う。
冷静に考えてみれば、冗談ではない可能性の方が、既にかなりの割合を占めているのでは無いだろうか。
そんな俺の嫌な予感は、次のディザスターの台詞で完全に的中するのであった。
「凄惨たる殺戮、弱者の蹂躙……そして、私の手によって死を目の前に迎えた者が浮かべる絶望と苦悶の表情を見る事が……私にとって至高の快楽!」
台詞の途中からその光景を想像したのか、ディザスターは台詞を言い終わるまで空を見上げながら恍惚の表情を浮かべていた。
それを見て、俺はディザスターの言っている事が嘘で無いことを確信する。
そして確信した事がもう一つ。
この魔王は、明らかに俺と真反対の思想を持っているという事。
そして……自らに与えられたその力を私欲の為に使い、あまつさえ魔界を壊滅の危機に晒そうとする邪悪な心の持ち主であるという事だ。
それを確信した俺が目の前の存在を自分の「敵」であると認識した瞬間、激しい怒りを感じた。
しかし、だからこそ冷静さを保ち、ディザスターの言葉に耳を傾けた。
次の台詞で前言を撤回しない様であれば……目の前の存在を速やかに削除するべきだと考えたからである。
しかしながら、目の前の存在は現在の魔界の住人にとっての最重要人物。
もしもディザスターの台詞から感じられる奴の狂気が思いのほか小さく、少しでも善の心があるのであれば、出来ればそのような行為は取りたくも無いし、何より平和主義者である俺も出来るだけ穏便に事を済ませたいのである。
しかしそれ以上に、現に魔界の平和を乱そうとする存在……異分子は問答無用で葬らなければならないのだ。
「既に魔界の住人は私の魔力によって精神を侵され凶暴化している。
同種族は襲わないが、他種族に対しての攻撃性が格段に増幅されているのだ。
貴様なら容易に想像が付くとは思うが……私がその気になれば、隔離された異種族の魔族生命体同士の領地の隔たりを無くし、何時でも魔族間戦争を再び引き起こす事が可能だ。
それを阻止したくば、私を今ここで殺すが良い!」
ディザスターがそう宣告し、今まで体内に隠蔽していたのであろう膨大な魔力を解放する。
それは、火山が噴火により大量のマグマを噴出する光景を彷彿とさせる程の、余りに膨大な魔力の放出である。
するとディザスターが身体から放出した黒い瘴気の様な魔力の粒子によって、辺りの綺麗な町並みはやがて視界が大幅に制限される程の暗黒に呑まれ、澄み渡る程の青空は血の様な紅色に染め上げられ、先程とは雰囲気が一変した、混沌とした光景が視界に広がった。
先程まで楽しそうに会話を交わしていた通行人達は、誰もが目の前で起こったその異様な現象に口を開けて驚愕し、この場を離れるべく街の外を目指して逃走し始めた。
ただひたすらに他人を押し退け、我先にと逃げ惑う者。
自らの命よりも他人の命を優先し、率先して皆を街の出口へと誘導する者。
余りに唐突な現象に戦戦恐恐し、腰を抜かして地べたに座り込み、空を指さしながら、言葉を失った様子で口をただ開閉させる者……。
────周りは一瞬にして混乱に包まれた。
その様子を見ていた俺は、直ぐに敵意をディザスターへと向けて目の前の存在を睨みつける。
ディザスターの魔力の放出が収まるまで攻撃を開始しなかった理由は、俺と奴の戦いに周りの住人が巻き込まれないようにする為だ。
奴が現時点で転生前の俺の力をどこまで使えるのかは未知数である。
もしも広範囲殲滅魔法を造作なく使えるのであれば、周り一帯に及ぼす被害は甚大なものになるのだから。
放出された魔力の量から推測すると、少なくともこの街の全体が同じ様な状態に変化したであろう。
どうやら俺の予想以上に、新たなる魔王は力への覚醒が早かった様だ。
たった今、露わになっている魔力だけでも、既に上級悪魔の魔力とは比にならないだろう。
……勝てない。
それが、俺の率直な感想であった。
