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3章 好きと奴隷のボーダーライン

「吉野ー」


「おう、浅田。どした?」


「百円、貸してくれ」


「金欠か? …ほらよ」


「へへ、わりぃ。助かる!」


「百円じゃ飲み物も買えないだろ」


「ん? んー、まあ、そうだな」


へぇ、吉野って友だちいるんだ。


ざわつく休み時間の教室で、あたしは聞くともなしに二人の会話を遠巻きに聞いていた。


「吉野、お前、アレだろ、その」


「?」


「…ほら、なんか最近、女子と仲良くしてるらしいじゃん」


「…何の話…?」


あー。

別に仲良くしてはないけど、外から見たら、そう見えるもんかしら。


「な、今度オレも連れてってくれよ」


「…」


「なあ、頼むよ」


「…いいけど、たぶん浅田が期待してるようなモンじゃないと思う」


「おっしゃ、やったー!」


うげ。

また増えるの? しかも、男子。







あたしたちが下公へ行くと、一道さんはナイススティックと缶コーヒーをたしなんでおられた。パン好きだな、この人。


少し遅れて吉野と一緒に、浅田もやってきた。やっぱり来たか…。


「これはこれは、僕たちの學び舎へようこそ」


「浅田っス! 好きなものはサッカーとかスポーツ全般っス!」


増えてきたので今日の並びは一道さんと男子二人、こちらは女子三人となった。吉野とあたしが挟まれ役だ。こいつと向かい合わせか…しんどい。


「なんで増えてくわけ?」


さっちんもなんだか不満そうだ。あたしも同感。あれ、ほのかはなんか嬉しそう?


浅田はほのかの向かいに座った。こっちもなんか嬉しそうなのどうして。


「浅田くんは、どうしてここに来たのかな?」


「え? えーっと、なんか楽しそうだと思って!」


誰から何をどう聞いたらそうなるのやら。ほのか目当てなのは明白だけど…まさかの両想いコース?


「うん! 學ぶのはめっぽう楽しいぞ!よろしく!」


「よろしくっス!」


いろいろズレたまま、そしてさっちんとあたしだけちょっとゲンナリしたまま、學び舎は始まった。





「さて、男子も増えてきたし…ここは『性差』なんてトピックはどうだろう?」


ピシッ。


場の雰囲気に、なんかヒビが入ったような感じがした。


「…あのー…」


「なんだい、さっちん」


「それってめっっちゃ、センシティブじゃないです…?」


「うん、間違いないね」


わかってやってるんだ…


「一道さん、なんか性の話多めじゃないですか」


吉野がナイスポイントついてくる。確かに。わざとやってる?


「あー、そういえばそうなっちゃってるね。意識してそうしたわけじゃないんだけれど、流れ、かな」


「あたしは話したくないな」


少なくとも男女まぜでやっていい事なさそうな気はする。みんな同意してくれ、頼む。


「んー、そうか。よし、違う話にしよう」


あら、あっさり曲げてくれた。わりと融通の効く人なのかな。


「あの、ウチ気になってる事あるんやけど」


ほのかが珍しく関西弁混じりで話し始めた。


「どんなこと?」


「ウチ、高校からバイト始めたんよ」


「え、うそ、すごーい」


さっちんが心底感心する。


「へへ、ありがと。そんで、コンビニのレジ打ちやってるんやけど、時々な…めっちゃ態度悪い人が来るんよ」


『あーーー…』

数人の声がかぶる。


「別に、こっちはまだ新人やし、なんや間違いとか失礼とかあるなら、わからんでもないんよ。でもさ、別にそういうのなしに突然言いがかりつけてきよるん。あーいうの、大人というか人としてどーなん?!」


ほのか、怒ってる。


「いるよなたまに、そういう大人」


吉野が妙な実感を込めて言った。どうした吉野、なんかあったのか。


「ほのかちゃん、かわいいから気を引きたくてわざとやってるー、とか…ははは…なんちゃって」


浅田が盛大に滑った。いいぞ、そのまま麓まで滑り落ちてくれ。


「やー、ありえへん。ホンマ好きなら大切にしてほしいわ」


「だ、だよねー…」


ほのかが叩き落とした。

終わったな、浅田。さっちんとあたしは思わず顔を見合わせた。


「ふむ」


一道さんはあごに手を当てて何やら考えている。


「男子ってなんで、好きな子に意地悪しちゃうんだろうねえ」


「え、そっち?」


ほのかがトピックをずらされて講義の声を上げる。


「うん、ほのかさんの話にも後で戻って来よう。さて、これは男性に聞いてみたいよね」


「一道さんも男性やないですか」


ほのかがやや膨れて突っ込みを入れる。


「僕の意見も後で話すよ。吉野くん、どう思う?


吉野の見解を聞いても、なんだか嬉しくはないぞ。


「…自分はそういうのないけど、たぶん素直になれないから、好意が歪んで出てるんじゃないかな」


「あー、ありそう」


そういうのをいろいろ受けてきたっぽいさっちんが、冷めた目で答える。


薄暗い公園に、木漏れ日が時折チラチラと差し込んでくる。


「オレは…そうっスね…なんか、恥ずかしいんじゃないかなあ」


「というと?」


「えっ…うーん…なんか、どう接したら好かれるのかわかんなくて、それで意味わかんないことしちゃうのかな、って…」


「あーそれ、わかるかも」


「さっちんがわかるの?」


びっくりしてあたしは尋ねた。


「うんー、あのね、小さい頃、近所のお兄ちゃんのことが好きで好きでしょうがなくって、なんとか好かれたいって、モヤモヤしたことあるの」


「ふんふん」


あたしが相槌を打つ。


「で、どうしたらいいかわかんなくて、それで…」


さっちんの間に、思わず全員が引き込まれる。


「アタシ抱きついて、チューしちゃったの」


『うわーーーーー』


手は口に、両足は地面から浮くという、似たようなポーズを吉野以外が取った。


吉野? あいつはそっぽ向いて肩すくめて、「うわあ」って顔してたよ。


「そしたらお兄ちゃん、びっくりしたみたいでアタシのこと突き飛ばして、逃げ帰っちゃった。アタシは何が起きたかわかんなくて、わんわん泣きながらおうちに帰ったの。その後、なんとなく気まずくて、遊ばなくなっちゃって…」


