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2.毒を抱く徒花(東雲 聖真 視点)

「怪我がないなら本当に良かった。……でも、一つ聞いてもいい?」


安堵の息を吐きながら、俺は少し首を傾げて彼女を見つめた。

夜の静寂の中、月光を浴びて佇む彼女の姿は、息をのむほど美しかった。

けれど、それ以上に俺の感覚を刺激したのは、彼女が纏う異質な気配だった。


「君、かなり強い霊力を持ってるよね? それも、妖かしを引き寄せてしまうくらい上質なやつ」


俺の言葉に、彼女の肩が小さく跳ねる。


「……ええ。昔から、人には見えないものが見えてしまうことはありましたけれど……」


消え入りそうな声で、怯えたように伏せ目になる彼女。


「やっぱり。よく今まで無事でいられたね……」


俺は心底感心すると同時に、胸が締め付けられるような痛みを覚えた。

こんなに細くて華奢な女性が、今までどれほど恐ろしい思いをしてきたのだろう。

周囲に理解されず、化け物に怯える日々を過ごしてきたんじゃないだろうか。

……いや、正直に言おう。

俺が彼女を気にしている理由は、それだけじゃなかった。


(……やばい、めちゃくちゃ可愛い)


助け起こすために握った手は、小さくて柔らかかった。彼女の綺麗な黒髪からふわりと甘い香りが漂ってきて、直視しようとすると心臓がうるさく跳ね上がる。

日々神社の仕事と鍛錬ばかりで、女性と接することに慣れていないせいか、自分でも頬がカッと熱くなっていくのが分かった。

不謹慎かもしれないが、俺は一目で彼女に惹かれていた。


「ねぇ、差し支えなければ名前を聞いてもいい?」

「……野原、花です」

「花さん」


名前まで可憐だ。俺は柄にもなく少し照れくさくなりながら、肩にかかる薄茶色の髪を撫でた。

でも、このまま彼女を帰すわけにはいかない。


「花さん。……あのさ、もし良かったら、俺の神社に来ない?」


俺はまっすぐに彼女を見つめて提案した。


「今の花さんは、高級な肉を抱えて猛獣の檻を歩いてるようなものなんだ。今回は俺が通りかかったから良かったけど、また雑魚に襲われたら危険だよ。……だから、自衛のために、簡単な札の使い方とか霊力の込め方を教えたいんだ」


彼女の瞳が揺れた。驚いたのか、固まっている。

やりすぎただろうか。怪しい男だと思われたかもしれない。


「自衛、ですか……?」

「うん。俺、君のこと放っておけないんだ。……あ、変な意味じゃなくて! 本当に心配で!」


必死で手を振って誤解を解こうとする俺を見て、彼女は少しだけ緊張を解いたように見えた。


(よかった……嫌われてはない、よね?)


彼女の持つ霊力は本当に質が高い。きっとこれからもっと強い妖かしを引き寄せてしまう。俺が守ってあげられれば一番いいけれど、四六時中一緒にいるわけにもいかない。

だからこそ、自分の身を守る術を教えてあげたかった。

……まあ、本音を言えば、彼女ともっと一緒にいたいという下心もゼロじゃないけれど。

しばらくの沈黙の後、花さんは不安そうに、でもすがるような瞳で俺を見上げた。


「……本当ですか? 私、いつも怖くて……。東雲さんが教えてくださるなら、すごく心強いです」

「本当!? よかった! じゃあ、明日さっそく霞森神社においでよ!」


思わずパッと笑顔が弾けた。断られたらどうしようかとヒヤヒヤしていたから、心底嬉しかった。

花さんはふっと目を細め、胸がキュッとなるほど可憐で美しい笑みを返してくれた。


「はい。よろしくお願いしますね、東雲さん」


月明かりの下で咲いたその笑顔は、まるで幻想のようで。

俺は完全に、彼女に心を奪われていた。


(明日から、花さんが神社に来てくれるんだ)


彼女の背負う恐怖を、俺が少しでも払ってあげたい。彼女の笑顔を、もっと見たい。

これから始まる日々に胸を躍らせながら、俺は完全に浮かれていた。

その可憐な笑顔の奥に、俺を地獄へ引きずり下ろすための冷たい毒が隠されていることなんて、この時の俺は知る由もなかった。

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