06「協力させてください」
女性たちを攫おうとしていた暴漢を、助太刀があったとはいえ捕えることに成功し、女性たちを救出したリナ。町の近くにある騎士団の出張所で暴漢たちを尋問して情報を聞き出そうとするが、大した内容は聞き出せなかった。依頼を受けた人物から金を前払いで受け取り、場所を指定され女性を連れてくることに成功したら、さらに報酬を上乗せするという契約を受けただけ。その人物は仮面やフードで隠しており正体はわからなかったとのこと。
「ふむ……やっぱりこの辺の適当な賊を金で雇っているだけで、直接手を出しているわけじゃない……か、また外れね。でも、多額の報酬を用意できるところが、気がかりね……」
女性たちにも話を聞くと、女性たちはこのあたりを統括する貴族の屋敷に荷物を届けに行く途中だったらしい。そんな依頼を受けた時、急に賊が現れる。偶然にしては少し違和感があり、やはりバックには貴族がいるのか……? と思いながら賊を騎士団の同僚に引き渡した後、騎士団の出張所で報告書を書いていた。
「さて……と。次はあなたの処遇をどうするか、ね」
報告書を書いた後、後ろを向いたリナの視線の先にいるのは、腰に巻かれた布だけのほぼ全裸で柱に縄で縛られている洋介だった。近くには黒いタールのようなスライムが、山のようになって存在していた。
「あ、あの……先程はどうもすいませんでした。女性の前で、はしたない姿を晒した挙句、あなたに銃を向けちゃって……」
「結果的にあの賊を捕えるのに協力してくれたから、文句は言わないけど。それに……あの時のあなたは、今のあなたとは『中身』が別人のようだしね」
「なら、なんで縛っているんですか……」
リナから見れば目の前にいる男は、先程の殺し屋と名乗ったスタロトのように、殺気や邪悪さをはらんだ雰囲気ではなかった。それどころか、線の細い体に加え冴えない見た目が合わさって、先程自分や暴漢を殺害しようとしていた殺し屋と同じには思えなかった。が、まだ本当に違うのかわかってないので、柱に縛り付ける保険をかけていたが。
「それで、さっきまでのスタロト……とかいう、リザードマンみたいなトカゲが名乗ったのは誰? あなたを覆って、乗っ取ろうとしていたみたいだけど」
「ああ、その理由は……あれとそれですね」
ズル……と音を立てて、黒い光沢を持つ、とんでもない粘性を持ったスライムのような物体が部屋の隅から洋介に近づいて来ようとする。そして机の上には、古ぼけた大学ノートがあった。
「あのスライムみたいな何か? にしては生物的な意志も感じられないし、あなたから引きはがしてもあなたの所に戻ってきたし……ただのスライムじゃないのかしら。それにこの書物、私たちの良く知る書物には全く合致しない代物……」
「その本のどこかに、スタロトが描かれているんです。そのイメージを読み取って、あのスライムが僕を包み、形作ったんです」
ペラペラとリナがノートをめくると、そこにはモンスターやらいろいろな人物などが描かれていた。そして、スタロトのページにたどり着く。リナにとっては未知の言語――日本語で書かれていたため詳しい内容は判読できなかったが、そこに描かれていたのは先ほどまでリナの目の前にいたスタロトそのものだった。ボーラーハットを被ったトカゲ頭、黒のぴしっとしたスーツ、そしてライフルにコートに仕込まれた鎖。そしてライフルの内部構造図や、弾丸の薬莢、すべてがびっしりと描かれていた。
「これ、全部あなたが描いたの?」
「はい、全部自分が描きました」
「ふむ……確かにあの時の男ね。トカゲの面、鉄の筒、仕込み鎖……細部まで狂いなく描かれているわね。要はこの本に描かれたものを、そのスライムが形づくってあなたを纏って現実にしてる。理屈はわからないけれど、そういうことね」
ノートを閉じ、机に再び置く。リナにとってそれらは、この世界の理とは明らかに異なる技法や文字で描かれた、緻密な「この世界とは違う理の」住人たち。先程のスタロトだけではなく、チラッと見えたページにもびっしりと書き込まれていた。その中には、あの時女性が語っていた騎士、セインもあった。
「……で、あのスライムらしき物体は、どこで手に入れたの?」
「えっと……森で彷徨っていたら、宝箱を見つけて、開けたらあれが出てきて、いきなり包まれて……飲み込まれたら服がなくなって、胸に元々なかったはずの黒い染みができて……よくわからないまま使ってました」
リナが縛られた洋介の胸元を見る。そこには、心臓を飲み込むような、禍々しくも美しい漆黒の染みが胸の部分にあった。
「……もう少しよく考えて宝箱は開けなさい。危ない呪いのアイテムかもしれないんだから……」
黒い染み以外に身体的異常はなかったので、あまり気にしていなかったが……アレがとんでもない代物だったら……? というよからぬ想像力が働き、洋介はゾッとする。あの時はいろいろ切羽詰まっていたとはいえ、かなり軽率だったのではないのかと。頭の中で変な考えを巡らせていると、リナが洋介に近づき、縛っていた縄を解きはじめた。
「さて……と、あなたもう行っていいわよ。さすがに裸じゃ困るから、これを着なさい」
