17話:厄災「ディザスター」(新魔王視点)
投稿が一週間遅れてしまい申し訳ありません。
今回は突然の語り手変更で、魔界に生まれた新たなる魔王視点の物語です。
残酷な描写もあります。
〜魔界(新魔王side)〜
魔王の死後の翌日、魔界のとある場所で突如発生した魔力の大爆発が魔物達に災厄を齎した。
その爆発の中心地――魔界の中心に位置する魔王城の一室――には、魔王の思惑通り、あらゆる魔族生命体の頂点に君臨する「新たなる魔王」が誕生していた。
元魔王の部屋の床で横たわる人間の姿をした魔族生命体…「新たなる魔王」が覚醒し、ゆっくりとその瞳を開く。
目覚めた魔王は、横になった姿勢のまま首だけを動かして周りを見回し、周りに生物の気配が無い事を確認すると、上体のみを起こした。
魔界に厄災を齎す存在が、この時を以て生命活動を始めてしまったのであった。
......................................................
私が目を覚ますと、瞳には見覚えの無い室内の景色が映された。
「……?此処は…何処だ?」
気がつくと、静まり返った部屋に敷かれた赤いカーペットの上で私は横たわっていた。
周りを見回してみると室内は天井に付けられた複数のライトによって照らされ、部屋の中心には机と椅子が置かれている。
机からは一つのみ存在する扉まで赤いカーペットが敷かれてあった。
そのカーペットの上に私は横たわっているのだ。
壁に隣接して設置された本棚には本が敷き詰められており、机の上にも数冊の本が積み重なっている。
この部屋の主は相当な読書家の様だ。
部屋も広く、カーペットも感触から質の良いものである事が伝わる。
恐らくはこの部屋の主は相当な権力の持ち主なのであろうが…その割には他に目立った物は無く殺風景な雰囲気だ。
美術品等を置いている事もなく、必要最低限の物だけを設置している様だった。
兎に角、周囲を見渡した所で室内の様子以外に解るものは無いのである。
「私は一体…?」
私は頭に浮かぶ疑問を口にした。
そこで私は、自分に「喋る」という能力が備わっている事に気づいた。
それに気づいた私は更に、「モノを見る」事や「動く」事が出来ている事に気づく。
他の生き物にとっては当たり前の現象なのだろうが、自分の正体すら解っていない私にとっては重要な情報なのだ。
少なくとも私は何らかの生き物である様だ。
しかし、それすら解らなかった私が何故にそういった思考を凝らすことが可能で、言語を話すことが出来るのだろうか。
しかしそれを考えた所で、それを解決する為の記憶を思い出す事は出来ない。
ならば私は今、相当な記憶喪失を起こしているのだろうか。
「…まさか、私がこの部屋の主だったのか?」
私はそう考えたが、記憶が無い以上は何の確証も無いのであった。
兎に角、ここで横たわっていても何も解らないだろう。
そう考えた私はゆっくりと立ち上がり、部屋の外に移動しようとした。
「くっ…」
しかし、目が覚めたばかりだからなのか、足がふらついて私は転倒してしまった。
まだ暫く歩くのは困難な様だ。
だが、部屋の外まで移動しなければ何も解らないままだという考えが私の身体を動かすである。
私は腕に力を込め、部屋の扉に向かって床を這いずる。
何とか扉まで辿り着いた私は、扉近くの壁に手をついて身体を起こすのであった。
まだ自力で歩くには足に込められる力が足りないが、壁を補助にする事でなんとか歩く事は出来る。
「部屋の外の様子は…?」
扉を少しだけ開き、その隙間から部屋の外の様子を伺う。
そこは長く広い廊下で、壁には幾つかの扉が付いていた。
私がいる部屋は廊下の最奥に位置しており、向かい側の壁には窓らしきものが取り付けられていた。
「この様な造りは、恐らく屋敷か城だろうか?
