第8話 妙だな
「ここです」
イリビアは、宝魚を入れていた石鉢を見せる。
「ああ、なるほど」
アンドレは石鉢の外側部分を見たあと、上から水の中を覗く。
「あー…確かに、これは間違いなく死んでるな」
水の上に、不気味な雰囲気でゆらーっと浮かんでいる宝魚。
「あれ?なんか宝魚の色が、少し薄くなっているような気が…」
「それは死んだ魚にはよくあることだ、気にしなくていい。それより、確かこの宝魚はこの石鉢から飛び出てたんだったな?」
「あっ、はい、そうなんです。この辺に、びちゃ、って」
「なるほど…理由は断定できないが、幾つか原因が思い当たる。まず1つ目は、水合わせの失敗だ」
「水合わせ?」
「そうだ。新しい水へ入れる前に、魚を水の上に浮かべて、新しい水への適応を促すんだ。それをしないと、激しい環境変化に、魚は驚いてショック死、あるいは水の中から飛び出て死ぬこともある」
「水合わせしてないです…ていうより、そんなこと、ルイス王太子がおっしゃってなかったので、私知らなかったです…」
イリビアは落ち込んだが、すぐにある疑問が頭に浮かぶ。
「あっ、でも、それだとしたら、おかしいです。預かった宝魚は1匹だけじゃなかったんです。水合わせが原因なら、他の宝魚の死体があってもいいですよね?でも、この石鉢周りを一応確認しても、この1匹以の死骸が見つからなくて…」
「そこで考えられる原因、2つ目だ。外敵からの攻撃だな。宝魚くらいの大きさを食べるとしたら、この辺りでは鳥が最も可能性が高い」
「えっ、鳥に見つかって食べられちゃったってことですか!?」
「そうだ。死骸が無いのであれば、この可能性が高い」
「えっ…どうしよう…!そもそも、外で飼っちゃいけなかったってこと…!?私、室内で飼わなきゃいけないって知らなくて…!えっ…うそ…どうしよう、完全に私の落ち度だ…そんなの死刑も当然だ…」
血の気が引いたイリビアは、その場にへたり込む。
「おい、大丈夫か!?」
アンドレが、崩れ落ちるイリビアの腕を慌ててつかむ。
イリビアは、地面に力無く座りこんだままで、アンドレは心配そうな表情で、イリビアの隣にしゃがむ。
「私…宝魚は大きいから、外で飼うのだと思って…」
「それは、あっている。宝魚やゴールドフィッシュは、生態的に基本的には外飼いだ。おそらく、王室でも外飼いしていたはずだ。ただ、外飼いといっても窓際に置くのが基本で、ほぼ室内と言っていい。この辺りでも、外で魚を飼っているのを見たことがないだろう」
「確かに…。そうだったんだぁ…私、完全に外で飼うものかと思っていて。だから、私の家ではこんなことに…それに、王室なら鳥に襲われたりしないですもんね…」
「王室付近では万が一のことを想定して、鳥獣対策がしてある可能性もある」
「そっか…宝魚…だもんね…」
「そうだな…宝魚だからな…」
「宝魚を全滅させちゃった私って……本当死刑は当たり前…」
「いや」
アンドレが何やら考え込むような顔で、遠くの方を見つめる。
「最初こそ話を聞いたときはそう思ったが、今の話を聞く限り、王室側の方に問題があるように感じる」
「え…?」
「水合わせについては、基本中の基本だ。代々宝魚を育ててきた王室も、水合わせの重要さは知っていたはずだ。例え殿下本人が知らなかったとしても、周囲の者が必ず知識としてもっているはずで、それを君に伝えないということは、国の宝である宝魚を託すにしても妙だと思ってな」
アンドレはじっと何かを考え込んでいたが、ふと視線をイリビアが持っている本にうつす。
「そういえば、その本には何が書いてあるんだ?手に取ったとき、随分と嬉しそうだったが」
「あっ、これはお魚さんの飼い方で、ビオトープっていう完全に外で飼うための方法や、そのための水槽の作り方が書いてあるんです」
「びおとーぷ?初めて聞くな。異国の字で書いてあるから、外国の方法なのか。君はどうしてその字を読めるんだ?」
「え…あ…えーっと…その…」
たじろぐイリビア。
「話しにくいことを聞いたな、悪い。それなら、その通りにまずはやってみるか?俺も知りたいしな。最初は何をしろと書いてあるんだ」
「え、あ、ちょっと待ってくださいね…」
イリビアは本の最初のページをめくる。
「えっと、まずはビオトープ用の器を用意する必要があるみたいです。睡蓮鉢っていうんですけど…あ、こういう器です」
イリビアは本に載っている写真を見せる。
すると、アンドレがイリビアの横に立ち、本を覗き込む。
「ふーん、変わった容器だな。これで魚を飼っている人を見たことがないな」
「こういうの、どこか売っているお店、知りませんか?」
アンドレは指を口に近付け、一瞬考え込む。
「ああー…1カ所だけ心当たりがある。一緒に来るか?」




