04「生きる意味」
「洋介、お前は面白い物語を描くね」
初めて小説を書いたあの日、両親が褒めてくれた。絵が描けるようになってからは、小説と並行して漫画も描き始めた。高校、大学に進学すると同時に、部活やサークルなどでともに作品を書き始めた。大学の学園祭で発表したコピー本は好評で完売し、ネットでもそれらは好評を博した。それは大きな自信となり、仲間たちと共に高めあっていた。
「超大手の漫画雑誌で連載目指しまーす!」
「じゃあ俺はラノベで新人賞取ってやるぜ!」
「おうっ、ブラック企業なんかに就職してたまるかあっ!」
そんな風に、日々仲間たちと高めあい創作活動を続け、将来は漫画家や小説家、あるいはそれに携わる職に就こうと心に決めていた。しかし、世界は甘くなかった。学年や年を重ねていくたびに、表現の世界で生きていくことの過酷さを、身に染みて思い知らされた。
「私、漫画家になるのは諦める。卒業したら、両親も厚生年金のあるちゃんとした職に就けって言ってたし、渾身の一作が最終選考で落ちたのを見て、才能ないって自分を客観視できたから。これからは趣味として、投稿サイトやSNSで細々やっていくつもり」
「この世の中、小説もAIで書けるようになってきたからな。投稿サイトの作品も段々レベルが上がって来たし、もう俺らみたいな凡人小説家が夢を見る時代じゃない。そう気づいたよ」
「編集者って、高学歴の人がなるんだってさ。俺たちみたいな普通の大学生がなれるような職業じゃないんだ。俺たちは、最初からそういうルートには入っていなかったんだよ」
そうして、筆を折っていく仲間たちを洋介は見送ってきた。だが、洋介は諦めきれず、卒業しても仕事をしながら漫画や小説を続けるつもりでいた。
「洋介、お前は続けるのか。会社勤めをしながら、作品を描き続けるんだな。それもいいと思う。でもさ、結果が出ないことが続けば、いずれ俺たちみたいに割り切るときが来ると思うよ」
そんな友人たちの言葉に反抗するかのように、洋介は作品を描き続けた。仕事の合間を縫って、漫画を出版社に持ち込んだり、小説を小説賞に投稿したりした。しかし、結果は芳しくなかった。
「絵は悪くない。背景のパースも正確だし、トーンの処理も丁寧だ。作品としての体裁は十分に整っている。何を読者に伝えたいのか、その意図も論理的には理解できる。……けれど、商品としてはイマイチだね。決定的に『何か』が足りない。魂を揺さぶるような熱量というか、読者の心に爪痕を残すようなエッジのようなものがね。まだまだ商業作品としては未熟だ」
出版社に持ち込めば、そんな言葉を毎回のように言われる。小説賞に投稿しても、一次、二次と選考を通過することはあっても最終選考には行かない。ネットにあげて一瞬高評価を得ても、ネットの濁流に沈んでいく。その繰り返し。睡眠時間を削ったり、仕事の合間にネタを考えたりと、どんなに創作に集中しても報われない。俺は、あいつらのように『大人』になれなかった。割り切って、筆を置いて、社会という歯車に収まる勇気がなかった。そんな日々が続いていくうちに、次第に作品が描けなくなっていった。ペースが落ちて、どんどん理由をつけて描けない日が続き、そしてある休日に気づいてしまった。
「や、ヤバイ……! 出版社への持ち込みとか、ネットへの投稿とかできなくなってから、もう一年になる……!」
気が付けば短編漫画やショートショートすら書けなくなり、ネットへの投稿もある日を境にぱったりと更新が止まっていた。これに気づいた洋介は、焦る。人生二十五年生きてきた中で、最上級の焦りを感じた。
「なんでもいい、とにかく一度でいいから、ヒットさせるんだ。俺の存在が、描いた物語が、単なるデータのゴミじゃないって証明したいんだ……! そうすれば、きっと……きっと……!」
そう思いながら、がむしゃらに創作活動を再開する。休みの日、寝食も忘れて書き殴る。時折、呼吸が荒くなったり手が止まったりすると、パーカーのポケットにお守り代わりに入れていたボロボロの大学ノートを強く握りしめる。昔から書き溜めてきた、たわいもない設定や妄想、報われない情熱だけが詰まった、世界で唯一の「自らの分身」。それを心の拠り所にしながら、書き続け……外はすっかり暗くなっていた。
「もう……こんな時間? 書けたのは……あ、あれ? 漫画はラフが2ページ……小説に至ってはたったの2000字……!? あんなに、必死に……書いたのに……?」
時計が指し示した時間は、すでに夜の3時を過ぎていた。昼間から時間をかけたにも関わらず、これしか書けていないことにショックを受けていたが、一番ショックを受けたのは、自分がこれまで描いていたものの中で、一番みっともない作品に見えたことだった。
傑作だと思っていたはずのプロットが、今はただの紙屑に見える。整合性の取れない設定、手垢のついたセリフ、どこかで見たような展開。自分の無能さを煮詰めて形にしたような、見るに堪えないデータの残骸の集まり。
「お、俺って……」
ショックが原因か、緊張の糸が切れて眠気に襲われたのか、洋介はパソコンに突っ伏してしまい、意識が遠くなっていくのを感じた。そして、意識が途切れる直前、声が聞こえたような気がした。
