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02「まさかの変身」

 スライムで包んだ足を生かし、洋介は爆速で森の中を進んでいく。木々が立ち並ぶ同じ景色の中を進んでいくと、開けた道に出た。地面が踏み固められ、黄色っぽい土が長く続く、人がよく通るであろう道だ。轍が刻まれていることから、馬車などが通ったことがよくわかる。


「やった、道だ! この道を進んで行けば、たぶん町とか集落にたどり着けるはずだぞ! そうすれば、当面は生き延びることができるかも」


 道すがら人に出会うことがあるかもしれないので、スライムを獣の足から元のスウェットパンツとスニーカーに戻す。そして道を歩きだそうとした、その時だった。


「えっ!? 人がいる! でも、これは……」


 洋介が聞いたのは明らかに悲鳴だった。だが、悲鳴を出すということはなにか大変なことにあっている、そう考えた洋介は悲鳴が聞こえた方向へと走って行った。


「逃げようたって無駄だぜお嬢さん方、お前らの身柄はもう俺たちのものなんだからよ」


 洋介が悲鳴の聞こえた方向へと向かうと、見えた光景を見てとっさに茂みに隠れた。そこには数人の女性に対し、ナイフや剣などを持った男達が取り囲んでいるのが見えた。馬車らしきものが近くにあったが、護衛らしき人間が殺されており荷物を持ち出そうとしている輩もいた。その男たちは筋肉モリモリだったりスキンヘッドだったりする、見るからに悪い男だと自己紹介しているような者たちであった。


 そんな奴らに何人かの女性は両腕などを掴まれており、苦痛と嫌悪に顔を歪ませていた。一人のメイドらしき人は怖がり、一人は戦士のようで男たちを睨みつけているが、頭から押さえつけられていて効果は無い。この様子を影から見ていた洋介は……。


(や、ヤバイよコレ……創作で使い古された、ベタな悪役の略奪シーンそのものじゃないか……筋肉モリモリにスキンヘッド……記号化したような『THE・悪役』たちだな)


 とっさに隠れた茂みの影で、前の世界の漫画で見たような景色。明らかに女性に酷いことをしようとしている悪い奴らの集まりだった。洋介はその光景を見て、震えていた。


「アイツら、盗賊とかだよな……たぶんこれから、あの人たちに酷いことを沢山するんだろうな……こんな白昼堂々人を殺めたりして、交通手段は馬車とかで、彼らの服装から察するに時代は中世かそのくらいかな、資料で見たことがある。改めて考えると……こりゃとても酷い時代だな。って、こんな状況が目の前にあるのに、何分析しているんだよ俺は……」


 小声でブツブツ言っている間に、盗賊らしき男の一人が女性の服をナイフで乱暴に引き裂いた。それを見て洋介は驚き、恐怖する。この後どうなってしまうのかなど結末ははっきりしていた。


(おいおい、行為に及ぶつもりなのか!? 節操無さすぎだろ!?)


 女性たちは「止めて!」「離して!」と叫ぶが、男たちはそれすらも楽しむかのようにゲスな笑い声をあげながら、女性たちをいやらしい手つきで触る。そして、口々に馬鹿笑いする。女性たちは戦士らしき人を除いて絶望的な表情を浮かべる。それを見て、洋介は……。


(ううっ……助けたい……! けれど、こんな自分が行ったところで……)


 目の前で酷い光景が行われているのを見て、お人好しな彼は助けたいとは思うが、自分が行ったところで、ボコボコにされるのは明白だと考える。いくらすごいスライムを持っていても、正面から出て行って「止めろ、お前たち!」と叫んだところで、ボコボコにされるかもしれない。いや、人殺しに躊躇ない奴らによって殺されるかもしれない。でも助けたい。そんな考えを巡らせた後、一つの結論に至る。


(よし……こうなればかっこ悪いが必勝の策、不意打ちで倒すしかない! ギリギリまで近づいて、スライムを変化させたハンマーでブッ叩く! 幸い奴らは女性をいたぶることに夢中になっているから、近づけるはず!)


