08「奴隷貿易に潜入せよ」
ユーに報奨金の半分以上を持っていかれた洋介。飯屋から出てはぁ~とため息をついていた時、戻って来たリナが洋介の所にやってきた。
「騎士団の人間から情報が来たわ。今度はミラの町付近で大規模な神隠し――もとい、組織的な人攫いらしき報告が出たわ」
「その町は結構遠いんですか?」
「……まあ、歩きだったら三日はかかるけど、馬を使えばなんとか今日中には行けるかもしれないわ。問題は……あなたよ。あいにく私の馬は一人用だし……辻馬車でも借りようかしら」
「たぶん大丈夫ですよ。俺にはなんにでも変わるスライムがあるんですから」
「あらそう、ならさっさと行くしかないわね」
二人は馬宿へ行き、留められていたリナの愛馬と出会う。体毛が白く、たてがみが金になっている、洋介の世界では見られないタイプの馬だ。それを連れて町の外へ出て、人がいないところまでゆく。
「で、今度は何になるの?」
「リナさんについていきたいので、なるべく自分の足でついていきますよ。別に何になるとかしなくても、こんな風にスライムを変化させて纏えば……」
ズボンの部分がぐちゅぐちゅと音を立ててスライムに戻り、ギチッとゴムスーツのように貼りつくと、足が黒い光沢を持つ獣の足のようになる。あの時森を脱出した時のような、足の強化体だ。
「……それで本当に大丈夫? 置いてかれたりしない? 大丈夫なら行くわよ!」
馬を走らせる。もちろん人が走るより速いスピードで走り、普通に走っただけでは追いつけない。だが、洋介はそれに追いつく。まるで獣のように速く、馬にも平気で追いついてきた。
(意外に速いのね……)
そう思いながら馬を走らせる。蹄の音と同時に、ペチャッ、ペチャッというスライムのような音が響く。そうして数時間走っている間に、新しい街へとたどり着いた。洋介は最初に見た町と似たような町だな……とは思ったが、どこか違う雰囲気も感じられた。石造りの堅牢なアズラクに対し、ここは木造建築が多く、職人の町らしい温かみと、どこか排他的な熱気が混在していた。
「この街も随分結構活気があるんですね」
「ギルドの出張所がある町は結構栄える傾向にあるから。にしても、こんなところでも奴隷の密売が行われているなんて……由々しき事態ね。女王様はそういうことをするのが大嫌いなのよ」
「前々から思っていたんですが……あなたの敬愛する女王様はなぜ奴隷がお嫌いなのですか? この時代なら結構やってそうなものなんですけど」
「……知らないの? 女王様のこと」
怪訝そうな表情をするリナ。洋介は何かマズイことでも聞いたのかと焦るが、リナはぽつぽつと話し始めた。
「女王様、セラ様はね……三十年前に世界を支配しようとしていた魔王を倒した、伝説の勇者パーティの一員だったのよ」
「えっ? 何の話ですか? いきなり勇者?」
「セラ様が子供の頃……タイクーン王国は腐敗した国だったらしいの。その国の宰相に甘やかされて育ったセラ様は、それはもうわがままな姫様だった。当然奴隷の痛みなんか一ミリも考えないような子だったわ」
(なんか女王様の過去語りになってないか? 奴隷が嫌いなことを聞きたかったのに……女王様好きなんだな本当に……)
「でもある日……勇者様に一目ぼれしたセラ様はその旅に無理やりついていったらしくてね。そして勇者様の旅の中で知ったの。この国がいかに腐っているか、貴族がやりたい放題しているか、魔王に阿って人々を犠牲にしているか……そして自分を守って死んだ獣人の奴隷に報いるために強くなり、女王としての自覚を持ち、勇者たちが魔王と相打ちになった後、タイクーン王国の女王として君臨した。そしてもう奴隷になって酷い目にあう人々がいないように、奴隷禁止令を出した……それが女王様が奴隷を嫌う理由」
洋介は、その「セラ」という女性に、自分がかつて描こうとしていた理想のヒロイン像を重ねた。リナが彼女を敬愛する理由も、ようやく腑に落ちた気がした。
「はあ……随分壮大な理由なんですね」
一気にまくしたてたリナは、ふう、と荒い息をついて洋介に向き直った。
「……話が逸れたわね。とにかく、奴隷貿易の調査を始めるわよ。張り込みとか、聞き込みとか……」
「待ってください、それよりもいい方法があると思うのですが……」
「それは何? まさか……あなたが行くって言うの?」
洋介は不敵に笑って頷いた。
「はい、もちろん! 俺がおとりになって、潜入します!」
それを聞いて、若干困ったような表情を浮かべるリナ。確かにこの男、あのなんにでも変化するスライムを持っている。バフォーメやスタロトといった複雑な人物になれたのだから、女性になることなど簡単だろう。それこそ脱出なんかも容易だろう。しかし……不安も混じっていた。
「あなた大丈夫? 捕えられたらそれこそ考え付く限りの酷い目に遭うと思うんだけど……」
「大丈夫です……たぶん」
「でも、まだ尻尾を掴めていない以上、あなたに頼るしかないのも事実ね……わかった、許可するわ」
よし、と思う洋介。確かにいろいろ酷い目に遭う可能性は否定できないが、ここは一気に行った方がいいだろう。リナは不安そうな表情をしているが、洋介は張り切っていた。
