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第2節 ― レオン先生は、知りすぎている

 第一会議室の扉は、やけに静かに開いた。


 油の差された蝶番が、ほとんど音を立てない。

 そのことが、ミユには妙に気味悪かった。


 宝珠南高校の扉は、だいたいどこかしら立て付けが悪い。

 教室の引き戸は途中で引っかかるし、理科準備室の扉は閉めるたびに「ぎい」と鳴る。音楽室の扉に至っては、開けるたびにホラー映画みたいな音がする。


 なのに、この第一会議室だけ、今日に限って、あまりにも滑らかに開く。


 まるで、最初からミユを迎え入れるために整えられていたみたいに。


「失礼します……」


 ミユは、少しだけ声を低くして中へ入った。


 第一会議室は、いつもの学校の一室だった。


 長机が四つ、ロの字に並べられている。

 壁際には折りたたみ椅子。

 正面には白板。

 隅には使われていないプロジェクター台。

 窓際の棚には、去年の文化祭の余ったパンフレットが積まれている。


 夕陽が、横長の窓から差し込んでいた。


 その光を背にして、獅堂レオンが立っている。


 逆光のせいで、表情は少し見えづらい。

 だが、彼が笑っていることだけはわかった。


 柔らかく。

 穏やかに。

 最初から、ここでミユを待っていた人間の顔で。


「来てくれてありがとうございます、朝倉さん」


 レオンの声は、昼間と同じだった。


 耳に心地よく、落ち着いていて、よく通る。


 だからこそ、ミユは一歩以上近づきたくなかった。


「先生、話って何ですか」


 ミユは扉の近くに立ったまま言った。


 すぐ逃げられる距離。


 自分でも、あからさまだと思う。


 レオンはその警戒を見ても、少しも不快そうにしなかった。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。少し、あなたのことが気になっただけです」


「その言い方、教師としてギリギリじゃないですか」


「おや。そう聞こえましたか?」


「かなり」


「では言い直しましょう。あなたは最近、少し疲れているように見えます」


 ミユは、返事に困った。


 疲れている。


 それは事実だ。


 昨日の夜、怪人とは戦っていない。

 だが、マンティスシザーの件から、気持ちがずっと落ち着いていない。学校では噂が残り、家では母との間に言えない空白があり、メグは本人確認用メモを作り始め、朝食の味まで違って感じた。


