第6節 ― 過去を殴るな、今を守れ
復活怪人軍団が、一斉に動いた。
リザレクション・ステージの床に、黒い再構成コアの光が走る。円形の実験台を中心に、幾何学模様のような回路が浮かび上がり、そこから伸びた線が、復元体たちの胸部へ接続されていく。
蜘蛛男復元体の脚が床を掻いた。
蝙蝠伯爵復元体のマントが揺れた。
レイディスコーピオン復元体の尾針が赤く光った。
サラセニア・ルージュ復元体の花弁が、ゆっくり開いた。
マンティスシザー復元体の両腕の刃が、かちり、と音を立てた。
カメ・レオン復元体の表面が周囲の色を拾い、輪郭を曖昧にした。
ミラクルハニー復元体の羽音が甘く震えた。
ゲッコウリーパー復元体の鎌が、白い月光のような残像を引いた。
リザードジェネラル復元体が、他のすべてを見渡すように頭を上げる。
それぞれが、別々の怪人だったはずなのに。
それぞれに、違う怖さがあったはずなのに。
今は、ひとつの命令だけで動いていた。
「……気持ち悪い」
プリティミューは、喉の奥から絞り出すように言った。
ミュー・ハンマーを握る手に、汗がにじむ。グローブ越しなのに、柄が滑りそうだった。目の前にいるのは、もう倒した相手たちだ。もう終わったはずの相手たちだ。
わかっている。
本物ではない。
わかっているのに、体が覚えている。
蜘蛛男の糸に絡め取られた時の息苦しさを。
蝙蝠伯爵の音に意識を持っていかれそうになった夜を。
レイディスコーピオンの言葉で、胸の奥を刺された痛みを。
サラセニア・ルージュの甘い香りの中で、自分の欲しさを見透かされた怖さを。
マンティスシザーに言葉を切られた悔しさを。
カメ・レオンに自分の顔を奪われた気持ち悪さを。
ミラクルハニーに、子どもでいたい気持ちを引きずり出された夜を。
ゲッコウリーパーに、死ぬかもしれない時間を数字で見せられた恐怖を。
全部、終わったはずなのに。
全部、まだ体のどこかに残っている。
モニター越しに、ドクター・モルスの声が響いた。
《素晴らしい表情です、プリティミュー》
「黙れ」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
《恐怖、怒り、嫌悪、混乱。過去の敵を再提示した際の感情反応としては、非常に良好です》
「人の嫌な記憶を、理科の実験みたいに並べんな!」
《理科の実験ではありません。これは応用研究です》
「もっと最悪!」
言い返した瞬間、横合いから蜘蛛糸が飛んだ。
「うわっ!」
プリティミューは反射的に跳ぶ。足元を白い糸がかすめ、床の装甲板をべたりと絡め取った。着地した先に、蝙蝠伯爵復元体が音波を放つ。
「眠りを」
「舞台へ」
「観客を」
意味のつながらない言葉。
けれど、音波だけは確かだった。
空気が震え、内耳が揺さぶられる。視界が傾き、足元が床ではなく柔らかい布のように感じられた。
「っ、また音!」
プリティミューはハンマーを横薙ぎに振るう。ミュー・ハンマーの先端が淡く光り、音波を叩き割った。透明なガラスが砕けるような音がして、空気の震えが途切れる。
だが、途切れた一瞬を、レイディスコーピオン復元体が狙った。
「刺す」
「悪意」
「プリティミュー」
赤い尾針が、喉元へ伸びる。
「雑な悪口で刺してくるな!」
プリティミューは首をひねってかわし、尾針の根元をハンマーで叩いた。硬い感触。赤い火花が飛ぶ。しかし、完全には折れない。
その背後で、甘い香りが広がった。
サラセニア・ルージュ復元体の花弁から、桃色の霧がこぼれている。