…見た感じでは、他に誰もいない様だな。」
部屋を出て、広い廊下に出る。
とりあえず外の様子を確認しようと、向かい側の壁にある窓を目指してゆっくりと歩く。
私が今いる部屋に何故に窓が取り付けられていないのか疑問に思ったが、今はその様な事を考えるよりも窓まで移動することが優先だ。
長い…とは言え数十メートル程度の廊下なのだが、壁にもたれ掛かる事で何とか歩けている状態の私にとっては奥まで移動するのも辛い事だった。
重い身体を何とか動かして奥の壁まで辿り着いた私は、窓から外の様子を伺った。
窓の外には、建物が立ち並ぶ街並みの光景が目に映った。
どの建物も私が今いるこの建物よりも低い位置に建てられており、この建物は相当に高い位置に建てられている事が解る。
窓の外の様子が解り、満足して窓の外から目線を外した瞬間、私に激しい頭痛が起こった。
「――ッ!!」
しかしその頭痛は一瞬で、寧ろ頭痛が起こる前に比べて頭が軽くなったような感覚を感じた。
それと同時に、私の脳内に新しい記憶が呼び覚まさせられたのであった。
私が目覚める前に、この建物にいた頃の記憶だ。
「…そうだ、此処は魔王城…私はこの建物の主だった…。」
思い出した記憶は、この城の構造や、ここで過ごしていた頃の記憶のみであった。
最初に私が目覚めた部屋で椅子に座って何かの本を読書をしていた事や、此処に仕える従者達と接していた頃の記憶が自分の視点で見えたのだ。
しかし、読書していた本の内容や、この城にいる他の従者の顔や細かい情報までは鮮明に思い出せなかった。
「…私は、この世界を統治する魔王だったのか?」
もしかすると、この城にある他の物も見れば新しい記憶を思い出せるかも知れない。
そう思った私は、先程思い出した記憶にあった中でも最も鮮明に思い出せた図書室に向かって足を進めようとした――
――その時。
先程私が歩いた廊下とは別の廊下の奥から、この城の従者と思われる者がこちらに向かって歩いて来た。
先程の記憶に従者の記憶は無いので、その者が誰であるのかは判らずにいたのだが。
赤い長髪と瞳を持つ人間の見た目をしたその者は、無言でこちらに向かって歩みを進めている。
(誰だ…?此処の従者だろうか?)
突然の事に驚いたが、あの者が此処の従者であるならば、私について何か知っている筈だ。
私が記憶喪失だと説明するのにも一苦労かかるだろうが、従者ならば私の話を聞いてくれるだろう。
そう考えた私は、こちらに近づいてくるその者に向かって話しかける。
「すまない、私の話を聞いて欲しい。
実は今、私は記憶を失っていて――」
私がそこまで言った所で、すぐ側まで近づいていたその者が私に向かって風を切る音が聞こえる程の速さで腕を振るった。
その攻撃には明らかな殺意が込められていた。
「なっ――!?」
その初動作を見て、直前に攻撃を予測した私はそれを危うく避けたのであった。
しかしその攻撃を避ける為に、歩く為の補助に使っていた壁から手を離してしまった。
(体制を立て直さなければ…!)
再び壁に手をついて立ち上がる暇も与えられず、私に殺意を向けるその者が無言で放った二撃目の攻撃が私の腹に直撃する。
「ぐはっ……」
即死する威力では無かったが、私に繰り出された殴打は強力で私の身体を後方に大きく飛ばすのであった。
歩いてきた廊下の床に背中から叩きつけられ、その衝撃で私は吐血した。
「ゲホッ……」
余りの激痛に意識を失いそうになるが、とにかく私に殺意を向ける目の前の脅威から逃げなければならない。
気絶している場合などでは無いのだ。
できる限りの力を振り絞り、床を這いずって逃げようとするが、私に殺意を向けるその者に目を向けると、私に向かってゆっくりと歩み寄っていた。
依然変わらぬ殺意を放つその者に対して、私は強い恐怖を感じずには居られなかった。
(殺される……!!)
逃げなければならないのに、その恐怖が足枷となって腕に上手く力が入らない。
必死に逃げようとする私に、無情にもその者はすぐ側まで近づいて確実にとどめを刺そうとしていた。
「あ…ぁ…」
(殺される…!)