しかし、だからと言って敵前逃亡など考えられまい。
そもそも目の前の魔王が、俺を易々と逃がしてくれるはずもあるまい。
元より逃走する事など、俺の頭には無いのだ。
仮に逃走を成功させたとしても、奴が周囲の建物を破壊したり、住人への攻撃等をして俺の注意を引こうとする可能性もある。
それを行わせる訳にはいかなかった。
詰まるところ、今ここで、俺が直ぐにでも目の前の脅威を消し去るしか無いのである。
「クロト君!? 何があったの!?」
「何なの、この状況は!?」
店の中からガラス越しに外の光景を見て、その異常な変化に気づいたのか、フィリアとハイネは驚き焦った様子で俺の背後にある店から飛び出してきた。
しかし、ただ押っ取り刀で駆け付けた所で、目の前の魔王に対処できる筈が無い。
俺はディザスターの狙いが二人に向かない様に警告の声を発する。
「近づくなッ!!」
「「えっ……!?」」
しかし、既に遅かった。
フィリアが俺の名前を呼んだ事で、二人が俺の仲間であると認識したディザスターは、狙いをその二人に変更したのだった。
「ほう……この異常事態を恐れず、仲間の元に駆け付ける人間がいるとは。
この二人は邪魔になりかねん。まずは、そこの二人からだな」
ディザスターは視線を俺から外して2人に合わせると、常人には目に見えない速度で2人のすぐ手前まで距離を詰めた。
俺は咄嗟に思考加速百倍を発動していたが、それでも反応が追いつかず、ディザスターの進行方向に目を向けるのが精一杯であった。
ディザスターがフィリアとハイネの鳩尾に同時に拳を叩き込むと、二人は吐血しながら地に伏せて動かなくなった。
視界の制限されたこの暗闇の中では、普通の人間には五メートル先に居る人物の顔すら認識は困難だろう。
フィリアは『視力強化』スキルによって、ある程度の視界は確保出来ているのだろうが……高速で移動するディザスターの動きは、常人の目に捉えられるものでは無かった。
ハイネこそ視界は確保されていないだろうが、鎧を装備している為、フィリアよりはダメージは低い筈だ。
それでも尚、拳一つで二人が地に伏せる程の殴打。
俺は二の身の安全を案じずにはいられなかった。
「フィリア! ハイネ……ッ!」
俺は二人の名を叫ぶも、二人は起き上がるどころか指一本動かす素振りが無く、尋常ならざる焦燥感に駆られる。
「安心しろ、殺してはいない。
絶望していない者を殺すのはつまらんからな」
ディザスターが真実を言っている確証は無いが……例えば快楽殺人者等の異常者は、犯罪を実行する際の異様な拘り持っている事があるという。
台詞から察するに、ディザスターの場合にもその傾向が見られたため、自らの死を目の前にした生物の絶望の表情を見てからでなければ殺さないという拘りがあるのだろうと察した。
今の俺はその言葉を信じ、二人の無事を心で祈るしか無かった。
「ただ、貴様だけはそうはいかない。
全力で殺しに来い。さもなくば私が貴様を殺す」
ディザスターは今まで見せていた笑顔を止めて真剣な顔付きになり、低い声で宣言して標的を俺に切り替えた。
「っ……!」
俺はその威圧に気圧されつつも、高速移動で建物へと向かって疾走し、そのままの速度で跳躍スキルによって建物の壁へと跳躍する。
更に跳躍した先にある建物の壁に足をつけ、その壁を地面として向かいの建物の壁へと跳躍する。
俺はそれを繰り返し、やがてハイネと戦った時のフィリアと同じく、建物の壁を利用した多角方向への高速空間移動を利用した無数の分身をディザスターの周囲を囲む様にして作り出す。
思考加速百倍を発動させる事により、コンマ一秒の動作の無駄もない移動を可能としている為、フィリアよりも格段に速く、分身の数も多いだろう。
「成程、そこの金髪の小娘が使っていたものと同じ小細工か。
しかし、小娘の時よりも分身の数が多い様だな。
