18話:新魔王の企み
またも2週間投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
期日には間に合わせようとしているのですが、長文を書くとペースが悪くなってしまいます…(汗)
今回は、新魔王ディザスターと死神シックルの2人の視点となります。
〜魔界(ディザスター視点)〜
脳内に響く『声』に導かれ、私は元魔王とその側近である部下の悪魔を殺す事を決意した。
思い出した全ての記憶から、魔王と側近の悪魔の行方を掴む手掛かりが見つかった。
驚くべき事に、どうやらこの『魔界』とは違う世界である『人間界』という世界が存在する様だ。
元魔王は、とある死神に教えられたその人間界に興味を持ち、やがて魔界での暮らしに飽きて人間界への転生を目論んで自殺した。
側近の悪魔は、魔王の後を追って人間界へ転移すべく、魔王城を離れて死神の元へと向かったのだろう。
その死神の名は『シックル』で、死神種の中でもかなりの異端者であり、他の死神達に比べて他種族との接触に積極的だ。
リミアがまだ死神との交渉の途中ならば、私はその場で殺すつもりだが……リミアは魔力で翼を形成して高速飛行が出来る。
その飛行速度から計算して、既に死神と接触して人間界に転移している可能性が高いだろう。
ならば、二人の行方はその死神に尋ねるのが手っ取り早い。
私は殺害対象であるその二人の居場所を聞き出すべく、死神の元へと移動を開始したのだった。
......................................................
重力操作魔法での飛行により、自らの足での移動に比べて非常に高速の移動が可能となった。
魔王城から、約五百キロメートルも先の地点である、死神の住処『深淵の大地』の手前まで三十分程で到着したのだ。
死神種の住処『深淵の大地』は魔界の辺境に存在する、光の届くことの無い巨大な森林の様な暗闇の大地だ。
この大地だけ極端に光が弱く視界が悪い上に、常に暗いため温度が低く、身体に触れるだけで肉体や精神に悪影響を及ぼす程に密度の高いの魔力が漂っている為、生活環境は劣悪で殆どの魔族生命体は生活どころか寄り付こうとさえしない。
この辺境の大地でまともに暮らす事の出来る魔族生命体は、暗視が利き、魔力のみで身体が構成されている種族である死神種だけだ。
私は自身の魔力で身体を覆っているので、漂う魔力の瘴気に侵される事は無く、補助スキル『暗視』によって視界を確保しているので問題無く活動できるのだ。
不気味な雰囲気の漂う大地を、迷う事無く「ある場所」に向かって歩いてゆく。
シックルの普段の居場所は決まっており、この大地の中で一番大きい大樹の根元で人間界を眺めるのが、普段の生活らしい。
人間界の文化について大変な興味がある様で、新しい出来事を見つけてはその一部を魔王に教えていた。
死神達の間でのルールでは、死神自身の人間界への往復は自由だが、人間界の情報を他の種族に口外する事や、異世界転移能力で他の種族を人間界へと転移させることは禁じられているとの事。
魔王達に人間界の情報を口外したり、人間界の物資を手土産にしたりしていたシックルの行為は勿論ルール違反に該当するのだが、シックルは死神達の中でも随一の戦闘能力を有しており、堂々と規定違反を指摘できる死神種は存在しないので問題ないらしい。
軽い性格の持ち主である死神の普段の態度からは想像も出来ないほどに強く、死神達の間で最強無比と恐れられている……というのは本人の自慢話で、実際の所は魔王の記憶にも、シックルの実力についての情報は無い。
全ての魔族生命体において最上位級の種族である死神種である以上は、悪魔公や邪竜を除く竜王種以上の実力は秘めているはずだが……。
詳細不明なシックルの実力はさておき、他の死神達も魔王とリミアは平和主義者であり、その知識を魔界や人間界を危機に陥れる用途に使う様な思想の持ち主では無い事は重々承知であり、あまり重要視していないのも、シックルが罪に問われない要因となっている様だ。
シックルがサタン達の行方を知る以上は、多少強引な手を使ってでも聞き出すつもりだ。
その様な内容の記憶を思い出しながら歩いていると、シックルが普段生活している大樹が見えてきた。
大樹の周りには木が生えておらず、広大な暗い森の様な、この大地では珍しく草木の生えない平地となっている。
私はスキル『生命感知』により、死神の居場所を探り始めた。
リミアの『魔力感知』があれば広範囲の魔力発生源を感知する事が可能だが……「魔力感知」は対象の詳細な情報まで知る事ができないという弱点がある。
更に、感知する魔力発生源は生命体のものだけでなく、空気中に漂う魔力や魔法道具に内蔵された魔力も含まれる為に、『一つの生命体を特定して探す』事には適していない。
特に、大気中の魔力濃度が非常に高いこの「深淵の大地」では、生命体の魔力と空気中の魔力とを見分けるのは困難だろう。
その為、『魔力感知』に比べてかなり範囲が限定されるが、生命体のみを限定して感知できる『生命感知』の方が現在の状況には適しているのだ。
しかし……大樹の根元を一周して探したのだが、シックルの姿が見当たらず、『生命感知』にも反応がない。
一体何処にいるのだろうか?
