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第7節 ― 次は、君自身を測る

 リザレクション・ステージに、静けさが戻った。


 ほんの数秒前まで、そこは過去の怪人たちの声で満ちていた。


 眠りを誘うオルゴールの残響。

 毒針が空気を裂く音。

 甘すぎる香気。

 刃が言葉を切る気配。

 偽物の声。

 幼い記憶を引きずり出す蜜。

 月光の下で秒を刻む死相。

 量産信号が床下を走る低い振動。


 そのすべてが、いまは消えている。


 地下の円形ステージには、砕けた黒いコアの破片と、白く焼け焦げた床だけが残っていた。壁面に並んでいた再構成カプセルは、どれも内側から曇り、もう何も映していない。怪人の輪郭を保っていた残骸反応は、薄い煙のように天井へ溶け、換気装置の止まった空気の中でゆっくりほどけていった。


 プリティミューは、その中心で膝をついた。


 ミュー・ハンマーの柄を床に突き立て、どうにか体を支える。腕が震えていた。指先に力が入らない。装甲のあちこちに細かな傷が走り、白とピンクの光もいつもより弱く瞬いている。


「……終わった……?」


 声を出したつもりだったが、喉が乾いていて、自分でも驚くほどかすれていた。


 少し離れた場所で、メグも床に座り込んでいた。端末を両手で抱えたまま、肩で息をしている。制服の袖は埃で汚れ、頬には細い擦り傷があった。それでも彼女は端末の画面から目を離さない。


 ワトソンの小型アバターが、壊れた制御盤の上に片膝をつくように投影された。耳のようなインターフェースが一度だけ揺れる。


《現場内の復元体反応、消失しました。リザレクション・ステージ内で稼働していた再構成個体は、すべて停止しています》


「じゃあ、勝った?」


 プリティミューは、息を整えながら顔を上げた。


 通信越しに、アインの声が返ってくる。


《現場ではね》


 その言い方に、プリティミューの眉がぴくりと動いた。


「その言い方、勝ってないやつじゃん」


《現場の制圧という意味では勝利だ。だが、先ほどの通信光を見ただろう》


「見たくなかったけど見た」


 床の亀裂の奥で、まだかすかに赤い光が瞬いていた。さっきまでそこから、細い血管のような通信ラインが伸びていた。リザレクト・ジョーカーを倒した瞬間、戦闘データが吸い上げられていくのが見えた。


 止める余裕はなかった。


 メグが、唇を噛みながら画面を操作する。


「転送量、確認しました。復活怪人軍団との再戦反応、ミュー・ハンマーの出力変動、復元体識別時の音声ログ、先輩の生体反応……かなりの量が送られています」


「かなりって、どれくらい?」


「……ほぼ全部です」


 プリティミューは、何も言えなくなった。


 勝ったはずだった。

 目の前の怪人たちは消えた。

 街に出ていた復元体の反応も止まった。

 もう蝙蝠伯爵の声も、レイディスコーピオンの毒も、ミラクルハニーの蜜も、誰かを傷つけることはない。


 なのに、胸の奥に残ったのは、勝利の軽さではなかった。


 何かを持っていかれた感覚。


 戦って、怒って、痛くて、怖くて、それでも踏み込んだ全部を、白衣の男に記録された。


「また、持っていかれた……」


 プリティミューの声が、地下の空気に落ちた。


 アインは少しだけ黙ったあと、いつものように平坦な声で言った。


《それでも、現場の復元体は止めた。街への被害拡大は防いだ。今回の作戦目的としては、十分な成果だ》


「十分って言われても、向こうが笑ってる気がするんだけど」


《笑っているだろうね》


「そこは否定して!」


《事実を否定しても意味がない》


「ほんと、そういうところ!」


 叫ぶ力も残っていなくて、ツッコミは半分ため息になった。


 メグが端末を閉じる。


「でも、先輩」


「ん?」


「現場の復元体を止めたことは、ちゃんと勝ちです」


 プリティミューは、メグを見た。


 メグは、まだ青ざめていた。自分の記録が利用されたことを、きっと引きずっている。第2節の廃劇場で、復元体の動きに自分の文章が使われていたと知った時の顔を、ミユは忘れられない。