「アワレだねェ、ニンゲン――」
「ハッ!?」
洋介が目を覚ますと、見えたものは見慣れない天井。起きた時、自分が必ず目にするはずの木目が見えなかった。起き上がって目に入った調度品は、漫画やアニメで見たような中世の調度品。机の上には、調度品などに不釣り合いな古びた大学ノートに、昨日スライムを変化させて作り出した、中世の服装。窓を開けてみれば、見えた景色は石畳の道にレンガの建物、そして武器を持つ人間や獣の姿をした人。ここは、自分がいたはずの世界ではなかった。
「あ、そっか。俺、異世界に来たんだっけ……」
窓枠に肘をつき、外を眺めた。見えた景色から、自分の置かれた境遇を理解する。けれど、昨日のような興奮はなかった。むしろ、目の前の景色が逆に自分の心を抉るような感覚でいっぱいにする。
「元の世界にいた時は、目の前にあるファンタジーな景色を夢に見てたっけ。けれど……ファンタジーな景色が現実な世界に来たら、逆に元の世界の夢をみるなんて……」
自分がおかれた状況って、ひょっとして……と思いながら景色を見ていると、突如後ろの扉が開かれ、宿屋の人間が入って来た。
「ちょっとお客さん、いつまでいるんですか? あなたは一泊の予定ですから、さっさと出て行ってくださいよ。刻限はとうに過ぎているんですよ」
急かされた洋介は、急いで着替えてノートを持って宿屋から出て行った。しかし、行先の当てがないまま宿屋を追い出されたため、どうしたらいいのかわからないでいた。そんな洋介に対し、往来を行き交う人々は驚くほど無関心だった。広場の隅に置かれていた木箱に座りながら、そんな人々を見てつぶやく。
「……なんか、逃避みたいになっちゃったな。現実世界で全然上手くいってない俺が、異世界に来て無双……みたいなよくある小説の主人公の一人に」
しかし、今の洋介はそんな主人公のように、ポジティブではいられなかった。まるで、逃げてきたかのように来てしまった異世界。スライムという「借り物の力」がなければ、雑草一本満足に抜けない無力な自分。
ファンタジーの世界は、かつて自分が描いていたような『主人公のための舞台』ではなかった。人々は己の生活に必死で、行き倒れそうな異邦人一人に視線すら向けない。ただの、もう一つの過酷な現実でしかなかったのだ。
そして、一番洋介の心の中で一番辛かった感情は。
「ここで……この世界で、俺は何を目標に生きればいいんだ? この世界、今まで元の世界でやってきた仕事とか、創作や漫画が何の役に立つんだ? 今まで元の世界で描いてきたことは、何が……?」
自分が今までやってきたことは、この世界ではまったく役に立たない。文化は中世レベルで、漫画や小説も書くことにたぶん意味はない。そんな世界で、自分は何をすればいいのか、何を生きがいにすればいいのか。その意味が全くわからないでいた。
「だったら、いくらなんにでも変化できるスライムがあるとはいえ、このノート、いらないんじゃ……」
今まで妄想や設定を書き連ねた、ページのほぼ全部が埋まったノート。それを捨てようと思った。だが、捨てられない。いくら必要ないとはいえ、今まで培ってきたものを全て否定するような感覚に陥った。スライムというチート武器を持っていても、俺の心は相変わらず『何者でもない自分』のままだ。ノートを捨てようとして、できなかったのは、それを捨てたら本当に自分が空っぽになってしまう気がしたからだ。
結局ノートは捨てられず、懐にしまう。そして、こんなことを考えている暇はないことにも気づいた。日銭を稼がなければ、明日には地べたを這うことになる。
「……ああ、これじゃあ元の世界の方が、まだマシだったかもしれないな」
力なく立ち上がり、再び冒険者ギルドへと歩いて行った。簡単な依頼に群がる冒険者たちをかき分けた後、薬草採取の依頼札を剥ぎ取り、事務的に受付を済ませた。だが、ギルドの隅から不穏な言葉が聞こえてきた。
「またあそこの村で人が消えたらしいぜ」
「ふぅ……これで依頼は完了しそうだな」
袋に入った薬草を抱え、森の中を歩く洋介。冒険者ギルドで薬草採取の仕事を受け、森の中に群生していた薬草を規定数採取し、帰路についていた。いまだにこの世界で何をしたらいいのか、という思いは頭の中でぐるぐるしていたが、日銭を稼がなければ生きられない以上、優先順位は『金を稼ぐこと』が上だった。
「俺は……このまま毎日日銭を稼ぐだけの存在で終わるのかな?」
力なく歩きながら、そうつぶやいた矢先だった。
「キャーッ!」
女性の声。何事かと思い、薬草を抱えながら声のした方向に向かっていくと、それは昨日見たような光景。暴漢たちが女性を襲い、縄で縛る。また、女性たちが襲われているのだろうか? 洋介は怖くなり草むらに隠れた。出ていきたいが、以前不意打ちを失敗した経験があったせいで、薬草を抱えたまま足がすくむ。動こうにも動けない。
そんな風に草むらに隠れながら、オロオロしていた時だった。
「そこまでよ!」
そこに現れたのは、軽装の鎧を身に纏い、レイピアを持った金髪の女性。洋介にとっては、見覚えのある女性。昨日洋介に冒険者ギルドの使い方を教えてくれた、王立騎士団の女騎士だった。




