25.届かぬ叫び
縁側に腰掛け、やわらかな木漏れ日を浴びていると、足元で「にゃあ」と可愛らしい鈴のような鳴き声がした。
見下ろすと、真っ白な毛並みをした小柄な猫が、私の足にすりすりと体を擦り付けている。
「あ……この子……」
「ふふ、すっかり懐いちゃったね」
お盆に載せた湯飲みを手に、聖真が奥から歩いてやってきた。
私の隣に腰を下ろすと、足元にいる白い猫を優しく撫で上げる。
「ええ、元気になってよかった。……そういえば、この子の名前って決まったんですか?」
私が尋ねると、聖真は少し照れくさそうに目を細め、白猫の頭を撫でながら頷いた。
「うん。『ましろ』って名付けたんだ」
「ましろ……?」
「白い花の名前から取ったんだよ。……ほら、花さんを思い出すからさ」
「っ……」
聖真のまっすぐな言葉に、胸の奥がギュッと甘く締め付けられる。
かつては私を束縛するための檻のように感じていた彼の過保護な体温も、今では心から愛おしく、救いのように感じられていた。
東雲の先祖は真実を遺し、深く悔いていた。そして目の前にいる聖真は、私をこんなにも愛してくれている。
前世の怨嗟に縛られて復讐を誓っていた自分が、急に愚かしく思えた。
(もう……いいよね。琉弥……私、この人の隣で生きていきたい)
仇の血筋への憎しみを完全に手放し、聖真の手を取って生きる決意を固めた、その時だった。
「……あ、少し神事の準備をしてくるね。ましろと遊んでいて」
聖真が立ち上がり、奥の社殿へと向かっていく。
一人残された私は、ましろがトコトコと境内の方へ歩いていくのを追いかけるように、吸い寄せられるように鳥居の近くへと歩を進めた。
境内の静けさの中、急に冷たい風が吹き抜ける。
「——おい、花」
鳥居の影から伸ばされた手が、私の腕を強く掴んだ。
「千影……!?」
千影は眼光を鋭く光らせ、必死な様相で私の顔を覗き込んでいる。
「無事だったんだな……! よかった、あの野郎に何かされたかと……おい、何なんだその顔は」
千影の手がピタリと止まる。
私の顔に浮かんでいた穏やかな表情、そして漂わせている雰囲気が、かつての復讐を誓った時のものではないと瞬時に見抜いたのだ。
「千影……聞いて。私、もう復讐なんてやめる」
「……は?」
「東雲の先祖は、私たちを殺したことをずっと後悔していたの。真実も後世に書き遺してくれていた。東雲の血を絶やそうなんて、私の八つ当たりだったのよ……!」
必死に語りかける私を、千影は信じられないものを見るような目で見つめた。
「正気かよ……? 忘れたのか! 琉弥がどうやって死んだのか! 俺たちの仲間がどれだけ惨死したのか! 人間どもに、あの男に、俺たちがどんな目に遭わされたのかを!!」
「忘れてない! 忘れてないわよ……! でも、東雲聖真は何も悪くないの! 私を愛して、守ろうとしてくれて……っ」
「——愛してるだと?」
千影の声が冷たく落ちた。
彼の瞳に宿ったのは、前世から抱え続けてきた深くて暗い怨嗟と、激しい嫉妬の炎だった。
「東雲の奴らに騙されてやがる……。琉弥の無念を捨てて、仇の腕の中で女になってんじゃねえよ……っ!!」
「違うの、千影……!」
「お前が斬れねえって言うなら、俺がやる」
千影は私の腕を振り払うと、牙を剥き出しにして低く唸った。
「俺がアイツの首を跳ねて、東雲の血を根絶やしにしてやる。……お前を連れ戻すのは、それからだ」
「やめて! お願いだから千影、やめて——!」
私の叫びも虚しく、千影の姿は黒い風となって立ち去ってしまった。
血の引くような恐怖に襲われ、私は青ざめた顔で境内の拝殿へと駆け戻る。
「あ、花さん。どうしたの、そんなに急いで……?」
ましろを抱きかかえ、何も知らずに優しく微笑みかけてくる聖真の姿が見えた。
(どうしよう……千影が、東雲さんを殺しに来る……!)
復讐を捨てて手に入れたはずの小さな幸せが、前世の影によって無残に引き裂かれようとしていた。