吸った瞬間、胸の奥がふっと緩みかけた。
普通の生活が欲しい。
何も考えずに帰りたい。
夕飯を食べて、お風呂に入って、寝たい。
怪人も、ジョーカーも、観測も、復元体も、全部知らない顔をしたい。
「……っ」
足が止まりかける。
《バイト君、香気反応だ。吸うな》
「言われる前に、もう吸った!」
《なら吐け》
「根性論!」
プリティミューは、無理やり息を吐いた。肺の中から甘さを押し出すように、肩で息をする。
その瞬間、マンティスシザー復元体の刃が光った。
「切り取る」
「正義」
「逃げたい」
刃が空間を切る。
プリティミューの言葉の一部が、壁のモニターに字幕として浮かび上がった。
《逃げたい》
「またそれ!」
ミユの声だけが切り取られ、リザレクション・ステージ全体に反響する。
《逃げたい》
《逃げたい》
《逃げたい》
黒いスピーカーが、何度も繰り返した。
「逃げたいって言ったよ! 言ったけど!」
プリティミューは奥歯を噛んだ。
「逃げたいのと、逃げるのは別でしょ!」
ハンマーを振り上げた瞬間、目の前にメグの姿が現れた。
正確には、メグの姿をした何かだった。
カメ・レオン復元体の偽装皮膜が、床の光を拾い、メグの輪郭を作っている。制服。短く揺れる髪。端末を握る手。心配そうな目。
「先輩、もういいです」
「私のせいで、また記録が使われました」
「だから、もう止めてください」
声まで似ていた。
けれど、違った。
本物のメグなら、そんな言い方はしない。
本物のメグなら、たぶん震えながらでも、もっとややこしいことを言う。
責任を感じて、でも記録を手放さず、申し訳なさそうな顔で、それでも前を見る。
ミユは一瞬だけ目を閉じた。
そして開いた。
「偽物がメグちゃんの声で、メグちゃんを簡単にするな!」
ハンマーの柄を短く持ち、突き出すように振るう。偽メグの輪郭が砕け、背後のカメ・レオン復元体の皮膜が剥がれた。
「本物は、もっと面倒くさい!」
少し離れた場所で端末を操作していた本物のメグが、顔を上げた。
「先輩、それは褒めていますか?」
「もちろん!」
「確認ですが、どのあたりが?」
「今それ聞く!?」
「聞かないと、後でログに書けません」
「ほら! そういうところ!」
そのやりとりに、ほんの一瞬だけ、プリティミューの胸に空気が入った。
だが、戦場は待ってくれない。
ミラクルハニー復元体の蜜弾が降る。床に落ちた黄金色の蜜が、ねばついた膜になって広がる。プリティミューのブーツがそれを踏んだ瞬間、足首が取られた。
「うわ、またベタベタ!」
「子ども」
「戻る」
「守られる」
ミラクルハニー復元体の声が、幼い歌のように揺れる。
その上から、ゲッコウリーパー復元体の鎌が振り下ろされた。
白い三日月の光が、プリティミューの影をかすめる。
視界の端に、数字がちらついた。
《00:10:00》
「また出た!」
心臓が縮む。
ただの再現だとわかっていても、怖いものは怖い。あの夜、廃病院で見た数字の冷たさが、背筋を這い上がる。
《ミユさん、表示は本物の死相マーキングではありません》
ワトソンの声が入る。
《ただし、精神干渉としては有効です。呼吸が乱れています》
「冷静な実況ありがとう!」
《どういたしまして》
「褒めてない!」
プリティミューは蜜を引きちぎるように足を上げた。重い。体が重い。何度も戦ってきた技の劣化版だとわかっているのに、全部を同時に浴びせられると、思い出が体を引っ張る。
リザードジェネラル復元体が低く告げた。
「統率」
「命令」
「個体差不要」
