↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シン・科学少女プリティミュー!〜高額バイトから始まる、泥臭い科学ヒーロー生活〜  作者: 秋月キアラ
第13話 ― 正義の味方は、自分で選ぶ!【第1期 最終話】
PR
90/91

第6節 ― 私を作ったつもりでいるな

《ならば、君の正義は誰のものだ》

 

 首領Xの声が、駅前広場の空から降ってきた。

 

 音ではなかった。

 

 黒い観測フィールドそのものが震え、その振動が耳の奥に直接届いてくるようだった。夕方の光を飲み込んだ空は、いつのまにか暗いガラスの内側のように変わっていた。駅前ビジョンも、ビルの壁面広告も、バス停の案内表示も、全部が赤黒いノイズに染まっている。

 

 逃げ遅れた人々は、遠巻きにその光景を見上げていた。

 

 誰も大声を出さない。

 

 ただ、スマホを握りしめたまま、息を殺している。

 

 プリティミューは、ミュー・ハンマーを握ったまま、動けなかった。

 

 目の前には、白と黒の装甲をまとったX-MU。

 

 自分に似た姿。

 

 自分よりも整った立ち姿。

 

 自分よりも無駄のない構え。

 

 自分よりも、ヒーローらしく見える偽物。

 

 その胸部観測コアの奥で、首領Xの赤い影が揺れている。

 

《君は、我々がいなければ存在しなかった》

 

 赤い影は、淡々と言った。

 

《蜘蛛男がいなければ、君は変身しなかった》

《蝙蝠伯爵がいなければ、君は誰かを助ける痛みを知らなかった》

《レイディスコーピオンがいなければ、言葉の毒に抗うことを知らなかった》

《サラセニア・ルージュがいなければ、欲しさと向き合わなかった》

《マンティスシザーがいなければ、切り取られた言葉の怖さを知らなかった》

《カメ・レオンがいなければ、関係性を見る力を得なかった》

《ミラクルハニーがいなければ、子どもであることを認められなかった》

《グレイヴコンドルがいなければ、倒した後に残るものを見なかった》

《ゲッコウリーパーがいなければ、死を怖がることを受け入れなかった》

《リザードジェネラルがいなければ、数ではなく個を見ることを選ばなかった》

《復活怪人軍団がいなければ、過去を悪用される痛みを知らなかった》

 

 一つずつ、広場の空に映像が浮かぶ。

 

 廃施設の暗がりで、蜘蛛男に追い詰められた初めての夜。

 

 廃劇場の舞台で、蝙蝠伯爵のオルゴール音に揺らいだメグの顔。

 

 駅前の冷たい空気の中で、レイディスコーピオンの毒々しい笑みが言葉を突き刺してきた瞬間。

 

 甘い香気の中で、自分の欲しさを見透かされたサラセニア・ルージュの罠。

 

 マンティスシザーが、言葉と文脈をばらばらに切り刻んだ時の、胸の奥の気持ち悪さ。

 

 カメ・レオンが偽物の顔で、大切な人との距離を歪めようとした時の怒り。

 

 ミラクルハニーが、子どもに戻りたい気持ちを甘い檻に変えた時の痛み。

 

 グレイヴコンドルが、倒した怪人の残骸を墓荒らしのように拾い集めていた光景。

 

 ゲッコウリーパーが、死を数字にして腕に刻んだ冷たさ。

 

 リザードジェネラルが、番号だけの量産兵を道具として動かしていた地下ライン。

 

 そして、リザレクション・ステージで、過去に倒した怪人たちの偽物が一斉に動き出した時の、吐き気がするような怒り。

 

 全部が、空に並ぶ。

 

 全部が、ミユを見下ろしている。

 

 違う、と言いたかった。

 

 そんなの違う。

 

 私は、ジョーカーなんかに作られてない。

 

 首領Xなんかに育てられてない。

 

 ドクター・モルスの実験なんかじゃない。

 

 そう叫びたかった。

 

 けれど、喉の奥で、言葉が詰まった。

 

 だって、全部が嘘ではなかったから。

 