「めっちゃ、切ないわーーー」


「ほのか、ありがとーーー心の友よーーー」


あたし越しに女の友情が芽生える。間に挟まれた真ん中、しんどい。


あれ…さっちん、なんか前より…なんて言うか、柔らかくなった…? ほのかとはちゃんと話すのは初めてのはずだし。さっちんって元々ノリはいいけど、ここまで一気に心開く子だったかな…?




「で、この件への僕の意見だけど」


あ、そうか。一道さんもコメントするって言ってたっけ。


「正直、僕よくわからないんだよね」


あれ? この人、なんか何でも答えてくれそうな感じしてたけどな。


「好きなら、好きってまっすぐ伝えられればいいんだろうけれど」


「それができれば苦労しねーなー…」


浅田がなんか言ってる。まあ、あたしもわかんなくはないけど。


「たぶん、素直に言えない人は、好きになってもらえないかもって、怖いんじゃないかな」


「ぐっ」


あ、浅田がなんかダメージ受けた。


「…別に好かれなくたっていいじゃないか」


吉野がなんか悟ったこと言ってる。これは絶対に共感しかねる。


「いや、ぜってー好かれたいに決まってるっしょ」


浅田の発言に、さっちんとほのかがうんうんと頷いている。頷かないまでも、あたしも同意。


「好かれたいよね、わかる」


一道さんの同意も得て、浅田が安心したような、嬉しそうな顔をする。


「でも、気をつけないとそれは『奴隷』になる入り口かもしれないから、気をつけるんだよ」


ざざあああ…


みんなが「えっ」という顔をする。奴隷とか不穏なワードが出たことで、なんだか雰囲気がざわついてきた。…吉野だけは、片眉をピクリと上げただけだったけど。


「あの、奴隷って…」


ほのかが恐る恐る、という感じで尋ねる。


「奴隷はね、自分の意思や自由を誰かに握られた状態を言うんだよ」


一同、考え込む。


「それを言ったら、オレらは学校の奴隷なんじゃね…?」


あーー、という声がいくつか上がる。


「その辺は一概には言えないかな。さて、さっきの『人に好かれたい』は、どうなると『奴隷』につながると思う?」


一同またも、うーん、と頭をひねる。


「はい」


「お、さっちん」


「誰かに好かれたくて、自分らしさを手放しちゃうと、そうなると思う」


あーーー…。感心とも感嘆ともつかない声が上がる。

さっちん、なんかあたしの知らないところで、いろんなことあったのかな…。


「自分らしさを手放す、が一つのラインだね。すごくいいね。他のみんなはどう思う?」


「好いてもらえない相手にしがみつき続けてしまうと、そうなる感じがするわ」


「ほのかさん、いいね。相手を握りしめることで、逆に相手に振り回されてしまうわけだね」


「うーん…奴隷にならないケースもあるんですよね?」


「うん、未来さん、そのとおり。人を好きになること自体は別に奴隷化とは関係ない。ただ、『好かれること』を目的にしてしまうと、それは『相手が決める領域』を目的としてしまうことになるんだ」


「好かれることを目的にしちゃダメなんですか?」


ほのかが「わからない」という感じで尋ねる。


「うん、誰を好きになるかは、相手の領域だ。相手の領域は僕たちにはコントロールできない。コントロールできないことをコントロールしようとする時、僕たちはそれに振り回されてしまうんだ」


「あー、つまりアレっスか。告ってフラれたら、粘ってももうダメ、みたいな…」


「うん、浅田くんいいとこついてくるね。うーん、何度かやってもダメだったら、あきらめた方がいい、という感じかな」


「え…そしたら、自分が好きになった人に好かれるのって、無理なんすか…」


浅田がなんか絶望した顔してる。うー、さすがにこれはちょっと同情しちゃうかな。あたしだって好かれたいもん。


「もちろん、無理じゃないよ。ただ、好かれること自体を『目標』にしてしまうことはやめた方がいい、ってことさ」


「…じゃ、何を目標にすればいいんですか」


吉野が相変わらずの感情が読めない淡々としたトーンで質問する。ん? 質問だったのか? それとも、ただのコメント?


「相手を、愛することさ」


キョトン


予想外の答えに、漫画ならそう効果音が宙に描かれるであろう、あっけに取られた顔にみんながなった。


「そっか…そうすれば、相手も自分を好きになってくれるってことっスね?!」


「うーん、そうとも限らないかな」


「えっ」


えっ。そうなの?


「相手が自分を好いてくれるかどうかは、相手に委ねておくことさ」


「えーでもめっちゃ好かれたいー!」


「オレもー!」


ほのかと浅田が呼応する。…あれ、この二人、意外と相性いいのかな?


しかし、なんだこの状況。こんな話、面識あんまりない同士でなんでこんなにあけっぴろげに話せるわけ…? 一道さんがいるから? それは間違いない。だけど、それだけじゃあ説明がつかない感じもする。


あたしがやや引いていると、一道さんがまとめに入ってくれた。




「若人諸君!

愛は与えるものであって、求めるものではない!

…なーんて言っても、やっぱ愛されたいよね。

次回、またおいで。愛が湧き出る泉の話をしてあげよう」


「あれー? ウチのバイトの話は??」





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