09「黒い影」
洋介たちや女性たちが詰め込まれた馬車を、気づかれないように後ろから追っていたリナ。そして、森の中にあったボロボロの洋館へとたどり着く。
「こんな森の中に洋館が……? こんなもの、ここにはなかったはずなのに……一体いつ建てられたものなのかしら」
茂みの中に隠れ、様子を伺う。馬車から無理やり降ろされた女性たち。次々屋敷の中へと入れられていくのを見て、ここは攫った女性を奴隷へと変えている場所なのだと確信する。だが……。
「どうやって中へ入ればいいのかしら……窓はあるけど板が打ち付けられていて入れそうにないし、地下室の類もなさそうね。入口には見張りの者たちが常にいるし……こっそり入ることはできなさそうね」
やはり洋介を潜入させるしかなかったか……とリナは考える。洋介を心配すると同時に、作戦が上手くいくのか不安がるのだった。
「潜入して、私や昨日伝書鳥で招集した騎士団員たちの突入口を確保するって言ってたけれど……本当に大丈夫なのかしら」
近くの茂みに隠れ、その時が来るのはいつなのか眺めていた。
一方そのころ、屋敷の中ではというと。中へと連れてこられた女性たちは……服を脱がされていた。下も脱がされ、人としての尊厳を剥奪する準備はできているかのように、傍らには焼印を入れるためのコテや隷属魔法のかかった首輪。ここで何をされるかなど明白だった。だが……。
「なんだよコイツの服ゥ!? ドレスどころか帽子も脱げやしねぇ!」
「ハサミやナイフ使っても切れねぇぞ!?」
一人の貴婦人の服を、フードの奴らが引っ張ったり刃物で切ろうとしたりしているのだが、服はおろか帽子すら貴婦人の体に貼りついたように脱げず、刃物で切ろうとしても全く歯が立たずに裸に剥くことができないでいた。それもそのはず、この貴婦人の正体はスライムを纏って変身した洋介であり、服も変身の一部なので脱げないのは当然であった。さすがに服を脱がされるのはマズイとも考えていたが。
「どうしますか? コイツ」
「別にそのままでいい、どうせ焼き印を押せば同じだ。それと、この手の美貌を持つ奴は良い値段で売れる。こいつの牢屋は一人用の牢屋にしろ」
「わかりました」
そうして、他の女性たちと貴婦人は一緒に、手錠をかけられ隷属魔法の首輪をかけられ屋敷の地下へと連れていかれる。そこでは、牢屋に入れられた裸の女性や子供、獣人などがいた。これからに絶望する者、王女様の裁きが下るぞと叫ぶ者、負の感情が澱のように溜まっていた。そして、女性たちが共同の牢屋に入れられ、貴婦人も一人用の牢屋へと乱暴に入れられる。
「お前のような綺麗な女性には高い値がつくんだ、お貴族様や他国の好事家たちにな。だから一人部屋を用意してやったんだ。売買の時までたっぷり、俺たちが『教育』してやるからな」
そう言って、笑いながら去っていったフードの何者か。扉を閉めて地下牢から出て行ったのを確認すると、貴婦人の麗しい服や顔、髪がドロリと溶け始めた。白いドレスや帽子が黒い粘液となり、溶けて石の床へと流れていった。そのドロドロの下からは、洋介が出てきた。ただし、以前と違いラバーのビキニパンツをはいていたが。
「ふう……こういうのって小説や漫画とかでしか見たことないけれど、実際目の当たりにするとかなり酷くて腹が立つな……こういうのもリアルな描写としてネタにできそうだけど」
股間を締め付けるラバーのビキニパンツを気にしながら、スライムを動かし手錠と首輪を覆ってぬっちゃぬちゃと動くとパキンと音を立てて壊れた。そして、にぃと口元を歪めて笑う。
「さて、潜入活動の始まりだ。潜入にぴったりな……そう、闇に紛れる影がいるんだよ……」
