07「目標」
静まり返った山中、肉を咀嚼する嫌な音が響いていた。その魔物はおびえる狼のような獣を踏みつぶし、絶命した数匹の死骸を貪っていた。巨大な猪のような姿をしているが、牙は巨大で体を覆う体毛も針金のように固く鋭く、まるで触れるだけで生き物を切り裂くような荒々しさを持っていた。魔物の名は『マッドボア』と呼ばれる猪型モンスターで、凶暴かつ危険な魔物だった。冒険者ギルドでも積極的に討伐対象とされている、第二級危険魔物である。
だが、目の前の恐怖から逃げだした個体を見て、マッドボアはそれを上回る速さでぶつかった。体当たりだけを受けた獣は吹っ飛ばされ死にかけ、体をピクピクと震わせる。それほどの威力を持つその巨獣は、通常の個体よりもはるかに巨大で、冒険者ギルドの中でも手配書を持つ個体だった。
動けなくなってしまった獣に、マッドボアが驚異的なスピードで迫って来た。だが、ぶつかりそうになった瞬間、魔物の前に何かが躍り出てきたことにより、マッドボアは急ブレーキをかけて止まる。
「フゥーン……」
雄山羊の頭部を持つ人型で、背中に漆黒の翼を持つ何者か。その姿は洋介の世界における悪魔バフォメットそのもの。突如現れた闖入者を敵と見なしたマッドボアは怒り、地響きを立てて突進していった。だが――。
「黒雷波」
雄山羊の両手から黒い雷が放たれ、マッドボアに直撃する。この個体は通常より巨大かつ凶暴な個体ではあったものの、強力な雷によって一瞬のうちに焼かれ絶命する。悪魔は雷で焼かれ、倒れたマッドボアを蹄の足で踏んづけた。
「フゥ~フッフッフ……やはり生き物が生きたまま焼け焦げる匂いは、いつ嗅いでも大変良い匂いだ……!」
人の神経を逆なでするような声でマッドボアを何度も踏みつける、悪魔のような姿をしたその生命体の名は『バフォーメ』と名乗るバフォメットを模した魔界の悪魔。性格は残忍で冷酷。自慢の技黒雷波で生き物を焼くのが趣味という悪趣味の塊でもある。登場作品は洋介が中二病全盛期に書いた銃火器がメインのダークファンタジー『Devils×Devil』。
ひとしきり踏みつけた後、バフォーメはおびえて動けなくなっている獣に対しても目を向ける。
「さて、このデカブツを焼いたのは良いが、出力を上げすぎてほぼ一瞬で決まってしまったのは興が削がれた。どれ、こいつらはあえて出力を落としてじわじわ焼いてみようか――がふっ!?」
目の前の獣に対し、拷問染みたことをしようとする悪魔が、いきなり背中から蹴り飛ばされた。蹴り飛ばしたのは、王立騎士団の騎士リナだった。
「ちょっと、何また自分の生み出したヤツに乗っ取られているのよ。また集中切らしてたわね」
「口をはさむな人間風情! ……わた、し……は……俺は、ガッ」
言葉が途切れ、自身をビンタするバフォーメ。そして、リナに向き直ると先ほどまで口から発せられていた嫌な声が消え、洋介の声になる。
「す、すいませんリナさん……また集中切らしてガワの人格に乗っ取られていたようです……」
「はーっ、なんでそんな奴らばかりなのよ」
「ほかにもいろいろいるんですけど、これは俺がちょっと痛い思想の時に書いたもので……」
バフォーメが口に指をかけ、着ぐるみを無理やり裂くように広げると、禍々しい悪魔の口内から、脂汗を浮かべた洋介の顔がぬるりと這い出してきた。洋介はリナが王立騎士団からの連絡をもらうまでのしばらくの間、リナと一緒にスライムの研究をしていた。
まず、スライムは洋介の意志で自在に操り変化させることができる。スライムは洋介がイメージした物体になんでも変化し、材質さえも模倣する。それこそイメージを突き詰めれば全身を覆う形でノートに描いた創作キャラはおろか、他の人間になれる。リナ曰く、スライムは『擬態』の性質を持つとのことで、それが突き詰められているのでは? とのこと。強力な武器にも盾にもなりうる代物ではあるが、弱点が無いわけではない。
