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シン・科学少女プリティミュー!〜高額バイトから始まる、泥臭い科学ヒーロー生活〜  作者: 秋月キアラ
第13話 ― 正義の味方は、自分で選ぶ!【第1期 最終話】
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85/91

第1節 ― 最終観測実験、開始

第1期

最終話 正義の味方は、自分で選ぶ!

挿絵(By みてみん)


【今週の怪人コーナー】

挿絵(By みてみん)

 翌日の教室は、いつも通りだった。


 少なくとも、見た目だけは。


 窓の外には冬の薄い日差しが差していて、校庭では体育の授業を受ける生徒たちの声が聞こえている。黒板には数学の公式が並び、教室の前では教師がチョークを手に、淡々と説明を続けていた。


 白い粉が落ちる音。


 ページをめくる音。


 誰かがシャープペンを落として、慌てて拾う音。


 それら全部が、ひどく普通だった。


 普通すぎて、朝倉ミユは逆に落ち着かなかった。


「……」


 ノートの上で、シャープペンの先が止まっている。


 本来なら、そこには授業の板書が写されているはずだった。


 けれど実際には、半分だけ写した公式の横に、妙な落書きが増えていた。


 蜘蛛男。


 蝙蝠伯爵。


 レイディスコーピオン。


 サラセニア・ルージュ。


 マンティスシザー。


 カメ・レオン。


 ミラクルハニー。


 グレイヴコンドル。


 ゲッコウリーパー。


 リザードジェネラル。


 復活怪人軍団。


 そして、その下に小さく書かれた言葉。


 ――私、育てられてるみたいじゃん。


 昨日、自分で口にした言葉だった。


 軽口のつもりだった。


 いつものように、嫌な予感をごまかすための、雑な冗談のつもりだった。


 でも、言葉は軽くなかった。


 口から出た瞬間から、ずっと胸の奥に引っかかっている。


 ジョーカーが怪人を出す。


 プリティミューが戦う。


 怖がって、怒って、文句を言って、転びそうになりながら、それでも立つ。


 そうやって、少しずつ戦えるようになってきた。


 守りたいものも増えた。


 メグを守りたい。


 ママを守りたい。


 アインやワトソンの無茶な研究所も、なんだかんだで壊されたくない。


 コブラカレーも、あの店のカレーも、守りたい。


 その全部が、ジョーカーの事件で生まれたものだとしたら。


 自分は、何なのだろう。


 ヒーローになったのか。


 ヒーローにされたのか。


 それとも、ただ、怪人事件に都合よく反応する生き物に変えられているだけなのか。


「朝倉」


「はいっ!」


 ミユは反射的に立ち上がった。


 椅子が床をこすって、大きな音を立てる。


 教室中の視線が、一斉にこちらへ向いた。


 教師が少し眉を上げる。


「……そこ、答えられるか?」


「えっ、そこ」


 ミユは黒板を見る。


 数字。


 文字。


 記号。


 全部、今この瞬間、異世界の暗号に見えた。


「えっと……」


 ミユはノートを見る。


 そこには、数学ではなく怪人名が並んでいる。


 隣の席から、小さく紙が滑ってきた。


 メグの字だった。


 《三番です》


「三番です!」


「……選択問題ではない」


「ですよね!」


 教室のあちこちから、小さな笑いが漏れた。


 教師はため息をつきつつも、それ以上追及しなかった。


「座っていい。昨日から顔色が悪いぞ。寝不足か」


「はい。いえ。寝てます。たぶん」


「たぶんで答えるな」


「すみません……」


 ミユは椅子に沈み込むように座った。


 机に頬杖をつくと、身体の節々がじんわり痛む。


 昨日のリザレクション・ステージでの戦闘の疲れが、まだ抜けていない。


 復活怪人軍団。


 本物ではないとわかっていた。


 わかっていても、見た目が同じで、声が似ていて、技だけが残っていて、それが全部、自分に向かってきた。