そう言えば、魔王城を離れた辺りから、私を導いてくれる『声』も聞こえなくなったな。
こういう時は正確に私を導いてくれるはずだが……。
教えるまでも無い程、近くにいるという事か?
私がシックルの居場所について思考を凝らしていた……その時。
「ハッ――!」
突然、私の『生命感知』が、強大な生命力を持った生命体の存在を感知した。
生命体の存在する方向は――頭上だった。
私は、『生命感知』がその存在を感知した通りに自身の真上を見上げる。
すると、ボロボロになった漆黒のローブを身に纏う一体の死神が、自身の身長ほどの大鎌 「死神の鎌」を振りかざし、私の立っている地点へと落下している姿が目に映った。
「えいっ!!」
と、その死神は声を出すと同時に、落下による威力を乗せた斬撃を私に放った。
しかし、その斬撃が私を捉える事は無く、地面に小さな亀裂を作った。
死神が斬撃を放つ初動を見た瞬間、私は背後へ三メートル程跳躍して斬撃を回避したのだ。
事前に『生命感知』で脅威を察知していた事もあり、今の攻撃を避けるのは私にとって容易だった。
そして、たった今、私に奇襲を仕掛けた目の前の死神。
金色の長髪に青色の瞳で、高身長で人間の見た目をしているその生命体は、間違いなく私の探していたシックルに違いなかった。
私に対して突然襲い掛かるとは驚いたが……既に魔王城で散々襲われたので、今頃になって奇襲に対し、反応が遅れる事は無かった。
「わぉ、まさか今の攻撃を避けるとはね。
事前に感知系スキルでも使っていたのかな?」
奇襲を仕掛けた事にも関わらずシックルは瞬時に笑顔を作り、私に向かって軽々と話しかけてくる。
先程切りかかった時は、狙った獲物を逃さぬ狩人の様な表情をしていたにも関わらず……。
表情と態度の切り替えが早い奴だ。
しかし、その軽々しい口調とは裏腹にシックルは振り下ろした鎌を再び構え直し、何時でも私に切りかかる体制を整えていた。
シックルの普段の口調は、人間で言うと軽い性格の青年男性に近いが、透明感のある白い肌に、水色の長髪と細身の身体のせいで、容姿は顔立ちの整った身長の高めな女性に近かった。
その容姿は人間界で見た人間の姿を模倣しているだけで、元々は骸骨の姿をしている上に、死神に性別そのものが無いのだが……。
どの様な容姿をしていようと、死神はあらゆる魔族生命体の上位に位置する種族だ。
日常の運動量がどれほど乏しい個体でも、悪魔達が束になって襲いかかろうと無傷で返り討ちに出来る程の力がある。
生まれながらにして、邪竜や魔王等の最上位級魔族生命体を除く全ての魔族生命体を凌ぐ力を所持しているのだ。
シックルはその死神達の中でも最強の力を有している。
私が魔王として覚醒したとはいえ…決して油断ならぬ敵だ。
「……初めまして、かな?新しい魔王さん。
成程、サタンと容姿がよく似ている。
髪と瞳の色とかは違うけど。
初対面でこんな事聞くのも気が引けるんだけど、君はこの魔界にとって邪悪な存在なんだよね?」
その様な思考を真剣に凝らす私に対し、シックルは巨大な鎌にもたれ掛かりながら、薄く笑みを浮かべて悠然と話しかけた。
新しい魔王、だと?