流石……とでも言っておこうか」
そう呟きながら一人で勝手に納得するディザスターの背後から、俺は足を狙って鋼の剣で斬りかかる。
何故ディザスターがフィリアとハイネの戦闘を知っているのかは疑問に思ったが……今はそれを気にしている余裕は無い。
先程の攻撃から考察して、あの高速移動はかなり厄介だ。
先程は突然の出来事であった為、ディザスターの姿をはっきりと認識出来なかったとはいえ、仮にあの高速移動で接近し攻撃されたとしても、その攻撃を防御出来るかどうかは判らなかった。
その為、先ずは高速移動の要となる足の機能を封じる事にしたのだ。
更に、次に繰り出す止めの一撃を確実に当てる様にするという目的もあった。
足は移動手段としては勿論、あらゆる攻撃の要にもなり、足の機能を奪えば殆どの行動の自由が奪えるのだから。
奴の魔力から判断して、例え心臓を貫いたとしても致命傷にはならない再生能力があるのであろう。
身体の殆どが魔力で形成されている上位の魔族生命体は、満身創痍の負傷でさえ、魔力があればものの数秒で完治出来るのだ。
しかし、身体の殆どが構成されており、あらゆる負傷を一瞬で完治する治癒力を持つ魔王とて不死身では無い。
身体の中でも一番重要な魔力の供給源である首元を掻っ切られれば死に至る。
とは言え、身体の主要部分である頭部から首元に掛けて、魔力の密度は他の部位よりも少しだけ大きくなっているのだ。
俺がナイフ一本で自殺出来た理由もそこにある。
だが今の俺の腕では、ただの剣では一撃で致命傷を与えるのは困難だろう。
俺の狙いは、奴が切断された部位を治癒する為に魔力を欠損部位に集中させた時……即ち、それ以外への魔力の供給が疎かになり、首元の魔力が希薄になった時に、止めの一撃を加えるというものだった。
ただ、魔王の身体には半端な腕で振られた刃物で傷を付けることは出来ない。
手数で攻めたり力押しで貫くよりも、熟練された鋭い一閃を確実に当てる方が通用するのだ。
敢えて得意とする二刀流を使わない理由はそこにあり、手数や攻撃範囲よりも一閃の斬撃力を重視した為であった。
俺の放った一閃は正確にディザスターの足を剣の軌道上に捉える。
しかし……、
「甘いな」
ディザスターは俺の居る方向とは逆の向きを見たまま、表情一つ変えずに自らに向けられた剣の刃を掴み取った。
「な……ッ!」
命中を確信した一撃を止められ、俺は驚愕する。
そしてディザスターは剣を掴んだまま、瞬時に俺の腹に後ろ回し蹴りを加え、俺を建物の壁へと蹴り飛ばした。
ディザスターの鋭い回し蹴りを腹部に喰らい、吐血しながら俺の身体は勢いよく後方に吹き飛び、受け身も取れぬまま建物の壁に激突する。
「かはっ……」
俺が激突したレンガ造りの壁には、人ひとりが簡単に通れそうな大穴が空き、周りに砂埃を撒き散らしていた。
「不意打ちを見破られて驚いたか? 確かに、私の目には貴様のはっきりとした像は映っていない。
常人が見るよりも幾分と遅くは見えてはいる筈だが……それでも無数の残像が見える。
しかし私は貴様と同じく、索敵スキルを持っている。
攻撃の方向は、貴様の攻撃の瞬間に自分に向かってくる敵意を感知すれば容易に把握出来るのだ」
俺がまだ死んでおらず、気絶もしていないのを想定してか、ディザスターは俺を吹き飛ばした先にある壁に向かって言った。
ディザスターの想定通り、壁に窪みが生じる程の勢いで俺は壁に激突したが、ダメージ軽減スキルのお陰で衝撃は半減され、気絶する事も骨折等をする事も無かった。
「痛ッ……」
……蹴りを喰らった腹部と、壁に叩きつけられた背中と腕には激しい痛みを感じてはいるが。
それでも戦闘に支障が生じる程では無く、俺は壁に凭れ掛かって座る様な姿勢から立ち上がると、再び先程の様に建物の壁を利用して空中や地上を高速移動し、無数の分身を作り出した。