 殴ったのは過去ではない。


 今、勝手に動かされているものを止めただけだ。


 そう言った。


 そう思った。


 でも、身体は正直だった。


 終わったはずの敵を、もう一度倒すのは、きつかった。


 昼休み。


 チャイムが鳴った瞬間、ミユは机に突っ伏した。


「先輩」


 すぐ隣から、佐々木メグの声がした。


「寝てください」


「寝てるよ」


「目を開けたまま寝てました」


「それはもう特殊技能じゃん」


「特殊技能ではなく、危険信号です」


「メグちゃん、昼休みに正論で殴らないで」


 ミユは顔だけを横へ向ける。


 メグは弁当箱を机に置きながら、心配そうにこちらを見ていた。目元に少しだけ疲れがある。昨日の事件で、メグも相当無理をしたはずだった。


 それでも、彼女は端末を手放していない。


 怪人事件ログの管理画面が、昼休みの教室の机の上に、当たり前のように開かれている。


「メグちゃんこそ、ちゃんと寝た?」


「四時間は寝ました」


「少なっ」


「先輩よりは多いです」


「比較対象が低すぎる!」


 ミユは起き上がり、購買で買ったパンの袋を開ける。


 袋の端をうまく破れず、ぐしゃっと潰した。


「……なんか、手に力入んない」


「筋疲労ですね」


「メグちゃんが保健室の先生みたいになってる」


「昨日の戦闘ログを見る限り、先輩の疲労はかなり蓄積しています。今日は本当に休んだ方がいいです」


「今日は怪人出ないといいなあ」


 言った瞬間、自分でも嫌な予感がした。


 ミユとメグは、同時に黙る。


 沈黙が、昼休みの騒がしさの中で妙に重く落ちた。


 数秒後。


 ミユのμブレスレットが、小さく震えた。


「……」


「……先輩」


「今のなし。フラグ立ててない。私は何も言ってない」


 ブレスレットの震えは止まらない。


 ミユは机の下でそっと手首を見る。


 普段はただのアクセサリーのように見えるそれが、内側から白く点滅していた。


 直後、耳元にアインの通信が入る。


《バイト君》


「昼休み中にその呼び方やめて。今、現実社会」


《今日は怪人反応がない》


 ミユは一瞬、肩の力を抜いた。


「じゃあ休みでいい?」


《怪人反応はないが、μシステムに外部アクセスがある》


「休みじゃない言い方!」


 メグが表情を変える。


「外部アクセス?」


《そうだ。ジョーカー側からではあるが、通常の怪人反応とは違う。μシステムそのものに干渉している》


「つまり?」


《君の変身システムが、誰かにのぞかれている》


「個人情報保護法に引っかかれ!」


《相手が法律を守る組織なら苦労はしない》


「それはそうだけど!」


 ミユの視界に、突然、半透明の文字が浮かんだ。


 教室の景色の上に、白い文字が重なる。


《最終観測実験》


《プリティミュー適性臨界測定》


《被験体:朝倉ミユ》


《観測開始》


 ミユの手から、パンが落ちた。


 袋ごと机に転がり、かさりと音を立てる。


「……被験体って出たんだけど」


《最悪だね》


「冷静に最悪って言わないで!」


 ミユは思わず立ち上がりかけた。


 その瞬間、教室中のスマホが一斉に鳴った。


 通知音。


 動画の自動再生音。


 誰かの驚く声。


「え、何これ」


「プリティミュー?」


「うわ、駅前ビジョンも同じの流れてるって」


「これ、前の怪人事件の映像じゃない?」


 教室の空気が一瞬で変わった。


 昼休みのざわめきが、不安のざわめきに変わる。


 生徒たちがスマホを覗き込み、何人かが窓際へ駆け寄った。


 ミユも、メグの端末を見る。


 画面には、プリティミューの戦闘映像が流れていた。


 蜘蛛男との初戦。


 廃劇場での蝙蝠伯爵戦。


 駅前でのレイディスコーピオン。


 偽装された体育館。


 ロイヤル・ナーサリー。


 ロイヤルムーン記念病院跡。


 地下量産ライン。


 リザレクション・ステージ。


