命懸けの日々。プラスマイナス0日目
熱い。
ヒリヒリが全身に走って、なんだか嫌な感じがする。
パチパチという音と、焦げた臭い。
燃えている。
燃えているのだ。
何がではなく、俺自身が。
おそらくではなく、確実に、絶対に燃やされているのだ。
どうして、なんて考えてしまうのは、自分の目蓋がいうことを聞かず、閉じたまんま開かないからだ。
開かない理由を必死になって考えて、ついさっきの出来事を思い出す。
謎の男?に屋上に追い詰められ、そこから落下してしまったのだ。
つまり俺は……死んだ?
いや、違う。
ならばなぜ、今だこうして思考することができるのだろうか。
こうして、熱いとかヒリヒリとかパチパチとか、五感を感じとることができるのだろうか。
俺はまだ生きている。
生きていたのだ。
あんな絶望的な状況から、きっと俺は生還したのだ。
じゃあなぜ、今燃やされているのか。
答えは簡単、火葬されているからって待てぇ!
えっ、火葬されてるの俺!?
いやでもそうなるよね、そうなっちゃうよね。
死にかけたけど生還して、でも体が燃やされてるなんて、それ以外絶対ありえない!
じゃあどうすんのさこれ!
わかったところでどうしようもないんだが!?
もう燃やされてるんだが!?
なんだか体も固められたみたいに動かないし!
これ固定されてる!
棺のなかでガッチガチに固定されてるよ絶対!
と、とりあえずなんとかしないと!
せっかく拾った命、燃やす前に燃やされるなんてたまったもんじゃないよ!
あっ、目蓋開きそう!
開いたところでどうなるんだって感じだけど、開かないよりまだいい!
よーし開けるぞ……ついでに体ぐりんぐりん動かして、わんちゃん動けないかも試してやるぞ……よーし行くぞ……セーので行くぞ……勇気いるなこれ……いっ行くぞーッ!
気合いをいれて、俺はついに目を開ける。
そこで待っていたのは、棺桶の天井なんかでは決してなかった。
自分の回りを取り囲む赤い炎。その様子を得物を構えて観察する群衆。そして、そのなかで一際目立つ身長が三メートルもありそうな巨体を持つ怪物。
獣のような風貌をしながら、人のように二足で立つ怪物……獣人と呼ぶべきだろうか。
ともかくその獣人は、他の有象無象の人々よりも、より注意深くこちらを観察しているような、そんな気がしたのだ。
かくいうこちらも、同じように観察している……場合ではなかった!
得物にビビり、人外にビビり、そして何より炎にビビり、その場から一目散に逃げ出してしまおうと必死だったのだ。
しかし、忘れていた。
目を開く前、体は動かなかったのだ。
それも、意識がないから動かせないからじゃなく、体が固定されていて動かせなかったのだ。
つまり、じたばたしたり抵抗したとて動かせるはずがなかったのだ。
そんなことを忘れ踠く俺。
あまりに動けないものだから、思わず自分の手のある方へ視線を動かす。
「な……なにこれ!? もしかして十字架!? 縛り付けられちゃってんの俺!? なんでぇ!?」
神の子よろしく聖女よろしく、何故か自分も同じ目にあっていたのだ。
せっかく生き延びたと思ったら十字架で火炙りとか命なんだと思ってるんですかね!
「あの!これ解いてくださいませんか!このままじゃ俺、丸焦げになって死んじゃいますよ!」
必死に主犯に訴えかける。
「いいんだよそれで。お前がそんな目に遭ってるのは、大魔王ビリビ様が望んでるからなんだからな!」
主犯は高らかに笑う。
冷静に考えたら解いてくれるわけなかった。
バカじゃないの俺。
「大魔王ビリビ……!? なんだよその頭のおかしい名前……ネーミングセンスどうかしてんじゃないのか!」
「我らが敬愛する偉大なる王の名前を汚すか貴様……撤回しろ!今すぐに!」
なんかすごい怒ってるんですけどあの獣人。
まあわかるよ。俺も昔はそんな時期あってさ、それを否定された時には自分そのものを比定されたような気持ちになってなんともまあ嫌な気持ちになったもんさ。でも、それを乗り越えなきゃ大人になるなんざ出来やしないんだ。存在しないものは存在しない。いないものはいないもの。頭のなかの存在は頭のなかだけで簡潔させてやるべきなんだ。夢と現実の区別がつかない大人なんて数えるほどしかいないんだからさ。……夢?