「フン、下らんな。貴様の事だから何か創意工夫を凝らして来るのかと思いきや……。
失敗した作戦を再び使うなど、貴様の学習能力もその程度だったという訳か、失望したぞ!」
俺が奇想天外な作戦で攻めるのかと予想して期待はずれであった様子でディザスターが表情に怒りを顕にし、憤慨したように叫ぶ。
……まぁ当然、全く工夫が無いわけでは無いのだが。
そして先程よりも険しい表情をして俺の攻撃を待つディザスターに向かって、背後から一つの斬撃が飛ぶ。
「同じ手は通用せんぞ!」
ディザスターは先程と同じく、斬撃の方向を見ずに剣の刃を受け止める。
しかし、剣を受け止めた感覚に違和感を覚えたのか、ディザスターは驚いた様子で斬撃の飛んできた背後を振り向く。
……そこに俺の姿は無かった。
「なっ、馬鹿な!? 確かに敵意はこの方向から……!」
驚愕し、焦りを顕にするディザスターの背後から俺は高速で接近しながら姿を現し、もう片方の剣――鋼の剣で鋭い一閃をディザスターの足に放った。
「くっ……そこか!」
しかし、それに素早く反応したディザスターは俺の方向に振り向いて剣をつかみ取ろうとする。
が、それは間に合わず、足の切断は免れたものの、右腕を肘の上から切断される事となった。
「――ッ!」
ディザスターはその痛みで驚愕と苦悶の表情を浮かべて右腕の切断部分を抑え、俺に回し蹴りを放つ。
俺はディザスターが回し蹴りを放つ瞬間、高速移動で距離を取る事により、その攻撃を躱す。
しかし、俺が距離を取ったことにより、ディザスターに回復の隙を与える事になってしまった。
ディザスターは腕に魔力を集中させ、欠損した腕を再生させてしまったのである。
「何故、私が貴様の存在に気づけなかった……?
何故、私が感知した敵意の先に貴様が居なかった……?
……ハッ! 成程、そういう事か……!」
先程の俺の攻撃の正体を探るべく、腕を修復しながら少し思考して一つの答えに辿り着いたディザスターは、またも一人で勝手に納得する。
俺がディザスターに一撃を喰らわせた工夫。
それは最初に行った攻撃に万物融合化と隠密スキルを加えたものだった。
分身を生み出している最中に、万物融合化で俺の『敵意』を、二本ある剣の片方『鉄の剣』に融合させ、『敵意を含めた剣』を作り上げ、次に隠密スキルで俺自身の敵意を消すと同時に、その剣をディザスターに向かって投げつけた瞬間、俺は建物の陰に隠れて気付かれないようにディザスターの前方へと移動する。
そして『敵意を含んだ剣』を俺と勘違いしたディザスターが俺の姿を確認する為に後方を振り向き、俺はその逆の方向から不意を突いて斬りかかった。
しかしその斬撃は先程の通り、ディザスターの足を切断するには至らず、作戦は失敗に終わった。
たった今、奴も作戦の内容に気づいただろう。
つまり同じ手はもう通用しないし、飛び道具も通じない。
正面からの戦闘など以ての外。
最早、万策尽きたか……。
せめて魔法さえ使えていれば、もう少しは奮闘出来ていたであろうに。
……冷静に考えてみれば、元々俺の勝手で魔王としての役割を放棄し、この世界へと転生して自由気ままに過ごして来たのだ。
そのせいで魔界に厄災が生まれ、その被害は魔族生命体に収まらず、人間界にまで影響を及ぼした。
その存在によって俺が殺される事になるのも、決められた当然の運命なのだろうな。
それで何の咎めも無しに、のうのうと人生を満喫して過ごすなど、虫が良すぎたのだろう。
ここで死ぬのも自業自得というものだ。
これからやりたい事は幾つもあったが、俺の命で人間界が……何よりハイネとフィリアが守られるのであれば、それだけで贅沢な事であろう。
後悔も無いことはないが……。
俺は暫く瞼を閉じて考え、戦いの勝利を諦めて剣を手から離すと、ディザスターに向かって一つの願いを懇願する。
「……俺に出来る事はここまでだ。