私の正体を知っているという事は、やはり既にリミアに接触し、新たな魔王が誕生したという報告を聞いたという事か。
容姿が酷似しているという点についても、私が魔王と何らかの関係を持っている事が予想されたのだろう。
蛇足だが、魔王城から外の景色を見た時の窓には、記憶の中にあるサタンの容姿と酷似した私の顔が映っていた。
漆黒の髪と茶色の瞳を持つサタンとは違い、私は紅色の髪に黒い瞳で髪型も違うものだったが、顔の部位や体格はサタンそのものであった。
更にリミアの報告から私の来訪も既に予想され、死角から奇襲を仕掛けられたのか。
下手をすれば今ので致命傷も有り得たが……。
お互い対等な戦闘態勢に持ち込めた今、これは好都合だ。
リミアと接触し、人間界に転移させたのならば、確実に魔王とリミア両者の行方を知っている筈だ。
目の前の死神を倒し、両者の居場所を聞き出してやろう。
無意識に歪んだ笑みを浮かべながら思考しつつ、私は死神に返答する。
「私の正体を既に知っていたか……。その通り、邪悪なる存在だという事は認めよう。
今度は私の質問に答えてもらおう……リミアという悪魔と接触したか? サタンの居場所は知っているか?」
「仮に知っているとして、邪悪なる存在である君に教えると思うかい?
二人に危害を加えられる前に…君という脅威を魔界から消させて貰うよ」
私の質問に、シックルは表情を薄ら笑いから真剣な表情に変え、もたれ掛かっていた鎌を持ち直す。
その瞳には、静かなる殺気が篭っていた。
余程、リミアという悪魔の存在がシックルの中では重要なものなのだろう。
だが、それはリミアの居場所を私に教えまいとする思考の表れだ。
「私は質問に答えてやったというのに……。
まぁいい、その反応……やはりリミアという悪魔と接触があった様だな。
恐らく、サタンの居場所も知っているのだろう?
貴様を戦闘不能にし、無理矢理にでも居場所を聞き出すとしよう」
お互いに宣戦布告をした所で、私は一切の動作をせずに無詠唱で闇属性の上級魔法『闇の掌握』をシックルに向けて発動した。
地面から伸びる黒く巨大な闇の腕を形成し、その手で対象を握りつぶす魔法で、その手の大きさは丁度シックル程の大きさの生物が手中に収まる程度だ。
形成された腕が、シックルに向かい一直線に伸びる。
しかし、自身を握りつぶさんとする巨大な腕を前に、シックルはその腕に向かって冷静に鎌を振るった。
放たれた斬撃が一筋の軌道を描き、闇の腕を切り裂いた。
本来『闇の掌握』は、刃物による斬撃でその腕を裂かれようと瞬時に魔力が再結合し元に戻る再生力を有しているのだが、シックルの持つ鎌『死神の鎌』が持つ効果により魔力の再形成が不可能となった。
『死神の鎌』は死神一体一体が必ず所持する武器で、生物の魂や魔力を刈り取り吸収する効果がある。
更に魂を刈り取った場合、その魂は死神の力の一部へと変換される。
魔力の場合は力の一部に変換する事は出来ず、ただ無力化するだけの効果となる。
本来死神は魂のみを刈り取る種族なので、魔力を我が物とする能力は備わっていないのだろう。
それだけでも、普通の武器とは比べ物にならない程に厄介な効果だと言えるが……。
「今の魔法……サタンが使っていたものかい?