 映像は、どれも実際の戦闘だった。


 ミユにはわかる。


 自分が転びかけた瞬間。


 泣きそうになった瞬間。


 ハンマーを握り直した瞬間。


 助けたいと思って飛び込んだ瞬間。


 全部、本当にあったことだ。


 けれど、編集が違った。


 映像の合間に、冷たい文字が挟まれる。


《プリティミュー成長記録》


《恐怖反応から戦闘適応へ》


《救助行動の拡張》


《敵性刺激による正義感形成》


《ジョーカー怪人作戦によるヒーロー適性誘導》


 ミユの喉が、乾く。


「なに、これ……」


 画面の中で、プリティミューが怪人を倒す。


 次の映像で、別の怪人に苦戦する。


 その次で、前よりうまく戦う。


 さらに次で、市民を助ける。


 映像だけ見れば、確かにそう見える。


 怪人が出るたびに、プリティミューは強くなった。


 怪人事件があるたびに、プリティミューはヒーローらしくなった。


 その切り取り方が、あまりにも嫌だった。


「プリティミューって、ジョーカーが作ったの?」


 教室のどこかで、誰かが言った。


「え、じゃあ怪人とグルってこと?」


「でも、助けてくれてたじゃん」


「それも演出とか?」


「いや、さすがにそれはないでしょ」


「でも映像、マジっぽくない?」


 ミユの指先が冷たくなった。


 違う。


 違う、と言いたかった。


 でも、声が出ない。


 嘘だけなら怒れた。


 全部捏造なら、ふざけるなと叫べた。


 でも、そこに映っている自分は、本当に自分だった。


 怖がって、怒って、戦って、変わっていった自分だった。


 メグが端末を握りしめる。


「悪質です」


 いつもより低い声だった。


「映像そのものは本物に近い。でも、文脈が変えられています」


「マンティスシザーの時みたいなやつ?」


「はい。ただし、今回はもっと大規模です。街全体に向けて流されています」


 窓の外から、校庭の生徒たちの声が聞こえた。


 遠くの駅前ビジョンにも、同じ映像が映っているのが見える。


 白とピンクのヒーロー。


 その横に並ぶ、冷たい文字。


《ジョーカーがいなければ、プリティミューは存在しなかった》


 ミユは唇を噛んだ。


「……勝手に」


 画面が暗転する。


 次に映ったのは、黒い仮面のようなマークだった。


 ジョーカー。


 その中央に、首領Xの影が浮かぶ。


《プリティミュー》


 声は、街中のスピーカーからも、スマホからも、教室の端末からも、同時に聞こえた。


《君は、我々の観測によって成長した》


 ミユの胸が、ぎゅっと締めつけられる。


《恐怖を与えた》


《怒りを与えた》


《守る対象を与えた》


《選択を与えた》


《そして君は、そのたびに変化した》


 教室が静まり返っていた。


 誰も笑っていない。


 誰も冗談を言わない。


 首領Xの声だけが、妙に落ち着いて響いている。


《では、最後に問おう》


《君は、本当に自分の意思でヒーローになったのか》


 ミユは、画面の中の影を睨んだ。


 怒りより先に、怖さが来た。


 その問いは、昨日からずっと自分の中にあったものだった。


 私、育てられてるみたいじゃん。


 誰かに言われる前に、自分で気づいてしまっていた。


 だからこそ、刺さった。


 ミユは机の縁を握る。


 指先に力が入らない。


 それでも、言葉だけは絞り出した。


「……勝手に」


 声は小さかった。


 けれど、メグには聞こえた。


 ミユは画面を睨み続ける。


「勝手に、人の人生を番組みたいに編集すんな」


 その瞬間、ホウジュ区全域に、低い振動が走った。


 校舎の窓ガラスが震える。


 遠くで、誰かの悲鳴が上がった。


 空が暗くなる。


 雲ではなかった。


 黒い半透明の膜のようなものが、ホウジュ区の上空に広がっていく。


 駅前から、商店街へ。


 学校の上へ。


 住宅街へ。


 アイン科学研究所の方向まで。