お前の望みが俺の命であれば、この命をくれてやろう。
ただ……あの二人、ハイネとフィリアには手を出さないでくれ」
俺は敢えて絶望した表情をディザスターに見せて言った。
絶望した俺を殺させて満足させ、人間界に脅威を向けられない様にする為だ。
「……クク、どこまでも甘い奴だ。
人間の身体で私に一撃を喰らわせた事は多少評価してやっても良いがな……」
ディザスターは俺の言葉に一瞬驚いた表情を見せるが、その後直ぐに不敵な薄い笑みを浮かべて言った。
甘い奴、か。
やはり俺の命一つでは人間界を見逃すのには不十分だいう事か。
元々、今の俺にそれ程の命の価値は無いことも分かってはいたが。
フィリアとハイネ……済まない。
そして、俺に親切にしてくれた少女のミキ。
彼女にはまだお礼を言っていないが、それはもう叶いそうに無いな。
人間界に来てからの事を思い出しつつ、自らの死を悟った俺は目を瞑って抵抗の意志が無いことをディザスターに伝え、死を覚悟する。
「クッ、ハハハハハハッ!!」
「……?」
俺の様子を見て、可笑しくてたまらないと言うようにディザスターは腹を抱えて笑った。
俺は何が可笑しくて奴が笑っているのか分からず、首を傾げた。
殺るならさっさと殺って欲しいものだ。
「クク……まさか数百万の種類の魔族生命体を統べる魔界の王が、たった数人の人間の為に自らの命を差し出すとは、滑稽もいい所だ。
元々私はお前の命を奪うつもりは無いというのにな!」
「……は?」
ディザスターの意外な最後の一言に、俺の口から思わず声が出てしまった。
「何を言っている?
俺の命を狙っているのでは無いのか?」
ディザスターの言葉に、ますます意味が分からなくなった俺は絶望した表情を止め、呆れた顔でディザスターを見ながら問いかけた。
俺の命が目的では無い? なら何故この人間界に?
「いや、貴様の命はいずれ貰う。しかしそれは今では無い。
そもそも今のお前を殺すだけなら、魔法を使えば容易な事だ。
それに、今の絶望したかの様な表情が作りものである事もお見通しだ。
私は、お前がいずれ『勇者』として私と対峙するのに、どれ程相応しいかを確かめに来ただけだ。
結果は……合格、とだけ言っておこうか」
「待て、増す増すお前の目的が分からん。
『勇者』というのは何だ?
何故俺が知らないものをお前が知っている?」
またも一人で勝手に話を進展させ、俺を『勇者』という、訳の分からないものに勝手に合格させたディザスターに俺は問いかけた。
「勇者とは……人間界に伝わる、伝説の人間の称号の事だ。
太古の昔……と言っても数百年前の出来事で、貴様から見れば昔という程では無いだろうが、『勇者』と呼ばれる人間が数々の脅威に立ち向かった逸話を、捕らえた死神から聞いたのだ」
ディザスターは俺の質問に応えて勇者についての説明を始めた。
「その様な人間が存在するのか……。
……ところで、捕まえた死神というのは?」
勇者の話に気を惹かれて無視しそうになったが、死神を捕らえた、という台詞がどうも気になった。
「貴様も良く知っているだろう?
お前と深く交流した死神……シックルだ」
ディザスターは笑みを浮かべて言った。
「……っ」
予想通りではあったが……知人がこの様な狂気を秘めた魔王に捕まっているという報告は聞き捨てなるものでは無かった。
「まぁ、お前達の行動を探り、この世界へと転移する為の要員として利用しているので、貴様を殺すまではその死神も殺すつもりは無いから安心すると良い。
最も、お前の行動や私の気分次第ではそうとも限らないがな」
気分次第……? いや、安否はとにかくシックルが殺されていない事に俺は安心した。
まだディザスターにとってシックルに利用価値がある以上、容易に殺す真似はしないだろう。
と言うか、俺達の行動を探っていたという事は、俺のステータスやスキルは既に把握されていたと言う事か?