まだ誕生したばかりだろうに、無詠唱で上級魔法を使用できるとはね。
やはり、魔王の力というのは恐ろしいものだよ」
上級魔法を目の前にしても尚、悠然とその死神は話しかけてくる。
やはり、自称最強を名乗るだけあって一筋縄では勝てそうに無い相手だ。
死神族の中でも、これ程余裕を持って上級魔法に対処可能な個体は少ないだろう。
「フッ、その魔王の力を難なく切り裂いている者が言えた台詞では無いだろう。
当然、今の魔法も力の鱗片に過ぎないがな」
「……だろうね。
流石に魔王の力がその程度の訳無いからね。
そんな強大な力を持っている脅威には、魔界から消えて貰わなきゃね!」
今度はシックルが私に向かい、無属性魔法「重力操作」で反重力と推進力を自身に働かせ、地面の上間際を滑るように高速移動で距離を詰める。
私の方を引力で引きつける事をしない辺りから、シックルの「重力操作」の範囲は小規模で自らの移動手段程度にしか使えないのだろう。
シックルは私との距離を詰めつつ、その高速移動の勢いを乗せた鎌の斬撃を放った。
速度は速いが、重力のベクトル操作は難易度が高く精密な制御が難しいのだ。
それ故に、シックルの距離を詰める動きが直線的過ぎる。
私はシックルの放った斬撃を難なく躱す。
これ程の速度で精密な動きも可能だったのならば回避は困難だったであろうが、真っ直ぐ一直線に放つ斬撃を見切り回避する事など容易な事だ。
「フッ、速度は速いが……その様な直線的でわかり易い攻撃を私に当てることは不可能だ」
不敵に笑いつつ言う私に、シックルもまた不敵に笑いつつ口を開く。
「それはどうかな?」
「何だと……?」
何らかの自身の優位性を確信したかのような不敵な笑みを浮かべるシックルの意図を読めなかった私が、その意図を理解しようと思考を開始する。
その瞬間、唐突に私の左腕と右膝が見えない斬撃によって切断された。
バランスを崩した私は、背中から地面に倒れた。
「な……っ!?」
切断された腕と足を目で確認した瞬間、魔王城でネスティアに殴られた時とは比べ物にならない痛みを自覚した。
「────ッ!」
馬鹿な…奴の斬撃は避けた筈だ。
他に刃物を投擲した様にも見えなかった。
いや、それ以前に私の身体を切断できる刃物など……。
それに…何故に一度の斬撃で片腕と片膝がそれぞれ切断される?
奴から放たれた斬撃は確実に一撃のみだった。
だがどう考えても二回……いや、回避した分を合わせて三回以上は斬撃を放っている筈だ。
激しい痛みを感じつつも、思考は冷静にその身に受けた斬撃について解析する。
しかし、見えぬ謎の斬撃の正体を暴く事は出来なかった。
「あはは、今の斬撃について考えてる様な顔してるね。
今の斬撃の正体は、『遅延切断』っていう僕のスキルによるものだよ。
強制的に空間に留めた斬撃を時間差で放つのが主な効果だけど……その斬撃をいくつかに分割する事も出来るんだ」
とてつもなく強力な能力を、当たり前のように笑顔で悠然と説明する死神に私は驚いた。
「初見で避けるのは相当難しいだろうと自負してるけど……サタンだったら完璧に避けてただろうね。
君とサタンとじゃあ、先を読む力……想像力に差があり過ぎる。
魔王を名乗るには、君では力不足なんじゃ無いかな?」
その言葉に、私は激しい憤りを感じる。
私が、魔王に相応しくないと言うのか……?
魔王の力を受け継ぐ私が……?
そんな筈はない。
目の前の死神如きに敗れる等……笑えぬ冗談だ。
何より、私を見下して笑っている死神の憎たらしい顔が許せない。
「片腕と片足を切断した程度で、図に乗るな……!」
殺意を込めた双眸で死神を睥睨し、魔法詠唱の呪文を紡ぐ。
「《我が憤怒を体現する獄炎に灼かれよ》!」
私は地面に倒れた体勢のまま、シックルに向かって右手を突き出す。
その瞬間、シックルを中心とする地面に半径十メートルの円形の六芒星魔法円が展開される。
「なっ……!?
