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シン・科学少女プリティミュー!〜高額バイトから始まる、泥臭い科学ヒーロー生活〜  作者: 秋月キアラ
第13話 ― 正義の味方は、自分で選ぶ!【第1期 最終話】
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第3節 ― ジョーカー帝都支部、完成しないヒーロー

 ジョーカー帝都支部の作戦司令室は、いつになく静かだった。


 静かすぎるほどだった。


 壁一面に並んだモニターには、ホウジュ区駅前広場の映像がいくつも映し出されている。黒い観測フィールドに覆われた街。避難する市民。倒れた標識。割れた駅前ビジョン。そして、その中央で向かい合う二人のプリティミュー。


 一人は、白とピンクの装甲をまとった本物。


 もう一人は、白と黒と赤に塗り分けられた、冷たい完成品。


 最終観測体《X-MU》。


 その姿が画面の中でミュー・ハンマーに似た黒い武器を振るうたび、別のモニターに数値が走った。


《反応速度比較》

《救助判断精度》

《心理負荷指数》

《自己否定反応》

《μシステム外部同期率》


 赤い数値が、まるで心電図のように跳ねる。


 その前に立つドクター・モルスは、息をするのも惜しいというように画面を見つめていた。


 白衣の裾は乱れていない。黒い手袋の指先も、いつも通り清潔で、無駄な動きがない。だが、その瞳だけは違っていた。実験が成功に近づいている時の、抑えきれない熱がある。


「素晴らしい」


 モルスは小さく呟いた。


「自己否定反応、適性喪失恐怖、役割剥奪への怒り。第十三段階にふさわしい負荷です」


 画面の中で、プリティミューがX-MUの一撃を受け止めた。


 だが、受け止めきれない。


 白とピンクの装甲が火花を散らし、プリティミューの身体が駅前広場のタイルへ叩きつけられる。


 モルスの口元が、かすかに上がった。


「いい。実にいい。自分よりも完成度の高い自分を前にした時、人間はまず怒り、次に疑い、最後に折れる」


「楽しそうだな、モルス」


 低い声が室内を切った。


 ゲル大佐だった。


 彼は巨大モニターの少し後ろ、軍服めいた黒い制服の胸元に腕を組んで立っていた。顔には、いつもの不機嫌がある。だが今日は、それだけではなかった。


 苛立ち。


 警戒。


 そして、薄い嫌悪。


 その全部が、眉間の皺に集まっている。


「これはプリティミューを倒す作戦ではないな」


 モルスは振り向かずに答えた。


「もちろん倒しますよ。必要であれば」


「必要であれば、だと?」


「はい」


 モルスはようやく、ゆっくりとゲル大佐へ顔を向けた。


「今回の主目的は、彼女の自己定義です」


 ゲル大佐の眉がさらに寄る。


「自己定義」


 戦闘員42号が、資料を抱えたまま小さく首を傾げた。


「自己定義って、怪人作戦の用語なんですか」


「私に聞くな」


 ゲル大佐は吐き捨てるように言った。


「最近の作戦は、作戦名から胃に悪い」


「はい。自分も、作戦資料を読んでいる途中で少し胃が重くなりました」


「貴様は資料を読んだだけだろう」


「大佐は毎回責任者ですから、もっと重いですね」


「慰めるな。余計に腹が立つ」


 42号は慌てて口を閉じた。


 モルスはそのやり取りを、ほとんど気にしていない。


 彼にとって、この司令室にいる人間たちは、画面の中のプリティミューほど重要ではなかった。ゲル大佐でさえ、せいぜい「現場指揮官の反応サンプル」くらいの価値しかないように見える。


 ゲル大佐はそれがわかっていた。


 だからこそ、苛立ちが増す。


「モルス」


「はい」


「貴様は、あれを何と見ている」


 ゲル大佐はモニターを顎で示した。


 画面の中では、X-MUが避難し遅れた老人を抱えて安全圏へ移動させていた。動作は完璧だった。迷いがなく、無駄がなく、優しさの形式だけが整っている。


 老人は助かった。


 だが、助けたX-MUの顔は動かない。


 笑わない。


 息も乱れない。


 モルスは、穏やかに答えた。


「完成形です」


「プリティミューのか」


「プリティミューという現象の、です」


「……現象」


「ええ。朝倉ミユという個体は、あくまで原型です。偶然適合し、偶然巻き込まれ、偶然戦い続けた。しかし、偶然から得られたデータを再構成すれば、より安定した運用が可能になる」