まず、スライムは洋介から離れられないこと。スライムは洋介からある程度離れると形を維持できなくなり元のドロドロに戻ってしまう。そして洋介から離れても洋介の所に自動的に戻ってこようとする。あの時の装備解除魔法で引きはがされても戻って来たのだった。
そして、スライムが模ったキャラとかの中で息ができないのはもちろん、創作キャラが洋介の体より小さいサイズだと変身できず、人型から外れていると、あらぬ方向から顔を出さないといけなくなることもある。
創作キャラになった時は、その創作キャラに主導権を奪われてしまうことも弱点の一つ。スライムはノートに記された「設定(性格・口調・行動原理)」を忠実に再現しようとするのだ。一応変身した時に意識を集中させ、自分が何者かをしっかり自覚すれば乗っ取られたりはしないが、少しでも集中を切らせば浸食される。これについては、体のどこかから顔を出していれば浸食されないのだが。
万能ではあるが、それゆえの制約もあるのだった。
洋介はスライムを服に戻した後、リナと共にマッドボアの特殊個体を冒険者ギルドまで引っ張っていった。冒険者ギルドの職員は、死骸を見て驚く。
「これは……このあたりで暴れていた特殊個体のマッドボア。これを倒したのですか? 王立騎士団さん」
「いえ、これを倒したのは私の隣にいるこの男です」
「あ、どうも」
「本当ですか! 素晴らしいですねえ」
職員が驚き、他の冒険者たちも洋介のことをじっと見つめる。そんな視線にさらされながらも、洋介はギルドの職員から金貨をもらう。手配書があった個体だったためか、草むしりなどとは比べ物にならない金額をもらえた。
「わ、すごい金額……!」
「大事にしなさいよ、こういうのはいつ稼げるかわからないんだから」
「あ、リナさん。コレの山分けとかしましょうか? アレを探してくれたのはリナさんですし」
「いいわよ別に。やったのはあなただし」
二人はギルドを出て、洋介はスライムで作ったポシェットに多量の金貨を突っ込んだ。すると、町の広場に入った時に小さなカラスのような鳥が飛んできて、リナの手に留まった。足には手紙が巻かれていた。
「それは?」
「王立騎士団で飼ってる伝書鳥、頭が良いし外敵をかわすのも上手いから。ほんとは対面で話せる鏡とかもあるんだけど、それは数が少ないし使える人も少ないから」
「へえ……そんなものもあるんですね。で、なんて書かれていたんですか?」
「いう訳ないでしょ、これ一応機密情報なんだから。読んでくるから、しばらくどこかで暇でも潰していて」
リナはそう言ってどこかへと向かっていった。それを見送った後、どうしようかとそこらへんに置いてあった木箱に腰かけた。
「暇を潰せって言われてもなあ。この世界にスマホやインターネットなんてものはないし、漫画や小説もないよな。遊べるところと言っても、酒場とか賭場とか、いかにもなところ……」
そういいながら町の広場をじっと眺めていると、あることに気づく。
(今までじっくり見る余裕なかったから気づかなかったけど……この町って意外と整備されてる? 石畳とかレンガの建物とかきちんとしてるし、噴水とか井戸とかあってちゃんとした水も飲める。それに飯屋も結構あって、賭場とか酒場とか共同浴場とか娯楽もちゃんとある……よくある異世界小説みたいな代物と言えばそれまでだけど、普通の中世より非常にいいところだ。こういう綺麗な情景を、俺も小説で描けたらな……)
そんな風に中世の景色を眺めていると、道行く人々の中で異質な人物を見かけた。その人物はふらふらと歩いており……洋介の目の前で倒れた。
「……うわー、よりにもよって俺の目の前でぶっ倒れますかこの人……とはいえ、このまま放っておくのも後味悪いしなあ……他の人は見向きもしないし……しょうがないなあ、おじさん、大丈夫ですか!」
洋介の問いかけに対し、ボソボソと答えるその浮浪者然とした男。よく聞こえなかったので、耳を近づけると……。
「腹……減った……」
その言葉を聞いてあきれた洋介だったが、仕方ないのでそのまま背負おうとした。すると、あることに気づいた。
(あれ、この人……左腕が……?)
