10.言い訳のぬくもり
千影が去った後、夜風が私を冷やしていく。
本当なら、このまま神社を後にして自分のマンションへ帰り、明日からの仕事に備えて眠るべきだった。
だが、私は拝殿をあとにすると、足を母屋へと向けた。
『自滅したなら好都合。でも……ここで死なれちゃ、私の復讐が未完成に終わるわ』
心の中でそう自分に言い訳を重ねながら、私は母屋の一室へ足を踏み入れた。
「……花、さん……?」
万年床の上で、聖真が苦しそうに呼吸を乱していた。
鬼の強烈な一撃を刃で受け止めて殺したとはいえ、吹き飛ばされた際の深い打撲と裂傷、そして無茶な霊気の使用による反動は凄まじい。命に別条はないと分かっていても、額には嫌な汗が浮き、その瞳は熱で潤んでいた。私が処置した肩の晒には、薄っすらと血が滲み直している。
「……今夜はここに泊まります。あなたがこのまま倒れられては、私の訓練が滞って困りますから」
氷水で絞った手ぬぐいを彼の額に載せる。
聖真の信頼を完全に勝ち取るための看病——そう自分に言い聞かせなければ、彼の熱を感じるだけで胸が苦しかった。
「……ごめんね……頼りなくて……」
掠れた声で申し訳なさそうに呟く聖真。彼は熱い手で私の手首をそっと握ってきた。
「本当ですよ。バカなんですか、あなたは……」
振り払うことができなかった。
部屋の隅から、あの猫がトコトコと歩み寄ってきた。
すっかり聖真になついた様子で布団の脇に腰を下ろすと、心配そうに聖真の頬に鼻先を擦り付け、それから私の膝に前脚をちょんと乗せて「ニャー」と小さく鳴いた。まるで「僕のご主人を頼んだよ」とでも言いたげなその瞳に、胸の奥がチクリと痛む。
「あんたからも何か言ってやりなさいよ。こんな無茶する飼い主、迷惑でしょ」
猫の頭を優しく撫でながら呟く私に、聖真は熱にうなされながらも、困ったようにくしゃりと目元を緩めた。
「……あの子、無事で……本当によかった……」
自分の身を削っておきながら、真っ先に猫の無事を喜ぶ男。
夜が明けるまでの間、私は何度も手ぬぐいを替え、猫と一緒に聖真の傍らに寄り添い続けた。
敵であるはずの男の脈拍、体温、荒い息遣い。
『利用するため』という浅はかな大義名分は、朝の光が部屋に差し込む頃には、すっかり形を失っていた。
「……花……さん……」
うなされる聖真の口から漏れたのは、自分の苦しみではなく、私を案じる言葉だった。
「……逃げて……傷つかないで……っ」
聖真の真っ直ぐな善意が、手当てをする私の指先から、ゆっくりと、けれど確実に私という人間を内側から塗り替えていくのを感じていた。




