第6節 ― まだ子どもでも、選べる
ロイヤル・ナーサリーの空気が、さらに甘くなった。
蜂蜜色の光が、六角形の壁面を伝って脈打つ。
透明ポッドの中で眠る大人たちの顔が、淡い金色に照らされている。誰も苦しんでいない。誰も叫ばない。誰も、ここから出してくれとは言わない。
ただ、安心しきった顔で眠っている。
その静けさの中で、プリティミューの膝だけが、かすかに震えていた。
尾針にかすめられた肩が熱い。
痛いのではない。
甘い。
あたたかくて、ふわふわして、眠くなるような感覚が、装甲の奥から身体へ染み込んでくる。
ミュー・ハンマーが重い。
さっきまで片手で振れていたはずなのに、今は両手で握っても腕が下がりそうになる。
視界もおかしい。
ロイヤル・ナーサリーの天井が、やけに高く見える。ミラクルハニーが浮かぶ足場も、壁のポッドも、全部が自分よりずっと大きいものに見えた。
まるで、身体だけではなく、心まで小さくなっていくみたいだった。
「ほら」
ミラクルハニーが、空中でくるりと回った。
半透明の翅が震え、金色の蜜粒子が雨のように降る。
「無理しなくていいんだよ」
甘い声。
優しい言葉。
けれど、その声は、プリティミューの胸の奥にある柔らかいところを、正確に押してくる。
「ミユたんは、まだ子どもなんだから」
「……その呼び方、やめろって言った」
プリティミューは立ち上がろうとした。
足元の床に蜜が広がっていた。
ブーツが、べたりと粘る。
一歩踏み出そうとした瞬間、膝が抜けた。
「っ……!」
倒れそうになった身体を、ミュー・ハンマーで支える。
ピコ、と小さな電子音が鳴った。
いつもなら情けなくて腹が立つ音なのに、今は少しだけ頼もしかった。
自分の手の中に、まだ武器がある。
まだ、立てる。
ミラクルハニーは、上から覗き込むように笑った。
「ママに守ってもらいたかったんでしょ?」
プリティミューは息を呑んだ。
返せない。
言い返せない。
否定できない。
ロイヤル・ナーサリーの光が揺れる。
また、幻が見えた。
小さい頃のミユが、夜中に目を覚まして泣いている。
部屋は暗い。
時計の針の音だけが大きい。
布団の中で膝を抱えて、ミユは小さな声で呼ぶ。
『ママ』
すると、廊下の明かりがつく。
かなえが入ってくる。
『どうしたの?』
『こわい夢見た』
『そっか』
かなえは、怒らない。
眠そうな顔で、でもちゃんと来てくれる。
布団の端に座って、ミユの背中を撫でる。
『大丈夫。ママいるから』
その手のあたたかさを、今のミユは覚えている。
ずっと、覚えている。
守ってもらいたかった。
今だって、たぶんそうだ。
怖い時に、かなえに「大丈夫」と言ってほしい。
怪人なんかいない普通の夜に戻って、布団の中で、明日の小テストの心配だけしていたい。
プリティミューは、奥歯を噛みしめた。
「そうだよ」
ミラクルハニーが、ぱちぱちと目を瞬かせる。
「認めちゃうんだ?」
「認めるよ」
声が震えた。
けれど、逃げなかった。
「私、まだ子どもだよ」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥の何かが少しだけ軽くなった。
ずっと、言ってはいけない気がしていた。
プリティミューになったのに。
人を助けたのに。
母を守らなければならないのに。
それなのに「子どもだ」なんて言ったら、全部が嘘になるような気がしていた。
でも、違った。
子どもだ。
怖い。
守られたい。
泣きたい。
それでも、ここにいる。
ミラクルハニーの笑顔が、ほんの少しだけ曇った。
「だったら、戻ればいいのに」
「戻れないから困ってるんでしょ!」
プリティミューはハンマーを引き抜いた。
足元の蜜が糸を引く。
無理やり足を上げると、ブーツの裏から金色の粘液が伸びた。