余りの恐怖に言葉が出ない。
このままでは死ぬ。
死にたくない。
死にたくない。
死ニたくナイ…。
死ニタク…
遂に正常な思考もままならず、私の意識はそこで途絶えたのであった。
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再び目が覚めると、そこは私が襲われたはずの廊下であった。
その廊下床に私は横たわっている。
「生きている…のか?一体何が起こって――ッ!!」
ひとまず起き上がろうと床に右手をついた時であった。
手に違和感を感じた私は、疑問に思いその手を見てみたのだ。
すると、私の手に付いていたのは――
――紅い血であった。
驚いて目線を上げると、私の前には先程私を襲った者が大量の血を流して倒れていたのだ。
自身の身体を確認して見たが外傷は無く、右手の血は間違いなくその者の血であった。
「まさか…私がやったのか…?」
それは信じ難い事だった。
あの時、私は殺そうとした訳では無く逃げようとしていた筈だ。
第一、まともに歩く事も出来ない私がこれ程強力な敵を殺せる訳が――
――いや待て、嫌な予感が…?
そう考えて身体を起こすと、意識を失う前に比べて身体が非常に軽くなっていたのを感じた。
「身体の力が…強くなっている?」
更に壁を軽く殴ってみると、余りにも呆気なく壁に大穴が空いたのだ。
私はその大穴を驚きの表情で見ていた。
この力は…やはり間違いない。
「私が…殺した…。」
身を守る目的とは言え、命を奪う行為を行った事に対して背中を這うような罪悪感を感じた。
しかし、罪悪感を感じた所で既に謝るべき相手もいない。
死体に対して謝罪を行った所で、罪が許される事は無いだろう。
「――ッ!」
此処でまた頭痛と共に脳内に記憶が流れ込んで来た。
先程と同じく頭痛はすぐに収まり、思い出された記憶のみが頭に残る。
今度は、この魔王城に従事する者達に関する記憶であった。
思い出した記憶からは、何種類もの種族がこの魔王城で働いている事が解った。
従者達の詳細な情報が脳内に入ってきたのだ。
此処の従者達一体一体の名前や顔を鮮明に思い出したのだが…唯一、私の側近で仕えていたはずの一体の魔族生命体だけが何故か顔も種族も思い出せなかった。
たった今私が出会い、この手で殺めた従者は「ネスティア」という悪魔族の女性の従者であった。
細い体には巨大な魔力を秘め、またその見た目に似合わぬ怪力の持ち主であった。
従者の中でも甲斐甲斐しく私に仕えてくれていた事も思い出し、それだけに先程感じていた罪悪感が更に増してゆく。
元々明るい性格の持ち主であった筈だというのに、彼女に何が起こったのだろうか…?
しかし、此処で自らの行動を悔やんでも意味は無い。
あの時は自制する事も出来なかったので仕方の無い事だ…と、半ば無理矢理に正当化し自分を納得させ、当初の目的である図書室への移動を再開させるのであった。
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歩く事が楽になった分、先程の廊下から2階下のフロアにある図書室への移動も短時間で可能となった。
図書室は非常に広く、数十程の個数が置かれている長い本棚には本が隙間無く並べられており、更には2階まで作られていたのだ。
照明も廊下等のものに比べて数段明るく、図書室内でも本の閲覧が楽になるようにされていた。
図書室まで来た私は、何か本を眺めていればこの図書室で過ごしていた記憶が先程と同じ様に思い出せるかも知れないと思い、目の前の本棚に並べられた本の内の一冊を手に取った。
記憶喪失だが、何故か表紙の文字を普通に読む事ができ、手に取った本が魔法に関する知識が記された魔導書である事が判った。
「魔法…?私は魔法を使えたのか?」
気になってその本の表紙を開こうとした時、またもや頭痛が引き起こされた。
「ッ…!」
3回目の出来事で流石に予想はついたが、相変わらず頭痛は激しく、頭を抑えずには居られなかった。
今度は予想通り、自分が魔法を使用していた頃の記憶が脳内に流れ込んで来た。
数千種類に渡る膨大な魔法の知識を思い出したのであった。
それと同時に、自らの体に流れる魔力を感じる様になった。
他と比較しなくても解る程の巨大な魔力だ。