「ただ、今日はもう遅いわ。今日はもう寝て、明日に備えましょう」
二人は宿屋に入り、飯を食った後それぞれ別の部屋で眠った。昨夜のお楽しみなんかない、健全な夜を過ごした。そして翌日、森の中へ行った二人。
「で、どうするの?」
「賊が欲しがりそうな麗しい女性に、俺がなるんです。そうすれば向こうから寄ってくるはず。まあ見ててください」
洋介は目を閉じ、意識を集中させる。脳裏に浮かぶのは、麗しい貴婦人の姿。つば広の帽子を被り、ヴィクトリア朝のドレス身に纏った、ウェーブのかかった長い金髪の女性。
すると、スライムがそれに呼応するかのように、服から黒い光沢を持つスライムへと変わり、面積を増して洋介の全身を余すことなく包み込んでいく。ぐちゃ、ニチャと気持ち悪い音を立てながら、形作っていく。スライムは黒い粘液から徐々に大きなスカート、ドレス越しでもわかるほどの巨乳へと変わっていった。コルセットで締まった胴体。そして、ドレスグローブで包まれた繊細な指先と、はた目からでも美人とわかる顔立ち。そして顔を若干隠すつば広帽と、ウェーブのかかった金髪。変化が終わった時には、ケチのつけようもない美女がそこにいた。
「わぁ……」
目の前に現れた美人に、思わず見惚れるリナ。しばらく呆けると、いけないと首を振って『洋介』をじっと見る。
「随分……綺麗な女性ね」
「フフフ……素敵でしょう? 昔デザイン画から描いた貴婦人よ」
麗しい女性の声で、貴婦人はリナに答えた。
「なるほど、これなら賊も自ら寄ってくる……というわけね。でも大丈夫? また乗っ取られたりしない?」
「あ、それは大丈夫です。これはノートに書いた設定とかがありませんから……人格汚染とかはないです」
麗しい女性から、今度は洋介の声が聞こえて、若干「うわ……」となるリナ。ともあれ、これならきっといい成果を出せるはず。そう思いながらリナは貴婦人を連れて行くのだった。
森の中、馬車に乗せられた女性たちがいた。いずれも縄で縛られ、轡を口にはめられていて明らかに酷い扱いを受けていた。それを見てニヤニヤしているのは、いかにもな盗賊たち。
「随分女たちが集まったなあ、こりゃあ報酬もたんまりもらえそうだ」
「しかし、お貴族様への荷馬車が来る時間とかを依頼主から教えてもらっただけで、こんなにうまくいくなんて!」
「たっぷり可愛がってもらうんだぞ? 君たちの幸せを祈っています!」
そんな下衆な会話を交わす盗賊たち。すると、荷馬車が急に止まり、賊たちは倒れる。
「オイ! 何急に止めてんだよ!」
「そんなことより、見ろよお前ら! あそこの花畑!」
道すがらにある花畑には、一人の女性が花をつみながら歌っていた。遠目からからでもわかるほど、麗しい女性。盗賊たちはそれに釘付けになっていた。
「予定にはなかったが、ちょうどいいや! アイツも連れてっちまおう!」
荷馬車から飛び降り、多数で女性を囲む。女性は「きゃっ」と驚くも、賊たちは手際よく女性を掴み、縄で縛り、轡を口に噛ませる。
「見れば見るほどきれいな女だ。こういうの持ってたら特別褒賞もらえねえかな~」
「よし、さっさと行こうぜ!」
貴婦人を馬車に乱暴に突っ込み、走らせる。それを遠目から眺めていたのは、リナだった。
「どうやら、第一段階は成功したようね。瞬歩」
賊たちに感づかれないように、魔法を使い空中を跳ねながらその後をついていくのだった。
そして、洋介が変身した貴婦人は、賊に連れられた先……深い森の中に立つ、ボロボロの洋館だった。そこにいたのは、フードを被っているだけではなく、仮面を被り完全に正体を隠していた何者かだった。
「はい、依頼分の女性たちだぜ。金よこしてくれよ~」
「今回はめっちゃ綺麗な女性も連れてきたから、その分も上乗せしてくれませんかねえ?」
そんな下衆じみた発言に、フードの男は遮る。発せられた言葉は、まるで変声機でもかかっているかのように男か女か判別ができなかった。
「金額は予定通りだ。さっさと帰れ」
そうして盗賊たちは事務的に帰された。だが、賊たちが帰った後、フードの男は女性たちをいやらしくなでる。
「さあてカワイ子ちゃんたち……これから俺たちが可愛く『おめかし』してあげるからねえ……それからお客さんたちに高値で売るんだから。その前に俺たちでもいくらか楽しませてもらうよ」
女性は嫌がるが、それが楽しいかのようにもっと撫でまわす。そして、唐突に一人の女性……この中では幼い方の轡を外し、耳を傾ける。
「何か言いたいことがある? 言ってごらん?」
「お、おうちに帰して……」
今にも泣きそうな声でそう言った。だが、フードの何者かは懐から鞭を取り出した。
「悪いけど、それは叶えられないなあ。なぜなら……ここでは俺たちが王様なんだよーっメスブタァ!」
鞭を振るい、女性を傷つける。しかも、わざと弱めに打っていたぶるように振るっている。貴婦人越しに見つめ、それを理解した洋介は。
(これは……想像以上だな……!)
厳しいおとり捜査になることを、洋介は考えるのだった。




