11.熱に溶ける拒絶
聖真の熱い手が、私の手首をそっと握っている。
その体温を感じながら、私は抑えきれない胸の締め付けに苛まれていた。
(……どうして、この人はこんな風に私を案じるの? どうして、こんなにも真っ直ぐに優しくできるの……?)
前世の記憶を持って生まれた私にとって、今世で「人間」として生を受け直したことは耐え難い屈辱でしかなかった。
前世の記憶を引きずり、どこか冷めていて甘えることを知らない子供。そんな私を、今世の両親はいつも愛おしそうに、そしてどこか心配そうに見つめていた。
『花はしっかり者だけど、たまにはお父さんとお母さんに甘えていいんだよ』
そう言って優しく頭を撫でてくれた両親の温もりや愛情は、本物だったと思う。
けれど……私にとって心から愛せる親は、かつて私を守り抜いてくれた前世の父母だけだった。
周囲の妖怪を平伏させる圧倒的な強さで私を守り愛してくれた父と、人間に蔑まれながらも暖かく抱きしめてくれた母。
あの愛おしい二人以外は、どうしても全員が敵に思えて、最後まで今世の両親に心を許すことはできなかった。
だから、二人が事故で他界した時も、素直に涙を流すことすらできなかったのだ。
その後、引き取られた親戚の家で待っていたのは、居候としての冷遇、煙たがられる日々。
私を哀れむフリをしながら、腹の底で疎ましがっているのが透けて見えた。
『可愛げのない子。何でも自分でできるつもりなら、勝手にしなさい』
冷ややかな言葉を浴びせられながら、私は「やっぱり人間なんて頼れない」と確信した。
未成年の自分が生きていくための最小限の金だけは利用してやったが、媚びを売る気など微塵もない。
『——大人が子供を養うのは当然の義務でしょ。恩着せがましい顔しないで。こんな汚い家、頼まれなくたって出ていくわ』
高校卒業の日、冷めた声でそう言い放ち、愕然とする親戚の顔を見下ろしながら、私は一度も振り返らずにその家を捨てたのだった。
それからの日々は必死だった。
人間として生きていく嫌悪感と孤独を隠し、ただ淡々と、誰にも頼らず生きることだけを決意した。
朝から夜までバイトを掛け持ちし、奨学金を借りて大学へ通い、自分の足で立つためだけになりふり構わず生きてきた。
やがて「人間という生き物を理解しなければ」と足掻くように就職したのが、今の会社だった。日々、人の欲望や苦悩、醜い本音と向き合いながら、私は人間に対する冷めた視線をますます強めていったのだ。
誰にも頼らない。誰も信じない。ただ自分を守るためだけに、淡々と生きていく。
——あの日、東雲聖真に会い、千影の影を感じて「この男を利用して復讐してやる」と決意するまでは。
それなのに。
「……あの子、無事で……本当によかった……」
聖真は、背中を深く引き裂かれた激痛の中で見知らぬ猫の無事を喜び、私に『逃げて、傷つかないで』と掠れた声で呟く。
孤独の中で必死に爪を研ぎ、人の嫌な部分ばかりを見て生きてきた私にとって、彼の存在は異物そのものだった。見え透いた計算も、下心もない。自分を犠牲にしてまで無条件に差し出される、真っ直ぐで不器用な善意。
(ズルいわ……。そんな風に庇われたら……私、あなたを『道具』として使えなくなってしまう……)
手ぬぐいを絞る私の指先が、小さく震えていた。
あの日、神聖の家を飛び出して以来、自分を守るために固く途ざしてきた冷たい心が、彼の熱と優しさに触れて、内側からボロボロと崩れ落ちていくのを感じていた。