「馬鹿な…私にこれ程の力があったのか…。」
自身の力に驚愕していた時、この図書室に入ってきた時の扉の方から何者かの気配を感じた。
誰だ?と思い、扉の方に振り返ってみると、そこには先程のネスティアとは違う別の従者が立っていた。
図書室の管理を行わせていた、「ファリン」という従者だった。
黄色の短髪に、緑の瞳をした少女の様な見た目の悪魔族だ。
「…………」
無言で立ち尽くすファリンは、生気を感じさせぬ瞳で私の姿を確かに捉えていた。
ネスティアの目を見たせいか、その瞳には殺意が込められている事を私は察知した。
だが、今はネスティアの時と違って自分に殺意を向けられている事に対して恐怖は感じなかった。
先程認識した通り、私には強力な力がある。
もし襲われたとしても、今度は意識を失う事無く抵抗すれば良いのだ。
当然、今度こそ敵を殺す気は毛頭ない。
仮にも、私の大切な従者の一人なのだ。
戦うにしても、できる限りは気絶させる程度の抵抗に加減するつもりだ。
しかし私の思い違いで、この従者はまともに私の話に対応してくれるという可能性もある。
先ずは落ち着いて目の前の悪魔に問い掛けてみる事にした。
「やぁ、ファリン。
相変わらず図書室を綺麗に整えてくれて助かるよ。
ところで少し話があるのだが、良いかな?」
私は顔に笑顔を作り、記憶の中にある従者達と接していた時と同じ様に自然に話しかけた。
「……」
ファリンは先程と変わらぬ様子で、無言でこちらに近づいてくる。
ネスティアに話しかけた時と同じ反応だ。
やはり、話を聞いてくれる様子では無かったか…。
私の手前に迫ったファリンは、殺意の込められた拳を私に振るった。
しかし予め攻撃を予測していた為、その拳を難なく受け止める事が出来た。
「どうした、なぜ私に拳を振るうのだ?」
返答されない事を承知の上でファリンに問いかける。
結果としても、やはりファリンは無言のままであった。
小さく華奢な見た目からは想像も出来ない程に放たれた殴打は重いものだったが、自らの力を自覚した私にとってその拳を受け止める事は容易い事だった。
この様子からして、ファリンに私を殺せる可能性は僅かなものだろう。
無駄な争いはすべきでは無い。
少々手荒だが、即座に気絶させるのが最良の手だ。
「悪いが、少し眠っていて貰うぞ。
出来るのなら目覚めてから頭を冷やすといい」
そう言いつつ、ファリンの首元に手刀を当てようとした時――
――記憶を思い出す時とは違った感覚の頭痛が私を襲った。
「ッ!!」
私は堪らずに声を上げる。
私は頭痛の原因が判らなかったが、直ぐにそれがネフティスを殺める前に意識を失った時の感覚に近い事に気がついた。
頭の中に、自分と同じ声をした「誰か」の言葉が聞こえた。
……このまま気絶させるのはつまらない。
相手は殺意を向けたのだ。
ならば…殺されても仕方ないだろう?
殺してしまおう。
誰も…責めはしないさ。
そこまで聞こえた所で、頭痛と共に幻聴らしきものは消えた。
しかし、頭痛によって一瞬の隙が出来てしまった私にファリンが二撃目の殴打を繰り出した。
私は脊髄反射の如く鋭い反射神経を発揮し、間一髪でそれを避ける事に成功する。
危なかった…と思いつつ、先程の声についての思考を凝らした。
殺してしまおう…だと?
実に馬鹿らしい。
私は2度と部下を殺めることはしないと先程決意したばかりなのだ。
誰の声かは知らないが、邪悪な囁きに騙されるほど私も愚かではない。
再び殴打を繰り出すファリンの拳を避け、滑らかな動作で背後に回り込む。
「突然の頭痛に隙を見せてしまったが…今度こそは確実に眠って貰うぞ。」
ファリンにそう言い、先程と同じく手刀を当てようとした時、腕に違和感を感じた。
「……何だ?」
ファリンの首元に腕を振り下ろそうとしても、私の意思を拒否するかのように腕が動かないのだ。
そして先程と同じ様に……いや、先程よりも激しい頭痛が私を襲う。
(こいつヲ……殺ス……。)
「――!!」
頭痛と共に聞こえたのは、歪んだ感情の混じった殺意の声であった。
いや、聞こえた……?
違う。
誰かの声ではなく…確実に、私の思考だった。
いや、違う。
そんな筈は無い。
私には…殺意なんて無い。
だが、振り上げられた右腕は振り下ろすことは出来ず、頭痛は更に増加する。
(殺ス…コノ悪魔ヲ……!!)