床に広がっているスライムが、洋介の足先からズルズルと音を立てて体を登っていく。そしてからだ全体に広がり、黒いラバーに覆われてくちゃ、ズル……と気持ち悪い音を立てて全体を形作り、どんどん黒い粘液から何かに変わっていく。そして、変化が終わった後、漏れた言葉は。
「ククッ」
麗しい貴婦人を連れてきたという話は、屋敷の男たちの間で話題となり『お楽しみ』をしようと地下牢へとやってきた三人がいた。仮面を被っていた笑い声や会話からよからぬことをしようとしているのは確かだった。
「あの貴婦人、連れてきた女の中で一番きれいな女だったんだろ?」
「じゃあ売られる前に俺らがちょっと味見しても問題ねえよなブヘヘ」
「隷属魔法の首輪がかかっているんだ、この指輪をつけてりゃあんなことやこんなこと……」
気持ち悪い会話をしながら貴婦人が入れられている牢屋の前に来た……が、牢屋の扉は開けられており、壊れた手錠や首輪が落ちているだけだった。貴婦人はいない。
「い、いない!? どうなってんだ!?」
「ここから逃げ出した奴はいないのに、どうして……!」
「というより、上玉が逃げたことが知られたら……逃げた奴が騎士団とかにタレこみに行ったりしたら……」
慌てふためく三人。どうしたらいいのかと揉める様子を、眺めている人間が一人だけいた。それは、牢屋からではなく、天井の暗がりの中から見つめる黒い影。
「とにかく、上の奴らに……!」
地下牢から出ようと三人は走り出した。だがその時、天井から黒い人物が三人の前に降り立った。いきなり目の前に現れた人物に驚く暇もなく、黒い影は。
「シェイドマント!」
自らが纏っている巨大な黒いマントを翼のように広げ、翻す。それは物理的な布というより、意志を持つ闇そのものだった。闇は逃げ惑う三人を底なしの球体の中へと飲み込み、その叫び声すら遮断する。影の中で抗う三人に、シェイドは低く、そして慈悲深い声で囁いた。
「抵抗する必要はない。影に身をゆだねて眠れ」
その言葉がささやかれた後、男たちはまるで緊張の糸が切れたかのようにすやすやと眠ってしまった。マントはしゅるしゅるとほどけると、男たちの目の前に立っていた何者かの体を覆う程度の大きさに戻る。
ロウソクに照らされたその姿は、黒いマントで頭以外全て覆っており下半身は存在していないように見え、シルクハットを被っていた。だが、顔に金色の切れ目の目と右目を隠す銀色の髪以外、漆黒の黒で染まっていた。口も、鼻も見えない漆黒の黒。
「ふう……眠ってくれたか……さすが影人『シェイド』の能力は潜入向きだな」
洋介が変身したのは、影人と呼ばれる影を操り陰に潜む力を持った『シェイド』という名の人外。彼のマントは影のマントであり、シェイドの意志一つで自在に変化する。登場作品は少年の交流を描くダークファンタジー『影人』であり、彼はその準主人公。
「さて、奴隷たちを助けるのはリナに任せるとして、俺は突入のための足掛かりを作ろう。ついでに、情報とかも得ないとな」
影の中にズルリと音を立てて潜み、閉じられているドアの下から地下牢を脱出した後、見張りに気づかれないように壁を伝って天井の暗がりに潜んだ後、屋敷の中を探索するのだった。
屋敷の中は、見張りが巡回しているも影の中に潜めばそうは見つからない。外のボロボロ具合からは考えられないほど綺麗な内装だった。敷かれている絨毯も、貼られている壁紙も、手触りなどが良く普通のものではなかった。部屋は客間などの他に、拷問部屋らしき部屋やプレイをするような悪趣味な部屋がかなりあり、洋介は嫌な気分にされた。
「ムチにロウソク……それに三角木馬に……ひどい目にあっているんだろうなこれは」