 巨大なドーム状の観測フィールドが、街を包み込んでいく。


 ミユの耳元で、アインの声が鋭くなる。


《バイト君、街全体が実験場になった》


「街を丸ごと実験室にするなって、何回言えばわかるの!」


 ミユは廊下へ飛び出した。


 メグも端末を抱えて続く。


「先輩、駅前に高エネルギー反応!」


「怪人?」


「違います。怪人反応じゃありません。でも、ジョーカー反応です!」


「その分類、増やさないでほしい!」


 階段を駆け下りる途中で、ミユのスマホが震えた。


 かなえからだった。


《駅前の映像、見たわ》


《学校にいるの?》


《無理しないで》


 その短い文章を見た瞬間、ミユは胸の奥が少しだけ痛くなった。


 無理しないで。


 それが一番難しい。


 ミユは返信しようとして、指を止めた。


 今、何を書けばいいかわからない。


 大丈夫。


 嘘になる。


 危ないことはしてない。


 もっと嘘になる。


 すぐ帰る。


 約束できない。


 ミユは、画面を閉じた。


「あとで……ちゃんと返す」


 自分に言い聞かせるように呟く。


 校門を出ると、街の空気はもう変わっていた。


 人々が空を見上げている。


 駅前の方角から、避難を呼びかける音声が聞こえる。


 だが、その声は警察でも消防でもなかった。


 落ち着いた、聞き覚えのある声。


 プリティミューの声に似ていた。


「え……?」


 ミユは走りながら、駅前ビジョンを見た。


 そこに映っていたのは、白と黒のプリティミューだった。


 白とピンクではない。


 白。


 黒。


 赤。


 冷たい配色の装甲。


 目元は仮面のように滑らかで、表情がない。


 胸には、赤く光るジョーカーの観測コア。


 手には、ミュー・ハンマーに似た武器。


 けれど、それはハンマーというより、刃のついた処刑器具のように見えた。


 駅前広場で倒れた看板を持ち上げ、下敷きになりかけていた市民を救い出す。


 転ばない。


 迷わない。


 無駄がない。


 子どもを抱えて安全圏へ運び、高齢者を誘導し、パニックになった人へ正確な声をかける。


「こちらへ避難してください」


「落ち着いてください」


「あなたの安全を確認しました」


 その動きは、完璧だった。


 完璧すぎて、気持ち悪かった。


 近くの人々がざわめく。


「あれ、プリティミュー?」


「でも色が違う」


「なんか、いつもよりちゃんとしてない?」


「本物って、もっと騒がしくなかった?」


「でも助けてくれてるし……」


 ミユは、立ち止まった。


 息が荒い。


 まだ変身もしていないのに、胸が苦しい。


 メグが隣で端末を構える。


「先輩、あれは……」


 答えは、通信より先に来た。


 街中のスピーカーから、ドクター・モルスの楽しげな声が響く。


《ご覧ください、プリティミュー》


 白黒のプリティミューが、ゆっくりと顔を上げる。


 画面越しではなく、駅前広場の向こうから。


 まっすぐに、ミユを見た。


《完成されたプリティミューです》


 ミユは、手首のμブレスレットを握りしめた。


 指先が震えている。


 怖いのか。


 怒っているのか。


 それとも、自分よりずっとヒーローらしいものを見せつけられて、傷ついているのか。


 自分でもわからなかった。


 ただ、ひとつだけわかることがあった。


 あれを、このまま街に立たせておくわけにはいかない。


 ミユは小さく息を吸う。


 駅前広場に、白黒のヒーローが立っている。


 街全体が、ジョーカーの観測フィールドに包まれている。


 市民の視線が、画面が、空が、自分を見ている。


 ミユは、吐き捨てるように言った。


「……完璧な私とか」


 μブレスレットが光る。


「気持ち悪すぎるでしょ」


 そして、朝倉ミユは駅前へ走り出した。

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