 疲れていないと言う方が無理だった。


「まあ、人生がバイトに侵食されてるので」


 つい、いつもの調子で返してしまった。


 レオンは、少しだけ目を細める。


「高額バイトですか?」


 ミユの喉が止まった。


「……」


 言葉が出ない。


 高額バイト。


 自分が口にしたわけではない。

 少なくとも、この先生に話した覚えはない。


 ミユは無意識に、右手の袖口を握った。


 μブレスレットの感触が、布越しに指へ伝わる。


 レオンは、その動きも見逃さなかった。


「失礼。少し踏み込みすぎましたか」


「いや……その、先生が何の話してるのかわかんないです」


「そうですか」


 レオンは、窓際からゆっくり歩いてきた。


 靴音が、会議室の床に規則正しく響く。


 こつ。

 こつ。

 こつ。


 そのリズムが、妙に正確だった。


「では、別の話にしましょう。朝倉さんは最近、ネオ・アキバタウン方面に出入りしていますね」


「……買い物とか」


「駅裏の雑居ビル地下にも?」


「カレー屋の近くに、いい感じの自販機があって」


「アイン科学研究所」


 名前を出された瞬間、ミユの背中に冷たい汗が浮いた。


 レオンは、白板の横に置いてあったタブレット端末を手に取った。画面には、地図が表示されている。ホウジュ区周辺。ネオ・アキバタウン。宝珠南高校。朝倉家の近辺。


 そこに、いくつもの点が打たれていた。


「プリティミューの出現地点です」


 レオンが指を滑らせる。


「蜘蛛男の廃施設。蝙蝠伯爵の廃劇場。駅前温活イベント。駅裏の《ルージュ・ピッチャー》。配信スタジオ《CUT ROOM》」


 点と点が、細い線でつながっていく。


「そして、それぞれの現場に近い場所で、朝倉ミユさんの目撃記録があります」


「それは偶然です」


 ミユは即答した。


 即答しすぎたと思った。


 レオンは微笑む。


「偶然が五回続けば、観測対象になります」


「その言い方、科学者っぽくて嫌なんだけど」


「お嫌いですか、科学者」


「知り合いのせいで、信用度がかなり低めです」


「アイン博士のことですか?」


 また、名前。


 ミユは今度こそ黙った。


 アインの名前まで知っている。


 しかも、博士と呼んだ。


 ただの臨時教師ではありえない。


「先生」


 ミユは、少しだけ声を低くした。


「どこまで知ってるんですか」


 レオンはタブレットを机に置いた。


 その動きは丁寧だった。


 まるで、証拠品を壊さないように扱う刑事みたいに。


「知っているというより、見ていました」


「何を」


「あなたの生活を」


 気持ち悪さが、はっきりと形になった。


 ミユは一歩下がる。


 背中が、扉に近づいた。


「それ、普通にアウトです」


「そうですね。普通なら」


「普通じゃないなら、もっとアウトでしょ」


 レオンは笑った。


 昼間、生徒たちに見せていた明るい笑顔とは違う。


 口元だけが、少し深く上がる。


「あなたは、朝、母親の味噌汁の味が違うことに気づいた」


 ミユの呼吸が止まった。


「通学路では、高梨メグさんに本人確認をした。右手の袖口を握る癖を指摘された。校門前では、私を見て『怪しい』と判断した。昼休みには、メグさんのアカウントへの不正ログインを聞いた」