その声とともに、復活怪人軍団が配置を変える。
蜘蛛糸で足を止める位置。
音波で崩す角度。
毒針で追い込む方向。
香気で意識を揺らす間合い。
刃で言葉を切るタイミング。
偽装で味方を見せる瞬間。
蜜で足を奪う場所。
月光鎌で恐怖を差し込む隙。
それらが、ひとつの群れとして動き始めた。
「多い! しつこい! しかも全部、思い出が嫌な方向で刺さる!」
プリティミューは後退しながら叫ぶ。
ハンマーで蜘蛛糸を払い、尾針を受け、蜜を避ける。けれど、避けた先に音波がある。音波を割ると、刃が来る。刃を防ぐと、偽装が視界を塞ぐ。
次の瞬間、プリティミューの背中が円形ステージの中央柱に叩きつけられた。
「かはっ……!」
肺から空気が抜ける。
膝が折れかける。
《バイト君、立て》
アインの声が飛ぶ。
「言い方!」
《立ってくれ》
「急に優しいのも怖い!」
《倒れたら踏まれる》
「やっぱりそういうこと!」
プリティミューはハンマーを支えにして、どうにか立ち上がる。
その向こうで、メグが必死に端末を操作していた。指先が震えている。それでも画面から目を離さない。
「先輩、全員に共通している信号があります!」
「どこ!?」
「胸の黒いコアです。そこがモルスさんの制御信号を受けています!」
「そこを壊せばいい?」
「はい。でも、ただ壊すと再構成データが暴走します!」
「毎回、壊せばいいけど壊し方が難しい!」
プリティミューは叫び返しながら、飛んできた黒羽根を弾いた。グレイヴコンドル復元体の羽根は、本物ほどの重さはない。だが、触れた瞬間に過去怪人の反応を呼び寄せる性質だけは残っている。
羽根が床に刺さるたび、ステージの照明が赤く瞬いた。
モルスの声が、静かに響く。
《再構成体は不安定です。だからこそ、美しい》
《人格を省き、機能を残す》
《過去から不要なノイズを取り除くことで、戦闘用データとして純化できる》
「その不要なノイズって言い方、ほんっと腹立つ!」
《感情、癖、執着、会話の無駄。すべて戦闘効率を下げます》
「それが本人だったんでしょ!」
プリティミューの声が、ステージに響いた。
「嫌なやつだったよ! 怖かったし、迷惑だったし、できれば二度と会いたくないやつばっかだったよ!」
蜘蛛男復元体が跳ぶ。
プリティミューは横に転がってかわす。
「でも!」
蝙蝠伯爵復元体の音波を、ハンマーの柄で受け止める。
「それぞれ、ちゃんと違った!」
レイディスコーピオン復元体の尾針を掴み、床へ叩きつける。
「あんたが削ったところに、本物っぽさがあったんだよ!」
モルスは一瞬、黙った。
その沈黙の中へ、アインの通信が割り込んだ。
《バイト君、ミュー・ハンマーを調整する》
「今回の技は?」
《再構成信号だけを切断する。復元体の外形を破壊するのではなく、復活状態を解除する》
「つまり?」
《偽物の復活を終わらせる》
「わかりやすい!」
ワトソンが続ける。
《ただし、成功には復元体ごとの識別が必要です。すべてを同一の敵として処理すると、制御コアが統合し、暴走します》
「また識別!?」
「できます」
メグの声だった。
震えていたはずの声が、少しだけ強くなっていた。
プリティミューは、ステージの端に目を向ける。
メグは端末を両手で持っていた。画面には、怪人事件ログが表示されている。けれど、それは公開用の記事ではなかった。
未公開メモ。
音声ログ。
ミユの反応。
戦闘後に書き留めた、短い断片。
たぶん、誰にも見せるつもりのなかった記録。
「メグちゃん」
「私、全部記録してきました」
メグは、画面を見ながら言った。