ミラクルハニーが蜜杖を振る。
「ハニーワーカー、ミユたんをベッドに戻してあげて」
周囲の通路から、白と金のスタッフたちが一斉に動き出した。
完璧な笑顔。
無音に近い足取り。
腕には捕獲用のリボンと、蜂蜜色のシリンジ。
プリティミューはハンマーを構える。
「ベッドは自分で選ぶ!」
最初のハニーワーカーが飛びかかる。
プリティミューはハンマーを振った。
だが、重い。
タイミングが遅れる。
ハンマーの先が、相手の肩ではなく床を叩いた。
ピコッ。
間抜けな音とともに、床の蜜だけが跳ねる。
「今のは、狙ったんじゃなくて滑った!」
誰に言い訳しているのかわからないまま叫ぶ。
その隙に、別のハニーワーカーのリボンが腕に絡みついた。
「っ、邪魔!」
引きちぎろうとするが、力が入らない。
装甲の手甲が一瞬ぶれる。
白とピンクのラインが、幼い手のサイズに合わせるように縮もうとしている。
通信にノイズが走った。
《バイト君、出力低下。μシステムの装甲サイズ補正が不安定だ》
「見ればわかる!」
《視覚情報だけで理解できるなら説明を省くが》
「省かないで! でも今は短く!」
《ミラクルハニーの蜜は、君の実年齢を変えているわけではない。身体に“過去の自分”を現在だと誤認させている》
「もっと短く!」
《身体が年齢を勘違いしている》
「最初からそう言って!」
プリティミューは、絡みついたリボンをハンマーの柄に巻きつけ、力任せに引いた。
ハニーワーカーがバランスを崩す。
そのまま肩からぶつかり、通路脇のポッドに当たる直前で、プリティミューは慌てて身体をひねった。
「危なっ!」
ポッドの中には、幼い姿になった女性が眠っている。
壊せば、きっと中の人も危ない。
その一瞬のためらいを、ミラクルハニーは見逃さなかった。
「優しいね」
背後に羽音。
プリティミューは振り返る。
蜜弾が飛んできた。
金色の球体が、空中で弾ける。
甘い霧が視界を覆った。
「っ……!」
目を閉じる。
鼻の奥に、蜂蜜とミルクの匂いが広がる。
足元がふわふわする。
また、記憶が流れ込む。
幼いミユが、かなえの膝に頭を乗せている。
テレビの音。
夕方の光。
かなえの指が髪を梳いてくれる。
『ミユ、眠いの?』
『眠くない』
『じゃあ、目を閉じてるだけ?』
『うん』
『そっか』
守られていた。
ただ、そこにいればよかった。
プリティミューの肩から力が抜ける。
ハンマーの先が床に落ちる。
ミラクルハニーが、すぐ近くで囁いた。
「がんばらなくていいよ」
その声に、身体が沈みそうになる。
その時。
「先輩!」
メグの声が、ロイヤル・ナーサリーに響いた。
幻のテレビ音が裂ける。
プリティミューは目を開けた。
メグは中央制御端末の前にいた。背伸びしながら、ワトソンの小さなアバターを両腕で持ち上げている。
ワトソンは不本意そうな顔で、端末に手をかざしていた。
《現在、持ち上げられています》
「今それ報告しなくていいです!」
《了解しました。高所端末へのアクセスを継続します》
メグは、片手でワトソンを支えながら、もう片方の手でスマホを操作している。
「先輩、子どもだから、何も選べないわけじゃありません!」
プリティミューは、息を呑んだ。
メグの眼鏡に、蜂蜜色の光が映っている。
怖いはずだ。
ハニーワーカーが近くをうろついている。ポッドの中には大勢の被害者が眠っている。ミラクルハニーは空を飛び、蜜弾を撒いている。
それでもメグは逃げていない。
彼女もまだ子どもだ。
ミユより年下で、危険なことをしないでと言われる側のはずなのに。
今、ここで、選んでいる。
記録することを。
支えることを。
逃げないことを。
ワトソンの声が続く。
《ミユさん。かなえさんの生体反応を確認。意識が戻りかけています》