洋介を縛っていた縄をほどいた後、リナは隅に置いてあった簡素な服を手渡そうとした。
「え、もういいんですか? あの……事情聴取とかはいいんですか? それに、あのスライムとかの検査とか……」
「いいの。確かにあのスライム状の何かも気になりはするけど、こっちもあなたに長々と構っている暇はないの」
服を洋介に持たせた後、せわしなく書類をめくったりするリナを見て、少し心がズキンとするような気持ちになった。このまま何も言わずに去って行ってもいいのだろうか。確かに自分は物語の主人公ではないが、このまま何も言わずにいて良いのだろうか? という考えが廻った結果、洋介は言葉を出した。
「あの……もしよろしければ、自分もあなたの任務に協力させてもらえませんか?」
「は?」
いきなりそんなことを言われ、驚いて振り向くリナ。
「いきなりなんなの? 私の任務に協力したいなんて」
「いや、ただ……協力したいと思っただけです。あなたは先程の賊に何かを感じていて、その裏にある何かを追いかけている……それに、協力したいなって思ったんです」
その言葉に、リナは一瞬呆れたような表情を浮かべた後、じっと考えるようなそぶりを見せる。それを見て、洋介は次の提案もする。
「表立った協力が嫌なら、俺を包んでいるあのスライムの監視とかでも……」
そう言うと、大きなため息をつきながらリナは言う。
「……いいわ、監視の名目であなたの協力を受けてあげる。さっきのやり取りや以前の行動で、あなたがアレを悪用したりしない根っからのお人好しで、どうしようもなく正直者体質というのがわかったからね」
「お人好し……ですか」
「もちろんまだ信用ならないのはわかっているわ。それに、あの本に書かれたあの文字……普通の冒険者よりかなり逸脱してる。故にさっきあなたが言った通り、監視込みよ」
「アハハ、ですよねえ……」
「それでも、あなたの力でも借りたい理由は結構あるのよ。まず騎士団の本隊が別件にかかりきりで、動かせないの。なんでも強力な魔物がこの近辺、アズラクの町に多数出るらしくてね……多くの騎士はほとんどそっちに回されていて、奴隷貿易の調査に回せる人員がいないの。何せドラゴンとかが出てくるもの」
(あ、あの時言ってたドラゴンって、俺のことじゃなかったんだ……)
洋介はスライムをドラゴンに変化させ、空を飛んで町の近くまで来たことがある。あの時リナが言っていたドラゴンのことは、自分のことではなかったのだと胸をなでおろす。
「腕利きの冒険者にギルド経由で依頼を頼もうにも、向こうに予算が回されている以上私個人の依頼で出せる金は少なくて受けてくれる人間もいないし……それに、向こうが魔法を封じる希少な鉱物である魔封石を持たせたことが分かった以上、魔法に頼り切った騎士や魔術師とかじゃ足元を掬われる。その点、あなたの『それ』は魔法の理の外にあるわ」
「はあ、いろいろ大変なんですねえ」
洋介がそう言うも、リナは少し曇ったような表情をする。
「正直なことを言うと……奴隷貿易がこのタイクーン王国で行われているというのは、絶対にあってはならないことなの。この王国は三十年前に新しい女王様が即位して、当時腐りきっていたこの国を長年かけて正しく改善したの。奴隷貿易の禁止もその一環」
「あなたが仕える女王様は、随分と素晴らしい人なんですね」
「ええ、だからよ……近年になってそれがまた密かに行われていることがわかったから、女王様も怒り、悲しんでいるわ。もうすぐ即位三十年の記念式典もあるのに……」
なるほど、と洋介は思う。女王が必死で出した国の膿が、今になってまた国を蝕もうとしている。それも記念式典が間近という、大事な時に。そこに注力しようとも怪物の事件があり中々できない。故にリナは猫の手も借りたい状況だったのだろう。だから自分に頼んできたのだ。
「わかりました、できる範囲で協力させてもらいます。あなたが慕っているだろう女王様のためにも」
「そう、私を見だしてくれた女王様のためにも……って、なんであなたがそれをわかるのよ」
「……言葉の節々、ですかねえ。女王様のことを話す時、言葉が上ずるから」
「……そういうとこ見れるのね、あなた」
少し顔が赤くなったのは自分がほぼ裸だからなのではないのだろうと、洋介は思った。そして、ブルブル頭を振るった後、洋介に向き直る。
「そういえば、あなたの名前を聞いていなかったわね。あなたの名前は?」
「あ、洋介って言います」
「ふむ……ヨースケと言うのね。私はリナ、王立騎士団の一員よ。さて、監視などのその前に……」
リナはじろじろと洋介の姿を見る。腰巻が巻かれているが、相変わらず全裸に近い。そして、ズルズルと音を立てて洋介に近づこうとするスライムを見て、怪訝な顔をする。
「そのスライムが本当に問題のないものか確認。その後、あなたの着るものをなんとかしないと」
「あ、あの……すいません。着ていた服はあったんですが、スライムに包まれた時に無くなってしまいまして……」
「……そこから? はぁ……」
腰に巻いた布だけで申し訳なさそうな顔をする洋介を見て、呆れたやらスライムに対しての危機感を抱いたような表情をした。