その状態でこれ程の大きさの魔法円を!?」
私から片腕と片足を切断して慢心していたシックルが驚く。
それと同時に、六芒星魔法陣が紫色に発光する。
魔法円はその効果を発揮する時に必ず発光する性質を持っているのだ。
「マズイ、回避を……!」
そう言いながら、シックルは「重力操作」で魔法円の範囲から逃れようとするが、既に遅かった。
シックルが移動を始める初動作の時点で、魔法陣の魔法が発動したのだ。
強烈な閃光を伴い、魔法陣の円内に巨大な紫色の業火が現れる。
本来は一万度を超える熱を持つ業火が上空までも焦がし、炎に包まれた全てを焼失させる闇と炎の属性を合わせた究極混合魔法だ。
死神から情報を聞き出すという目的がある以上は、恐らく死なないであろう温度には調整してあるが……。
魔法陣の魔法が発動している間に、身体の魔力を欠損部位に集中させ、治癒力を高める。
それにより、切断された片腕と片足が一瞬で元通りに再生した。
激しく燃え盛っていた炎が、徐々にその勢いを失いやがて鎮火する。
私は死神の状態を窺おうと、効果の切れた魔法円に向かって歩み寄る。
今のタイミングでこの魔法を避けるのは不可能だろう。
間違いなく、奴は行動不能に――
そう考えながら魔法円に歩み寄る私の背後に、強力な殺気を放つ者の存在を察知した。
「なっ――!?」
振り返ると、先程の業火によって灼かれた筈の死神が、私の背後で鎌を振りかざしていた。
「ハァッ!」
刹那、シックルはその鎌を振り下ろし、私に斬撃を放った。
しかし、私は瞬間的に横に跳んで鎌を回避し、蹴りによる反撃をシックルの顔面に向かって放った。
「甘い!」
ゴスッ、という鈍い音と共に蹴りがシックルの顔に当たり、蹴りの威力でシックルは大きく吹き飛ばされる。
しかしシックルは空中に吹き飛ばされた直後、空中で回転して体制を立て直し、地面に叩きつけられる事なく着地した。
「いやぁ、今のは流石に死ぬかと思ったよ。
あと一瞬、転移門を開くのが遅かったら炎は直撃だったね。
ただ、蹴りの方は顔に直撃したけどね……。
痛たた……」
痛みに顔を歪ませつつ、蹴りを喰らった頬を撫でる。
「そもそも死神に痛覚があるのか?」
「元の姿だと無いけど、人間の姿をしている間はあるんだよ。
それを思いっきり蹴り飛ばしてくれちゃって……」
私の質問に対し、シックルは不服そうに答える。
人間の姿では武器が持ちやすくなったり、表情の変化による感情の表現によって対人とのコミュニケーションが図りやすくなる……と、サタンに話していた様だが、痛覚までも付いてしまうのが難点だな。
「結構痛かったから、この痛みを返さなきゃね!」
シックルが少し怒りの表情を顔に出しつつ、私の方に両手を突き出し、私を囲む半径二十メートル程の六芒星魔法陣を展開した。
シックルと私との距離は二十メートル以上離れているので、シックルは魔法円の外だ。
この死神も究極魔法が使えるとは驚いたな。
ただ、魔法抵抗力の高い私にまともに通用する魔法など存在しないとは思うが……。
「《異世界より集いし魂よ――我が呼びかけに呼応し、その姿を現せ》!」
シックルが短く詠唱すると、魔法円が白く発光し、魔法円の中心からは巨大な半透明の竜の頭部が出現した。
「……ッ! 何だ、この竜は!?」
半透明の竜からは、唯ならぬ質の魔力を感じた。
更に、先程出現した頭部に続くように、両手足が出現し、地面にその両手をつき、崖を登る様な動作で魔法円から身体と足を出現させた。
危険の予感を察知した私は、魔法円の外へと跳躍し、竜との距離を取った。
やがて全身を出現させた竜は全長80メートル程の体格を誇り、それだけで相当な威圧を放っていた。
竜は大きく息を吸い込み、少しの静寂の後に咆哮する。
「グオオオオオオオオオオオオォォォォォッ!!」
天地が震撼する程の、激しい怒号。
それに伴う膨大な魔力の放出。
それは、竜にとっては只の叫びのつもりなのだろう。
しかし、劣等種の生命体がその叫びを聞けば一切の戦意を失われるであろう威圧が、その咆哮からは感じ取れた。
「召喚魔法……!?
馬鹿な、最強種たる竜の召喚など死神如きにできる訳が……!」
「勿論、本物の竜じゃ無いよ。
僕が人間界から集めたあらゆる生物の魂を収束させて生成した、言わば人工生命体みたいなものかな。名前は……『魂竜』とでも呼ぶとしよう。
本物の竜に近い力を持っている筈さ」
シックルが再び不敵な笑みを浮かべて答え、その腕を振り上げる。
「さて…じゃあそろそろこの戦いも終わりにしようか。魂竜よ、悪しき魔王に魂の裁きを!」
シックルが腕を振り下ろして魂竜に命令を下すと、魂竜は再び、大きく息を吸い込んだ。
だが、先程の咆哮とは違い、今度は息を吸い込む動作と共に、魂竜の眼前に白色の六芒星魔法円が展開される。
「まさか、竜召喚の魔法円と言うことは……魔粒子砲の一瞬か!?」
魔粒子砲は、成体となった竜等の最上級の魔族生命体が扱う事が可能な、圧縮させた魔力をレーザー状に放つ魔法の事だ。
「確かに、広範囲に魔力を拡散して放つ様な魔法よりも、収束させた魔力を一点に狙って放つ方が威力は強力だ。
だが……魔王たる私の魔法抵抗力は、如何なる魔法でも私を死に至らしめる事は無い!
