17.歪んだ視線
夕闇の紛れる裏通りの路地裏まで走り込み、私はようやく足を止めた。
荒い息を整えながら壁に背をあずけると、隣に立つ千影が不機嫌そのものの顔で私を見下ろしていた。
「……ハッ、あの男、お前を迎えにこんなところまで出張ってきてるのかよ」
低い声。琥珀色の瞳が激しい焦燥と怒りで昏く濁っている。
あの男が当然のような顔で私の「日常」にまで侵入している事実に、耐えがたい嫉妬を燃やしていた。
「あいつ……お前の職場にまで来てるのか? お前もだ……なんで当然みたいに受け入れてんだよ」
「受け入れてなんか……! 突き放したわよ。勝手に来ただけよ」
「だったらなんで、あいつの顔を見た瞬間そんなに焦って俺の手を引いて逃げた!?」
千影は逃がさないと言わんばかりに、私の両脇の壁に手を突き、至近距離で私を閉じ込める。
「あの男に俺とのところを見られたくなかったからだろ。境内であいつに庇われてから……お前、どこまであの男に心を許してんだよ……ッ!」
「千影、話を聞いて——」
「俺以外の男に、そんな顔見せるんじゃねぇよ!」
強引に引き寄せられ、千影の胸の中に閉じ込められる。仕立ての良いスーツ越しに伝わる体温と、人間を模していても隠しきれない妖怪の圧倒的な圧迫感。
彼の歪んだ愛と独占欲の重さに息が詰まりそうになった、その時だった。
ポケットの中で、私のスマートフォンが短い振動を返した。
ビクッと肩を跳ねさせた私を、千影が怪訝な目で見つめる。
私は震える指先で画面を点灯させた。ディスプレイに表示されていたのは、通知画面に浮かぶ聖真からのメッセージだった。
『花さん、裏口から出られたんですね。体調でも悪くされたのでしょうか?』
「……ッ!?」
血の気が引く音がした。
なぜ彼が、私たちが正面エントランスではなく裏口から去ったことを知っているのか。
画面をスクロールすると、さらに冷や汗が吹き出すような文面が続いていた。
『あなたの職場にお邪魔した時、少しだけ式神を泳がせておいて良かったです。……あの大通りは人通りも多いですし、体調が悪いなら心配です。今からご自宅へお伺いしてもいいですか?』
(式神……!?)
聖真は最初から、私を訪ねるだけでなく式神で監視していたのだ。
背筋に恐ろしいほどの寒気が走る。
あらかじめ式神を放っていたということは——聖真は私を心配して追いかけてきただけじゃない。
あの日神社で千影と戦った時から、私とあの狼の妖怪の「繋がり」を疑い、確信を得るために罠を仕掛けていたのだとしたら。
「……なんだ、その顔は。あの男からか?」
千影が私の手から強引にスマホを奪い取り、画面を覗き込む。
聖真からのメッセージを目にした瞬間、千影の瞳に青い殺気がメラリと燃え上がった。