いくつもある拷問部屋を見た後、あの地下牢以外に人がいる場所がいないか屋敷をめぐる。すると、一つの部屋から声が聞こえてきた。ドアの隙間から家具の影へ影へと渡り、影の中からフードと仮面をはずした男たちが談笑しているのを観察する。部屋の中は簡素だが、高級な家具などが並んでおりリーダー格の部屋だと予想した。
「しかしまあ、こんなおいしい商売を禁止するなんてこの国の女王様は実に馬鹿な女だ」
「禁止されているにも関わらず、それでも買ってくれるお得意様がいるんだぜ? そりゃあ金になるだろ」
「国の外だけじゃなく、このタイクーン王国のお貴族様だって秘密裏に買ってくれるしな。そのうえ、買ってくれる奴は俺たちの奴隷産業に協力もしてくれるって話だぜ?」
「ああ、その資金が我ら魔王信仰の軍資金になるっていうんだからな、まさに至れり尽くせりだ!」
「ハッハッハ! カンパーイ!」
酒……ではなく茶が入れられたカップをチン! と鳴らしながら飲んだ。この様子を見て、洋介はこのことを早くリナに伝えなければと影の中から思った。屋敷の中から出て、リナに情報を与えなければと。だが……。
(目の前でこんな不正が行われているというのに、お前は見逃すのか?)
脳裏に、自分の声ではない低い声が響く。おそらくキャラとして設定したシェイドだと思った洋介は、必死で意識を集中させる。それでも脳裏にシェイドの声が響いてくる。
(私は影の紳士、立派な紳士。影の中から人々を守り、戦う影人)
「ううっ……」
脳内に響く声のせいで苦しんだ洋介は、思わず唸ってしまう。すると、談笑をしていた男たちが神妙な顔をする。
「ん……? 誰だ? ネズミか?」
「いや……人の声にも聞こえたな」
ティーカップを置き、仮面とフードを被って警戒を強める。洋介は必死で息を潜める。そして、一人がつぶやく。
「そういや、あの服の脱げない貴婦人にちょっかいかけようとしようとしていた奴ら、遅いな」
「魔法かなんかで服が脱げないからやめとけって言ったのに……何を遅くなってんだアイツらは。地下牢行くぞ」
そう言って地下牢へと向かう男たち。部屋のドアを閉めて足音が遠くなった後、洋介は影の中から出てきた。ハァ、ハァと息を切らしながら椅子に座る。
「あ、危なかった……危うくバレるところだった……」
なんとかシェイドを抑え込んだようで、しばらく息を整えていた。そして、呼吸が整った後、リーダー格がいたであろう部屋を見回す。書類などといった証拠になりそうな代物は無く、引き出しといったものもない。
「隠し扉とか……そういうのもなさそうだな……」
壁を触っていたものの、そういったものもなく落胆する洋介。すると、ドアがいきなり開かれた。
「ほう、やはりネズミが紛れ込んでいやがったか」
そこにいたのは、先程部屋を出ていったはずの男たち。その後ろには、フード越しでも屈強な肉体を感じさせる者たちが並んでいる。
「……っ、バレていたか……!」
「何者かの声が聞こえたとは思っていたが、こんな近くにいたとは驚いたぞ。どんな潜入術を使ったのか知らないが、ここに潜入したからには生きては返さない。なんなら口でも縫い付けて奴隷にでもしてやろうか」
屈強な男たちが懐から武器を取り出す。どうやら発言とは裏腹に、奴隷にする気はなさそうだ。
「そうか、でも残念ながら私はお前たちに捕まっている暇はない。わた……俺はこのことを伝える役割があるのでな!」
シェイドの姿のまま、影の中へと潜行しそのまま男の影やほかの人の影へ、影へ影へと飛び移り、部屋を脱出する。男たちは一瞬うろたえるが、すぐに指示を出す。
「奴め……! 影魔法の使い手か!? 者共出てこい! 奴を生かしてここから出すな!」




