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26.刃の向く先

夕闇が境内の木々を黒く塗りつぶしていく。

拝殿の影が伸びるにつれ、私の心臓は嫌な音を立てて打たれていた。


「花さん、本当に大丈夫? 顔色がずっと白いままだよ」


心配そうに私の顔を覗き込む聖真の瞳には、一切の濁りもない。

彼は私の冷え切った両手を包み込むと、静かに胸元へ引き寄せた。


「何か恐ろしいことがあっても、俺が君を守るから。だから、そんな顔をしないで」


「東雲さん……」


その包容力に、涙が溢れそうになる。

千影が命を狙いに来るかもしれない恐怖。

けれど、それを伝えれば聖真まで巻き込んでしまう。

言葉に詰まる私を、聖真はいつもの優しい体温で深く抱きしめてくれた。

——その瞬間だった。

ドドンッ! と境内の空間が揺れ、拝殿を覆う神聖な結界が激しい音を立てて破られた。

立ち込める異質な冷気と、地鳴りのような唸り声。

空が蠢いていた。

鳥居の向こうから押し寄せてきたのは、黒い雲のような無数の妖怪たちの大群だった。

前世の怨念を纏った異形たちが境内を埋め尽くし、威嚇するように牙を鳴らしている。


「——東雲ぇぇええっ!!」


妖怪たちを引き連れ、黒い風を纏って社殿の前へ躍り出たのは千影だった。

瞳を真っ赤に染め上げ、凄まじい妖気を爆発させながら、社殿の前に立つ聖真へと殺気を向ける。


「なっ……!? こんなにたくさんの……妖怪が……!?」


「お前ら、東雲を根絶やしにしろ!!」


千影の号令とともに、無数の妖怪が一斉に聖真を目がけて襲いかかってくる。


(東雲さんを守らなきゃ……ッ!)


身体が勝手に動いていた。

私は床の間に飾られていた「琉弥の扇子」を掴み取ると、聖真の前に割り込むように飛び出した。


「やめて——ッ!!」


扇子に霊力を込め振りかざし、突進してきた妖怪たちを一閃し、弾き飛ばした。


「ぐっ……!? 花、お前……ッ!?」


前衛の妖怪たちが払われ、千影が目を見開く。

彼の視線は、私の手にある扇子に注がれていた。


「なぜだ……! なぜ琉弥の遺品を……その扇を構えて仇を守る!? 琉弥の遺品でお前が守るべきなのは、俺たちの無念だろ!!」


千影の絶叫と、群がる妖怪たちの咆哮が暗い境内を切り裂く。

怒りと悲しみで歪んだその顔は、前世の凄惨な戦場で取り残されたままの千影そのものだった。


「違うの、千影! 東雲さんは仇なんかじゃない! 彼は……私を愛してくれた、私が守りたい大切な人なの!!」


「だまれぇぇええっ!!」


私の叫びは、完全に正気を失った千影には届かなかった。

千影の合図とともに、妖怪の大群が波のように一斉に押し寄せる。

その牙と爪の狙いは私ではない。私の背後で妖怪たちと戦っている、聖真ただ一人——


(届かない……扇だけじゃ、この数を防ぎきれない……!)


その一瞬、私の中で前世の記憶が鮮明に重なった。

白銀の刃が迫る中、私を庇って笑顔で胸を貫かれていった琉弥の姿。

私を守るために命を落とした、あの温かな背中。


(ああ、そうか……。あの時、琉弥はこんな気持ちだったんだね)


迷いはなかった。

私は後ろにいる聖真を押し倒すように抱きしめ、押し寄せる妖怪たちの刃と爪の前に、自らの背中を突き出した。


「花さん——っ!?」


聖真の驚愕の叫びが耳元で響く。

——ドスッ、と。

重く冷たい衝撃が、私の背中から胸へと突き抜けた。


「あっ……ぐっ……ぁ……」


視界が真っ白に染まり、激痛よりも先に身体の力が失われていく。

背後で千影の「花……!? なんで……」という呆然とした叫びと、妖怪たちの動揺が遠く聞こえた。


「花さん! 花さんっ!!」


崩れ落ちる私の身体を、聖真が必死な腕で受け止める。

胸元から溢れ出る温かい血が、聖真の衣服と境内を赤く染めていく。


(ああ……よかった。……無事だった……)


前世の悲劇を繰り返さないために。

私を愛してくれた、この人の命を守るために。

胸を貫かれる絶望的な激痛の中で、私は聖真の腕の中で静かに微笑んだ。

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