その様な魔法を放ったところで、所詮は魔力の無駄遣いだろう」
正に今、放たれようとしている魔法に対して私は悠然とした態度で構える。
魂竜が放とうとしている魔法から感知できる魔力からは、私を死に至らしめる事は無いだろうという自信が、私にはあるのだ。
「……それはどうかな?」
シックルがニヤリ、とした表情で言うと、魂竜が雄叫びを上げつつ蓄えた魔力を魔法円を介して放ち、魔力を受けた魔法円からは極太の光線の様な「魔粒子砲」が放たれた。
魂竜の口から放たれた魔粒子砲が私の身体を完全に覆う。
魔粒子砲の余波により、砂塵が激しく周りに舞った。
そして、私は体内の魔力で身体を覆い、魔粒子砲の威力に耐える。
だが、魔粒子砲の中心にいる筈の私は、一切のダメージを負っていなかった。
「……? 痛くも何ともないぞ?
フッ、ハハハハ!
所詮は偽物の竜!
本物の魔粒子砲を放つのは不可能だったという事か!」
僅かながら警戒した魔法が微力であったという滑稽さと安堵から、私は魔粒子砲の中心にいながらも愉快に笑う。
「ーーッ!?」
しかし次の瞬間、私は自身の身体に、意識が朦朧とする程の激しい倦怠感を感じた。
「……何だ……? 何が起こった……!?」
突然の出来事に混乱していると、砂塵の向こうから死神が声をかける。
「あはは、辛いだろう?
その魔粒子砲は、攻撃力や破壊力は皆無だけど、触れた者の魂を吸収する効果があるんだよ。
大体の生物は触れただけで絶命すると思うんだけど……それをまともに受けようなんて、お馬鹿さんだなぁ」
死神の顔は見えないが、その表情には間違いなく不敵な笑みが浮かんでいるという事が分かる様な台詞に、私はまた憤りを覚えた。
そして、私は静かに嘲笑する。
虚勢では無い。
確かな勝利を確信したからだ。
「……馬鹿は貴様だ。
私の力をわざわざ一体の竜に吸収させたのだからな!」
私は『魔力操作』によって魂竜から放たれる魔粒子砲を自らの手に収束させつつ、『重力操作』によって魂竜に向かって高速飛行する。
「なっ……! あれ程の魔力を操作している!?」
驚くシックルを他所に、魂竜の元まで接近した私は魂竜に触れ、「魔力操作」で私の魂を『魂竜の魔力ごと』操作し、右手に収束させる。
正確には、『魔力操作』では魂の操作は出来ないので、球体状に変形させた魂竜の魔力で魂を包み込み、その球体状の魔力を右手に収束させたのだ。
「魂竜ごと、全ての力を右手に収束させた……!?
有り得ない…!」
「私を舐めたのが運の尽きだな。
後悔しながら沈むがいい!」
私は驚愕するシックルへと飛行し、右手を構える。
「マズイ、今の召喚で魔力が…!」
シックルは先程の召喚に魔力を使い果たし、高速飛行での回避が出来ない様だ。
戸惑うシックルの元へ接近し、腹の溝に拳を叩き込み、それと同時にシックルの身体全体へと魔力を流し込む。
「ぐはっ……!」
その衝撃によってシックルは気絶し、私の腕に持たれるように倒れ込む。
......................................................
目が覚めると、僕は見知らぬ薄暗い部屋の中で倒れていた。
部屋の中には何も置かれておらず、殺風景な室内となっている。
窓から差し込む光のみが、部屋を照らしていた。
とは言え、魔界の空は赤みがかっており、人間界の様な太陽の強い日差しは差し込んでは来ない。
魔界を照らす光も、魔界に渦巻く魔力で形成された、人間界の太陽よりもずっと弱々しい光を放つのみの球体状の物体からのものだ。
それでも、ほとんど真っ暗な『深淵の大地』の住人である僕にとっては十分な光ではあった。
「ここは……? ……っ!そうか、僕は魔王に…。
あれ? 死神の鎌は?」
意識が朦朧としてぼーっとする頭で、僕は倒れる前の出来事を思い出す。
「目覚めた様だな、死神よ」
「ハッーー!」
聞き覚えのある声に、僕の意識はハッキリと覚醒する。
声のする方向に振り向くと、僕を倒してこの部屋に連れ出した張本人である魔王が、素朴な椅子に腰掛け、僕がサタンにあげた筈の魔導書を片手にこちらを見ていた。
「ここは何処だい?