 それでも、メグは言った。


「全部を止められなかったとしても、ここで止めたものがあります。過去の怪人の姿を使って、また誰かを傷つけることは、少なくとも今夜は止めました」


「……うん」


「だから、それは、ちゃんと勝ちです」


 プリティミューは、少しだけ目を伏せた。


 勝ち。

 たぶん、そう言ってもいい。


 完勝ではない。

 後味も悪い。

 モルスは笑っている。

 首領Xは、きっとどこかで次の観測を始めている。


 それでも、目の前で動かされていた過去は止めた。


「メグちゃん、今回のログ……書ける?」


 プリティミューが聞くと、メグは小さく頷いた。


「書きます」


「きつくない?」


「きついです」


「じゃあ、無理しなくても」


「でも、書かないと、また利用されます」


 その声は震えていたが、折れてはいなかった。


 メグは端末を開き直す。画面には、まだ入力されていない新しい怪人事件ログの欄が表示されている。タイトル欄のカーソルが点滅していた。


 メグは少し考え、ゆっくりと打ち始めた。


《過去に倒された怪人に似た存在が、複数確認されました》


 指が止まる。


 メグは、舞台の中央に残った黒いコアの破片を見た。そこに、もう声はない。けれど、その姿は確かに、過去の何かを踏みにじっていた。


 彼女は続きを打つ。


《それらは本人ではなく、残骸・記録・能力片を使った再構成体である可能性が高いです》


 プリティミューは黙って見ていた。


 メグの言葉は、いつもより硬かった。優しく整えようとしていない。読む人に配慮はしている。でも、怒りを隠していない。


《覚えていることと、利用することは違います》


 メグの指が、わずかに震えた。


《倒されたものを、もう一度戦場へ戻すことは、救いではありません》


 送信ボタンの手前で、メグは一度だけ目を閉じた。


「メグちゃん、今回は怒ってるね」


 プリティミューが言うと、メグは目を開けた。


「はい」


「私も怒ってる」


「はい」


「あと、めちゃくちゃ疲れてる」


「それも記録しますか?」


「そこはしなくていい!」


 ようやく少しだけ、メグの口元が緩んだ。


 プリティミューも、つられて息を漏らす。笑ったというより、倒れないために空気を抜いたような感じだった。


 ステージの天井から、埃が一筋落ちる。


 もう一度だけ、プリティミューは周囲を見回した。


 蜘蛛男。

 蝙蝠伯爵。

 レイディスコーピオン。

 サラセニア・ルージュ。

 マンティスシザー。

 カメ・レオン。

 ミラクルハニー。

 グレイヴコンドル。

 ゲッコウリーパー。

 リザードジェネラル。


 そこにいたものは、もういない。


 でも、戦った記憶は残っている。


 残っているから、利用される。

 残っているから、守れる。


 ミユは、変身を解いた。


 白とピンクの光がほどけ、制服姿の朝倉ミユが、地下の冷たい床に立つ。膝が笑って、危うくそのまま座り込みそうになったところを、メグが慌てて支えた。


「先輩!」


「ごめん、足が帰宅したがってる」


「足だけ先に帰らないでください」


「じゃあ、全身で帰りたい」


「それは賛成です」


 ワトソンが静かに言う。


《ミユさん、メグさん。地上への最短経路を表示します。なお、ミユさんの筋疲労は危険域に近いです》


「猫型AIに危険域って言われると、急に入院っぽくなる」


《休息と栄養摂取を推奨します》


「栄養摂取……」


 ミユとメグは、ほぼ同時に同じ方向を見た。


 そして、同時に言った。


「コブラカレー」


 地下の出口へ向かう二人の背中に、アインの通信が重なる。


《寄り道ではなく補給だ。今回は認める》


「なんで上司みたいに許可出してるの」


《雇用主だからね》


「そうだった! 思い出したくなかった!」


     *


 コブラカレーは、一時閉店の札を出していた。


 けれど、店内の灯りはついていた。ガラス越しに見える厨房では、コブラが鍋をかき混ぜている。いつも通りのようで、いつもより少しだけ、店内の空気は静かだった。


 ミユとメグが扉を開けると、カラン、とベルが鳴った。


「終わったか」


 コブラは振り向かずに言った。


「現場はね」


 ミユが椅子に沈み込むように座る。


「そうか」


 コブラはそれ以上聞かなかった。


 代わりに、湯気の立つカレーを二皿置いた。ミユの皿は、いつもより少しご飯が多い。メグの皿には、小さなサラダが添えられていた。


「食え」