 プリティミューは、ハンマーの柄を握り直した。

 

 手のひらが汗で滑る。

 

 指が震えている。

 

 怖かった。

 

 本当に怖かった。

 

 何度も逃げたかった。

 

 変身なんかしたくなかった。

 

 バイト代に釣られた自分を、何度も殴りたくなった。

 

 でも、戦うたびに何かを覚えた。

 

 誰かを守るために前へ出ること。

 

 怒りで動いてしまう自分。

 

 怖くても、怖いと言っていいこと。

 

 子どもでも選べること。

 

 敵だった相手にも、終わり方があること。

 

 死ぬのは怖いけれど、今生きている人を勝手に終わらせていい理由にはならないこと。

 

 数で押しつぶされそうになっても、番号の奥に残っているものを見ること。

 

 過去は、利用されるためにあるんじゃないこと。

 

 全部、戦いの中で知った。

 

 全部、怪人事件の中で変わった。

 

 認めたくない。

 

 でも、認めないと、きっと前へ進めない。

 

 プリティミューは、小さく息を吸った。

 

「……そうだよ」

 

 通信の向こうで、メグが息を呑む気配がした。

 

《先輩……?》

 

 アインも、ワトソンも、言葉を発しなかった。

 

 首領Xの赤い影が、わずかに揺れる。

 

《認めるのか》

 

 プリティミューは、ゆっくり顔を上げた。

 

「認めるよ」

 

 声は震えていた。

 

 けれど、消えなかった。

 

「私は変わった」

「あんたたちの怪人に巻き込まれて、怖い思いして、腹立って、泣きそうになって、走り回って、何度も最悪って思って」

「たぶん、最初の私とは違う」

 

 胸の奥が痛かった。

 

 それでも、言葉を続ける。

 

「怪人が出なかったら、私は今でもただの高校生だったかもしれない」

「プリティミューなんて名前、知らないままだったかもしれない」

「ミュー・ハンマーなんて持たずに、普通に学校行って、普通にバイト探して、普通にママに怒られてたかもしれない」

 

 そこまで言って、少しだけ笑った。

 

「いや、ママには今も怒られるけど」

 

 メグが、通信の向こうで小さく息を吐いた。

 

 緊張と涙が混じったような音だった。

 

 首領Xが言う。

 

《ならば、君は我々の成果だ》

 

 その瞬間、X-MUが動いた。

 

 白黒の装甲が、音もなく地面を蹴る。

 

 最短距離。

 

 最適角度。

 

 最小動作。

 

 黒いハンマーが、プリティミューの胸元へ一直線に伸びる。

 

 プリティミューは、ぎりぎりで受け止めた。

 

 金属音が、広場に響く。

 

 足元のアスファルトがひび割れた。

 

 腕がしびれる。

 

「っ……!」

 

 X-MUの無表情な仮面が、すぐ目の前にあった。

 

「対象発言、自己矛盾」

「外部要因による成長を認めながら、所有権を否定」

「非論理的」

 

 プリティミューは歯を食いしばった。

 

「うるさい……!」

 

 X-MUはさらに押し込んでくる。

 

 白黒の装甲の隙間から、赤い観測光が脈打つ。

 

「あなたは、怪人事件によって形成された」

「あなたの戦闘技術、救助判断、心理耐性は、すべて観測により成長した」

「したがって、プリティミューはジョーカーの成果物である」

 

 プリティミューの膝が沈む。

 

 ハンマーの柄が、ぎしりと鳴った。

 

 首領Xの声が重なる。

 

《君は、我々が作った》

 

 その言葉が、胸の奥に刺さった。

 

 作った。

 

 成果物。

 

 被験体。

 

 原型。

 

 完成形。

 

 朝倉ミユではなく。

 

 プリティミューという名前だけを、勝手に剥がして、勝手に測って、勝手に結論を出される。

 

 その瞬間、ミユの中で何かが切れた。

 

「……変えられたことと」

 

 プリティミューは、足に力を込めた。

 

 沈んだ膝が、ゆっくり伸びる。

 

