03「異世界暮らしを始めよう」
ただっ広い草原の中、気絶から覚めた洋介は、痛む頬を抑えながら起き上がった。全裸な洋介の下半身は、小山のように盛り上がったスライムの中に埋もれていた。
「いたたた……人をバケモノ扱いって……確かに黒い粘液の中から出てきた男なんて、バケモノみたいなものかもしれないけれど……助けたのにぶん殴るなんてちょっと酷くないかな……」
そんな愚痴を言いながら、スライムを手ですくう。相変わらずねばついていて、液状のゴムみたいな感じだった。しかしあの時、自分が思い描いたキャラの鎧だけではなく、翼や剣までになった。これには驚きしかなかった。
「服とかになるのはわかっていたけれど、まさか自分が創作したキャラにまでなるなんて……俺のイメージをそのまんま具現化してくれる、すごいスライムだな」
すると、スライムの中からぷかり……とノートが浮かんできた。それを見て、慌てて拾い上げてスライムを拭い取る。幸いにもノートは無事で、中のイラストなども滲んだりしていなかった。しかし、洋介にはノートのイラストとか設定を見て、先程の出来事を思い出してある考えが浮かんでいた。
「さっき俺、自分が考えたキャラクターのセインになっていたよな、これに包まれて。ひょっとしたら……このスライムを使えば、俺が今まで考えたキャラクターとかになれるんじゃないのか!? すごいじゃないか! 自分のキャラクターを立体化はおろかそのものになれるなんて、夢みたいな道具だな!」
纏うことで、服だけではなく自分の創作したキャラになれるとんでもないスライム。先程は騎士のセインになれたのだ、今度は違うキャラクターになれるかもしれないと考えると、洋介は高揚感で満たされた。とんでもなくチートな代物を手に入れたのではないかと。
「さっきは聖騎士になれたから、今度はどれにしようかな……」
ノートをめくる手つきが、異常に速くなっている。そして、とあるページにたどり着くと、手を止めた。そこに描かれていたのは、一匹のドラゴン。黒色の体躯に金の角を持つ黒竜。ページには『黒竜王・ラグーン』という名前と、数々の設定が書き込まれている。
「よし、今度はコイツに変身してみよう。でも、どうやったらこのスライムがラグーンになるんだ? えーと、さっきは殴られたりした後、ノートが見えてセインのことで頭がいっぱいになったら急に服に変えてたスライムがセインの形をとったんだよな……よし、このノートを見ながら、頭の中にラグーンの設定とかでいっぱいにしてみよう」
ノートを見ながら、ラグーンのイラストと設定で頭の中をいっぱいにしようとする。すると、スライムがだんだんと震えはじめ、じゅるじゅると音を立てて洋介を包み始めた。
「うわー! たぶん変わり始めたんだ! うー!」
黒色のタールみたいにねばついたスライムは、体を包むだけではなく、巨大化して大口を開けて洋介を食べるようにドプンッと音を立てて飲み込んだ。そして、気持ち悪い音を立てながら体躯を膨れ上がらせ、巨大な黒いドラゴンと変わった。黒い鱗に包まれ、金の角を持つ二足歩行の赤い瞳を持った、八メートルはありそうなドラゴン。グルル……と唸るドラゴン。しかし、胸の部分からぐちゅ……ぐちゅ……と鈍い音が聞こえ、苦しそうな洋介の声が聞こえてきた。
「ぐっ……ぐふぅぅ……ふぃうう……ぷはっ!」
黒竜の胸からぶしゃっと音を立てて、洋介の顔だけが出てきた。ぜぇ、ぜぇ、と息を荒くしていて、やっとの思いで中から這い出てきたと言った感じだ。
「あー、苦しかった……このスライム、通気性ゼロで中じゃ息ができないのかよ……さっきセインになった時は苦しくもなかったのに。あ、そうか。セインのデザインは鎧だったから中に人がいる前提だもんな。ドラゴンの中に人がいるわけないよな……しかし、ドラゴンの胸から顔だけ出しているなんて、まるで顔だけ出す着ぐるみとか人面瘡みたいだなこりゃ」
スライムの中では息ができないという仕様と、デザインの問題から中で窒息しかけた理由をちゃんと理解できた。だが、今はそれ以上にドラゴンにもなれたという実感が湧いてきて、テンションが再び上がって来た。ドラゴンの腕や尻尾をブンブン振り回し、翼を羽ばたかせて空を飛ぶ。
「しかしこのスライム、本物のドラゴンにまでなれるのか! 本当にすごすぎる! よーし、今度は……漆黒炎弾!」
必殺技を口にすると、ドラゴンの口から黒い火球が放たれ、ぽつんと置かれた大岩を粉々に砕いた。あまりの威力に、気分の高揚はもはや最高潮に達する。
「とんでもねえな……これ! 上手く使えば、この異世界でも普通に過ごせるかも! よーし、このまま町まで行っちゃおう!」
黒竜王・ラグーン。ドラゴンの中でも一番の強さを持つ種類である黒竜であり、人語を理解しその強さは黒竜の中でも最上位に位置するという。必殺技は漆黒炎弾。登場作品は異世界でドラゴンになってしまった青年のファンタジー『ドラゴンになりたくて』。