フィリアとハイネとの戦闘について知っていた理由も、そういう事情があったからだろう。
だったら、なおさら最初から無謀な戦いだったという訳か。
まぁ最初から勝てないであろうことは想定していたが……
それはともかく、あの死神はああ見えて自由奔放で大胆不敵な性格だし、簡単に絶望しそうに無いからな。
ディザスターの気分次第で殺される事は恐らく無いだろう。
気になるのは俺の行動次第だという話だが、それについては話を聞いていれば分かる筈だ。
「……分かった。『勇者』についての話の続きを頼む」
俺はディザスターに言い、ディザスターの話に耳を傾ける。
「良かろう。
その時代、人間達にとって最大の脅威となっていた暗黒竜を討伐すべく、人間達はとある国の騎士団の中で当時最強と謳われていたある一人の人間に『勇者』の称号を与え、暗黒竜討伐の旅に向かわせた。
その『勇者』は暗黒竜討伐の旅の途中で襲い掛かる、人間達にとっての脅威となっていた数々の魔族生命体にたった一人で立ち向かい、力を身に付けながらながら旅を続け、遂に暗黒竜に久遠の封印を掛ける事を成し遂げたのだ。
……ここまで話せば、もう私の言いたい事は察したであろう?」
勇者についての説明をつらつらと述べたディザスターが俺に問い掛ける。
「あぁ……その『とある国』言うのがこのセインガルド王国の事で、騎士団の中で最強という存在が俺だと言いたいのだろう?
それで俺がその逸話の中の存在……『勇者』に近いと考えた訳か」
「フッ、その通りだ。
貴様には『勇者』として相応しい力を身に付け、私と戦って貰う。
力を身に付け、私を倒せると考えたその希望を打ち砕き、絶望に満ちた貴様の表情を見ながら貴様をこの手で葬りたいのだ」
俺の答えはどうやら正解な様で、満足げにディザスターは笑みを浮かべながら言った。
「貴様には、今日から一年間だけ猶予をくれてやろう。
一年の間で勇者として相応しい力を身に付け、私の元へ来るが良い。
そこで私を殺す事が出来なければ次こそは貴様を殺して魔界をの平和を乱し、人間界を侵略して絶望の世界へと変える。
魔界とそこの二人を守りたければ、私を殺せる実力を身につける事だな。
最も、その途中で貴様が命を落とすような事があれば私は興ざめして魔界も人間界も滅ぼすがな。
勘違いするなよ? これは遊びではなく戦争なのだ」
一年間……か。
俺の戦利品増加スキルを用いれば、ステータス的には勇者に相応しい力とやらに届くかも知れないが……
しかし当然、ディザスターも俺に殺されると知ってただ俺を待っている筈は無いだろう。
奴の性格や嗜好を考えても、成長した俺を真っ向からねじ伏せる程の力を身につけ、絶望の淵に陥れようと企むであろう。
ディザスターの成長を上回る速度で俺が力を身に付けなければ不可能な話だ。
しかし、折角見逃して貰って拾ったこの命を無駄にする訳にはいかない。
必ず目的を達成し、守るべきものを守り抜いてみせよう。
「……分かった。しかしまず今の時代、『勇者』になどどうやってなれば良いと言うんだ」
そう。この話の大前提として、まず俺が「勇者」にならなければ意味が無いのだ。
ハイネから魔族生命体のランク付けについて聞いた際にも、古代竜や暗黒竜の存在はもはや伝説化されるまでに知られざるものとなった。
俺は基本的にこの目で確認できる現象や話等しか信用せず、伝承や逸話を信じるタイプでは無いので、本当にハイネの逸話通りに竜が存在していたのは少し驚きだったが。
問題は、既にその様な脅威が人類から忘れ去られた平和なこの時代においては、「勇者」の存在そのものが不要であるという事だった。
「それなら問題は無い。私が切っ掛けを作ってやろう」
ディザスターは怪しくニヤリと口元を歪ませ、笑みを浮かべてそう言うと宙に浮かび、ここの通行人達が逃げ出した方向へと飛行した。
やはり……重力魔法を既に使えるまでに至っていたのか。
それにしても、何をするつもりだ……?