「選んだことは」

 

 ミュー・ハンマーの白とピンクのラインが、鼓動のように光り始める。

 

「違うんだよ!」

 

 プリティミューは、X-MUの黒い武器を弾き返した。

 

 X-MUが一歩下がる。

 

 その一歩は、完璧な動作の中で初めて生まれた、わずかな乱れだった。

 

 プリティミューは、肩で息をしながらX-MUを睨みつけた。

 

「怪人がいたから助けたんじゃない」

「ジョーカーに言われたから立ったんじゃない」

「アインに雇われたからだけでもない」

「メグちゃんに見られてたからでもない」

「街の人に期待されたからでもない」

 

 通信の向こうで、アインが息を詰めている。

 

 メグが端末を握りしめている。

 

 ワトソンの補助表示が、ノイズの中で必死に安定していく。

 

 プリティミューは叫んだ。

 

「助けたいって思ったから、私が立ったんだよ!」

 

 その声が、黒い観測フィールドを震わせた。

 

 駅前ビジョンの映像が、一瞬乱れる。

 

 過去の戦闘記録が揺らぎ、ノイズが走る。

 

 X-MUは、即座に姿勢を立て直した。

 

「非合理」

「未完成」

「不安定」

「不要」

 

 黒い武器が、再び振り下ろされる。

 

 プリティミューは踏み込んだ。

 

「未完成で悪かったね!」

 

 一撃を受け流す。

 

 肩に衝撃が走る。

 

 痛い。

 

 でも、止まらない。

 

「でも、完成品より先に動くのが、私なんだよ!」

 

 プリティミューは、わざと正面からは行かなかった。

 

 X-MUの予測する最短距離ではなく、崩れたバス停の屋根を踏み台にして横へ跳ぶ。

 

 X-MUの視線が追う。

 

 その一瞬の遅れ。

 

 メグの声が飛んだ。

 

《先輩、X-MUの予測モデル、また乱れました!》

 

「了解!」

 

 プリティミューは、空中でハンマーを回転させる。

 

 X-MUは蜘蛛糸データを展開した。

 

 黒い糸が、駅前の街灯から街灯へと走り、網のように広がる。

 

 プリティミューの足首に絡みつく。

 

「うわ、初期の嫌なやつ!」

 

 さらに、蝙蝠伯爵の音波データが重なる。

 

 耳の奥で、オルゴールの音が歪んだ。

 

 平衡感覚が崩れる。

 

 レイディスコーピオンの毒データが、言葉の形を取って視界に浮かぶ。

 

《あなたより完成体の方がよい》

《あなたは不要》

《あなたは騒がしい》

《あなたは遅い》

《あなたは守り切れない》

 

「文字で煽るな!」

 

 プリティミューは叫びながら、ハンマーを地面へ叩きつけた。

 

 衝撃で蜘蛛糸が千切れる。

 

 しかし、すぐに甘い香気が漂った。

 

 サラセニア・ルージュのデータ。

 

 眠くなるような、全部を投げ出したくなるような香り。

 

 続けて、ミラクルハニーの蜜が足元に広がる。

 

 金色の光が、幼い記憶を揺さぶる。

 

 何もしなくていい。

 

 誰かに守ってもらえばいい。

 

 戦わなくてもいい。

 

 その奥から、ゲッコウリーパーの死相表示が浮かぶ。

 

《残り時間:測定不能》

《適性崩壊率:上昇》

《変身維持限界:接近》

 

 プリティミューは歯を食いしばった。

 

「多い!」

「多いってば!」

「最終回だからって全部乗せしすぎ!」

 

 アインの声が飛ぶ。

 

《バイト君、出力を上げる》

 

「今、バイト君に戻った!」

 

《照れている場合じゃない》

 

「照れてない!」

 

 アインは、いつもの調子で言った。

 

 けれど、その声の奥には、明らかに焦りがあった。

 

《ミュー・セルフブレイク、出力最大》

《押しつけられた自己定義を壊す》

《観測コアの外殻を割れ》

 

 ワトソンの声が続く。

 