「でも、モルスさんが使ったのは、公開された情報です。現象としての怪人。能力としての怪人。事件としての怪人」
指先が画面を滑る。
「そこには、足りないものがあります」
蜘蛛男復元体が、糸を吐く。
「蜘蛛男は、もっと執着していました」
プリティミューは糸を叩き落とす。
「蝙蝠伯爵は、もっと自分の舞台にこだわっていました」
音波が来る。プリティミューは踏み込んで、真正面から割る。
「レイディスコーピオンは、最後に少し笑いました」
赤い尾針が振るわれる。プリティミューはそれをかわし、尾の根元へ一撃を入れる。
「サラセニア・ルージュは、先輩の欲しさを見ていました」
香気が広がる。ミユは息を止め、霧の中を抜ける。
「マンティスシザーは、言葉を切ることに美学がありました」
刃が光る。だが、プリティミューはその切っ先をハンマーで止める。
「カメ・レオンは、関係性を見誤りました」
偽装が揺れる。ミユは、本物ではない幻に惑わされない。
「ミラクルハニーは、甘さの中に苦さがありました」
蜜弾を飛び越える。
「ゲッコウリーパーは、死を消せないと言いました」
三日月鎌をくぐる。
「リザードジェネラルは、最後に先輩を非効率な個体と言いました」
指揮信号の赤い線が、ステージを走る。
メグは息を吸った。
「この復元体には、それがありません」
その声は、まっすぐだった。
「だから、本物ではありません」
プリティミューの中で、何かがつながった。
怖かった過去。
腹が立った過去。
逃げたかった過去。
泣きそうだった過去。
けれど、それは全部、今の自分を止めるためにあるわけじゃない。
誰かに悪用されるために残っているわけじゃない。
終わった戦いは、終わったものだ。
終わった相手を、勝手に動かしていい理由にはならない。
プリティミューは、ミュー・ハンマーを構え直した。
「アイン、技名」
《ミュー・リザレクトブレイク》
「よし!」
ハンマーのヘッドに、白とピンクの光が集まる。いつもの派手な光ではない。少し静かで、温かい光だった。
復活怪人軍団が、同時に動いた。
蜘蛛糸が迫る。
「まず、糸!」
プリティミューは床を蹴り、空中でハンマーを回転させる。糸が絡みつく直前、ハンマーの光がそれをほどいた。蜘蛛男復元体の胸の黒いコアが露出する。
「終わってるものを、縛り直すな!」
一撃。
黒いコアが白くほどけ、蜘蛛男復元体が粒子になって崩れた。
続けて、蝙蝠伯爵復元体が音波を放つ。
「眠りを」
「舞台へ」
「その舞台はもう閉幕!」
プリティミューはハンマーを床に打ち込み、反響で音波を跳ね返した。蝙蝠伯爵復元体の胸が開く。そこへ踏み込み、ハンマーを振り上げる。
「二度目のカーテンコールはなし!」
コアが砕ける。
音が消えた。
レイディスコーピオン復元体が突っ込む。
「刺す」
「悪意」
「本物は、もっと嫌な言い方した!」
尾針を掴み、引き寄せ、至近距離からハンマーを叩き込む。赤い毒の光が散り、黒いコアが白くほどける。
サラセニア・ルージュ復元体が、花弁を開く。
「欲しい」
「甘い」
「眠る」
「欲しいものがあるのは、悪いことじゃない!」
プリティミューは香気の中へ飛び込んだ。意識が揺れる。普通の生活。母のごはん。学校の廊下。メグの声。コブラカレーの匂い。
それでも、ハンマーを離さない。
「でも、それを餌にして人を閉じ込めるな!」
蜜腺を叩き割る。
甘い霧が消える。
マンティスシザー復元体が、両腕の刃を広げた。
「切り取る」
「言葉」
「真実」
刃が空間を切ろうとする。
