05「飲まれる」
「その女性たちを離しなさい!」
昨日助けてもらった王立騎士団の兵士と名乗った女騎士が、暴漢たちの前に立ちふさがった。レイピアを暴漢に向かって突き立て、臨戦態勢に入っていた。洋介が草の影で震えている間に、彼女はかつて洋介が描いたヒロインのように、凛として悪に立ち向かっている。
「ここらで人を攫って奴隷にしているというのは、あんたたちね!? あんたたちの元締めは誰!?」
「うるせえ! 俺らは金をもらってやってるだけだ、テメエにとやかく言われる筋合いはねえ!」
「いくら王立騎士団の騎士とはいえ、相手は一人だ。多勢に無勢だ、やっちまえっ!」
暴漢たちがリナに襲い掛かる。だが、彼女はそんなことに怯むようなタマではなかった。レイピアが白く光り、横に振るう。
「一閃!」
斬撃による鋭い風が暴漢をなぎ払い、数人が傷を負ってその場に這いつくばる。それを見た暴漢の何名かは襲い掛かるのをやめ、後ずさる。この光景に、洋介は興奮していた。
「つ、強い……! やっぱりこの世界、強い魔法を使える人がいるんだな……! あの人、王立騎士団って自分で言ってたし、大丈夫だろう……俺も良く知ってる見た目だし。こりゃ、俺が出る必要もないかな」
草むらに隠れ、心配ないと踏んだ洋介。リナはうずくまっている何人かにレイピアを突きつけ、尋問を始めた。
「答えなさい、アンタたちの雇い主は誰? なんの理由があってこんなことをしているの?」
「うう……そ、それは……」
言葉に詰まる暴漢。レイピアはいまだに自分たちの方向に向いている。ちょっとでも反抗しようとすれば、本気で斬られる。そう感じていた。
「言うつもりがないの?」
「い、いや……その……実は、上からあるものを預かっていてな……」
「それは何?」
「それは……コイツさ!」
暴漢が懐から何かを取り出した。それは、エメラルドみたいな緑の石。それが輝くと、緑色の光が辺りを包む。
「わっ、なんだこれ!?」
洋介は警戒するが、洋介には何も影響がなかった。だが、リナは急に体全体が痙攣したかのように震え、膝をついてしまう。手足の先から熱が奪われ、代わりに鉛を流し込まれたような重苦しさがリナを襲った。視界がぐにゃりと歪み、全身の血管に冷たい泥を流し込まれたような感覚がリナを襲った。指先一つ動かせない。誇り高き騎士の身体が、ただの肉の塊へと成り下がっていく。
「ぐっ……ま、まさか、それは……ち、力が抜けていく……」
「上からもらっといて良かったぜ。この石がありゃあ、お前みたいに魔力を持つ者は等しく動けなくなる。これでお前も、俺たちの思うがままって訳だ」
リナはレイピアを杖代わりにして立ち上がろうとするが、逆に体の力がどんどん抜けていき、立っていられなくなってしまう。地面にうつ伏せで倒れてしまい、暴漢たちはそんなリナを取り囲み、上から見下ろす。
「さあて、どうしてやろうか。仕事の邪魔されたんだ、ボコボコにするだけじゃ飽き足らねえ、落とし前もつけてもらわねえとなあ」
リナの鎧を脱がそうと卑劣な手をかける暴漢たち、草むらに隠れてみていた洋介も焦る。
「や、やばい……昨日も見たような光景が……」
とにかく、このままではいけない。何とかして助けなければ。そう思うと慌ててしまう。何かできることはないかと。特に、自分が描いたヒロインの女性が酷い目に遭いそうなのを、見過ごすことはできなかった。そして、懐にあったノートに気が付く。
「そうだ、また創作キャラになれば……この状況をなんとかできるかも!」
そう言って何か良いキャラはないかと、ノートをペラペラめくる。だが、どれがいいのかわからず焦る。
「ダメだ、セインとかじゃあの石の力に干渉されるかもしれない。もっと別の、魔力に依存しない力を持ったキャラは……!」
すると、ある1ページに目が止まる。
「あ、このキャラなら、ひょっとしたら……!」
ページをじっと見つめ、設定やキャラのイラストで頭の中をいっぱいにする。すると、服が元の粘性のあるスライムへと変わり、ぬるりと熱いスライムが、ぐちゅぐちゅと音を立てながら隙間なく全身を這い上がる。
「ううっ……身体がかき回されるような……なのに、すごく……キモちいいぃいぃ……」