《観測干渉、遮断補助します》

《ただし、こちらの防壁も限界です》

《ミユさん、長くは持ちません》

 

 メグが叫ぶ。

 

《先輩は、実験結果じゃありません!》

 

 その声が、ノイズを突き破って届いた。

 

 メグの声だけではなかった。

 

 怪人事件ログの画面が、通信越しにミユの視界へ投影される。

 

 そこには、戦闘データではない記録が並んでいた。

 

《朝倉ミユ先輩は、文句を言いながらも一番危ない場所へ行く》

《怖がっていても、誰かが泣いていると止まれない》

《疲れている時ほど、変な冗談を言う》

《合理的ではない判断をすることがある》

《でも、その非合理で助かった人がいる》

 

 ミユは、一瞬だけ目を見開いた。

 

「メグちゃん……」

 

《記録は、観測するためだけのものじゃありません》

 

 メグの声は震えていた。

 

 でも、強かった。

 

《先輩が、自分を見失わないためにも残せます》

 

 プリティミューの胸の奥が、熱くなった。

 

 その時、スマホに通知音が鳴った。

 

 戦闘中の視界端に、小さくメッセージが表示される。

 

《帰ってきなさい》

 

 かなえからだった。

 

 ただ、それだけ。

 

 長い説明もない。

 

 心配の言葉も、問い詰める言葉もない。

 

 けれど、ミユには十分だった。

 

 帰る場所。

 

 名前を呼んでくれる人。

 

 プリティミューじゃなくても、朝倉ミユとして戻れる場所。

 

 プリティミューは、笑った。

 

「帰るよ」

 

 X-MUが、観測コアを開いたまま突撃してくる。

 

 胸部の赤い影が脈打つ。

 

 首領Xの声が響いた。

 

《完成を拒むか》

 

 プリティミューは、ミュー・ハンマーを両手で握りしめる。

 

「完成させられるのを拒んでるの!」

 

 白とピンクの光が、ハンマー全体を包み込んだ。

 

 それは、X-MUのように冷たい光ではなかった。

 

 少し揺らいでいた。

 

 強さにムラがあった。

 

 火花も散っている。

 

 出力も安定していない。

 

 けれど、その光は、確かにミユ自身の呼吸に合わせて脈打っていた。

 

「ミュー・セルフブレイク!」

 

 プリティミューがハンマーを振り下ろす。

 

 衝撃波が、円形に広がった。

 

 黒い観測フィールドを縛っていた鎖のような光が、次々と砕ける。

 

 駅前ビジョンに映っていた過去映像が割れ、破片になって空へ散る。

 

 蜘蛛男の影が消える。

 

 蝙蝠伯爵の舞台が閉じる。

 

 レイディスコーピオンの毒文字がほどける。

 

 サラセニアの甘い香気が薄れる。

 

 マンティスシザーの切断線がつながる。

 

 カメ・レオンの偽装が剥がれる。

 

 ミラクルハニーの蜜が光に溶ける。

 

 ゲッコウリーパーの死相表示が消える。

 

 リザードジェネラルの番号が砕ける。

 

 復活怪人軍団の影が、静かに遠ざかる。

 

 プリティミューは、X-MUへ向かって走った。

 

 X-MUは迎撃する。

 

 黒いハンマーが振り上げられる。

 

 その軌道は完璧だった。

 

 プリティミューの攻撃を読み切っている。

 

 本来なら、ここで止められる。

 

 でも、プリティミューは、最後の一歩で足を滑らせた。

 

 いや、わざと滑らせた。

 

「非効率」

 

 X-MUの仮面が、わずかに反応する。

 

 プリティミューは、滑った勢いのまま、地面に片手をついた。

 

 体勢はぐちゃぐちゃ。

 

 フォームとしては最悪。

 

 ヒーローの決め技としては、たぶん全然きれいじゃない。

 

 でも、その一瞬だけ、X-MUの予測から外れた。

 

「そりゃそうでしょ」

 

 プリティミューは、地面すれすれから跳ね上がる。

 