プリティミューは一歩踏み込んだ。
「言葉は、切られても戻せる!」
刃とハンマーがぶつかる。火花が散る。両腕の刃が、ひび割れた。
「全文を読めとは言わない!」
もう一撃。
「でも、勝手に切って人を傷つけるな!」
コアが砕ける。
カメ・レオン復元体が、メグの姿、かなえの姿、ミユ自身の姿へ次々と変化する。
「どれが」
「本物」
「信じる」
「顔だけじゃわからないって、もうやった!」
プリティミューは目を閉じなかった。
かなえの幻が伸ばす手を見た。
メグの幻が泣きそうにする顔を見た。
自分自身の幻が、完璧な笑顔を浮かべるのを見た。
全部見たうえで、言った。
「でも、ちゃんと見てきたものは、そう簡単に偽物にならない!」
ハンマーが偽装皮膜を剥がす。
その下にあった黒いコアを、正面から砕いた。
ミラクルハニー復元体が羽ばたく。
「子ども」
「戻る」
「守られる」
黄金の蜜が、床に広がる。
プリティミューは一瞬、足を取られた。
子どもでいたい。
守られたい。
それは、今でもたぶん本当だ。
否定しなくていい。
「まだ子どもだよ!」
ミユは叫んだ。
「でも、今の私で選ぶって決めた!」
ハンマーが蜜タンクを砕く。
甘い光が、苦い粒子になって消える。
ゲッコウリーパー復元体が、月光の中から鎌を振るう。
「死」
「数」
「終わり」
視界に数字がちらつく。
けれど、ミユはもうその数字だけを見なかった。
「死ぬのは怖い!」
鎌を受ける。
「怖いままだよ!」
押し返す。
「でも、今生きてる人を、勝手に終わらせるな!」
ミュー・ハンマーが三日月鎌を叩き落とした。白い刃が砕け、床に散る。胸のコアが露出する。
「今じゃない!」
コアを砕く。
最後に、リザードジェネラル復元体が前に出た。
「命令」
「統率」
「次世代」
緑黒い装甲が膨れ上がる。再生鱗が乱暴に貼りつき、左右非対称の怪物じみた形になっていた。もはや将校風の整った姿ではない。ただの命令の塊だった。
「量産は」
「止まらない」
低い声。
それだけは、少しだけ本物の最後に似ていた。
プリティミューは息を吸った。
「止めるよ」
リザードジェネラル復元体が突進する。
プリティミューも走った。
「今日ここにある分は!」
爪とハンマーがぶつかる。衝撃で床が割れた。腕が痺れる。足が滑る。けれど、ミユは下がらなかった。
「番号で呼ばれても!」
もう一歩踏み込む。
「命令で動かされても!」
ハンマーを押し込む。
「それを終わらせるのは、今ここにいる私の仕事!」
リザードジェネラル復元体の胸部コアが露出した。
「ミュー・リザレクトブレイク!」
白い光が、黒いコアを包み込む。
破壊ではなく、ほどくように。
叩き潰すのではなく、もう動かなくていいと告げるように。
リザードジェネラル復元体が、緑黒い粒子になって消えた。
静寂。
いや、完全な静寂ではなかった。
ステージ中央の巨大コアが、まだ脈打っていた。
倒された復元体たちの残ったデータが、そこへ吸い込まれていく。
蜘蛛糸の断片。
音波の残響。
毒の赤。
香気の桃色。
刃の銀。
偽装皮膜の透明な光。
蜜の黄金。
月光の白。
再生鱗の緑黒。
全部が混ざり、巨大な黒い影を作った。
名はない。
顔もない。
ただ、過去怪人たちの能力と形だけをまとめた、歪な塊。
モルスの声が、楽しげに響いた。
《再構成統合体。仮称、リザレクト・ジョーカー》
《これが今回の最終観測です》
プリティミューは肩で息をしながら、ハンマーを構えた。
「名前つけるセンスまで最悪!」
リザレクト・ジョーカーが動いた。
