23.甘い毒
「……もう少し、休んでいて。お昼も何か美味しいものを作るから」
聖真はそう言って優しく私の頭を撫でると、空になったお椀を下げて台所へと向かった。
頭頂部に残る彼の掌の温もりが、じわじわと身体の奥まで染み渡っていく。
(駄目……頭を冷やさなきゃ……)
ベッドに横たわり、天井を見上げる。
胸の奥で渦巻いているのは、激しい拒絶でも憎悪でもなかった。
それどころか、昨夜彼に抱きしめられた時の心臓の鼓動や、今朝見せてくれた甲斐甲斐しい笑顔を思い出して、胸がキュッと締め付けられるような甘い痛みを覚えている。
あんなにも憎かった東雲の血筋。
琉弥を殺し、私を絶望の淵に突き落とした男の子孫。
それなのに——聖真が私に向ける瞳には、ひとすじの悪意も存在しない。
ただ純粋で、どこまでも深く私を愛し、守ろうとしてくれている。
(この人は、あの男じゃない。私を大切にしてくれる……東雲聖真だ……)
復讐しなければいけない相手の腕の中で安らぎを感じ、その存在を愛おしいと思ってしまう。
己の裏切りにも似た感情に、私は深く唇を噛みしめた。
「花さん、少し気分転換してみないか?」
お昼過ぎ、台所から戻ってきた聖真が、私の枕元で優しくしゃがみ込んだ。
「気分転換……?」
「うん。ずっとこの部屋に閉じこもっているのも息が詰まるでしょう? 神社へおいでよ。離れの自室なら日当たりも良いし、庭の緑も綺麗だ。空気の美味しい場所で過ごした方が、体調も早く良くなると思うんだ」
「でも……迷惑じゃ……」
「迷惑なわけないじゃないか。俺が君の側にいたいんだ」
迷う私を置き去りにするように、聖真はごく自然に私の手を包み込んだ。
大きくて、温かくて、頼もしい手。
冷たく振り払うべきなのに、その温もりが心地よくて、私はとうとう指をほどくことができなかった。
「……分かりました。お邪魔させていただきます」
私が頷くと、聖真はまるで世界で一番素晴らしい宝物を手に入れたかのように、ぱっと顔を輝かせた。
——車に乗せられ、東雲神社の境内へと足を踏み入れる。
静けさに包まれた境内と、深く青々と茂る木々。
本来なら妖怪の半身を持つ私にとって拒絶すべき聖域のはずなのに、聖真の手に引かれて歩く参道は、不気味なほど穏やかで温かかった。
「ここが俺の部屋だよ。好きに使ってくれて構わないからね」
通された離れの自室は、清潔な畳の匂いと、やわらかな木漏れ日に満ちていた。
「少し休んでいてね。すぐ温かいお茶を淹れてくるから」
聖真はそう言って私の肩に軽くブランケットをかけると、嬉しそうに部屋を後にした。
一人残された静かな部屋で、私はそっと胸に手を当てる。
聖真と過ごす時間が長くなればなるほど、胸の中にある復讐の炎が、彼の優しさという甘い毒によって鎮火されていくような恐怖を覚えていた。
(私、どうしちゃったんだろう……。琉弥、私……)
罪悪感と、聖真へ惹かれていく心の狭間で揺れながら、私は部屋を見渡した。
そして——床の間の脇に置かれた、古い唐木の小箱に、吸い寄せられるように視線が止まった。