先程よりも殺意の増した声が、頭が割れそうな程の音量で頭の中に響く。
気づくと、振り上げた右腕に自身の意志とは無関係に強く力が込められていた。
この力をファリンに向ければ…間違いなくファリンは死ぬ。
私の意思に反発しようとする右腕を止めようと、左手で掴んで抑えようとした。
しかし、その左腕もやがて自制が効かなくなり、寧ろファリンの首に掴みかかったのだ。
「ッ!!カハッ……」
苦しそうにファリンが踠き、私の左腕を振りほどこうとするが、私にも自制の効かぬ左手はファリンの首を離そうとはしなかった。
頭の中で左腕に命令するが、やはりその力は弱まらず、寧ろ徐々に強くファリンの首を締めてゆく。
更に今まで動かなかった右腕が私の意思とは無関係に動き、拳を作りファリンの頭部を破壊しようとしている。
――止めろ、頼む…止めてくれ!!
両腕の動きを阻止しようとする私の意思も意味を成さず右手の拳はファリンの頭部に向かって放たれた。
「……ッ!!」
私が何かを叫ぼうとする前にその拳はファリンの頭部を砕き、私の視界がファリンから吹き出される真っ赤な液体に染め上げられる光景を、私はただ虚しく無力に眺めていた。
やがて、呆然としていた私の意識を目覚めさせたのは――
――徐々にその温度を失っていく、自身の顔や手に付着したファリンの返り血の感覚だった。
「あ……あぁ……」
震える両手に付着したファリンの血を見ながら、目の前の惨劇に呻くような声を出す。
既に2人の命を奪った事と己の無力さを味わった私に発する事の出来る声はそれだけだったのだ。
その時、再び激しい頭痛と共に先程と同じ声が脳内に響いた。
(どうだ、命を奪う楽しさは?)
答えたくない。
聞きたくもない。
これが、私の意思だなどと…信じたくない。
だが…たった今私は、この意思の言う通りにファリンを殺めてしまったのだ。
しかし、私はこの声を受け入れる訳にはいかない。
(まだ命を奪う快楽を受け入れない…か。
まぁいい、まだこれで終わりでは無いからな。)
何だと……?
一体、何を言っている?
(周りをよく見てみると良い。
君の本心を引き出してくれる生贄が沢山来ているぞ?)
その声が聞こえると同時に、また扉の方向に気配を感じた。
それも、一人では無く。
「――!!」
見てみると、まるで私が引き寄せているかの様に扉の方から数十名程の大勢の部下が図書室に入って来ていたのだ。
「そんな…馬鹿な…!
来るな…こっちに来るな!!」
この先の出来事を予測した私が、咄嗟に声を出すのだが、大勢の部下達はネスティアやファリン同様に殺意を込めた目で私の方へと近づいている。
(さぁ殺せ、殺セ……!!)
頭痛が激しくなり、脳内に響く声も増大する。
止めろ……止めろ!!
これ以上は……!
しかし私の反抗も無意味に、私の身体は部下達に向かって動き出す。
それに反応して、大勢の部下が一斉に私に襲いかかるが――
――私の右腕が勝手に動き、掌を部下達の方に向けて広範囲掃討魔法「奪命之波動を放った。
触れた者全ての生命力を吸収する波動が部下達に触れると同時に、殆どの部下は毒を飲んだかの様に踠き苦しみ、やがて死に至った。
「……っ」
私は目も当てられない様な凄惨な光景に、心臓を圧迫するかのような胸の痛みを感じた。
一瞬の内に自らの手でこれ程多くの命を奪ってしまったのだ。
決して許される行為では無い。
(快楽を受け入れろ、そうすればその気持ちも楽になる)
頭の中に憎い声が響く。
私に甘言を囁くのは止めろ……。
これ以上は、心が潰れてしまいそうだ…。
これ以上の命は奪いたくない。
私はそう悲願するのだが、まだこの惨劇は続くのだ。
何故なら……私の身体は先程の魔法に生き残った数名の部下達を殺そうと動いているのだから。
「止めろ…止めてくれ……私にこれ以上お前達を殺させるのは止めてくれ…!!」
しかし無情にも部下達は私に向かって襲いかかり、私の手によって殺される事になった。
それも…魔法では無く、素手で。
命を奪う感覚…肉体を貫く感覚を、手を伝わって痛感する事になるのだ。
返り血で私の身体は真っ赤に染められている。
図書室の床に倒れ込んだ部下達の全員が息をしておらず、身体から流れる赤い液体が床を染めている。
「あぁ……あ…」
真っ赤に染まった視界がファリンの死を連想させ、私の心が罪悪感に蝕まれていく。
(解っただろう?いくら自分の欲求に抵抗した所で、お前に抗う事は出来ない。
お前は殺戮衝動の抑えられない……この世の「厄災」なる存在だ。)
脳内に響く声に現実を告げられ、私の思考は狂う事になる。
「ふっ……はは…」
そうだ。
私は最初から、ネスティアを殺した時から既に正常では無いじゃないか。
長い時を共にしてきた仲間を、いとも容易くこの手で葬ったのだ。
死を眼前にして、仲間よりも自分の命を優先したのだ。
部下を殺す毎に感じていたものは、罪悪感等では無い。
自分に殺意を向けるものを殺めることによって得られる安心感に喜びを覚えていたのだ。
そう、この声が言う通り――
――私はこの世の「厄災」だ。
「はははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
狂気を帯びた私の笑い声が、広い図書室に響く。
何だ、初めから現実を受け入れれば良かったではないか!!
