閑話.廃社に咲く白と、瑠璃の陰
前世の記憶――まだ彼女が、艶やかな黒髪ではなく、光を映す美しい白髪の半妖だった頃の物語。
「……また怪我をしてきたのか、花」
人々に忘れ去られ、草木に埋もれた山奥の廃神社。
荒れた社殿の奥で、あきれたような、けれど甘く低い声が響いた。
冷たい板張りの床で膝を抱えていた花は、ぷいっと横を向く。
「……別に。これくらい、すぐ治るわよ」
強がる花の肩には、他の妖怪とやり合った痛々しい傷。負けず嫌いな彼女の性格を知り尽くしている琉弥は、ため息をひとつ吐くと、銀髪を揺らして静かに歩み寄ってきた。
そのまま逃げようとした花の腰を、琉弥はすさまず長腕で抱き寄せ、自分の膝の上にすっぽりと収めてしまう。
「きゃっ……!? ちょ、琉弥っ……!」
「暴れるな。手当てができないだろう」
「膝に乗せる必要はないでしょ!」と赤くなって抗議する花を完全に無視し、琉弥は背後から包み込む体勢のまま、薬壺を開けた。
ひんやりとした薬が傷口に塗られる。あまりの至近距離に、琉弥の甘い体温と狐特有の香りが花の全身を包み込んだ。
手当てが終わっても、琉弥は花を解放するどころか、さらにぎゅっと腕の力を強めて首筋に顔を埋めてきた。さらりと落ちた銀髪が花の肌をくすぐる。
「……琉弥? もう手当て終わったでしょ、どいてよ」
「嫌だ」
「はぁ!? 嫌だって……っ」
「お前が勝手に傷ついて帰ってくるのが悪い。これは罰だ」
クールな顔して、言っていることはただのワガママだ。
耳元で囁かれる低音の声に心臓が跳ね上がる。琉弥はそのまま、花の白髪に愛おしそうに指を通し、うなじや頬に落とすような優しい口づけを落としていく。
「……っ、バカ琉弥、くすぐったい……!」
「可愛いな、花。お前がどんなに強がっても、俺には全部お見通しだ」
琉弥の瑠璃色の瞳が、熱を帯びて花を見つめる。
人間からも妖からも忌み嫌われ、居場所のなかった自分。
そんな自分をこうして「特別」として愛してくれるのは、世界中でこの男だけだった。
「お前は私のものだ。傷つくのも、痛がるのも、俺の前だけでいい……分かったな?」
「……勝手なことばかり言わないでよ……」
花は小さく文句を言いながらも、逃げるのをやめて、背後の琉弥の胸にぽん、と頭を預けた。
素直になれない自分の頬が、熱く真っ赤に染まっているのを琉弥に気づかれていると分かっていても。
琉弥は満足そうに口元を緩めると、花の小さな手を自分の大きな手で包み込み、深く深く抱きしめ直した。
壊れた廃神社の中、二人だけの密やかで、胸が甘く痺れるような夜が更けていく。




