3.蜜を装う猛毒
次の日の夕刻、私は約束通り『霞森神社』の鳥居を潜った。
ゆっくりと石段を上りながら、胸の奥で渦巻く冷たい熱に息をのむ。
——復讐だ。
前世の残酷な運命に一矢報いるための、最初で最後の好機。
前世の私と、最愛のあの人を殺した男。そして目の前にいる東雲聖真が「別の存在」であることくらい、頭では理解している。
だが、だから何だというのだ。
私自身を突き刺した激痛と、大切な人を奪われた底なしの絶望。あの地獄のような暗闇の記憶が、今も私の魂を焼き続けている。
罪のない子孫への八つ当たり?筋違い?くだらない。
この煮え滾るような憎しみを抱えたまま、大人しく生きていくなんて絶対に嫌だ。
どのような理由があろうと、私からすべてを奪った人間の血筋を狂わせて何が悪い。
霞森神社の境内には、人の気配が一切なかった。
鳥居をくぐった瞬間に肌を撫でる空気は、息をのむほど清らかで澄み渡っている。
ふと視線を遣ると、古い灯籠の陰や参道の端に、半透明の光の玉のようなものがぽつぽつと漂っていた。
(……無害な幽霊たち、か)
清浄な境内の空気に引き寄せられ、ただ静かに佇んでいるだけなのだろう。
(こんな風に霊が集まってしまうほどの聖域……。あの男、ただのお人好しではないようね)
「花さん! 来てくれたんだね」
本殿の前に差し掛かると、拝殿の奥から着物姿の聖真が爽やかな笑顔で現れた。
整った容姿に夕庵の光が落ち、絵画のように様になっている。その瞳にはどこまでも澄んだ純粋さが宿っていた。
「あ……東雲さん」
……よし、油断させるために一仕事するとしよう。
私はその場でとっさに思考を切り替え、ほんの少し首を傾げ、伏せ目勝ちに彼を見上げた。
「……今日、すごく楽しみにしていました。私……東雲さんに会えると思うと、なんだか緊張してしまって……」
(……言えた。言えたけど……っ、恥ずかしすぎる!! 何言っちゃってんの私!?)
即興で演じたものの、心の中で猛烈な恥辱が吹き荒れ、顔に熱が集まるのを必死で耐える。
対する聖真は一瞬だけ目を丸くし、それから――どこか照れたように、ほんのりと頬を朱に染めた。
「そっか……。俺も、花さんが来てくれるの楽しみにしてたよ。緊張させてゴメンね」
彼は照れくさそうに頭を掻きながら、まっすぐな笑顔を向けてくる。
(……よし、効いてる。 照れてるわ)
心の中で勝ち誇りかけた私だったが、聖真の続く言葉に固まることになる。
「花さんって、すごく感情が素直なんだね。不安な気持ちをちゃんと伝えてくれて嬉しいよ。俺も指導する側として、もっとリラックスしてもらえるように頑張るね」
「……え?」
「さ、中に入ろうか。喉乾いてない? お茶淹れるよ」
屈託のない笑顔で拝殿へ歩き出す彼の背中を追いかけながら、私は呆然とした。
(……待って。もしかしてこの男……私の『あざとさ』に一切気づいてない??)
必死に演じた計算ずくの演技が、彼にとってはただの「可憐で素直な可愛い言動」としてすんなり受け流され、純粋に感動されただけ。
アピールとしては綺麗に空振りしていた。
(な、なによそれ……。恥を忍んでやったのに、私の努力は!?)
即興とはいえ、必死に演じた仕草がただの「素の自分」として見られたことに、猛烈な恥ずかしさと屈辱が込み上げてくる。
気づけば私の方が顔を真っ赤にして、彼の無防備な後ろ姿を睨みつけていた。
(……ふん、いいわ。その無防備な懐に潜り込んで、後悔させてやるんだから……!)
悔しさをプライドで塗りつぶし、私は強気に顎を上げた。