プリティミューは、中央ポッドを見た。
蜂蜜色の光の中で、小さなかなえが瞼を震わせている。
幼い姿のまま。
けれど、胸が上下している。
目が、少しだけ開いた。
「ミユ……」
小さな声。
でも、それは確かに、かなえの声だった。
プリティミューの中で、何かがつながった。
小さい頃のかなえの手。
今のかなえの声。
プリティミューとして戦ってきた夜。
母に怒られた朝。
メグに見抜かれた秘密。
ワトソンの静かな声。
アインの腹立つ説明。
コブラカレーの匂い。
全部がばらばらではなく、一本の線のように胸の中でつながっていく。
戻りたい過去もある。
逃げたい今もある。
怖い未来もある。
でも、それらは全部、自分の時間だ。
どれか一つだけを選んで、他をなかったことにはできない。
通信が再び開いた。
《バイト君、解析完了だ》
「今、ちょうどいいところだから、わかりやすく!」
《ミラクルハニーの蜜は、生体時間認識を誤作動させている。ならば、君の現在時刻を再同期すればいい》
「現在時刻って、私の?」
《そうだ。過去でも未来でもなく、今の君に合わせる》
「ちょっといいこと言ってるのが腹立つ!」
《褒め言葉として受け取る》
アインの声は、いつも通り淡々としている。
けれど、その奥に、ほんの少しだけ急いでいる響きがあった。
《ミュー・ハンマーに生体時間同期波を乗せる。出力は不安定だが、かなえさんの声と君自身の自己認識が同期キーになる》
「難しい!」
《簡単に言えば、自分が今ここにいることを、身体に思い出させる》
「それならわかる!」
《技名は、ミュー・クロックブレイク》
「時計を叩くの?」
《比喩だ》
「ならよし!」
ミラクルハニーの表情が変わった。
さっきまでの無邪気な笑顔ではない。
眉を寄せ、唇を尖らせる。
「やだなあ」
蜜杖を強く握る。
「そうやって、みんな戻っちゃうんだ」
金色の蜜が、彼女の背中の蜜タンクからあふれ出した。
翅が激しく震える。
蜂の巣全体に、甲高い羽音が満ちた。
「戻って、また頑張って、また疲れて、また泣くの」
ミラクルハニーの尾針が伸びる。
その先に、黄金色の毒が集まっていく。
「子どもなら守られていればいいのに!」
蜜弾が降る。
プリティミューは床を蹴った。
足はまだ重い。
身体も少しずれている。
それでも、動ける。
蜜を避け、ポッドをかばい、ハニーワーカーのリボンをハンマーの柄で払いながら前へ進む。
ミラクルハニーが叫ぶ。
「大人なら黙って頑張っていればいいのに!」
「それも嫌!」
プリティミューは即答した。
ミラクルハニーが、一瞬止まる。
「嫌って何?」
「嫌なものは嫌!」
プリティミューは、蜜で滑りかけながらも踏ん張る。
「子どもだから守られてるだけとか、大人だから我慢するだけとか、どっちも嫌!」
ミラクルハニーの顔が歪む。
「どっちでもないなんて、ずるい!」
その声には、怒りがあった。
甘さの奥に隠れていた、本当の声。
「かわいいって言われたら、何でも許さなきゃいけない。子どもっぽいって言われたら、本気で怒っても笑われる。大人みたいに考えたら、かわいくないって言われる。だったら、みんなも同じにしてあげるしかないじゃない!」
プリティミューは、足を止めた。
ミラクルハニーは、笑っていなかった。
小柄な身体。
甘い声。
かわいい仕草。
けれど、その奥には、長く積もった怒りがあった。
自分を子ども扱いする者への怒り。
かわいさを役割として押しつけられることへの怒り。
大人にも子どもにも、好きなように分類されることへの怒り。
プリティミューは、ハンマーを握り直した。
「……それは、腹立つね」
ミラクルハニーが目を見開く。
「同情?」
「違う」
プリティミューは首を振った。
「腹立つのはわかる。でも、だからって、他の人の時間を勝手に戻していい理由にはならない」