しかし、あんまり触れるのもどうかと思ったので、背負って近くの飯屋へと連れて行った。
飯屋で適当な食事を大量に頼み、手あたり次第食わせる。その男は、出された料理を一心不乱に貪っていた。その様子を、適当な飯を食いながら見つめる洋介。
(……さて、どうしようか。飯食わせたのはいいけど、あからさまにほかの冒険者と違って浮浪者みたいだしな。飯食わせたらこれ以上関わり合いにならない方が……)
「……ごちそうさま。すまない、助かったよ」
改めて洋介に向き直ったその男。無精ひげが伸びており白髪もボサボサだったが、よく見ると顔は整っており、髭などを整えればひょっとしたら相当な美男子になるのでは? という確信が洋介にはあった。
「あ、いえ。お粗末様でした」
「みっともないところを見せたね。いや、まさか道に迷って5日も食えなくなるなんて思わなかったよ……」
「5日も!? まさか、あの森をずーっとぐるぐるしてたんですか?」
「そうだが」
自分でも道を見つけられたのに、5日も彷徨うなんて……どんな方向音痴だよ。と思いながら見つめる。
「ところで、君の名前は?」
「あ、はい。洋介と言います」
「ヨースケ君か。俺は…………まあ、ユーとでも呼んでくれ」
(……なんだ? さっきの間は?)
「ところで、君はどうして俺を助けてくれたんだい? 君は冒険者? それともこの街で働いているの?」
「なんとなく……あなたが倒れたのを見て、ほっとけないと思ってしまいまして。それに、自分は冒険者で騎士団の手伝いをしてるだけです」
「ふーん? で、その先は特に考えてないという訳か。意外に楽観的だね、君」
「とりあえず小さな目標を持ってないと、やってられませんからねえ」
「ふーん? それにしては、少し何か憂いを感じているんじゃないかい?」
「えっ……? わかるんですか?」
「何、人を見る目は割とある方でね。何か、悩みでもあるんじゃないかい? こんな俺に話せば、ちょっとは気が晴れるんじゃないかい?」
「……俺、遠いところからはるばる来て、冒険者になったのはよかったんです。でも、人生の目標と言えるものはなくて、目の前のことをこなすのに精いっぱいで、そんな日々が続いた後、果たして俺は何者になっているのか……そして最期は、何が残っているのかなって……」
洋介が不意に漏らした本音。いきなり異世界に放り出されてしまい、偶然手に入れたスライムが無ければ何もできない自分。騎士団の手伝いも、ほぼ偶然の中手に入れた要件。何者にもなれるが、肝心の自分はこの世界では希薄に感じる。この世界で、自分はここで何をするべきなのか、何をしたいのか、何を目標に生きればよいのか。すべてが、わからないまま。
それを見て神妙な面持ちになったユーは、一息置いてから話し始めた。
「別に……良いんじゃないか? そのままで」
「え……?」
「君は少し焦りすぎているんじゃないのかい? 目標やそれに準ずる何かを見つけようとして、むやみやたらに走りまわって……周りが見えなくなっているんだと思う。今は立ち止まって、目の前にあることを一つ一つこなしていくのが良いと思う。立ち止まれば、周りの景色が見えることもあるだろう……今はまだわからなくてもいいさ、ただ……空っぽの君には、きっとそれが必要なはずだ」
「ユーさん……」
「焦らなくていい、今は目の前にあるできることをやっていればいいんだ。いずれ、答えが見つかるはずさ。さてと、ごちそうになった分くらいは、気晴らしになったかな?」
「……はい、ありがとうございました。少し、気が軽くなりましたよ」
「それは良かった、じゃあ俺は行くよ。縁があったらまた会おう」
そう言ってユーは席を立ち、去っていった。
「ユーさんの言ったこと……まだまだわからないことだらけだ。けれど、いずれわかる時が来るのかな。周りを見る……か」
飯屋の中を見渡す。飯屋にいるのは、飯を食いに来ている人だけではない。食堂で働く人間、何か話をしている人間、いろんな人がいる。いい景色だな、と考えた。
(ひょっとして……この光景、小説とかの参考にできるんじゃないのか? この景色、リアルなファンタジーの世界の描写にできそうだよな……)
その時、一つの天啓が洋介の中に宿った。
(……元の世界に帰れるかどうかはわからないけれど、この世界の景色や人模様なんかを小説や漫画にできたら、きっといい作品が作れるんじゃないのかな? 得も言われぬリアリティを生み出すような……! そうだよ、この景色やこの世界での経験を創作に落とし込めれば、きっと今までにない傑作ができると思う! この世界のリアルを、俺のファンタジーにするんだよ!)
目標のようなものができたことに、喜ぶ洋介。だがその瞬間、ポンポンと店員に肩を叩かれた。
「もしもし~、お客さんお勘定は?」
「……え? ひょっとしてユーさんの食事は全部俺持ちってことですか!?」
食事代はマッドボアの報奨金で賄うことはできたが、半分以上持っていかれたことにあの人どんだけ食ったんだよ……愚痴をこぼすのだった。