 そう決意を固め、茂みに隠れて息を殺し忍び足で盗賊どもに近づいていく。そして、服の袖を変化させようとする。だが、足をゆっくり踏みしめたその瞬間、


 パキッ


 足元で音が鳴った。どうやら枝を踏んづけてしまったようだった。その音を聞いて、悪い男たちが一斉に洋介がいる方向を見た。


「あっ」


 盗賊たちはイラついた表情を見せ、女性を何人かに抑えさせた後、洋介を取り囲む。囲まれた洋介はもはや服を変化させるのも忘れて、言葉にならない言葉を発しているだけになってしまっている。盗賊たちは手をポキポキ鳴らしながら詰め寄る。


「おいテメエ、俺たちのお楽しみの最中に何をするつもりだったんだ?」


「変な格好だが、どこから現れたんだ?」


「あ、あの……う……」


「ああ!? 聞こえねえな!」


 男の一人が、言葉に詰まる洋介を思い切りぶん殴った。洋介は対応できずそのまま殴られ倒れ、そのまま抵抗もできず何人もの屈強な男たちから蹴飛ばされ、踏みつけられたりする。そしてひとしきり嬲った後、動けなくなった洋介に唾を吐き捨てた。


「ケッ、余計なことすんじゃねーよグズが!」


「で、どうするよコイツ? コイツも奴隷として売っちまうか?」


「いや、今回は綺麗な女性を連れてこいって言われただろう。それにこんな貧相な男、連れて行ったって買い取り拒否されるかもしれねーぞ」


「じゃ、コイツは放置で良いか。オラ、行くぞ!」


 盗賊たちは女たちを馬車に詰め込み、去ってしまった。洋介は痛みで動けないまま、自分の情けなさを恥じていた。


(ああ、なんて無力……)


 すると、洋介の目の前にいつの間にか自身が持っていたノートが落ちていた。おそらく殴られたりした時に、パーカーのポケットから出てしまったのだろう。ノートが開いてページが見えていた。


(あ、これ……昔書いた『聖白(せいびゃく)騎士 セイン』の設定やイラストだ……白い二対の翼を持った熾天使のような白騎士……デザイン、こだわったんだよなあ。背中の翼とか、鎧も普通のフルフェイス全身鎧じゃなくて色々……)


 思うのは、元の世界にいた時にテレビや漫画等で見た、ヒーロー達。そんなヒーロー達に憧れ、自分だけのヒーローを思い描いてノートに絵を書き連ねた小学生のあの日。そして小説や漫画が描けるようになってからは、ヒーローだけではなく様々な物語を描き始め、つたなくも漫画や小説を書いた中学生の頃。漫画家や小説家を夢見て作品を投稿し始めた高校時代。大学を経て社会人になった今でも、想像し夢想することは止めなかった。そして今、異世界で思うのは……。


(こんな時、こんな時……俺が、ヒーローだったならなあ……! 憧れて、思い描いたヒーローになれる、力があれば……! この……セインとかみたいな……ずっとこのノートに描いてた……)


 人を助けられない自分の無力さに押しつぶされかけていた時、服に変化させていたスライムが、異変を起こした。突如服が元の黒いドロドロに戻り、体積を大きくして洋介を包み込んだ。


(な、なんだ……!?)


 突如変化したスライムの中でかき回され、妙な感覚に支配されていた。中にいるはずの「自分」がどんどん飲み込まれていき、そのたびに「自分」の輪郭が曖昧になっていく。


(あ、頭が……頭がぐるぐるするぅ……このスライムが、俺に与える影響が……計り知れない……な、なんとか耐え、耐え……)


 精神さえも犯されそうになり、耐えようとするが全くと言っていいほど抵抗できず、されるがまま。次の瞬間、スライムがミシミシ、ギギギ、ギチギチと音を立ててどんどん何かを形作っていき、色が黒から変わっていく。光の屈折が変わり、表面を硬化させていき、体が青い宝石をちりばめた白いフルフェイスの兜がついた鎧に覆われる。そして、右腕には分厚く太い白い剣が作られ、背中には二対の白い翼が作られ長いマフラーのようにたなびく。変わったその姿は、まるで自分がノートに描いた『セイン』のようだった。だが、中の洋介が驚いていたことはもっと違うことだった。


(お、俺の体……俺の思い描いた騎士『セイン』になってる!? どうなってるんだ……? 鏡も見てないのに、俺が一からデザインしたキャラになっていると自覚してる……そ、それに……体の奥底から、力が……パワーが沸き上がってくる!?)


 それと同時に、めちゃくちゃになっていた思考がまとまっていった。


(今の、俺は、私は……そうだ。背中の翼が目印の、正義の騎士。悪や不正は絶対に許さない、見逃さない。あの悪人どもに、正義の鉄槌を振り下ろす……聖白の騎士!)