そして、それらが光沢のある黒色からどんどん色が変わっていく。鈴鹿洋介の上に、スライムでできた体ができていく。足の周りに垂れたスライムさえも、足にきゅっとまとわりつき、鈴鹿洋介という個意識が、思考がバラバラに解体され、黒い粘液の深淵へと沈んでいく。代わりに、ノートに書き殴った『設定』が肉を構成し、骨を組み替えていく。未知の『人格』が脳髄を塗りつぶしていく。冷酷な『殺意』に塗りつぶされていく。脳裏には銃火器の構造と、ターゲットの急所のみが浮かび上がる。自分の喉から漏れ出たのは、聞いたこともないような低い笑い声だった。
「……チッ、賑やかなこったなァ」
彼が消えた代わりに、そこには。
一方、身動きが取れなくなってしまったリナは、暴漢たちに鎧を脱がされつつあった。わざとゆっくり脱がせていく、そのいやらしい行為にリナは屈辱を感じていた。
「ううっ……こんな奴らに……」
「ひひひっ。王立騎士団の女騎士様とあろうものが、みっともねえ姿だなあ」
「ちょうどいいや、コイツも口封じのために隷属魔法の首輪つけて奴隷にしちまおうか」
「そりゃあいい! 目当ては綺麗な女らしいからな、早速やっちまおう!」
懐から黒い首輪を取り出し、リナにつけようとする。リナはそれを見て睨むが、動けない今はどうしようもない。それどころか、彼らが発した隷属魔法という単語に、更なる戦慄と怒りを感じていた。
(隷属魔法……! そんな三十年前に禁忌とされた魔法が、平気で使われているなんて……! こんな、やつ、ら……!)
首輪がリナの眼前に迫った時だった。ドォン! と火薬の焼ける臭いと、重厚な金属音が聞こえ、首輪がひしゃげると同時に暴漢の手から離れる。首輪は壊れてしまい、地面に金属音を立てて転がった。
「だ、誰だ!? いきなり俺らの邪魔をするのはよ!?」
暴漢たちが音のした方向に向き直ると、振り返った先には異様な男が立っていた。漆黒のスーツに身を包み、足には黒い革のブーツ、手には上品な手袋、ボーラーハットを被ったトカゲの頭。先に悪魔のような突起のある爬虫類のしっぽ。手にはライフル。古びたファンタジーの情景の中で、その姿はあまりにも現代的で、そして恐ろしいほどに異物だった。
「あれーっ、こんなところで蛆虫どもが女をいたぶって遊んでやがる」
トカゲ男は肩から担いだライフルを軽く跳ね上げ、獲物を狙う獣のように口角を上げた。魔法の輝きとは無縁の、鉄と油の暴力。それは中世の戦場において、あまりにも合理的で、あまりにも残酷な死の宣告を告げるかのような武器。
いきなり現れた異物とも言える人物に、リナは驚き観察し始める。
(何なの……この男。魔力も感じないし、あの奇妙な鉄の筒は何なの? 見たこともない服、隠しきれない殺気……まるで、異界からこぼれ落ちた怪物だわ)
暴漢たちは少し怯んだものの、威嚇するようにナイフや短刀を出して男に突き出す。
「なんだぁテメェは!」
「俺たちの邪魔するんならぶっ殺すぞ!」
だが、男はそれに対し口元をにぃとゆがめ、軽い口調で言う。
「殺し屋スタロトだ、嫌いなものは誇り高き『悪魔』を騙る同業者と、そこに群がる『蛆虫』だ」
殺し屋スタロト。悪魔と爬虫類のハーフであり、金のためなら依頼主が親の仇であっても依頼を受ける、冷徹な殺し屋。一見すると人型の爬虫類なのだが、尻尾の先には悪魔のような尖りがあり、ボーラーハットの下には悪魔の角がある。自慢のライフルはどんな相手であろうと射貫く。必殺技は地獄掃射。登場作品は洋介が中二病全盛期に書いた銃火器がメインのダークファンタジー『Devils×Devil』
言い終わると同時に片手で持ったライフルから弾丸を放ち、盗賊たちの持つ短刀やナイフを撃ち落とした。真っ二つになり軽い音を立てて落ちた武器を見て、恐怖する。
「なっ、こ、コイツ……! どんな魔法を使いやがったんだ!?」
「慌てるな、コイツを喰らえっ! 魔法を封じる石、魔封石をな!」
手に持った緑色の石をスタロトに向けるが、スタロトは邪魔くさそうに引き金を引いた。放たれた弾丸が魔封石を粉々に砕く。
「あぁ~っ! 貴重な魔封石があああっ!」
慌てる暴漢たち。石が砕かれたことで、リナも力を取り戻す。押さえつけていた男を振り払い、起き上がってレイピアを握る。
「そこの人、誰だか知らないけどありがとうね! さあ、観念しなさい悪党ども!」
