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シン・科学少女プリティミュー!〜高額バイトから始まる、泥臭い科学ヒーロー生活〜  作者: 秋月キアラ
第13話 ― 正義の味方は、自分で選ぶ!【第1期 最終話】
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第5節 ― 完璧なヒーローを叩き壊せ

 白とピンクの光が、駅前広場の瓦礫の上でほどけた。


 黒い観測フィールドに覆われた空の下で、その光だけが、まだ夕方の色を忘れていなかった。


 朝倉ミユは、もう一度、科学少女プリティミューとして立っていた。


 ただし、さっきまでとは違う。


 μブレスレットに引っ張られている感覚がない。

 背中を誰かに押されている感覚もない。

 契約だの、バイトだの、危険手当だの、そういう言葉の全部が、一度足元から外れたあとで。


 それでも、自分で握った。


 自分で叫んだ。


 自分で、ここに戻ってきた。


 そのせいか、装甲の光はいつもより少し柔らかかった。

 ピンクのラインは呼吸に合わせるように淡く脈打ち、ミュー・ハンマーの先端には、いつもの派手な発光ではなく、体温のある光が宿っている。


 対するX-MUは、微動だにしない。


 白と黒の装甲。

 赤い観測コア。

 目元を覆う、笑わない仮面。

 ミュー・ハンマーによく似た黒い武器を、まるで医療器具のように無駄なく構えている。


 完成されたプリティミュー。


 モルスは、そう呼んだ。


 ミユはその言葉を思い出して、鼻で笑った。


 「完成品ってさ」


 ハンマーを肩に乗せる。


 「だいたい、箱から出した瞬間が一番きれいなんだよね」


 X-MUの仮面の奥で、赤い光が細く動いた。


 「発言意図、不明」

 「わかんなくていいよ。こっちの話」


 プリティミューは、一歩踏み出した。


 駅前広場は、さっきよりひどい有様になっていた。

 観測フィールドの影響で街灯は点滅し、電子看板にはノイズ混じりの過去映像がちらついている。

 割れた舗装。

 倒れた自転車。

 吹き飛ばされたバス停の屋根。

 駅ビル入口には避難し損ねた人々が身を寄せ合い、メグが必死に誘導情報を流している。


 その中で、X-MUは静かに動いた。


 速い。


 だが、ただ速いだけではない。


 X-MUは、まず逃げ遅れた老人の前に落ちてきた看板を、黒いハンマーの柄で受け止めた。

 そのまま片腕で看板を横へ滑らせ、老人の足元に散ったガラス片を踵で払い、避難経路を確保する。


 「こちらへ避難してください」

 「え、あ、ありがとう……」


 老人が礼を言うより早く、X-MUは次の地点へ移動していた。


 横断歩道の中央で泣き出した子どもを抱き上げる。

 車止めに引っかかったベビーカーを外す。

 転倒した会社員の鞄を蹴り上げ、散乱した荷物が通路を塞がない位置へまとめる。

 全員に、必要最低限の声をかける。


 「安全確認」

 「移動してください」

 「負傷度、軽微」

 「次の避難地点へ」


 その動きに、無駄はなかった。


 本当に、何一つなかった。


 迷わず、転ばず、息も乱さず。

 助ける順番も、声をかけるタイミングも、完璧だった。


 広場の隅で、誰かが呟いた。


 「……すごい」

 「本物より、落ち着いてる」

 「こっちがプリティミューなんじゃ……?」


 その声は大きくなかった。


 でも、ミユの耳には届いた。


 胸の奥に、小さな棘が刺さる。


 わかっている。

 市民は悪くない。

 あんなものを見せられたら、そう思っても仕方ない。


 自分はいつも騒がしい。

 文句を言う。

 息切れする。

 よく転ぶ。

 戦闘中なのにツッコミを入れる。

 助ける順番で迷う。

 怒る。

 怖がる。


 完璧からは、遠い。


 遠すぎる。


 「先輩!」


 通信越しに、メグの声が飛んできた。