「毎回思うけど、事件後のカレーって効くよね」


「腹が減ってるうちは、生きてる」


「その理屈、前にも聞いた気がする」


「何度でも言う。大事だからな」


 ミユはスプーンを持った。


 ひと口食べる。温かい。辛い。甘い。胃の奥に、ちゃんと重さが戻ってくる。


 戦いの後、体が自分のものに戻ってくる感じがした。


 メグも静かに食べ始める。いつもなら事件ログのことを考えながら端末を触っているのに、今日は両手でスプーンを持っていた。


 しばらく、店内には食器の音だけがあった。


 やがて、ミユが口を開く。


「おじさん」


「何だ」


「復活怪人って、昔もあったの?」


 コブラの手が、鍋の上で止まった。


「ジョーカーで」


 ミユは、あえて言い直した。


 いつもなら、ここでコブラは「カレー屋の昔話だ」とか「客の食べ残しを見る商売だ」とか、妙な逃げ方をする。


 でも、今日はすぐにはごまかさなかった。


 鍋の湯気が、ゆっくり天井へ昇っていく。


「復活なんてのはな」


 コブラが低い声で言った。


「たいてい、戻ってきてほしい側の都合だ」


 ミユはスプーンを止めた。


「戻された側の都合じゃねえ」


 その言葉は、いつもの冗談まじりの忠告とは違っていた。


 重かった。


 どこか遠い場所を見ているような声だった。


「……おじさん」


「何だ」


「昔、誰かを戻されたことがあるの?」


 コブラは答えなかった。


 代わりに、火を少し弱めた。鍋の中のカレーが、小さく泡を立てる。


「嬢ちゃん。次はたぶん、もっと悪い」


「もっと?」


「あいつらは、怪人を戻した」


「うん」


「次は、お前を測りに来る」


 ミユは、スプーンを握ったまま固まった。


「……私?」


「今までもそうだったろ」


 コブラの声は静かだった。


 ミユは反射的に否定しようとして、言葉が出なかった。


 今までもそうだった。


 思い返せば、怪人たちはただ街を襲っていただけではない。


 レイディスコーピオンは、言葉の毒をぶつけてきた。

 サラセニア・ルージュは、欲しいものを問いかけてきた。

 マンティスシザーは、言葉を切り取った。

 カメ・レオンは、自分と家族と友達の境目を揺らした。

 ミラクルハニーは、子どものままでいたい気持ちを突いた。

 グレイヴコンドルは、倒した後に残るものを見せた。

 ゲッコウリーパーは、死を数字にした。

 リザードジェネラルは、数で押し潰そうとした。

 復活怪人軍団は、過去をそのまま戦場へ戻した。


 全部、自分に向けられていた。


 全部、プリティミューがどう反応するかを見ていた。


 ミユの喉が、少し乾いた。


「私……育てられてるみたいじゃん」


 口にした瞬間、その言葉が自分の中で重く沈んだ。


 冗談のつもりだった。

 軽く言ったつもりだった。


 でも、笑えなかった。


 コブラは答えない。


 メグも、何も言わなかった。


 店の時計の針が、かちりと鳴る。


 コブラは、ようやく言った。


「そのことに気づいたなら、次は気をつけろ」


「気をつけろって、何に?」


「あいつらが見たいものに、自分からなろうとするな」


 ミユは、コブラを見た。


「それ、どういう意味?」


「ヒーローって言葉は便利だ」


 コブラは、鍋をかき混ぜながら言う。


「便利な言葉は、人を閉じ込める」


「……」


「正義の味方。守る人。逃げない人。諦めない人。そう呼ばれてるうちに、自分でもそうしなきゃいけねえ気がしてくる」


 ミユは、無意識に自分の手を見た。


 変身していない普通の手。


 でも、そこにはまだミュー・ハンマーの重さが残っている気がした。


「嬢ちゃん」


「何」


「お前が立つのは、お前が選べ」


 コブラの声は低い。


「あいつらに立たされるな」


 ミユは、しばらく黙っていた。


 それから、カレーをもうひと口食べた。


「……おじさん、やっぱり絶対ただのカレー屋じゃない」


「ただのカレー屋だ」


「無理あるって」


「カレー屋はな、客が腹を決める瞬間を見る商売なんだよ」


「それはもうカレー屋じゃなくて人生相談屋なんだよ」


 コブラは、わずかに口の端を上げただけだった。


     *


 ジョーカー帝都支部。


 作戦管制室の空気は、重かった。


 巨大モニターには、リザレクション・ステージの最終映像が停止したまま映っている。プリティミューがハンマーを振り下ろし、リザレクト・ジョーカーの中央コアを砕いた瞬間の映像だ。