 レオンの声は変わらない。


 穏やかで、丁寧で、どこまでも教師らしい。


 だからこそ、怖かった。


「そして今、あなたは逃げる距離を測っています」


 ミユは扉の取っ手に手を伸ばしかけた。


 だが、その前に、レオンが言った。


「あなたがプリティミューですね」


 会議室の空気が、止まった気がした。


 夕陽の色が、濃くなる。


 机の影が伸びる。


 窓の外で、運動部の掛け声が遠く聞こえた。


 学校の中。


 普通の放課後。


 そのど真ん中で、ミユの秘密が、あまりにもあっさり口にされた。


「違います」


 ミユは言った。


 声が、少しかすれた。


「いいえ」


 レオンは、柔らかく否定した。


「あなたは違うと言う時、右手の袖口を握る」


「……見すぎでしょ」


「見るのが仕事ですから」


「先生の仕事じゃないよね、それ」


「ええ」


 レオンは、ゆっくり首を傾けた。


「教師としての仕事ではありません」


 その瞬間。


 会議室の扉が、ひとりでに閉まった。


 がちゃん、と鍵の落ちる音がする。


 ミユは反射的に振り返り、取っ手を回した。


 開かない。


「ちょっ、最悪!」


「ここから先は、先生と生徒の面談ではありません」


 レオンの声が、ほんの少し低くなった。


 窓の外に、影が動く。


 ミユはそちらを見た。


 ガラスの向こう。


 校舎外の非常階段の踊り場に、黒い影が二つ、三つ。


 黒い全身スーツ。

 白い仮面。

 見慣れすぎた、見慣れたくない姿。


 ジョーカー戦闘員。


「うわ、学校に来るな!」


 ミユは思わず叫んだ。


 戦闘員の一人が、窓の外でぺこりと頭を下げた。

 なぜ礼儀だけはあるのか。


 その背後で、レオンの身体が揺らいだ。


 いや、揺らいだのは身体ではない。


 皮膚だ。


 頬の輪郭が、ざわりと波打つ。

 明るい茶金色の髪の表面に、細かい色の粒が走る。

 白いシャツの襟元から、薄い鱗のような模様が浮かんでは消える。


 レオンの両目が、左右別々に動いた。


 人間の動きではなかった。


 ミユは、背中を扉につけたまま、息を呑む。


「私はジョーカー偽装工作怪人、カメ・レオン」


 レオンだったものが、優雅に一礼した。


「あなたの生活、少し観察させていただきました」


 その声は、まだレオンの声だった。


 だが、語尾に別の響きが混ざっている。

 ぬめるような、舌の奥で笑うような音。


「カメ……レオン……」


 名前を口にした瞬間、ミユは朝からの違和感が一本につながるのを感じた。


 母の味噌汁。

 メグのログイン記録。

 臨時担任。

 自分の名前を知っていたこと。

 自分を見ていたこと。


 全部、こいつの仕業なのか。


 そう思った瞬間、腹の底が熱くなった。


「ママに何したの」


 ミユの声が低くなる。


 カメ・レオンは、少し楽しそうに目を細めた。


「お母さまですか。とてもよくできた方ですね。朝食の手順、声の高さ、笑う角度。模倣素材として、たいへん興味深い」


「答えになってない!」


「ご安心を。壊してはいません」


「その言い方が一番安心できない!」


 ミユは右手を上げかけた。


 袖の下で、μブレスレットが熱を持った気がした。


 変身する。


 ここでこいつを止める。


 そう思った。


 しかし、扉の向こうから声がした。


「レオン先生?」


 女子生徒の声。


「何かあったんですか?」


 別の男子の声。


「朝倉さん、いる?」


 廊下に人がいる。


 ミユは動きを止めた。


 ここで変身すれば、見られる。


 扉は閉まっている。

 でも、窓の外にも戦闘員がいる。

 廊下の声が本物の生徒なのか、それとも偽物なのかもわからない。


 もし本物だったら。


 もし見られたら。


 朝倉ミユがプリティミューだと、学校中に知られる。


 母にも、クラスメイトにも、先生にも、全部。


 心臓が嫌な速さで鳴る。


 カメ・レオンは、ミユの迷いを見ていた。


「どうします?」


 彼は囁く。


「ここで変身すれば、学校中があなたを見ますよ」


 扉の向こうで、また声がした。


「レオン先生、大丈夫ですか?」


「中で何か倒れた?」


「鍵、閉まってる?」


 ミユの手が震える。


 変身しなければ危ない。

 でも、変身したら終わるかもしれない。


 まただ。


 毎回、こうだ。


 見られたら終わる。

 でも、助けなければ誰かが危ない。


「ほんと……毎回、選択肢がひどい……」


 ミユは歯を食いしばった。


 カメ・レオンの顔が、にたりと歪む。


 その輪郭が一瞬、ミユ自身の顔に変わった。


 同じ髪。

 同じ目。

 同じ口元。


 けれど、その笑い方だけが違う。


 綺麗すぎる。