 ところどころノイズが混じっているが、さっきよりはずっとはっきり聞こえる。


 「聞こえますか!」

 「聞こえる! ちょっとだけメグちゃん成分が足りなくて不安だった!」

 「成分という単位は初めてです!」


 メグの声に、少しだけ笑いそうになる。


 それだけで、足元が戻ってくる。


 ミユはハンマーを握り直した。


 「で、どうすればいい?」

 「X-MUは、先輩の過去の行動を読んでいます。第1話から第12話までの戦闘記録、救助行動、発話傾向、全部です」

 「発話傾向まで!?」

 《非常に多いね》


 アインの声が重なった。

 まだ少し通信は荒れているが、いつもの冷静さが戻っている。


 「そこ分析しなくてよくない!?」

 《敵は分析している》

 「敵、暇なの!?」

 《かなり熱心だ》


 ワトソンの声も入る。


 《ミユさん、X-MUは合理的な最適解を選択しています。あなたの行動予測モデルに基づき、次の一手を先回りしているようです》

 「つまり?」

 《いつも通りに戦うと、読まれます》

 「いつも通りが読まれるの、最終回っぽくて嫌!」


 X-MUが、黒いハンマーを構えた。


 「会話による行動遅延を確認」

 「うるさいな! こっちは作戦会議中!」


 プリティミューが踏み込む。


 先に動いたのはミユだった。

 ハンマーを低く構え、地面すれすれに横薙ぎで振る。

 いつもなら、相手の足元を崩して、そのまま上から叩き込む流れ。


 だが、X-MUは半歩だけ下がった。


 本当に、半歩だけ。


 ミュー・ハンマーの先端が空を切る。

 その瞬間、X-MUの黒い武器がミユの手首を打った。


 「っ!」


 握力が一瞬抜ける。


 ハンマーを落としかけたミユの腹部に、X-MUの膝が入った。


 「ぐっ……!」


 装甲越しでも息が詰まる。

 プリティミューは後ろへ吹き飛ばされ、壊れたベンチに背中から突っ込んだ。


 金属がひしゃげる音。

 周囲から悲鳴が上がる。


 X-MUは追撃しない。


 その代わり、倒れたベンチの破片が市民側へ飛ばないよう、黒いハンマーで器用に弾き落とした。


 「周辺被害、抑制」

 「救助効率、維持」


 ミユは、瓦礫の中で歯を食いしばる。


 「……戦いながら、そういうことするの、ほんと腹立つ」


 痛みよりも、その完璧さが嫌だった。


 殴られているのに。

 追い詰められているのに。

 相手の方が、ヒーローらしく見える。


 メグの声が飛んだ。


 「先輩、今の攻撃パターン、過去に三回使っています!」

 「便利だったんだよ!」

 「便利な行動ほど読まれます!」

 「人生の教訓みたいに言わないで!」


 アインが続ける。


 《バイト君、今までの君がやらなかった動きをしろ》

 「急に無茶ぶり!」

 《予測不能な無茶だ》

 「結局そこ!?」

 《君の最大の長所だ》

 「褒められてる気がしない!」


 ワトソンが冷静に補足した。


 《X-MUは合理的な最適解を選びます。ミユさんのように、怒りながら寄り道して誰かを助ける行動は再現しづらいです》

 「猫型AIにまで私の行動を変扱いされた!」


 でも。


 言われた意味はわかった。


 X-MUは、強い。

 速い。

 正確。

 効率的。

 プリティミューの過去を読んでいる。


 なら、過去の自分が選ばなかったことを選べばいい。


 ミユは瓦礫から立ち上がった。


 X-MUが赤い視線を向ける。


 「戦闘継続を確認」

 「疲労蓄積、危険域」

 「撤退推奨」


 「推奨されると、逆にやる気出るタイプなんで」


 プリティミューは走った。


 真っすぐではない。


 X-MUへ向かうと見せかけ、横へ逸れる。

 広場の柱に足をかけ、跳ぶ。

 途中で空中姿勢を崩しそうになりながら、倒れかけていた避難誘導用の柵を蹴り飛ばす。


 柵は派手な音を立てて横倒しになり、ちょうど逃げ遅れた親子の前に迫っていたガラス片を遮った。


 「こっち! 走って!」


 ミユはその親子を抱える。