黒竜は力強く翼を羽ばたかせ、森を駆け抜けた時とは比べ物にならないほどの速さで空を突っ切っていった。すると、町はすぐに見えてきた。壁に囲まれ、レンガのような建物が立ち並ぶ町だ。
「おおっ、町だあ……! あ、でも……このまんま町へ降りるのはマズイよな……それに、変化させているとこも見せない方が良いかも……魔物っぽいし」
町から離れたところにドシンと降りて、ドラゴンの姿を中世の人が着ていそうな服に変えて、町へと入っていった。町は石畳が敷かれ、家や店が連なり、看板には見たことのない文字が書かれていたが、文字は解読できた。宿屋や食堂などの建物が立ち並んでいる。そして、鎧を着た騎士や、狼が二足歩行しているような獣人といった、ファンタジーの漫画や小説で見たような景色が、目の前にあった。
「な、なんだこれ……普段はパソコンや本を介して見るような景色が目の前にある……それに、文字とか言葉もわかる。こんな景色を、現実で見ることができるなんて……」
ファンタジーの景色を間近で見て、洋介の脳裏に蘇ったのは、昔の自分だった。ゲームや漫画等で描かれたファンタジー世界に触れ、そんな世界を描く漫画家に憧れて自作の漫画を描いた日々……。だが、漫画などとは比べものにならないファンタジーの世界に、自分はいる。この景色を見ていることが、夢とも思えるような世界に。
「まあとりあえず……この世界に来たからには、この世界でどうにか暮らせるように務めるのが良いよな。そして、こういう世界では……」
キョロキョロとあたりを見回してみると、剣と盾がクロスした看板がぶら下がった建物があった。そこには、冒険者ギルドと書かれており、それを見て間違いないと確信した。
「やっぱりあった! あそこへ行けば、たぶん仕事とかもらえるかも!」
中に入ると、屈強な斧を持った戦士や鎧の騎士、女魔法使いや猫の獣人達でごった返していた。
「わぁ~……よく小説や漫画とかでギルドって見るけど、実際に見るとこんな感じなんだな~えっと、受付は……どこかな? あっ、あそこだ!」
メイドさんみたいな人たちがずらっと横に並んだ、受付と書かれたプレートがぶら下がった所へと向かう。無表情なメイドさんが、洋介に対応する。
「冒険者ギルドへようこそ、冒険者ギルドの証明書を提示してください。無ければ、こちらで新たに発行します」
「新規です」
「ご新規さんですね? こちらの用紙に名前や年齢などを書いてください。記入事項を全て書きましたら、冒険者ギルドへの登録証明書を発行します」
証明書を発行する用紙には、自分の名前や年齢に性別、出身地などを書くところがあるが、その他に種族や得意魔法といった、自分がいた世界とは違った項目があった。文字は不思議なことに問題なく書けたため、名前や年齢(二十五歳)に性別を書いて、出身地は東の国とし、種族は人間、得意魔法は無しと書いた。
「では、こちらで承ります」
書類を持って、メイドさんは奥へ行った後、一枚の金属でできたカードを持ってきてくれた。そのカードには、名前と年齢らしき文字が書かれていた。
「以上を持ちまして、ギルドへの登録は終わりました。後は、掲示板に掲載されている依頼などを見てご自由になさってください。はい、次の方どうぞ」
ほとんど説明もされず、事務的に対応された。その後、後ろに並んでいた人たちがゾロゾロと受付の方へと向かってきて、洋介は横によけられてしまった。
「ああ……説明とか聞きたかったのに……」
そして、メイドから言われた通り掲示板に向かうが、どうしたらいいのかわからない。草むしりや馬車の警護、騎士団の助っ人募集といったものが掲載されていたが、どうすれば良いのかわからなかった。
「えっと……どうしたら……」
掲示板の前で洋介は右往左往する。すると、横から声が聞こえてきた。
「あなた、そんな風に掲示板の前でおろおろして、何かわからないことでもあるの?」
「あ、どうも……」
洋介に話しかけたのは、腰に細剣を帯び、機能美あふれる軽装の鎧を纏った、気の強そうな金の長い髪を後ろで縛り、金色の瞳をした女性だった。女性の鎧は洋介にとって本やアニメ越しに見たことはあるが実際には見たことのない代物だったためか、じっと見てしまう。彼女はそんな洋介に不信感のある表情をし、呆れたようにため息をついた。
「見ない顔ね。新入り? その様子じゃ、依頼の受け方も知らないんでしょ。いい? 掲示板から自分にできそうな依頼の札を剥がして、さっきの受付に持っていくだけよ。全く、ギルドの末端は結構仕事が雑ね」
「あ、ありがとうございます。あなたは……」
「このタイクーン王国王立騎士団に所属するリナよ。それと、あまり胡散臭い依頼は受けない方が良いわ。最近は依頼と称した人さらいもいるんだから。そうね……単純なところだったら、街のドブ掃除とか薬草採取、草むしりなんかがいいかもしれないわ」
「説明、ありがとうございます。何から何まで教えていただいて……」