あれ程苦しかった胸の痛みも無くなり、血の温もりも心地良い!!
肉体を貫く感覚と、この血の温もりが、敵の死を実感させるのだ!!
何故これ程の快楽を、私は拒んでいたのだ!!
(やっと受け入れたか。
そうさ、お前の快楽は殺すことにある。
お前は魔界で一番強い。
何人殺そうとお前に反抗できる者はいない。
お前の望むままに殺すと良い。)
この声を受け入れた今、この声だけが私の仲間である様にも思える。
この「声」の告げることは正しい。
私はそれに従い、殺せば良いのだ!
さぁ、誰を殺そうか。
誰でもいい。
私に快楽を与えてくれるなら!
私は溢れる殺戮衝動を誰かに向けずにはいられなくなった。
誰かを……殺したくてたまらなかった。
その時。
部下達の記憶を思い出している時に、たった一人だけ思い出す事の出来なかった側近の部下がいた事を思い出した。
未だその部下の顔も思い出せないが、少なくとも先程殺した部下達の中には入っていない事は確かだ。
殺した部下達は全員、顔も名前も覚えている者達だったからた。
(その部下が気になるのか?
なら、そいつも殺すと良い。
そいつは部下達の中でも、最もお前と接触の多い者だ。
お前の良心を完全に断ち切る為の切っ掛けとなるだろう。)
頭の中で、いつもの「声」が私に告げる。
あぁ、この「声」は私の望みを完全に理解してくれている。
何かを考える前から、既に私の思考を先読みしているのだから。
この声の言う通り、その部下も殺してしまおう。
そして……私はこの世の全てに死を齎す、完全たる「厄災」として魔界に君臨するのだ。
あらゆる種族を絶滅寸前まで殺し、やがて再び繁栄した種族をまた殺す。
永遠に終わらない殺戮を、私の手で作り上げ愉しむのだ。
そこに一切の良心などは必要ない。
記憶の片隅に残るこの部下さえ殺してしまえば、後は何一つ気兼ね無く殺戮を愉しめる。
(やはりその部下を殺すか。
なら、魔王の部屋に戻ってみたらどうだ?
未だ思い出せていない記憶を呼び覚ます切っ掛けがまだあるかも知れん。)
魔王の部屋…?既に一度訪れているではないか。
……あぁ、そうか。
いくつかの記憶を思い出した今、あの部屋に改めて訪れる事で何かを思い出す事が出来るかもしれないな。
机椅子や本棚ぐらいしか置かれていなかったが、それでも魔王城で過ごしていた頃はあの部屋にいる時間が一番長かった。
つまり、魔王城の中で一番記憶に結びついている部屋だと言う事に違いは無いのだ。
「……行ってみるか」
私は「声」に告げられたまま、再び魔王の部屋へと移動を始めた。
......................................................