 思考がかき混ざり、鈴鹿洋介という個人の輪郭が溶けていく。代わって流れ込んでくるのは、ノートに書き連ねた『理想の正義』。恐怖は消え、代わりに絶対的な力が全身の細胞を支配した。






 一方そのころ、悪そうな男たちに襲われていた女性たちは、縄で縛りあげられ、自身が乗っていた馬車で違う道を走り、森を抜けて草原を走っていた。ゲスな笑い声をあげながら、女性たちをいやらしい手つきで触る。


「ゲヘヘ、お前ら感謝しろよ? これからお前らは新しいご主人様の下で、いーっぱい可愛がってもらうんだぜ?」


「それで俺たちは金をもらう、ウィンウィンな結果って訳だ」


「やめて、離して……」


 女性の一人は涙目になって、男たちに懇願する。だが、男の一人が女性の肩を掴み、耳元でささやく。


「ごめんねえお嬢ちゃん。叶えてあげたいけど、それはできないなあ。それに助けを呼んだって……泣いてもわめいても、だーれも助けになんて来てくれないんだよ」


 それを聞いて女性の一人は大声で泣きだしてしまった。恐怖する女と、キッとにらみつける女もいたが、男たちはそれを煩わしく思い、さっさと連れて行こうとした……その瞬間。


「待て、悪人どもよ!」


 その場を切り裂くような、鋭い声が聞こえた。男たちは馬車を止めると、空から何者かが舞い降りた。青い宝石がちりばめられた白い全身鎧を身に纏い、白い剣に背中のたなびく二対の白い羽。その姿は、まるで物語に出てくる聖騎士のようだった。


「なんだぁ、てめぇは!」


 盗賊たちは馬車から降りて、ナイフや剣を持って戦闘態勢に入る。そして騎士は、木の上から高らかに叫ぶ。


「悪に虐げられし弱き人々を守るため、助けを呼ぶ声あるところに私は現れる。不正も悪行も、この私が断じて許さない。私の名は……!」


 騎士は巨大な剣を高々と掲げ、誇らしげに名乗った。


「『聖白騎士』セイン! さあ、正義の鉄槌を受けてみよ!」


 聖白(せいびゃく)騎士・セイン。聖なる鎧に身を包み、白き剣を振るい二対の翼で空を飛ぶ、熾天使(セラフィム)の力を持った聖騎士。必殺技はライト・ジャスティス・スラッシュ。登場作品は血塗られた騎士を倒す王道ファンタジー『ブラッド・ナイトの夜』。


 白一色の聖騎士を見て、怯む男たち。捕えられていた女たちは目の前に現れた騎士に驚き、希望を抱く。


「なんだと!? てめぇ、俺らの邪魔しようって言うのか!?」


「邪魔するなら、お前も痛い目に遭わせてやらぁ!」


 斧やら棍棒やらを持って突撃しようとする男たち。それに対し、セインは右腕で持つ白い剣に力を込める。そして、剣が光った瞬間、勢いよく横に振り払った! 


「ライト・ジャスティス・スラッシュ!」


 剣から放たれた強烈な一閃によって、爆風が発生し、木々が大きく揺れ、盗賊たちは悲鳴をあげながら吹っ飛ばされていき……空のかなたへ消えていった。


「正義の名において、剣の衝撃波だけにしておいたよ。これに懲りたら、もうこんな真似は止めることだね!」


 セインは剣を収めた後、もう見えなくなった男たちにびしっと指さす。女性たちは唖然としながらその光景を見ていたが、セインが馬車に詰め込まれていた女性たちに近寄り、縄をほどくと自然と笑みがこぼれた。


「あ、ありがとうございます……」


「なあに、正義を愛する者として、当然のことです」


 そうして背を向けて去ろうとしたセインに対し、女性たちは呼び止める。


「あ、あの……あなたの名前を、もう一度聞かせてもらえませんか?」


「ああ。君たちが知りたければ、何度でも言おう! 私の名は……」


 ポーズを決めた、その時だった。セインの白い鎧のドロリと溶けて形を崩し始めた。翼も、剣も、フルフェイスの兜も液状になって、あの時洋介を包んだ黒いドロドロへと戻っていく。


「えっ」


 粘液の中から現れたのは、誇り高き騎士ではなく、全裸で腕を突き出したまま固まっている情けない男だった。


「セイン!」


 ポーズを決めてかっこつけた……のだが、その姿はすでにセインではなく、全裸の男だった。固まった女性たち。それに気づいた洋介は……。


「あっ」


 と、情けない声をあげたのだが、女性たちの顔が、驚愕と、そして深い嫌悪に歪んだ。


「キャーッ!」


 悲鳴を上げられた後、戦士と思われる女が前に出てきて……。


「この変態バケモノ野郎があああ!」


 洋介のことを思い切り殴打して、同じく捕まっていた女性たちと共に逃げて行ってしまった。思い切りぶん殴られた洋介は気絶し、その場に倒れこんで黒いドロドロの中に下半身が埋もれた。


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