24.解き放たれる怨嗟
聖真がお茶を淹れに部屋を出ていき、静寂が訪れた。
(……あんな箱、前からあったかしら)
吸い寄せられるように立ち上がり、床の間の脇へ歩み寄る。
古びた木目の唐木箱。鍵はかかっておらず、吸い込まれるように手を伸ばして蓋を押し開けた。
中に収められていたのは、褪せた絹布に包まれた一つの小振りな扇子だった。
そっと手に取り、絹布をめくって開いた瞬間——私の息が止まった。
「つ……ッ!?」
手に伝わる、懐かしくも胸を刺すような冷たい妖気。
漆黒の骨組みに、蒼い狐火の紋様が妖しく浮かび上がるその扇は、かつて琉弥が命を懸けて振るっていた、彼の愛用品だった。
(琉弥の扇……! なんで……どうして東雲の家に、これが……!?)
指先が激しく震え、涙が視界を遮る。
前世の最期、この扇で私を庇い、胸を貫かれて冷たくなっていった琉弥の姿が生々しく脳裏に蘇る。
「……あ、それ。気になった?」
静かな声とともに、お盆を手にした聖真が部屋に戻ってきた。
私が琉弥の扇子を握りしめているのを見て、聖真は咎める風もなく、懐かしむような穏やかな目を細めた。
「東雲の古い資料庫にあったものなんだ。遙か昔……東雲の先祖が、大切に残していた記録と一緒に保管されていてね」
「先祖の……?」
声が震えるのを隠せない私に、聖真は温かいお茶を机に置き、私の隣へと静かに腰を下ろした。
「うん。その先祖はすごく真面目な人だったらしくてね。村を荒らす狐の妖怪と半妖を討伐したんだけど……後から分かったんだって。その村人たちは陰で妖怪を惨殺して売買していて、妖怪たちは捕らわれた仲間を救うために報復しただけだったんだと」
聖真は、古文書に記された先祖の言葉を噛みしめるように繋ぐ。
「先祖は自分の無知を生涯深く悔やんでいたそうだ。『騙されていたとはいえ、理不尽に虐げられた妖怪たちの無念も知らず、討ち果たすべきではない命を奪ってしまった』って。だから先祖は世間に『村が滅びたのは妖怪に虐殺の報復を受けたからだ』と真実を書き遺して村の悪行を暴き、罪滅ぼしのためにその扇子を神社の奥深くに祀ったんだよ」
「……っ!」
「悲しい話だよね。誰もが自分の大事なもののために必死だったのに、すれ違って全員が傷ついてしまったんだから……」
聖真の手が、そっと私の震える手に重なる。
その温もりはどこまでも優しく、どこまでも純粋に私を慈しんでいた。
(……ああ、そうだったんだ……)
最初は「子孫だろうが関係ない、東雲の血筋なんて八つ当たりで絶やしてやる」と黒く燃えていたはずの心が、音を立てて崩れていく。
あの男……東雲聖真の先祖は、ただ冷酷に命を奪ったわけではなかった。真実を知り、血を吐く思いで後悔し、自らの恥を晒してでも妖怪たちの無念と正義を後世に遺してくれていたのだ。
そして、目の前にいる聖真には何の罪もない。彼はただ、歪なほどまっすぐに私を愛してくれている。
聖真に惹かれていく自分の心に、もう嘘はつけなかった。
(琉弥……ごめんなさい。私……もう誰も傷つけたくない。この人を……愛してしまいたい……)
前世の怨嗟を手放し、聖真の腕の中で生きていく道を選ぼうとした瞬間——。
私の胸の奥で、千影の寂しげな笑顔と、彼がまだ前世の執着と憎悪にとらわれたまま暗闇を彷徨っている予感が、過酷な陰りとなって落とされていた。