いや、それよりも…何故僕を生かしている?」
「フッ……此処は魔王城の一室だ。
貴様への要求は最初に言っただろう?
貴様には、サタンとリミアという悪魔の居場所を話してもらう。
先に言っておくが、貴様に拒否権は無い」
目の前の魔王は、不敵な笑みを浮かべながら高圧的な目で僕を睨みつける。
「……嫌だ、と言ったら?」
僕がヘラヘラとした笑顔で拒否した瞬間、魔王は椅子に座ったまま僕の顔を強く踏みつけた。
「痛っーー!」
僕は思わず、痛みに顔を歪ませる。
「状況が分かっていない様だな。
辛うじて言葉が話せるぐらいにまで貴様を痛めつけてやっても構わんのだぞ?」
魔王が怒りの表情で威圧的に僕を見下す。
とても話し合いで解決できそうな相手では無さそうだ。
「仮にそうされても、僕は絶対に口を割らないよ。
っていうか、元の姿に戻れば痛覚とかも無いしね」
「成程……貴様に苦痛を与えても無駄か。
なら、貴様以外に苦痛を与えるのはどうだ?」
僕は不敵な笑みで返答したけれど、魔王もまた不敵な笑みを浮かべながら言った。
「僕以外に苦痛を……? ……まさか!?」
「次から貴様が拒否する毎に、一つの種族の生息域全体に、私の魔力で作った毒を放つとしよう。
毒とは言え、微細な粒子のような暗黒物質を撒くという訳だが……。
少し吸い込んだだけでも、激しい苦痛を味わって死ぬ事になるぞ?」
予想以上の非道な行為を、何の気負いもなさそうに笑顔で宣言する。
その笑顔には、狂気と殺意が篭っており、僕にかつて無い恐怖を与えた。
「う……嘘だろ……? そんな非道な事をサタンが許す訳がない!」
衝動的に真剣な顔で僕は否定する。
しかし、魔王が動じる様子は一切無かった。
「サタンが許す…?
フハハハ!馬鹿め、既に奴は魔王としての力を失っておるのだろう!?
誰にも私を止めることは出来ん。
そうだ、私の毒を先ずは貴様に体験させてやろう」
そう言うと魔王は右手に魔力を集中させ、一握りの暗黒物質を生成した。
「っ……僕には効かないよ。
元の姿に戻れば、一切の苦痛は無いんだよ?」
そう言ってから、僕は元の姿…人間の骸骨の見た目をした姿に戻った。
他の種族にこの姿を見せると驚かれるし、普段の生活で何かと不便だから滅多にこの姿に戻る事はないけれど……。
この姿になれば、どれ程の怪我を負おうと、どれ程強力な毒を飲もうと苦痛を感じる事は無い。
「考えが甘いな。
これを飲み、後悔するがいい」
魔王は僕の顔を掴み、口を強制的に開かせ、開いた僕の口から暗黒物質を飲ませた。
瞬間、喉を締め付けられる様な苦しさから始まり、激しい頭痛が起こり、更に全身を地獄のような激しい痛みが襲った。
「ーーッ!?
ゲホッ、ゲホッ!?
な、何で……!? あぁ……痛い! 痛い……っ!
あぁ、ぐあああああぁ!!」
最早、死んだ方がマシなのではないかと思う程の苦痛に激しく悶える。
どれ程暴れようと、叫ぼうと、逆に人間の姿になろうと、この苦痛から逃れる事は出来なかった。
苦痛により朦朧とする意識もまた、苦痛により無理やり目覚めさせられるのだ。
絶望。
ただその二文字だけが、頭の中によぎる。
「う……あぁ……」
暴れる気力も無くなった人間の姿の僕は、ただ呻くような声を出すことしか出来なくなっていた。
「クク……この苦痛が分かっただろう?
貴様が拒否する事で、他の種族も同じ苦痛を味わうぞ?