 怖すぎる。


「あなたが迷うほど、私はあなたになりやすい」


 カメ・レオンの声が、ミユの声に近づく。


「だって、あなた自身が、自分を信じきれていない」


「……っ」


 言い返そうとした。


 でも、喉が詰まった。


 前回の切り抜き事件が、まだ身体に残っている。

 言葉を出すことが怖い。

 説明しても、また違う意味にされる気がする。


 その一瞬の沈黙を、カメ・レオンは見逃さなかった。


 長い舌が、口の奥からぬるりと伸びた。


 人間のレオン先生の姿には似合わない、鮮やかな緑と紫の舌。

 先端には、金属片のような薄い膜が光っている。


 ミユの右手首を狙っている。


 μブレスレット。


「触らせるか!」


 ミユは身をひねった。


 舌が机を叩き、長机がずるりとずれる。

 金属脚が床をこすり、耳障りな音を立てた。


 扉の向こうで生徒たちがざわめく。


「今の音、何?」


「先生?」


「誰か呼んだ方がよくない?」


 まずい。


 ミユは机の陰に転がり込み、ブレスレットを守るように腕を抱えた。


 変身できない。

 戦えない。

 逃げ道もない。


 頭の中で、アインの声が聞こえた気がした。


 こういう時のために、簡易緊急信号を使え、バイト君。


 ミユはポケットのスマホを探ろうとした。


 だが、カメ・レオンの舌が先に動く。


 スマホが弾かれ、床を滑った。


「通信支援も封じておきましょう。アイン博士とワトソンも、少々厄介ですから」


「ほんとに何でも知ってるな!」


「見るのが仕事です」


「そのフレーズ嫌いになりそう!」


 カメ・レオンは机の向こうに立ち、姿をまたレオン先生へ戻した。


 その整った顔が、夕陽の中で笑う。


「さあ、朝倉さん。あなたがプリティミューであることを認めれば、ここは穏便に済ませます」


「認めたらどうする気」


「本人確認です」


「絶対まともな意味じゃない」


「もちろん」


 その時だった。


 窓の外から、かすかに足音がした。


 非常階段側。


 戦闘員たちが振り返る。


 次の瞬間、聞き慣れた声が響いた。


「先輩、伏せて!」


「メグちゃん!?」


 ミユは反射的に床へ飛び込んだ。


 同時に、窓が外から開く。

 いや、正確には、外側の非常階段から半ば無理やりこじ開けられた。


 そこから、赤い消火器が飛び込んできた。


 消火器は床に落ち、派手に転がり、金具が外れる。


 ぶしゅうっ、と白い粉が噴き出した。


「うわああああ!?」


 会議室が、一瞬で真っ白になった。


 机も椅子も夕陽も、全部が粉の向こうへ消える。


 戦闘員たちが窓の外で慌てる声がする。


「視界不良です!」


「粉です!」


「消火器です!」


 カメ・レオンの舌が空を切った。


「記録する子は、本当に厄介ですね」


 白い粉の中で、メグの声がした。


「先輩、窓から!」


「窓!?」


「非常階段です! 落ちません!」


「落ちる可能性がある言い方!」


「早く!」


 ミユは咳き込みながら床を這った。


 目が痛い。

 喉も痛い。

 制服に白い粉がつく。


 でも、今しかない。


 窓際まで手探りで進むと、誰かの手が伸びてきた。


 メグの手。


 小さいけれど、しっかり掴んでくる。


「先輩!」


「メグちゃん、なんで非常階段にいるの!?」


「本人確認用メモに、怪しい呼び出しには外側から見ると書き足しました!」


「それ本人確認じゃなくて侵入経路!」


「細かいことは後です!」


 ミユはメグに引っ張られ、窓枠を乗り越えた。


 非常階段の踊り場に足をつけた瞬間、膝が笑った。


「こわっ! 普通にこわっ!」


「二階です」


「二階でもこわい!」


 背後で、白い粉の向こうからカメ・レオンの声が聞こえた。


「逃がしませんよ」


 会議室の中で、影が揺れる。


 白い粉が不自然に流れ、レオン先生の輪郭が浮かぶ。

 その目だけが、左右別々に動いている。


 ミユはぞっとした。


「メグちゃん、走る!」


「はい!」


 二人は非常階段を駆け下りた。


 金属の階段が、がんがんと音を立てる。


 途中、下の踊り場に戦闘員が一人いた。


「こちら非常階段、対象が――」


「どいて!」


 ミユは勢いで戦闘員の脇をすり抜けようとした。


 だが、メグが先に消火器の安全ピンを戦闘員の足元へ投げる。戦闘員がそれを踏んで、見事に滑った。


「うわっ!?」


「メグちゃん、地味に容赦ない!」


「正当防衛です」


 二人は階段を降りきり、校舎裏の通路へ出た。


 夕方の冷たい空気が、白い粉を浴びた顔にしみる。


 ミユは咳き込みながら壁にもたれた。


「助かった……けど、何これ……」


 メグも肩で息をしている。