速い。
巨体とは思えない速度で踏み込み、蜘蛛糸をばら撒きながら音波を放つ。毒針が伸び、蜜が床を覆い、刃が言葉を切り、偽装が周囲の景色をぐにゃりと曲げる。
プリティミューは、真正面から突っ込んだ。
《バイト君、無茶だ》
「知ってる!」
《だが、中央コアは露出している》
「なら行く!」
ワトソンが言う。
《ミユさん、進路補正します。三歩右、跳躍、着地後に左へ半歩》
「了解!」
メグが叫ぶ。
「先輩、黒い光が集まっているところです! そこが再構成の中心!」
「見えた!」
プリティミューは床を蹴った。
足元の蜜が剥がれる。
蜘蛛糸が腕に絡む。
音波が耳を裂く。
毒が視界を赤く染める。
けれど、止まらない。
「過去を殴ってるんじゃない!」
ハンマーが光る。
「今、勝手に動かされてるものを止めてるんだ!」
リザレクト・ジョーカーが、無数の怪人の声を重ねた。
「眠りを」
「刺す」
「欲しい」
「切り取る」
「本物」
「子ども」
「死」
「量産」
「うるさい!」
プリティミューは叫んだ。
「本物の言葉まで、雑にまとめるな!」
ハンマーを振り抜く。
「ミュー・リザレクトブレイク!」
白とピンクの衝撃波が、リザレクト・ジョーカーの表面を裂いた。黒い外殻が割れ、中央に巨大な再構成コアが露出する。
「先輩、今です!」
メグの声。
ミユは、息を吸った。
怖い。
きつい。
もう動きたくない。
でも、ここで止める。
この過去の悪用を、ここで終わらせる。
「プリティ・メモリアルエンド・インパクト!」
ミュー・ハンマーが、中央コアを叩き割った。
音が消えた。
光が爆ぜた。
リザレクション・ステージいっぱいに、白い粒子が広がる。
それは爆発というより、ほどけていく光だった。蜘蛛糸が消える。音波が消える。毒の赤が淡く溶ける。香気が風になって散る。銀の刃が砕ける。偽装の膜が剥がれる。蜜が透明になって消える。月光が薄れていく。緑黒い鱗が砂のように崩れる。
復活怪人軍団の影が、次々と消えていく。
最後に残ったのは、割れた黒いコアの破片だけだった。
プリティミューは、膝をついた。
「終わった……?」
声が、自分のものではないくらいかすれていた。
アインの通信が入る。
《現場の復元反応は消えた》
「現場の?」
《そうだ》
嫌な言い方だった。
ミユが顔を上げるより早く、施設の奥で細い通信光が走った。
赤黒い光の線が、割れた中央コアから伸びる。天井の古いケーブルを伝い、壁の奥へ、さらに地下深くへと流れていく。
メグが端末を見て、青ざめた。
「先輩……」
「何」
「今の戦闘データ、全部送られています」
「全部って」
メグの指が、画面の上で止まる。
「復活怪人軍団との再戦反応。ミュー・ハンマーの出力。再構成信号解除の手順。先輩の心理反応」
喉が鳴る。
「全部です」
ステージのモニターに、ノイズ混じりの映像が映った。
ドクター・モルスが、白い顔で微笑んでいる。
《素晴らしい》
拍手の音がした。
ゆっくりと。
一回。
また一回。
《第12段階、完了です》
プリティミューは、ハンマーを支えに立ち上がろうとした。
だが、腕に力が入らない。
「モルス……!」
《ありがとう、プリティミュー》
《君は、過去の再構成体をすべて乗り越えた》
《つまり、次に必要なのは》
モルスの笑みが、少しだけ深くなる。
《君自身の再構成です》
通信が切れた。
リザレクション・ステージに、また静けさが戻る。
けれど、その静けさはもう、終わりの静けさではなかった。
最悪の準備が終わった音だった。