俺がそう考えた次の瞬間、ディザスターは数キロ離れた遠くの地点からでも見える様な街の上空から俺が転生前に覚えていた広範囲掃討魔法の一つ、「連鎖爆発」を半径約百メートルの範囲に放ち、次々に建物を爆破して倒壊させて行くと、街全体に響き渡る怒号の如く大きな声で話を始める。
「聞くがいい、人間諸君!
私は全ての魔族の頂点に立つ存在、『魔王』である!
今日を以て、我々魔族は全人類に厄災を齎す事を宣言する!
私の望みは、数百年前に我が配下である魔族を封印した『勇者』をこの手で葬り、同胞の無念を晴らす事!
争いを止めたくば、今日より一年以内に『勇者』を人間の中から一人を決定するが良い!!
一年後に私がこの国を訪れた時、その『勇者』との死闘を魔界にて行う!
『勇者』と共に戦う仲間が居ると言うのなら、何人でも連れてくるが良い!
もしも一年以内に勇者らが決定されなかった場合、全戦力を以て貴様ら人間との全面戦争を開始する!」
そこまで演説を行ったディザスターは常人に見えない程の速度で飛行してこちらに戻り、先程まで放出していた闇の瘴気の様な魔力を抑えた。
すると暗黒に呑まれていた景色はすっかり晴れて、紅く染まった空も綺麗な青空へと戻った。
傍から見れば、どこか遠くへと瞬間移動し、一時的に脅威が去った様に見えた筈だ。
「これで通行人共は私が遠くへ去ったと思うであろう。
ここら一帯の住人が避難済みである事は確認済みで、死亡者も怪我人も出てはおらん。
後は必然的に騎士団の最高戦力である貴様が勇者として選択される事となるのだ。
まだ新兵なのだから、その実力を誇示する必要はあるがな」
俺の前に降り立ったディザスターは得意顔でそう告げるが、こちらは大迷惑だ。
魔王のイメージが完全に悪印象を人間に与えた上に、魔界の存在も人間に晒された。
今までお互いの世界情勢を保つ為に、人間界と魔界の両方の存在は、リミア以外には秘密厳守として来たというのに。
……まぁ、元はといえば俺が元凶なのだが。
魔王の力を持ってすれば、今すぐ人類を攻めると言われれば直ぐに人類は滅亡するであろうし、魔界の平和も今すぐ乱すと言われれば直ぐに乱せる。
魔界が人間達に悪印象を持たれる事にはなるであろうが、これでも今すぐ魔界と人間界の平穏を乱されるよりは遥かにマシな条件だろう。
人手や資材は十分にあるのだし、倒壊した建物の修復もそう時間を要する事は無いであろう。
ディザスターは実質的な被害を最小限に抑えたまま、人間に宣戦布告を行ったという事だ。
俺がディザスターの条件を放棄しないように、「一年以内は人間や魔族生命体を殺す事はしない」という約束を証明する為だ。
恐らく、なりふり構わず人間を殺せば、俺が「言われた通りに実力を身に付けても、ディザスターがその猛威を振るって人間や魔族生命体を自由に殺すのであれば意味がない」と思い、勇者として実力を身に付けることを放棄するだろう、とディザスターは考えたのだ。
正直言って、その通りであった。
約束を相手に一方的に破られているというのに、こちらが律儀に約束を守るメリットは当然ながら何一つ無いからだ。
しかし逆に言えば、相手が約束を守るのであれば、こちら側もその約束を守る義務が生じる。
俺としてもディザスターとしても、お互いに後者の方が圧倒的にメリットがあるのだ。
それにしても、仲間を作る事を良しとする宣言をしていたが……普通の人間がどう足掻こうと奴に叶う筈があるまい。
例え人間界の全勢力を以てしても、奴を殺す事は叶わないであろう。
そもそも、ランクSSS+の魔族生命体の存在ですら伝説化される程の未知なる存在だと言うのに、それらを統べる存在に立ち向かおうとする命知らずが居るとも到底思えない。