 その下に、赤い文字が並んでいた。


《復活怪人軍団:現場個体全滅》

《リザレクション・ステージ:機能停止》

《再構成統合コア:破損》

《戦闘データ転送:完了》

《心理負荷データ転送:完了》

《μシステム出力変動ログ:取得完了》


 ゲル大佐は、その画面を見上げたまま、深く息を吐いた。


「復活怪人軍団、現場個体は全滅。リザレクション・ステージは破壊されました」


 戦闘員42号が、報告書を抱えて立っている。今日はいつもより声が小さい。


「またか……」


 ゲル大佐は、額を押さえた。


「ただし、ドクター・モルスへのデータ転送は成功しています」


「つまり」


「モルス博士は、ものすごく満足していると思われます」


「最悪だ」


 ゲル大佐が吐き捨てるように言った、その直後だった。


 自動扉が開いた。


 白いコート。

 黒い手袋。

 薄い笑み。


 ドクター・モルスが、まるで手術後の経過を見に来た医師のように、静かに入ってきた。


「十分以上の成果です」


「貴様の十分は、いつもろくでもない」


「今回は特に美しい」


「聞きたくない」


 ゲル大佐は即座に切り捨てた。


 だが、モルスは気にしない。むしろ、聞いてほしくないと言われるほど楽しそうに目を細める。


「プリティミューは、過去に対して明確な怒りを示しました。再構成体を本物と誤認せず、しかし侮辱として扱った。これは非常に興味深い」


「興味で済ませるな」


「敵への情緒的反応、記録への防衛反応、守る対象の優先順位、疲労下での判断、過去への再接触時の拒絶反応。すべて取れました」


 モルスの指が、空中ディスプレイをなぞる。


 プリティミューの戦闘映像が、いくつも並んだ。


 蜘蛛男戦。

 蝙蝠伯爵戦。

 レイディスコーピオン戦。

 サラセニア・ルージュ戦。

 マンティスシザー戦。

 カメ・レオン戦。

 ミラクルハニー戦。

 グレイヴコンドル戦。

 ゲッコウリーパー戦。

 リザードジェネラル戦。

 復活怪人軍団戦。


 それらが、ひとつの折れ線グラフへ変換されていく。


 出力。

 反応速度。

 発話傾向。

 保護対象選択。

 精神負荷。

 戦闘継続時間。


 ゲル大佐は、画面を見て眉をひそめた。


「モルス」


「はい」


「次は何をするつもりだ」


「最後の実験です」


「最後?」


「第1部の、という意味ですが」


 戦闘員42号が小さく震えた。


「第1部って何ですか」


「黙っていろ」


「はい」


 ゲル大佐はモルスを睨む。


「貴様は、最初からこのデータが目当てだったのか」


「もちろんです」


「復活怪人軍団を勝たせるつもりは」


「勝てれば、それはそれでよい結果でした」


「本音は」


 モルスは微笑んだ。


「彼女がすべて倒し切った時の反応を見たかった」


 ゲル大佐の拳が、わずかに震えた。


「貴様とは、本当に話が合わん」


 その時、管制室の照明が一段暗くなった。


 中央モニターに、首領Xの仮面アイコンが浮かび上がる。


「ゲル大佐」


 ゲル大佐は、反射的に姿勢を正した。


「はっ」


「良いデータだった」


「また敗北しましたが」


「プリティミューは、過去に折れなかった」


 首領Xの声は、いつものように静かだった。


 静かすぎて、かえって冷たい。


「復元体を本物と認めず、しかし過去そのものは否定しなかった。怒り、拒絶し、記録し、終わらせた」


「……」


「ならば次は、現在を折る」


 ゲル大佐の目が細くなる。


「現在、ですか」


「彼女自身を測れ」


「プリティミュー本人を?」


「そうだ」


 モニターの中で、仮面アイコンの赤い光が淡く揺れた。


「これまでの怪人作戦は、彼女を変えた」


 ゲル大佐は黙る。


 その言葉は、命令というより確認だった。


 蜘蛛男から始まったすべての戦い。

 毎回、プリティミューは何かを突きつけられ、何かを選び、何かを失い、何かを得てきた。


 首領Xは、それをずっと観測していた。


「その結果、何が生まれたのか」