 ゲル大佐の声が低くなった。


「人間を、運用と言うな」


「怪人も人間も、運用効率という観点では大きく変わりません」


「変わる」


 即答だった。


 モルスは、少しだけ目を細めた。


「大佐は、怪人を部下として扱いますからね」


「貴様は、素材として扱う」


「症例です」


「同じだ」


「違います。素材は使い切れば終わりですが、症例は記録として残ります」


「より悪いわ」


 42号が小さく頷きかけて、ゲル大佐に睨まれ、姿勢を正した。


 その時、司令室の照明が一段暗くなった。


 空気が冷える。


 巨大モニターの一つが、戦闘映像から黒い画面へ切り替わった。


 赤いジョーカーの紋章。


 そして、仮面のような影。


 首領Xだった。


 室内の全員が、反射的に姿勢を正す。


「ゲル大佐」


「はっ」


「観測を続けろ」


「承知しております」


 ゲル大佐は一拍置いてから、言葉を続けた。


「ですが、確認させていただきたいことがあります」


 42号が目だけで「今ですか」と訴える。


 ゲル大佐は無視した。


 首領Xは静かに言う。


「何だ」


「プリティミューを完成させる、というのはどういう意味でしょうか」


 司令室の空気が、さらに重くなった。


 モルスは興味深そうにゲル大佐を見る。


 首領Xはすぐには答えなかった。


 モニターの黒が、深くなる。


 やがて、音声だけが落ちてきた。


「彼女は、怪人事件によって変化した」


「はい」


「最初の朝倉ミユは、逃げるだけだった。自分が助かることを優先し、状況に振り回され、怒鳴り、泣き、文句を言った」


 モニターの端に、第1話の映像が浮かぶ。


 廃施設で蜘蛛男から逃げ回るミユ。


 転びかけ、叫び、半泣きになりながら、アインに文句を言っている姿。


「だが、彼女は変わった」


 映像が切り替わる。


 蝙蝠伯爵からメグを守るプリティミュー。


 レイディスコーピオンの言葉に傷つきながらも立つプリティミュー。


 ミラクルハニーに子どもであることを認めながら、母を助けに走るプリティミュー。


 ゲッコウリーパーの死相を前に、「今、生きてる」と叫んだプリティミュー。


「彼女は、我々の怪人によって磨かれた」


 ゲル大佐は、奥歯を噛んだ。


「それは、敵を育てているのではありませんか」


「そうとも言える」


 首領Xは否定しなかった。


 その肯定が、かえって不気味だった。


 ゲル大佐の声が、わずかに荒くなる。


「首領X」


「何だ」


「ジョーカーは、何を作ろうとしているのですか」


 一瞬、通信が沈黙した。


 モルスの目が、わずかに輝く。


 42号は完全に息を止めていた。


 司令室のモニター群だけが、無言でプリティミューとX-MUの戦いを映し続けている。


 やがて、首領Xが答えた。


「怪人とヒーローが、再び必要とされる世界だ」


 ゲル大佐は、言葉を失った。


 その言葉は、勝利宣言ではなかった。


 世界征服でも、都市破壊でも、組織拡大でもない。


 もっと根の深いものだった。


 怪人がいて、ヒーローがいる。


 人々が恐怖し、誰かが立ち上がり、戦いが必要とされる。


 そういう構造そのものを、首領Xは求めている。


「……そのために、プリティミューを?」


「彼女は証明になる」


 首領Xは言った。


「怪人が人を変える。恐怖が役割を生む。戦いが名前を作る。プリティミューは、その実例だ」


 モルスが楽しげに続けた。


「つまり、プリティミューは実験対象であり、成果物でもある」


 ゲル大佐は鋭く振り向いた。


「貴様……」


「大佐、怒る必要はありません。彼女はまだ壊しません」


「まだ、だと?」


「完成品は、壊すより観察した方が価値があります」


 モルスの声は、心底から穏やかだった。


 だからこそ、ゲル大佐の表情が険しくなる。


「モルス。貴様は、本当に人の神経を逆撫でする天才だな」