 子どもが泣いている。

 母親も顔を青くしている。


 「大丈夫! 怖いけど、今は足だけ動かして! あとで泣こ!」


 「は、はい!」


 親子を駅ビルの柱陰へ押し込んだ瞬間、背後から黒い衝撃が迫った。


 X-MUのハンマー。


 ミユは振り返らず、親子を押し込んだ勢いのまま転がった。

 黒いハンマーが、ほんの数センチ後ろを通過する。


 地面が砕ける。


 プリティミューは転がった勢いでそのまま立とうとして、足をもつれさせた。


 「うわっ、ださっ!」


 自分で言いながら、ぎりぎり踏みとどまる。

 その不格好な動きに、X-MUの追撃がわずかに遅れた。


 「行動予測、誤差」

 「非効率行動、再計算」


 メグが叫んだ。


 「先輩、今の行動で予測モデルが乱れました!」

 「つまり、もっと変に動けばいい!?」

 《おおむね正解だ》


 アインの返答はあまりにもあっさりしていた。


 「本当にそれでいいの!?」

 《完璧な相手に、完璧な行動で勝つ必要はない》

 「それ、もっと早く聞きたかった!」


 X-MUが、初めてわずかに首を傾けた。


 「非合理行動を戦術として採用」

 「再評価」


 「評価しなくていい!」


 プリティミューは、今度はX-MUへ真正面から向かわなかった。


 駅前広場の時計塔へ走る。

 途中で、ひっくり返った自転車を拾って投げる。

 攻撃ではない。

 X-MUの視界を塞ぐためでもない。


 自転車は少し離れた場所で倒れていた避難案内板にぶつかり、案内板が回転して、ちょうど非常階段への矢印を人々へ見せる向きになった。


 「そっち! 地下通路じゃなくて非常階段! 黒い空が出てる時の地下はだいたい危ない!」


 「理由が雑だけどわかった!」


 誰かが叫び、避難の流れが変わる。


 X-MUは一瞬、避難者の誘導とプリティミューの追撃の間で処理を分けた。

 最適解を選ぶなら、避難者の安全確保を優先する。

 だが、観測命令はプリティミューの制圧。


 その判断の分岐に、わずかな空白が生まれる。


 ミユはそこへ飛び込んだ。


 「もらった!」


 ミュー・ハンマーを振り上げる。


 だが、X-MUの胸部コアが赤く光った。


 黒い糸が地面から伸びる。

 蜘蛛男の拘束糸。


 「またそれ!」


 足首を取られ、ミユの身体が前へつんのめる。

 そこへ、耳を刺すような高音が叩きつけられた。

 蝙蝠伯爵の音波。

 平衡感覚が揺れる。


 「っ、気持ち悪……!」


 視界の端で赤い光が走る。

 レイディスコーピオンの毒反応。

 言葉の棘のようなノイズが、装甲の内側へ入り込む。


 《あなたは遅い》

 《あなたは未完成》

 《あなたより、完成体の方が人を救える》


 「うるさい!」


 ミユはハンマーで地面を叩いた。

 衝撃で拘束糸を弾き、無理やり身体を起こす。


 だが、次は甘い香りが鼻をついた。


 サラセニア・ルージュの香気。

 一瞬、足が鈍る。

 どこかへ逃げたいという気持ちと、もう休みたいという気持ちが、胸の奥から浮いてくる。


 そこへ、鋭い刃が空間を切った。


 マンティスシザーの文脈切断。


 通信が乱れた。


 《先輩、右――》

 《バイト君、下が――》

 《ミユさん、逃げ――》


 言葉が切られる。

 意味がずれる。

 誰の声が何を言っているのか、わからなくなる。


 さらに、カメ・レオンの偽装が重なった。


 駅前広場のあちこちに、メグの姿が見えた。

 かなえの姿も。

 アインの小さな影も。

 コブラの背中も。


 守らなければと思った瞬間、その姿がばらばらに散る。


 「そういうの、もうやった!」


 ミユは奥歯を噛む。


 怒りで視界をつなぎ止める。


 ミラクルハニーの蜜が地面を覆い、足元を重くする。

 ゲッコウリーパーの白い三日月表示が、視界の端に浮かんだ。


 《残り戦闘可能時間:03:42》


 「勝手にカウントするな!」


 さらに、リザードジェネラルの量産同期。