ただの人間が奴に挑む事の無謀さは、俺が一番良く分かっている。
そもそも、一年以内に奴を殺す実力を身に付ける上でのルールは何一つ設けていない。
魔法を習得し、装備を整える等の手段の中に「仲間を作る」という手段が入る事など、とうに想定済みであろう。
……一年、か。
普通に考えて厳しい期間ではあるが、100%無理だという訳では無い。
「良いだろう。一年以内に必ずお前を殺してみせよう」
俺はディザスターと違って平和主義だ。
だが、だからと言って誰も殺さないのが真の平和という訳ではない。
平和を作り上げる上でどうしても障壁となる存在は取り除かねばならないのである。
言うなれば、一殺多生。
一人の厄災を殺す事で、その他全ての幸せが叶うのであれば、俺は迷わずそうする。
何故ならその役目は、俺にしか果たせない事なのだから。
「クク……楽しみだよ、貴様の絶望の表情を見るのがな。
あぁ、あと一つ、重要な知らせだ」
ディザスターは急に何かを思い出した様に急に真顔になり、人差し指を立てながら言った。
「貴様の側近の悪魔……リミアと言ったか。
奴は正気を失っていないまま、私が捕らえる前の死神の助力を得て、貴様の後を追ってこの人間界に来ている。
そう遠くない内に再会できるかも知れんな」
「なっ……!? リミアがこの世界に!?」
俺の側近の悪魔、リミア。
確か転生前にリミアには、新たなる魔王が正しく力を使える様に導いてくれ……と、遺言を残した筈だ。
しかし、その命令は叶わず、現に今、最悪の魔王が目の前にいる事実からは、リミアの身に何か起きているのでは無いかと憂虞していた。
正気を失っていない……と言うのであれば、それは杞憂だったかも知れないな。
それに、リミアの魔力があれば、仲間としては百人力。
そもそも、魔界では俺に次ぐであろう魔力の持ち主なのだから。
それ程の力を持つ仲間が加われば、もはや人間界では敵無しである事は明確だ。
……流石に目の前の魔王には敵わないとは思うが。
というか、リミアが仲間になった時点で、戦闘、魔法、索敵、情報伝達など、様々な利点がある。
百人力どころか、一騎当万を超えると言っても過言では無い。
「……だが良いのか?
リミアと俺を再開させた所で、俺がお前を殺す為にレベルを上げる効率が飛躍的に捗るだけだぞ?」
俺はディザスターに問いかける。
そう、レベルを上げる為には、どの様な形でも戦闘に貢献することが必須となる。
しかし前線で戦い、敵への致命傷を与えるのは勿論のこと、仲間の回復や魔法等の後方支援でも、一つの『貢献』としての形なのだ。
つまり、戦闘の貢献さえ達成すれば、仲間の攻撃で瀕死状態まで追いやられた敵に止めを刺すだけでもレベルが上がるという事だ。
ただリミアが瀕死状態にさせた敵に止めを指すだけで、俺の経験値は上がっていくのだ。
一年以内という厳しい条件があるとはいえ、流石に反則もいい所では無いのか……?
「フッ、奴に出会えば直ぐにわかるさ。
では今日から丁度一年後、貴様の元へ訪れ、全ての決着をつけるとしよう」
だがディザスターは意味深長にそれだけ言い残し、鼻で笑うと、再びフードを深く被って歩き去っていき、やがてその姿は見えなくなった。
どうやら、自分から伝える気は無いそうだ。
聞いても無駄だろうと思ったので、俺は奴の足を止める事はしなかった。
そう遠くない内に会えると言っていたので、直ぐに解る事ではあるのだろうが……。
今回で、ようやくクロトの勇者化までもう少しという所まで、ストーリーを進ませる事ができました。
ディザスターとの戦闘で、「生命感知」スキル使えば不意打ち喰らわずに済んだじゃん! とお考えになられた人もいらっしゃるかも知れませんが、これも手加減の一つなのだと考えて頂けると幸いです。




