12.温かな光の恐怖
障子の隙間から差し込んできた朝陽が、畳の上に長い光の筋を描いていた。
荒かった聖真の息遣いはいつの間にか静かな寝息へと変わり、額の熱もすっかり引いている。ふと視線を落とすと、私の手首を掴んでいた彼の指の力が、心地よい緩やかさでほどけていた。
私は弾かれたようにその手を離し、立ち上がった。
(……私は、何をやっているの……?)
朝の冷気に晒された頬が、なぜか熱い。
誰にも頼らず、誰も信じず、ただ淡々と自分を守るためだけに生きてきたはずだった。
聖真に会い、千影の存在を知ったときもそうだった。彼を「利用価値のある道具」として扱い、信頼を勝ち取るための看病——そう自分に言い聞かせていたはずの冷徹な大義名分は、もはや跡形もなく崩れ去っていた。
「……ん……花、さん……?」
薄っすらと開かれた瞳が、眩しそうに私を映し出す。聖真は自分の額に載せられた濡れ手ぬぐいに触れ、それから部屋の隅に置かれた氷水のバケツに視線を走らせた。
状況を理解した彼が、困ったように、けれどどこまでも愛おしそうに目元を緩める。
「……ずっと、側についていてくれたんだね。ありがとう……」
その真っ直ぐな言葉と眼差しが、私の胸の奥を鋭く刺した。
痛いほどの優しさが、私が必死で築き上げてきた頑丈な心の壁を、簡単に打ち砕いていく。これ以上ここにいたら、自分が自分でいられなくなってしまう。そんな恐怖に駆られ、私は咄嗟に背を向けた。
「……勘違いしないでください。あなたがこのまま倒れられたら、私の訓練が滞って迷惑だから手当てをしただけです」
努めて冷たく、突き放すような声を絞り出す。
だが、布団の脇で丸くなっていた猫が「ニャァ」と短く鳴き、私の足元に擦り寄ってきた。まるで『素直じゃないな』とでも言いたげに見上げられ、私は口元を強く結ぶしかなかった。
「熱が引いたなら、もう大丈夫ですね。私は一度マンションに戻り、仕事に向かいます」
「あ、待って、花さん——」
引き止める聖真の声を振り払うように、私は逃げるように母屋をあとにした。
境内の鳥居をくぐる瞬間、朝陽が私の全身を包み込む。
昨夜、千影が去ったあとのあの冷たい夜風とは違う、温かな光。
それがどうしようもなく怖かった。
(だめよ、花……ブレちゃダメ。私はあいつらを許さないために……復讐するために、ここにいるんだから……)
胸に手を当てても、そこに灯っていたはずの冷酷な憎悪の火は、聖真の熱と優しさに当てられて、頼りなく揺らめいていた。




