第10話 ビオトープ設置完了
「おぉ、そうじゃ、あと魚を買うなら丸い玉土を入れておくといいんだが、私が使った残りがまだあったかなぁ」
アンドレの祖父は、地面に置いてある大きなケースの前へ行き、重そうな蓋を開けると、中をガサゴソと掻き回す。
「お、あった、あった。わたしが使った残りで良ければ、これも持っていっていいよ」
取り出した袋の中には、直径2cm程の茶色い丸い土がたくさん入っていた。
「あ…これって確か…」
イリビアは持っている本のページを捲る。
「あ、そうそう、これだ…」
本に、ビオトープを作るならば必須なものとして写真に載っていたのが、丸い土の玉、元の世界では赤玉土と呼ばれているものだ。
ビオトープでは、こういった玉状の土を器の底に敷き詰めるのだ。
アンドレの祖父が渡してくれた玉土が、元の世界でビオトープの際に使う赤玉土とほぼ同じなことに、イリビアは驚く。
「すごい、私が欲しかったものがこんなにすぐに手に入って…感激しています!でも、器と玉土と2つもタダでいただくのは、さすがに申し訳ないです…」
困ったイリビアはアンドレを見上げると、アンドレは祖父に顔を向ける。
「使わないから、廃棄する予定だったものってことだよね?」
「そうじゃ」
アンドレはイリビアに視線を移す。
「この土も封開けしたまま置いておいても、状態が悪くなるだけだ。遠慮せず使った方が祖父も喜ぶ」
イリビアはアンドレの祖父に深く感謝とお礼を伝えたあと、アンドレとイリビアの家へ戻った。
「で、この器と土をどうすると書いてある?」
アンドレは器と土を家の前に置くと、前髪を後ろにかき上げる。そのとき、こめかみから一筋の汗が伝う。
「荷物を持っていただいて、ありがとうございました…!暑かったですよね、私、何か飲み物持ってきます!」
イリビアはビオトープの本を開いた状態でテーブルに置くと、キッチンへと足早に向かった。
コップに飲み物を入れて戻ると、アンドレはビオトープの本をマジマジと見つめていた。
「あの…これどうぞ飲んでください」
コップを受け取り飲むアンドレ。
(ビオトープの本を読めるのかな…?)
イリビアがじっと見つめていると、アンドレがイリビアの方を振り向く。
「暗くなる前にビオトープとやらを組み立てた方がいい。俺には、この本に書かれている文字は読めない。イリビアが読んで指示だししてくれるか」
「あっ…はい!」
イリビアは本を読みあげ、アンドレがザルで玉土を軽く洗い、器の底に敷き詰めていく。イリビアは器の中に水を入れていく。
「そうだ、水はシンクの中に溜めてるものも使う、ゴールドフィッシュは、今はシンクの水に適応している。それを入れればショック死しないだろう」
「分かりました!」
玉土と水を入れ終わった器の中に、アンドレがゴールドフィッシュが入った袋をゆっくりと入れる。
ゴールドフィッシュは、音も立てずにするりと袋から出ると、悠々と泳ぎ出した。
「ひとまず大丈夫そうだな。ここで暴れるように泳ぎ出すと危ないんだが、いつもの様子と変わらないし、平気だろう」
「ありがとうございます…!」
「それから餌のことだが、今日はやる必要はない。ただ、明日からあげて欲しい。餌は持ってきた、サービスだ、これを使うといい」
イリビアは、小さいボトル状の物を受け取る。
中には顆粒状のものがギッシリと詰まっている。
「明日からこれを1日2回与えてやって欲しい」
「分かりました。何から何までありがとうございます…!」
「礼はいい。ところで、俺もまだここでゴールドフィッシュの様子を見ていたいところだが、店の仕事が残っているから帰るが、何か聞きたいことがあればまた店に来てもらっていい」
「…ありがとうございます。あ、でも…」
イリビアは、アンドレとアンドレ祖父に親切にしてもらい過ぎたことが頭に浮かぶ。
「あとはこの本を見て進めてみるので…大丈夫です」
貴族落ちしたときに友人を全員失ったイリビアにとって、久しぶりの他人からの温もりは、申し訳なさの気持ちの方が心を占めてしまっていた。
「…その本にどれだけのことが書いてあるか分からないが、まだ飼育が始まったばかりだろ。これから何が起こるか分からない、だから気になったことがあれば話を聞くからと言っているんだ。相談くらいで金は取らないし、気軽に店に来ればいい」
「…分かりました、本を見ても何か分からないことがあれば…」
イリビアの返答に少しムッとしたアンドレだったが、それ以上何か言うことはなかった。
アンドレが帰ったあと、イリビアはビオトープ内を覗く。ゴールドフィッシュは、伸び伸びと器の中で泳いでいる。
「あっ、そういえば…前にYouTubeで見たとき、水槽の中に草も入っていた気が…確か水草…」
イリビアは、ビオトープの本を開き、前回の続きから読む。
「あっ、やっぱり!水草だ!…なになに、薬とかが使われてない水草…がいいのかぁ〜。でも、どこで手に入れたらいいか分からないし…ってなると…」
イリビアは水の中を見つめながら、はぁ〜っと大きい溜め息をつく。
「またアンドレさんの所に行って聞くしかない…かぁ…」
帰り際に少し気まずい雰囲気になってしまったのを思い出し、後悔するイリビア。
「とりあえず、明日朝になったらまた行こうかな…」
ビオトープ内のゴールドフィッシュは水の中央にくると、尾で水面をピチャンと軽く叩いた。