と、そこまで色々考えてようやくいろいろ気がついた。
まず、大前提。
ここは夢ではない。
炎のヒリヒリがそれを証明している。
そして、目の前に獣人がいる。
刃物を持った人がいる。
で、俺はここを知らない。
少なくとも近所ではない。
近隣に木々に囲まれている森のような場所はない。
あと火炙り。
テレビのドッキリ的なあれにしては安全性に欠け過ぎている。
つまりここは現実でありながら、現実ではない。
自分の中の常識では図れない現象が現実で起こってしまっている。
この事実をこれまでに判明している様々な事と照らし合わせていくと……ここって異世界?
なんで異世界なんかに?
……俺、もしかして普通に死んでる?
高所からの真っ逆さまに垂直落下で普通に死んだ?
ぐちゃっとかべちゃっとかいって頭つぶれて俺死にました?
それで転生とかしちゃった系ですか?
……また死ぬ系ですか?
私また死ぬ系ですか?
せっかく異世界転生したのに?
また命貰ったのに?
まーた死んじゃう系ですか?
出落ち系ですか?
そうですか……。
「納得できるかあああああ!」
「うわビックリした!なんなんだ貴様は!命乞いしたり侮辱したり大声だしたり!情緒おかしいんじゃないか!? 」
「そんなこと言わんでくださいよ!それに助けてくれたっていいじゃないですか!昨日すれ違ったかも知れないやつを出会い頭に殺すとかなんとかって流石に酷いと思うんですよ!それにほら、こうして話の通じる生き物同士、こんな残虐なことせずとも、わかりあう手段くらいあるはずでしょ!」
「うわあ急にへりくだってきた気持ち悪い!というか、昨日まで異世界にいたやつと、どうやってすれ違うってんだよ!」
「な……なんでそれ知って!」
「予言だよ。異世界から現れた勇者が大魔王を打ち倒す……この世界じゃ有名な話だ。この村に現れるだろうってところまで含めてな」
「それだけで決めつけるなんて……なんて最低な野郎なんだ!」
「いやいや、格好みりゃわかるだろ。お前だけだぜ? こんな村でそんな浮いたファッションしてるのは」
そう言われて気がついた。
そりゃそうだ。
自分だけなのだ。
学生服なんて着てるのは。
獣人の回りにいる有象無象は、歴史の授業で見たような古くさい格好をしている。
どう考えても、学生服なんて縁もゆかりもあるはずがない。
「な……なるほどぉ……」
思わず納得してしまった。
「あ……あの……」
「なんだ」
「この服あげるんで、命だけは勘弁して貰えませんかね。たぶんこの世界じゃ珍しい素材とか使ってて、かなり高価で取引してくれそうな気ぃするんですよ」
「いや、そういうの間に合ってるんで」
駄目だ、交渉の余地がない。
詰んだ。
悟ってしまった。
もう終わりだ。
死んで早々また死ぬなんて、そんなのってないじゃん……なんでそんな残酷なことができるのさ……酷いよこんなの……悪いことなんて、なんもしてないのにさあ……最悪だ。
燃え死ぬのを待つしかできず、誰でもない何かに愚痴を垂れ流す。
そうするしかなかったのだ。
そうしなきゃならなかったのだ。
こんな理不尽、そうでもしなきゃ受け入れられない。
そうしたって、受け入れたくない。
そうやって背けて、瞳を閉じたその瞬間。
頭上から降る一雫。
それが地上で渦炊いて、大海原へ変貌する。
人も木々も飲み込んで、波に乗せて吐き出して、遠く遠くへ押し流す。
獣人ですらもその波に逆らえず、どこか遠くへさらわれていく。
十字に縛り付けられた、俺を除いて。
水攻めの影響でカホッコホッと咳き込みながらも、何があったのか気にならずにはいられない。
いったい何が……とでも言いたげに、首を動かし見れる精一杯まで見渡してみる。
しかし、どこにも誰も見当たらない。
見えるのは、自然が破壊し尽くされた殺風景な風景だけだった。
「上よ。上」
言われてすぐに見上げた俺は、この大破壊を起こした張本人と相対する。
神々しい金色の瞳を持つ、青い長髪の彼女。
彼女は自分を、こう名乗った。
「どうも。神様です」
う……胡散臭ぇ……。