魔王の部屋まで移動した現在、部屋を見回してみているのだが…何も思い出せる記憶は無いままだった。
やはり他の部屋を探るべきか…と一瞬考えたが、すぐにその思考は私の頭から消された。
間違っている筈は無い。
私の脳内に響くこの「声」は、何時も正しい事を告げているはずだ。
必ず、記憶の鍵はここにある。
更に詳しく詮索しようと、机の後ろに回った時、私は「ある物」が椅子の足元の床に転がっているを発見した。
それは、普通の金属には発する事の出来ない程の強い光を発している一本のナイフだった。
詳しく調べようとそのナイフを拾い上げると、ナイフの刃の部分に誰かの血が付着していた。
それを見た時、また激しい頭痛が私を襲った。
「――ッ!!」
それは、私がこのナイフで自殺する瞬間の光景。
自らの首にナイフを宛てがい、喉を掻っ切ろうとするのを止めようとする悪魔の姿が見えた。
その悪魔は、今まで記憶の片隅にあって思い出す事の出来なかった部下――
――「リミア」という名の、金髪の美しい女性の見た目をした人形の悪魔だった。
そして、次の瞬間。
思い出せなかった全ての記憶が、私の脳内に流れ込む。
私はその記憶に隠された驚愕の事実を知る事となった。
私が…この魔王城の魔王では無い事。
この記憶の全ては…「サタン」と呼ばれる魔王のものである事。
そして……この記憶の中に私の存在は無く、私が新しき魔王として誕生した事。
(思い出せたか?
そう、お前が今まで殺したのは、君の部下なんかじゃ無かった。
全て赤の他人。
元々、お前が罪悪感を感じる必要なんて無かったんだ。
そして、お前は新たな魔王として誕生した。
魔王「サタン」の意思を継ぐために。
だが、お前は全てを台無しにした。
サタンが作った「平和」を、お前は「厄災」へと変えたのだ。)
脳内に響く「声」が、私の中でその現実を確信的なものする。
「そんな…それでは私は、一体何の為に生まれたのだ…?」
いや、生まれた意味はあったのだ。
私が生まれた意味は「魔界の平和を維持する」こと。
しかし既にその平和は台無しになった。
私の生まれた意味を、自分の手で台無しにしたのだ。
(お前が生まれた意味?
そんなもの、考える必要はない。
先程、お前は「厄災」として魔界に君臨すると決意したのだろう?
生まれた意味は自分で作るものだ。
それを誰かに決定される理由など無いだろう?)
脳内に響く「声」で、私は気付く。
そうだ。
私は「平和」では無く「厄災」なのだ。
私は、私の望むままに生きてゆく。
私の生きる意味を決定づけようとする魔王め…。
お前も、お前の部下同様に葬ってやろう。
お前の大切な側近の部下…「リミア」と一緒にな!!
私の殺意は遂に魔王へと向けられ、全ての命を葬らんとする私の意思は決して崩れぬ強固なものへと変貌する。
(そうだ、憎め!!
お前の憎しみこそが、魔王を殺す武器になるのだ!!)
私の殺意に、「声」も同調してくれている。
それだけで私の安心感は絶大なものとなるのだ。
最早、私が向けた魔王への殺意を止められる者は誰もいないだろう。
……そうだ。
魔界に君臨する「厄災」として名乗る名前が欲しい。
魔王が「サタン」という名前で「平和」を齎した様に。
私は「厄災」を齎す者としての名が欲しいなだ。
どう名乗ろうか…。
そうだ、この「声」に決めてもらおう。
(名前……か。
そうだな…「厄災」の文字通り、「ディザスター」はどうだ?)
「……ディザスター…か」
悪くないな。
この「声」がそう言うのなら、この名は私に相応しいものなのだろう。
これから私は「ディザスター」と名乗ることにしよう。
いずれ全ての魔族生命体が恐れ戦く名前となるだろう。
「私は…魔王『ディザスター』…この名を以て、生けるもの全てに厄災を齎そう。」
こうして、「ディザスター」を名乗る新たな魔王は元魔王「サタン」へと殺意を向け、その殺意は魔界だけでなく人間界へも厄災を齎す存在となるのだった。
本当はまだ書きたい文章もあったのですが、これ以上書くと非常に長くなってしまうので魔王の名前が決定した時点での終了としました。
2章までにクロトを勇者にさせるつもりでしたが、まだ少し先の話になりそうです。
新たなる魔王「ディザスター」の狂気が、クロトが勇者となる切っ掛けとなります。