「ひいいいい! 逃げろおおおお!」
暴漢たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。それを見たスタロトは、袖口から鎖を射出し、長く振るうと暴漢たちを一斉に縛り上げてしまった。
「確保までしてくれるなんて……ありがたいわね」
リナはスタロトに感謝し、鎖に縛られた暴漢たちに近づこうとする……が、スタロトは暴漢の一人を踏みつけた。ブーツの厚底が男の顔を歪ませる。男の悲鳴が森に響く。
「ちょ、ちょっと何してるの!?」
「あ? こんな蛆虫共に何しようが勝手だろうが。さて、脳天でもブチ抜いてやろうか、ククク……」
スタロトのライフルが、鎖で縛られた暴漢の額に押し当てられる。暴漢は「ヒィッ」と声を上げるが、スタロトは気にする様子もなくさらに強く押し当てる。それを見たリナは、スタロトの肩を掴む。
「止めなさい! 殺しちゃダメよ、私はこいつらに聞きたいことがたくさんあるのよ!」
だが、スタロトはリナの言葉に苛立ち、口を歪ませライフルをリナに向ける。
「俺に指図すんじゃねえよクソ女。俺はこういうやつが嫌いなんだよ。目の前に現れたら、問答無用でぶっ殺したくなるんだよ」
先程の圧倒的な武力を見ていたリナは、ライフルを向けられたと同時にレイピアを向け、戦闘態勢に入る。リナは直感した。こいつは捕らえた賊など比較にならないほど、はるかに危険な存在だと。
「人の命をなんだと思っているの? いくら相手が悪い人間だからといって、むやみやたらに殺すのは許されないことよ」
「世間のルールなんか知るかよ、俺はやりたいようにやるだけだ。俺に対しあーだこーだ指図すんならお前も殺……ゴフッ、ガッ……!」
スタロトの言葉が止まり、せき込んで彼の体がビクッと跳ねた。体がブルブルと震え、リナに向けていたライフルを地面に落とす。頭を抱え、うずくまる。
「ぐ、あああっ、ああっ! ち、違う……俺は、こんな、こと……したくな……俺、は、ただ助け、るため、に……」
「ちょ、ちょっとあなたどうしたの!?」
低い殺し屋の声に、弱々しい男の地声が混ざり、二重の声となって森に響く。先ほどまで殺意を向けていた相手が、急にうずくまり苦しみだしたことに戸惑い近寄るリナ。だが、スタロトは。
「が、あ、やめろっ、スタロト……! お前は俺の……俺は、スタロトじゃ……そ、そうだ……!」
うわごとのようにそんな言葉を繰り返し、自らの顎に手をかける。そして、自らの皮を引っ張る。最初はゴムのように伸びるだけだったが、次第にブチブチとちぎれていき、スタロトのトカゲの頭がまるでマスクを無理やり剥しているように千切れると、スタロトの顔の下から洋介の顔が出てきた。それを見て、リナは驚いた。
「えっ、あなた……! 昨日会った、あの冴えない男! その姿は、一体……?」
「あ、また会いましたね。どうも、お騒がせしたようで……」
リナに挨拶し、訳を話そうとするが、まだ震えていたスタロトの腕が、引きはがしたスタロトの頭を再び洋介に被せてしまう。声が再びスタロトと洋介の声が混じり、意識が混濁し始める。
「んだァ、てめェ……俺の邪魔すんじゃ……ヤメロ、俺はお前じゃな……」
洋介はスタロトの頭や腕を引きはがそうとするが、洋介の体を覆っているスタロトの体はそれを阻止しようとする。ありえない光景にリナは困惑するが、洋介に起きていることを理解し始める。
「あの青年、自らの体を何かが覆っていてそれに乗っ取られている……!? どうやら大変なことになっているようね。でも、それなら対処法が無いわけじゃない。相手の武装を解除する魔法、装備解除!」
魔法を唱えて洋介に向かってレイピアを突きたてると、パァンッ! と派手な音を立ててスタロトの体が黒いスライムに戻ってはじけ飛び、びちゃびちゃとあたりに飛び散ってリナにもいくらかかかる。そして、その中心にいたのは……全裸の洋介だった。
沈黙が二人の間に流れる。そして、リナが言葉を絞り出すと……。
「あ、あの。助けていただいた上に、その……」
洋介の消え入るような声に対し、リナの顔が真っ赤に染まっていく。
「…………この、変態バカああああああ!!」
森の鳥たちが一斉に飛び立つほどの悲鳴が、空に響き渡った。