 通信越しの声が、さらに低くなる。


「最終観測を行う」


 ゲル大佐は、胸の奥が冷えるのを感じた。


 これまでの作戦は、どれも悪辣だった。

 それでも、表向きには怪人作戦だった。街を襲う。プリティミューを誘い出す。倒す。観測する。


 だが、いま首領Xが言っているのは違う。


 怪人を使ってプリティミューを測るのではない。


 プリティミューそのものを、実験対象にするという意味だ。


「首領X」


「何だ」


 ゲル大佐は、一瞬だけためらった。


 だが、言った。


「これは、プリティミューを倒す作戦ですか」


 管制室に沈黙が落ちる。


 戦闘員42号が息を呑む音がした。


 モルスは、笑みを深める。


 首領Xは、静かに答えた。


「違う」


 ゲル大佐の眉が動く。


「プリティミューが何であるかを、完成させる作戦だ」


「完成……?」


 その言葉は、ゲル大佐の中に引っかかった。


 完成。

 まるで、最初から未完成の実験体を育てていたような言い方。


 通信は、それ以上答えなかった。


 首領Xの仮面アイコンが消える。


 管制室に、再び通常照明が戻った。


 だが、空気は戻らない。


 ゲル大佐は、しばらくモニターを見つめていた。


 モルスが、満足そうに黒い手袋を鳴らす。


「準備はできています」


「……何を準備した」


「プリティミューの戦闘反応、心理反応、μシステム出力変化。これまでの全怪人作戦で得たデータ。そして今回、彼女が過去を断ち切った時の臨界反応」


 モルスは、楽しそうに言う。


「すべて、次の実験に投入できます」


 ゲル大佐は低く言った。


「モルス」


「はい」


「貴様、プリティミューを怪人だと思っているのか」


 モルスは少しだけ首を傾げた。


「いいえ」


 ゲル大佐は黙る。


 モルスは、笑みを浮かべたまま続けた。


「怪人より興味深い適合体です」


 ゲル大佐は、机の上の胃薬をつかもうとして、三本とも空になっていることに気づいた。


「42号」


「はい」


「胃薬を買ってこい」


「通常サイズで?」


 ゲル大佐は、画面から目を離さずに言った。


「業務用を箱でだ」


「了解です!」


     *


 暗い研究室。


 そこには、管制室とは違う静けさがあった。


 冷却装置の低い音。

 培養液が細い管を流れる音。

 記録端末がデータを書き込む音。


 ドクター・モルスは、黒いケースを開いた。


 中には、復活怪人軍団の統合コア破片が収められている。黒い結晶のようなそれは、砕けてなお、内側に赤い光を宿していた。


 モルスはそれを慎重に固定し、ラベルを貼る。


《J-12 復活怪人軍団/再構成統合コア・再戦反応データ・心理負荷データ回収済》


 彼は、満足そうにラベルの文字を指先でなぞった。


 隣の巨大モニターには、白とピンクの光が映っている。


 プリティミューの変身反応。


 μシステムの出力波形が、ゆっくりと解析されていく。そこに、過去十二回分の怪人作戦データが重ねられた。


 悪意。

 欲望。

 言葉。

 偽装。

 年齢。

 残骸。

 死。

 数。

 過去。


 それぞれの負荷を受けた時、朝倉ミユの反応がどう変わったのか。

 プリティミューの出力がどう上がったのか。

 守る対象を選ぶ時、彼女がどんな順序で動いたのか。

 怖がりながら、どの瞬間に踏み込んだのか。


 すべてが、赤い線でつながっていく。


 そして、画面中央に新しい文字が浮かんだ。


《J-13 最終観測実験/プリティミュー適性臨界測定》


 モルスは、ゆっくりと笑った。


「さて、朝倉ミユ」


 モニターの中で、白とピンクの光が脈打つ。


「次は、怪人ではなく」


 彼は、黒い手袋の指で画面を軽く叩いた。


「君自身の番です」


 研究室の奥で、何かが起動する音がした。


 白とピンクの光を反転させたような、冷たい輝きが、暗闇の中に灯る。

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