「私だって、次に何するか、たまに自分でもわかんないんだから!」

 

 ハンマーが、X-MUの胸部観測コアへ届いた。

 

「プリティ・チョイス・インパクト!」

 

 一撃。

 

 白とピンクの光が、赤い観測コアを貫いた。

 

 X-MUの装甲に、細いひびが入る。

 

 ひびは胸から肩へ、腕へ、仮面へと広がっていった。

 

 白黒の表面が剥がれ、その下から赤い観測光が漏れ出す。

 

 首領Xの影が、ノイズに包まれる。

 

《定義不能》

《適性測定、継続不能》

《自己選択反応、予測値超過》

 

 X-MUは、初めて足元をふらつかせた。

 

「プリティミュー……定義不能……」

 

 声は、もう冷静ではなかった。

 

 ノイズ混じりの、壊れかけた機械音。

 

 プリティミューは肩で息をしながら、X-MUを見た。

 

「そりゃそうでしょ」

 

 汗が顎を伝う。

 

 膝は震えている。

 

 腕も痛い。

 

 たぶん、明日は全身筋肉痛どころじゃない。

 

 それでも、笑った。

 

「私だって、まだ自分のこと全部わかってないんだから」

 

 X-MUの仮面が砕ける。

 

 胸部コアが、ぱきん、と音を立てて割れた。

 

 黒い観測フィールドが上空から崩れ始める。

 

 駅前広場を覆っていた暗い膜に亀裂が走り、その向こうから本物の夕方の光が差し込んだ。

 

 赤黒い空が割れる。

 

 街灯が瞬き、駅前ビジョンが通常表示へ戻る。

 

 逃げ遅れていた人々が、呆然と空を見上げた。

 

 誰かが、小さく拍手した。

 

 それが広がる前に、X-MUの身体が光の粒になって崩れていく。

 

 白黒の装甲が細かな粒子となり、夕方の光の中へ溶けていった。

 

 プリティミューは、その場に立ち尽くした。

 

 勝った。

 

 少なくとも、今は。

 

「……終わった?」

 

 自分で言って、自分で少し疑った。

 

 この手の事件は、終わったと思った後が一番怖い。

 

 その予感は、すぐに当たった。

 

 X-MUの破片の一つが、まだ地面に残っていた。

 

 胸部観測コアの欠片。

 

 赤い光が、最後に一度だけ点滅する。

 

 アインの声が飛ぶ。

 

《バイト君、そこから離れろ》

 

「え、何――」

 

 欠片から、細い通信光が伸びた。

 

 それは、ジョーカー帝都支部の方向へは向かわなかった。

 

 空を走り、ビルの反射を渡り、細い赤い線となって消えていく。

 

 同時に、アイン科学研究所。

 

 メインモニターが勝手に点灯した。

 

 アインは、操作卓の前で息を呑んだ。

 

 画面には、一瞬だけ見覚えのない企業ロゴが表示された。

 

 冷たい銀色の文字。

 

《NEUMANN INDUSTRIES》

 

 その下に、さらに小さな識別コードが走る。

 

《WATSON-07/応答確認――》

 

 次の瞬間、ワトソンが強制的に画面を遮断した。

 

 研究所のモニターが真っ暗になる。

 

 沈黙。

 

 アインは、ゆっくりワトソンを見た。

 

 いつもの猫型アバターは、画面の端で固まっている。

 

《……通信ノイズです》

 

 ワトソンは言った。

 

 いつもより、ほんの少しだけ声が硬かった。

 

 アインの顔から、いつもの余裕が消えていた。

 

「今のは」

 

《通信ノイズです》

 

「ワトソン」

 

《……》

 

 アインは、暗くなったモニターを見つめた。

 

「NEUMANN INDUSTRIES」

 

 その名を口にした瞬間、研究所の空気が少しだけ冷えた。

 

 ワトソンは答えない。

 

 駅前広場では、プリティミューがまだ何も知らずに、崩れたX-MUの光の残滓を見つめていた。

 

 夕方の風が吹く。

 

 白とピンクの装甲が、かすかにきらめいた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。