「これも仕事だから。それじゃ、あとは自分で頑張りなさい。あ、それと! この辺でドラゴンを見たっていう人もいるから気を付けてね!」
(あ、それたぶんさっきの俺かも……)
女性は、そのままギルドのドアをあけて去って行った。洋介はその女性に対して、どこか見覚えがあった。なぜなら……。
「あの人……昔自分が描いた漫画のヒロインに似ていたな……」
昔、漫画賞で最終選考まで残った漫画に描いた、主人公と共に戦うヒロイン。思い入れのあるキャラ、それによく似た女性が目の前にいきなり現れて、自分と話をした……それだけでも心が少しときめいた。
「あの勝ち気そうな眉の角度、腰のレイピアの構え方……。俺が高校時代に心血を注いで描いた『王女騎士エレナ』にそっくりだ。まさか、自分の好みを煮詰めたような美人と現実で話すことになるなんて」
しかし、そんなことに惚けている時間は無いと考えた洋介は、早速依頼掲示板へと向かう。そして、一つ星の依頼、荒地の除草という依頼を受けることにした。
そうして依頼を終えた洋介は、報酬のお金で宿屋を一晩取ることが出来た。そして天井を眺めながら、これからのことをベッドの上で考えていた。
「今日はなんとか宿とか食事とかは取ることできたけど、これを毎日続けるっていうのはキツイな……異世界の草があんなにも硬くて抜けないって知らなかったよ。根がまるで木のように太くて、普通に引っ張ったくらいではびくともしないなんて……スライムを腕に覆わせて、筋肉みたいに膨れ上がらせてやっと抜けたよ……」
スライムの力を使いはしたものの、中々にハードな仕事で洋介は疲れ切っていた。ベッドに倒れこみ、愚痴をこぼす。
「こんなんで本当に大丈夫なのかな……? 冒険者って言っても、ただの日雇い労働者みたいなものじゃないのか……? 俺が書いた小説や漫画じゃあ、もっと華やかだったのにな……現実とフィクションは違うってか……」
ベッドの上でそんな愚痴を言いながら、洋介はこれから先のことを心配していた。いくらチートな代物があっても、明日のごはんに困るようでは元も子もない。異世界の厳しさを、その身で実感したのであった。
……一方そのころ、冒険者ギルドの奥では洋介に冒険者ギルドの説明をした王立騎士団の女性が、先程セインになった洋介に助けられた女性たちの話を聞いていた。
「この地方一帯を統括している貴族の依頼で、荷物を運ぶ途中だったと?」
「はいリナ様……領主様のご命令を受けて、屋敷へ荷物を届ける最中だったのです。そうしたら森の中でいきなり盗賊が現れて、護衛の方々を……そして、私たちにも……」
「ふむふむ……」
リナと呼ばれた女性は、女性たちから聞いた話を紙にまとめる。そこに書かれていたのは、この地方で起きている女性や子供の誘拐事件であった。なんでも攫われた人物は、この国タイクーン王国で禁止されている奴隷売買にかけられるという。
(この人さらい事件には大きな権力者が一枚かんでいるわね。元締めはおそらく……)
リナがまとめられた資料に目を通すと、女性の一人が「あ、そういえば……」と呟いた。その言葉をリナは聞き逃さなかった。
「何かありましたか? あったことは遠慮なく話してください。きっとそれが、明日の捜査に役立ちますので」
リナにそう言われると、被害者の一人がおずおずと話し始めた。
「盗賊たちに捕えられて、もうだめだと思っていた時……私たちを助けようとしてくれた人がいたんです。その人はボコボコにされたんですけど……その後に物語に出てくるような翼を持った聖騎士が現れて、盗賊たちを一掃したんです」
「聖騎士? そんな位の高い騎士が、こんな土地に?」
「ええ。その聖騎士はセインと名乗っていましたが、急に鎧とかが黒いドロドロになって溶けて……その中から、最初に私たちを助けようとした人が出てきたんです」
「なに? そんな奴がいたのか?」
「思わず戦士さんが殴っちゃったんですけど……容姿は黒髪で、黒い瞳で……少々ぱっとしない感じの男性で……」
女性はもじもじしながら言いよどむ。リナが追及すると。
「あの……ドロドロの中から出てきたその男性は、何も服を着てなくて……」
「あー……はい」
その話を聞いたリナは、少し信じられないとは思いながらも、一応頭の片隅にいれておいた方が良いと思い、書類の一部に書き加えておいた。
「本日は捜査に協力していただき、どうもありがとうございます。今回のことを元に、早めの事件解決を心がけていきますので、どうかよろしくお願いいたします」
女性たちを帰らせ、彼女もまた帰路につく。しかし、ブツブツ唱えながら謎の聖騎士、その中から出てきた男について考えていた。
「奴隷売買と関係ある? それとも、魔界から抜け出してきた違法魔族?」
聖騎士の中から出てきた黒髪で、黒い瞳で、少々ぱっとしない感じの男……ギルドで困っていたあの男を構成する要素ではあるが……。
「奴に会ったら、少々探りを入れた方がいいかしら」