 眼鏡に白い粉がついて、片方のレンズが曇っていた。


「先輩、まだ終わっていません」


「わかってる。むしろ始まったばっかり感がすごい」


 ミユは校舎の窓を見上げた。


 第一会議室の窓から、カメ・レオンがこちらを見下ろしている。


 レオン先生の顔で。


 でも、その笑顔はもう、人間のものではなかった。


 校内放送のスピーカーが、ざざ、とノイズを立てる。


《生徒の皆さんへ》


 レオンの声。


 ミユとメグは同時に身構えた。


《校内で不審な人物が確認されました。職員の指示に従い、落ち着いて行動してください》


 ミユは顔をしかめる。


「最悪。学校側を乗っ取る気?」


「すでに一部の放送設備に干渉されています」


 メグはスマホを確認しながら言った。


「先輩、私たちの位置情報も乱されています。校内マップが正常に表示されません」


「偽装フィールドってやつ?」


「おそらく」


 その時、校舎の角から人影が現れた。


 ミユは身構える。


 クラスメイトの女子だった。


 少し前髪を短く切った子。

 朝、教室でプリティミューの噂をしていた一人。


「あ、朝倉さん!」


 彼女はミユを見ると駆け寄ってきた。


「よかった、探してたの。レオン先生が、体育館に避難しろって――」


 その後ろから、同じ声がした。


「あ、朝倉さん!」


 ミユの血の気が引いた。


 廊下の別の角から、同じ女子が現れた。


 同じ前髪。

 同じ制服。

 同じ鞄。

 同じ表情。


 二人が、同時にミユを見る。


「え?」


「え?」


 本人たちも、驚いたような顔をしている。


 ミユは口を開けたまま固まった。


「なにこれ……」


 さらに、階段の踊り場から男子生徒が二人降りてきた。


 同じ顔。


 その奥の廊下にも、同じ教師が二人立っている。


 ひとりは慌てていて、ひとりは妙に落ち着いている。


 校舎のあちこちで、誰かの声が重なる。


「え、なんで俺がいるの?」


「ちょっと、あの人誰?」


「先生、どっちですか?」


「体育館に行けって――」


「いや、教室待機って言われたけど」


 学校が、少しずつ壊れていく音がした。


 暴力ではない。


 爆発でもない。


 ただ、誰が誰なのかわからなくなっていく。


 それだけで、日常は簡単に崩れる。


 ミユは息を呑んだ。


「なにこれ……間違い探し?」


 冗談のつもりだった。


 でも、声は笑っていなかった。


 メグはスマホを操作しながら、低く言う。


「先輩。ジョーカーは全員を入れ替えているわけではありません」


「じゃあ何」


「本物の中に、偽物を混ぜています。少数でも、十分に混乱が起きる」


「最悪のやつじゃん。全部偽物より疑心暗鬼になるやつ!」


 ミユは周囲を見た。


 誰かが困っている。

 誰かが怯えている。

 誰かが誰かを疑っている。


 その中に、本物の生徒もいる。

 偽物もいる。


 変身できない。


 戦えない。


 でも、放っておけない。


 ミユは右手の袖口を握った。


 カメ・レオンの言葉が、耳の奥で蘇る。


 あなたが迷うほど、私はあなたになりやすい。


 嫌だ。


 自分の顔で、自分の声で、自分の生活を奪われるなんて。


「メグちゃん」


「はい」


「まず、何を確認すればいい?」


 メグはミユを見た。


 少しだけ驚いた顔をした。


 いつものミユなら、まず文句を言う。

 今も文句は言った。

 でも、そのあとで、助けるために聞いた。


 メグはすぐに表情を引き締める。


「本物の避難経路と、偽の指示の発生源です。あと、レオン先生――カメ・レオンが学校内のどこを制圧しているか」


「多い!」


「でも、順番に潰せばできます」


「メグちゃん、頼もしすぎて怖い」


「怖がるのは後でお願いします」


「はい!」


 ミユは、走り出そうとした。


 その時、ポケットのスマホが震えた。


 通知音。


 母からだった。


 画面には、かなえの名前。


 ミユは反射的にスマホを開く。


《ミユ、今日は早く帰ってきてね。大事な話があります》


 朝にも似たようなことを言われた。


 だが、今このタイミングで。


 ミユの心臓が、嫌な音を立てた。


「ママ……?」


 メグがすぐに横から画面を覗き込む。


 彼女は自分の端末で通信ログを確認した。


 そして、顔色を変えた。


「先輩」


「なに」


「このメッセージ、送信元が自宅じゃありません」


 ミユの指が止まる。


 メグは、校舎の方を見た。


「学校内です」


 風が、校舎裏の通路を吹き抜けた。


 ミユの手の中で、母の名前を表示したスマホが、やけに冷たく感じられた。

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