第9話 器探し
イリビアは家のキッチンへと行き、シンクに水を溜める。
アンドレの指示で、器探しに行っている時間、ゴールドフィッシュの水合わせをしておくことになったのだ。
「水はそのくらいでいい。そうしたらこのゴールドフィッシュを」
アンドレはゴールドフィッシュが入ったビニール袋をそっと水の上に置くと、縛ってあった口をゆっくりと解く。
すると、ゴールドフィッシュはビニール袋に入ったまま、ぷかぷかと水に浮いた。
「これでいい。このまましばらく置いておく」
「これが、水合わせですか?」
「そうだ。少し手間だが、これをするだけで、魚がショック死するのを防げる」
ゴールドフィッシュは特に何ごともなかったかのように、緩やかに袋の中で動いている。
「行くぞ」
家を出て、アンドレの後について行くイリビア。
「あの、さっき見せた睡蓮鉢をどこに買いに行くんですか?」
「着いてくれば分かる。ここからでも近い場所だ」
「あ、はい。……ホームセンターみたいな所でもあるのかな…」
「なんだ?ほーむ…?」
「あっ、いえいえ、私の独り言です!」
言われて着れて来られた場所は、だだっ広い土地で、ポツンポツンとさみしい様子で所々にに葉が緑色の植物が生えているだけだ。荒野と言われても納得するような場所だった。
「え…ここ…?」
店のような建物も見当たらず、イリビアが戸惑っていると、キョロキョロと辺りを見回していたアンドレが何かに気がつく。
「おじいちゃん」
アンドレと同じ方を見ると、手に鉢のようなものを持ち、腰を曲げて作業をしていた男がゆっくりと振り返った。
「あぁ、アンドレか。どうしたんだい」
白髪まじりの髪の毛に、物腰の柔らかそうな空気を纏った年老いた男。アンドレに手を振り、柔和な笑顔でこちらにゆっくりと歩いてくる。
「探し物があるんだ。物知りなおじいちゃんなら、どこで取り扱っているか知っているかと思ってさ。この本なんだけれど」
アンドレに目で促され、イリビアはビオトープの本を取り出す。
「ほぅ…」
イリビアはアンドレの祖父の目が一瞬鋭く光ったように思えたが、イリビアが瞬きをした後には優しげな笑顔に戻っていた。
「あの、この絵にあるような器が欲しいんです」
イリビアが本を広げて中を見せると、アンドレの祖父は楽しそうに笑って頷く。
「そういうことなら、これでいいかな」
アンドレの祖父が近くのテーブルの下から取り出したのは、大きい黒いプラスチックの器だった。器の形は、睡蓮鉢とほぼ同じな形状だった。
「これ、使っていないからあげるよ、お嬢さん」
「えっ!いいんですか?!」
「器は少し汚れているけど、構わないかな?」
「はい、全然!!構いません、ありがとうございます…!」
受け取ったプラスチックの器は、ふちと表面に少し乾いた土汚れが付いていたが、まさか、ただで譲り受けられると思っていなかったイリビアは驚きと感謝の気持ちで胸が熱くなる。
器の汚れなど全く気にせず両手で受け取ったイリビアは、器に両腕を回しお腹にピタっとくつけ両手で抱えた。
すると、横にいたアンドレはイリビアの腹部辺りに視線をうつし、すぐにイリビアに手向かってを伸ばす。
「俺が持つ」
「えっ、あ、でも大丈夫ですよ。ほら持ててますし」
「服が汚れるだろ」
イリビアから取り上げた器は、イリビアが両腕を回しても余りあるほどの大きさだったが、アンドレは片腕で軽々と持った。
「あ…ありがとうございます」
イリビアは見上げてお礼を言うと、アンドレは恥ずかしそうに視線を逸らす。
「ふふ」
「…なんだ」
「アンドレさんて、意外と優しいですよね。最初は無愛想な人だと思ったんですけど」
「意外とってなんだ、意外とって」
少し顔が赤くなるアンドレ。
クスクス笑うイリビアと照れるアンドレは、互いに目が合うと、自然と口元が緩むのだった。