ミラクルハニーが歯を食いしばる。
「じゃあ、ミユたんは何なの」
「私?」
「子どもなの? 大人なの?」
プリティミューは息を吸った。
胸の奥で、かなえの声が響く。
『ミユ……帰ってきなさい』
小さなかなえが、ポッドの中で目を開けていた。
完全に覚醒しているわけではない。
まだ、幼い顔のまま。
それでも、ミユを見ている。
母として。
子どもとして。
どちらでもあるまなざしで。
「ミユ……帰ってきなさい」
プリティミューの中の時間が、まっすぐにつながった。
小さい頃の自分。
今の自分。
プリティミューとして戦ってきた自分。
母に守られていた自分。
母を助けに来た自分。
どれか一つが本物なのではない。
全部が、自分だ。
プリティミューは、ミュー・ハンマーを肩に担いだ。
「私はまだ子ども」
ミラクルハニーの尾針が震える。
「でも、助けたいって思ったら」
足元の蜜が、また絡みつく。
プリティミューは、それを引きちぎるように前へ出た。
「助けるくらいは選べる!」
ミュー・ハンマーが光った。
ピンクの光ではない。
白い光でもない。
時計の針のような、細い青白いリングが、ハンマーの頭部を中心にいくつも展開した。
リングは回転し、カチ、カチ、と小さな音を刻む。
ロイヤル・ナーサリーの蜂蜜色の光が、その音に合わせて乱れ始める。
アインの声が鋭くなる。
《同期波、出力安定。いけ、バイト君》
「言われなくても!」
プリティミューは床を蹴った。
ハニーワーカーたちが前に出る。
だが、ミュー・ハンマーから広がる青白い波が触れた瞬間、彼らの動きが乱れた。
完璧な笑顔が崩れる。
白と金の制服の表面に、ノイズが走る。
蜂蜜色の制御ラインが切れていく。
メグが叫んだ。
「先輩、ポッドのロックが緩んでいます!」
ワトソンも続ける。
《生体時間認識、再同期を確認。ポッド内被害者の成人反応が戻り始めています》
壁のポッドの中で、眠っていた子どもたちの身体が光に包まれる。
ぶかぶかだったスーツが、少しずつ本来の身体に合っていく。
小さな手が大人の手へ戻る。
幼い顔が、元の年齢の輪郭を取り戻していく。
目を開けた男性が、ぼんやりと呟いた。
「……会議……いや、帰りたい……」
別の女性が、涙を浮かべながら自分の手を見る。
「戻った……?」
ポッドの中から、混乱した声が少しずつ増えていく。
その声を聞いて、ミラクルハニーが怒鳴った。
「戻らないで!」
蜜杖を振る。
巨大な蜜弾が、プリティミューへ向かって放たれた。
プリティミューは避けない。
ハンマーを構え、正面から受け止める。
「ミュー・クロックブレイク!」
振り抜いた一撃が、蜜弾を砕いた。
黄金色の蜜が空中で結晶化し、きらきらと砕け散る。
その光はきれいだった。
あまりにもきれいで、腹が立つくらいだった。
ミラクルハニーの背中の蜜タンクに、ひびが入る。
「いや……!」
彼女の蜜装甲が、足元から結晶化していく。
金色の表面に白い亀裂が走る。
それでも、ミラクルハニーは飛んだ。
尾針を構え、まっすぐプリティミューへ突っ込んでくる。
「子どもでも、大人でもないなんて認めない!」
「違う!」
プリティミューは叫んだ。
「どっちでもないんじゃない!」
ミュー・ハンマーの光が、さらに強くなる。
「どっちでもあるんだよ!」
ミラクルハニーの尾針と、プリティミューのハンマーがぶつかった。
金色の火花と、青白い時計の光が、蜂の巣の中心で弾ける。
プリティミューの腕に衝撃が走る。
まだ重い。
まだ怖い。
逃げたい。
でも、手は離さない。
ポッドの中で、かなえが見ている。
メグが見ている。
ワトソンが端末を支えている。
アインが通信の向こうで黙っている。
そして、何より、自分が見ている。
ここで逃げなかった自分を。