 X-MUの背後に、白黒の小型支援端末が複数浮かぶ。

 同じ角度。

 同じタイミング。

 同じ命令。


 それらが一斉に、ミユを包囲した。


 「過去怪人能力、最適反映」

 「プリティミュー制圧手順、実行」


 X-MUの声は、冷たかった。


 「あなたの経験は、すべて解析済みです」


 プリティミューは、糸に足を取られ、音波に揺さぶられ、蜜に沈みかけながら、ハンマーを握った。


 怖い。

 痛い。

 気持ち悪い。

 腹が立つ。

 泣きたい。

 帰りたい。


 でも、さっき変身を解いた。

 やめてもいいと言われた。

 そのうえで、戻ってきた。


 だから、ここで折れるのは違う。


 「メグちゃん!」


 ミユは叫んだ。


 「本物の声、通して!」


 一瞬の沈黙。


 ノイズの向こうから、メグの声が返ってきた。


 「はい!」


 その声は、震えていた。

 でも、ちゃんとメグだった。


 「先輩、X-MUは過去の先輩を読んでいます!」

 「うん!」

 「でも、今の先輩は、さっき一度やめることを選べました!」

 「うん!」

 「それでも戻ってきました!」

 「うん!」

 「そのデータは、X-MUにありません!」


 ミユは目を見開く。


 アインの声が続いた。


 《契約解除後の再適合データは、僕たちの側にしかない》

 「つまり?」

 《今の君は、敵の予測モデルから外れている》


 ワトソンが、淡々と、しかしどこか力を込めて言った。


 《ミユさん。現在のあなたは、観測済みのプリティミューではありません》

 《あなた自身が選択した、新しい状態です》


 ミユは、小さく笑った。


 「なんか、急にかっこいいこと言うじゃん」


 《事実です》


 「じゃあ、事実にしよう」


 プリティミューは、絡みつく糸を引きちぎった。

 ハンマーを両手で握る。

 足元の蜜が伸びる。

 それでも、一歩踏み出す。


 X-MUが赤い視線を向けた。


 「行動予測、不能」

 「新規データ取得」


 「取得禁止!」


 ミユは支援端末の一体を蹴り飛ばした。

 もう一体の攻撃を、あえてハンマーではなく肘で受ける。

 痛い。

 でも、軌道がずれる。


 そのまま背中から倒れ込むように転がり、蜜の上を滑る。

 普通なら不利な足場。

 でも、滑ると決めれば移動になる。


 「うわ、これ思ったより怖い!」


 叫びながら、ミユは低い姿勢でX-MUの足元へ潜り込んだ。


 X-MUが黒いハンマーを振り下ろす。

 ミユはそれを受け止めず、あえて避けない。

 ハンマーの風圧を利用して、身体を横へ飛ばす。


 「非効率」

 「でも読めなかったでしょ!」


 ミュー・ハンマーの柄が、X-MUの脇腹を打つ。


 初めて、X-MUが後ろへよろめいた。


 広場の空気が揺れる。


 市民の誰かが叫んだ。


 「本物、がんばれ!」


 別の誰かも叫ぶ。


 「騒がしい方!」

 「そっちでわかるのやめて!」


 ミユは叫び返したが、声には少し笑いが混じっていた。


 X-MUは体勢を立て直す。

 胸部の観測コアが赤く脈打った。


 「プリティミュー」

 「あなたの行動は非効率です」

 「発話量過多」

 「感情反応過大」

 「戦闘継続能力、不安定」

 「救助優先順位、揺らぎあり」


 「うん」


 ミユは短く答えた。


 X-MUの処理が一瞬止まる。


 「肯定を確認」


 「だって本当だし」


 ミユはハンマーを構え直した。


 「私、効率悪いよ」

 「うるさいし」

 「怖がるし」

 「すぐ文句言うし」

 「たぶん、完璧なヒーローには向いてない」


 X-MUの赤い光が強まる。


 「ならば、役割を譲渡してください」

 「それは嫌」


 ミユは、まっすぐX-MUを見た。


 「向いてないからって、やっちゃいけない理由にはならないでしょ」


 通信の向こうで、メグが息を呑む気配がした。


 アインが低く言う。


 《バイト君、最終調整を入れる》