「ありがとうございます」


「褒めていない!」


 モルスはまた画面へ向き直った。


 そこでは、プリティミューがX-MUに押されている。


 X-MUは、プリティミューのハンマーを紙一重で避け、黒い武器の柄で脇腹を打った。


 プリティミューが苦しげに膝をつく。


 だが、その背後で逃げ遅れた子どもが転びそうになった瞬間、彼女は自分の姿勢を崩してまで手を伸ばした。


 子どもを庇う。


 そのせいで、X-MUの追撃をまともに受ける。


 モニターに警告が走る。


《防御遅延》

《救助優先による被弾》

《非効率行動》


 モルスは楽しげにその数値を見た。


「これです」


「何がだ」


「非効率。矛盾。感情による判断の乱れ。完成体には不要なものですが、朝倉ミユには強く残っている」


 モルスは黒い手袋の指で、プリティミューの映像をなぞった。


「彼女は完成しない」


「ならば失敗作か」


「いいえ」


 モルスは微笑んだ。


「完成しないことを選ぶなら、それはさらに興味深い」


 ゲル大佐は、机の上の胃薬へ手を伸ばした。


 瓶を取る。


 軽い。


 振る。


 音がしない。


 空だった。


 ゲル大佐のこめかみに、青筋が浮かぶ。


「42号」


「はい」


「胃薬を買ってこい」


「通常サイズで?」


「業務用を箱で持ってこい!」


「了解しました!」


 42号は資料を抱えたまま走り出しかけたが、途中で振り返った。


「大佐、メーカー指定はありますか」


「何でもいい!」


「了解です!」


 今度こそ42号が飛び出していく。


 自動扉が閉まると同時に、モルスが別の端末へ指を滑らせた。


「さて」


 彼の声は、また実験室の温度に戻っていた。


「プリティミュー本人への負荷は十分。次は、彼女の支えを切りましょう」


 ゲル大佐が振り返る。


「何をする気だ」


「戦闘単体では、自己定義は完全には崩れません。彼女は、周囲との関係によって自分を保っている」


 モニターが切り替わる。


 ホウジュ区の地図が映し出された。


 赤い点が、次々と表示される。


《佐々木メグ》

《アイン科学研究所》

《WATSON》

《朝倉かなえ》

《コブラカレー》


 ゲル大佐の表情が変わった。


「モルス」


「はい」


「支援者を巻き込むな」


「すでに巻き込まれています」


「そういう意味ではない」


 モルスは平然と答えた。


「メグさんの記録。アイン君のμシステム制御。ワトソンの防壁。朝倉かなえの心理的帰還点。コブラカレー店主の不明な介入履歴。どれも、プリティミューの自己定義を支える要素です」


「だから切る、か」


「はい」


 モルスは楽しそうに笑った。


「支えを失った時、彼女がなお自分で立つのか。それとも、完成体へ役割を譲るのか。見なければわかりません」


 ゲル大佐は一歩踏み出した。


「やりすぎるな」


 モルスは振り向いた。


 その顔には、やはり薄い笑みがある。


「大佐」


「何だ」


「やりすぎなければ、限界は測れません」


 ゲル大佐の拳が震えた。


 だが、首領Xの通信はまだ切れていない。


 黒い画面の向こうから、静かな声が落ちる。


「続行せよ」


 ゲル大佐は、押し殺した声で答えた。


「……承知しました」


 モルスは端末へ最終命令を入力した。


《X-MU追加指令》

《支援者遮断プロトコル開始》

《対象:記録者/開発者/補助AI/家族/不明介入者》


 モニターの中で、X-MUの胸部観測コアが赤く光った。


 駅前広場のプリティミューは、その変化にまだ気づいていない。


 モルスは、愛おしげに画面を見上げた。


「さあ、プリティミュー」


「君は、誰に支えられて自分でいられるのか」


 黒い観測フィールドが、ホウジュ区の空でさらに濃くなっていった。

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