プリティミューは、奥歯を噛みしめた。
「メグちゃん!」
「はい!」
「今!」
メグが制御端末の最後のロックを解除する。
六角形のポッドが、一斉に開き始めた。
蜂の巣全体に、空気が流れ込む。
閉じ込められていた人たちの呼吸が、ロイヤル・ナーサリーに広がる。
ミラクルハニーの蜜タンクの亀裂が深くなる。
メグが叫ぶ。
「先輩、今です!」
「了解!」
プリティミューは、ハンマーを大きく振りかぶった。
ミラクルハニーが後退しようとする。
だが、結晶化した蜜装甲が翅の動きを鈍らせていた。
プリティミューは跳んだ。
床の蜜を踏み抜き、蜂蜜色の光の中を一直線に進む。
ミラクルハニーの目が揺れる。
「ミユたん――」
「その呼び方は、最後まで許さない!」
ハンマーが輝く。
青白いリングが、ピンクの光と重なり、ひとつの大きな時計盤のように広がった。
「プリティ・グロウアップ・インパクト!」
一撃。
ミュー・ハンマーが、ミラクルハニーの背中の蜜タンクを打ち砕いた。
黄金色の蜜が空中へ噴き上がる。
それは雨のように降る前に、すべて透明な結晶へ変わり、砕けて消えていった。
ミラクルハニーの身体が、ゆっくりと床へ落ちる。
翅が折れ、尾針の光が消える。
金と黒の装甲が、端から粒子になって崩れていく。
プリティミューは、ハンマーを下ろした。
息が荒い。
装甲はまだ少しぶれている。
でも、視界の高さは戻っていた。
ハンマーの重さも、いつもの重さだった。
ミラクルハニーは、床に座り込んだまま、プリティミューを見上げた。
さっきまでの甘い笑顔は消えている。
そこにいるのは、少し疲れた顔をした、小柄な怪人だった。
「大人になれば、いつか全部我慢しなきゃいけないんだよ」
声がかすれている。
「子どもに戻れば、何も選ばなくてよくなるんだよ」
プリティミューは黙って聞いた。
「なのに、どうして今のままでいられるの?」
ミラクルハニーの目には、怒りよりも、わからなさがあった。
プリティミューは、少し考えた。
答えは、かっこよくなかった。
でも、今の自分にはそれしかなかった。
「今のままが、一番しんどいから」
ミラクルハニーが瞬きをする。
プリティミューは続けた。
「子どもに戻りたいし、大人になれって言われるのも嫌だし、今の自分なんて中途半端で、めちゃくちゃしんどい」
胸の奥が熱くなる。
言葉にして初めて、どれだけ自分がそう思っていたのかわかった。
「でも、今の私じゃないと助けられない人がいる」
プリティミューは、中央ポッドの方を見た。
開きかけたポッドの中で、かなえがこちらを見ている。
まだ幼い姿のまま。
けれど、その目には確かに母の強さが戻り始めていた。
「だから、今のままで行く」
ミラクルハニーは、少しだけ笑った。
「それ、けっこう苦いね」
「甘すぎるよりマシ」
「そっか」
ミラクルハニーの身体が、黄金色の粒子になっていく。
翅が消える。
触角が光になる。
蜜杖が砕け、小さな星のように散った。
「ミユたん」
「だから、その呼び方――」
「最後くらい、いいじゃん」
ミラクルハニーは、いたずらっぽく笑った。
でも、その笑みはもう、罠ではなかった。
「苦いの、嫌いじゃなかったかも」
その言葉を最後に、彼女の身体は完全に崩れた。
ロイヤル・ナーサリーに、黄金色の粒子が舞う。
甘い匂いは、少しずつ薄れていく。
プリティミューは、深く息を吐いた。
その瞬間、背後から小さな声が聞こえた。
「ミユ……」
振り返る。
ポッドの中で、小さなかなえが手を伸ばしていた。
プリティミューは走った。
今度は、足を取る蜜はなかった。
ポッドの前に膝をつき、その小さな手を握る。
「ママ」
かなえの手は、子どもの手だった。
でも、その温度は、ミユがずっと知っている母の手と同じだった。