 「名前で呼んだりバイト君に戻ったり忙しいな!」

 《照れるな》

 「照れてない!」


 いつものやり取り。

 いつもの軽口。


 でも、その奥にある信頼が、さっきよりはっきりわかった。


 アインの声が、少しだけ柔らかくなる。


 《ミュー・ハンマーに、自己定義干渉の遮断波を乗せる》

 「わかりやすく!」

 《押しつけられた“君とはこういうものだ”を壊す》

 「だいぶわかりやすい!」

 《技名は、ミュー・セルフブレイク》

 「自分を壊すみたいで縁起悪くない?」

 《違う。押しつけられた自己定義を壊す》

 「それなら採用!」


 ミュー・ハンマーが光る。


 今までの技のような、派手な爆発光ではなかった。

 内側から温まるような光。

 白とピンクが混ざり、ミユの鼓動に合わせて広がっていく。


 X-MUは、それを見て初めて攻撃を急いだ。


 黒いハンマーを構える。

 過去怪人能力の残響が、再び周囲に展開される。


 蜘蛛糸。

 音波。

 毒。

 香気。

 偽装。

 蜜。

 死相。

 量産同期。


 あらゆる過去が、最適化されて襲ってくる。


 ミユは、それを正面から見た。


 もう、全部覚えている。


 怖かった。

 嫌だった。

 怒った。

 泣きそうだった。

 それでも、一つずつ終わらせた。


 その過去を、こんなふうに並べられても。


 それは、ミユを縛る鎖ではない。


 「行くよ」


 ハンマーを振り上げる。


 「ミュー・セルフ――」


 その瞬間だった。


 X-MUの胸部装甲が、音もなく左右へ開いた。


 そこにあったのは、赤い観測コア。

 その奥に、さらに濃い赤の影が浮かんでいた。


 仮面のような輪郭。

 人の顔とも、機械の記号ともつかない影。


 広場全体のビジョンが、一斉に暗転する。


 街頭モニター。

 スマホ画面。

 駅ビルの広告パネル。

 壊れかけた電子看板。


 すべてに、同じ赤い影が映った。


 首領X。


 声が、空から降った。


 《プリティミュー》


 ミユの腕が、わずかに止まる。


 《君は、我々がいなければ存在しなかった》


 観測フィールドが、さらに濃くなる。

 黒い空に、これまでの戦闘映像が薄く浮かび始める。


 蜘蛛男と初めて対峙した夜。

 蝙蝠伯爵の廃劇場。

 レイディスコーピオンの毒。

 サラセニアの甘い罠。

 マンティスシザーの切り取られた言葉。

 カメ・レオンの偽装。

 ミラクルハニーの蜜。

 グレイヴコンドルの墓標。

 ゲッコウリーパーの月光。

 リザードジェネラルの量産ライン。

 復活怪人軍団の黒いステージ。


 全部が、ミユを囲む。


 首領Xの声は、静かだった。


 《君は、怪人によって変化した》

 《君は、戦いによって磨かれた》

 《君は、観測によって強くなった》


 プリティミューは、ハンマーを握りしめた。


 反論したい。

 今すぐ叩き割りたい。


 でも、言葉が出ない。


 違う、と言い切れない部分が、確かにある。


 ミユは変わった。

 戦って、変わった。

 怖いものが増えた。

 守りたいものも増えた。

 強くなったかどうかはわからない。

 でも、はじめのころ自分とは、もう同じではない。


 首領Xは続けた。


 《ならば問おう》


 赤い影が、X-MUの胸部コアの奥で揺れる。


 《君の正義は、誰のものだ》


 駅前広場から、音が消えた。


 避難していた市民の声も。

 メグの通信も。

 アインの息遣いも。

 ワトソンの補助音も。


 一瞬だけ、ミユは世界に一人で立っているような気がした。


 X-MUが、黒いハンマーを構える。


 「回答を要求」

 「プリティミュー」

 「あなたの正義は、誰のものですか」


 ミユは、息を吸った。


 ハンマーの光が、まだ消えずに手の中で震えていた。


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