いや……生命力の強い死神の貴様がそんな有様では、他の種族は更に強力な苦痛を味わう事になるだろうな。」
魔王が満足げに笑い、僕の身体に触れ、身体中に流れていた暗黒物質を消して取り除いた。
苦痛から解放された僕は、一気に身体が楽になる感覚で眠りに落ちてしまいそうになる。
「ぐはっ!」
が、魔王に腹を強く蹴られて一気に眠気が覚める。
「おい、寝るな。
貴様が眠ればまた暗黒物質を流して起こすぞ。
……それで、質問の返答を聞かせてもらおうか。」
「……っ、分かった……。
君に誰かを殺すのを許したら、2人に申し訳ないからね」
僕の言った事は本当だけれど……それ以上に、僕が味わった以上の苦痛を他の種族が味わうというのが何よりも恐ろしかった。
一方的な要求を無理矢理に飲まされた僕は、魔王に2人の居場所を話すしかなかったのだった。
......................................................
「……ほう?では、サタンは人間に転生したと言うのか?」
「……そうだよ。今のサタンでは君には勝てないと思う」
死神から2人の居場所を聞き出した私は、サタンが人間として転生したという現状に興味津々だった。
リミアの方は、予想通り転生したサタンの後を追い、シックルの力を借りて人間界に転移した様だ。
「ハハハ! まさか、魔王が人間などに堕ちるとはな!
しかし、それほどまで弱体化したサタンを倒してもつまらんな。」
元々、私のサタンに対する目的は「絶望を与える」という事だ。
私はサタンを「殺す」よりも、サタンに「より深い絶望を与える」事を最優先として考える。
「いいや、堕ちてなんていないさ。
人間という種族は、確かに生まれつき弱い種族だ。
でも……個体によっては強さが大きく異なるし、伸び代は無限なんだ。
歴史上では、如何なる種族も叶わない『勇者』と呼ばれる存在もいたみたいだよ?
真実かは知らないけど……」
「何……?」
私はシックルの台詞に含まれた、「勇者」という存在が無性に気になった。
「……成程、面白い案を思いついたぞ…!」
「……?」
シックルは私の意図を読み取れず、不思議そうな顔で私を見ている。
「サタンが『勇者』として相応しい力を身につけるように仕向けてやろう。
そして私を倒す事が出来る……という希望を抱かせ、その希望を私の力でねじ伏せる。
ククク……最大の希望が絶たれた時、最高の絶望が奴を襲うであろう……!」
「っ……狂ってる……!」
狂気を織り交ぜた笑みで言う私に、シックルが率直な感想を述べる。
「何とでも言うがいい。
その狂った計画に、貴様は協力する事になるのだ。」
「……っ」
死神は嫌悪の表情で私を睨むが、特に気にはならなかった。
何故なら、既にシックルに拒否権は無いのだから。
「では、先ずはサタンに私の存在を伝える事から始めよう。
奴は必ず力を身につけ、私を消そうとする筈だ。」
(いや、リミアという悪魔がサタンの元へ向かっているのだろう?
事を急ぐ必要は無いだろう。)
「ーーッ!」
暫く聞こえなかった声が聞こえて、それに伴う突然の頭痛に声を漏らす。
今まで何故反応しなかったのだろうか?
いや、特に判断に迷うような出来事が特に無かったからか。
「……? どうしたんだい?」
突然、苦痛に顔を歪めながら痛そうな声を出した私に対して不思議そうにシックルが言った。
「……いや、何でもない。
やはり、リミアがサタンに私の存在を伝え、自然に私の元に来るのを待つとしよう。
貴様には随時、能力で鏡を作らせて2人の様子を見させて貰うぞ」
鋭い眼光でシックルを睨みつける。
「分かったよ……でも僕の魔力は無限じゃないよ?
人間界を映す鏡を作るのだって、結構魔力の消費が激しいからね。」
不服そうにシックルが答える。
「あぁ、構わん。
クク……さて、サタンがノコノコと私の元に来るまで、ゆっくり待つとしようか」
私はこの手でサタンに絶望を与える日を楽しみに、ただ魔王城でその時を待ち続けるのだった。
今回は戦闘シーンに迫力をつけようと力を入れたのですが、2人のチートぶりが読者様に伝われば…と思います。
今回でようやくクロトの勇者化フラグを建てることが出来ましたね…。
因みに目覚めたばかりの新魔王が振るっている力は、まだまだサタンの全力には届いてません。
今後も更なる力を発揮させていくつもりです。




