10「ひとまずは」
「リナ、捜査の応援に来てくれという連絡があったが……まさか早々に奴隷貿易の現場らしきところを突き止めるとはな……驚いたぞ」
茂みに潜んでいるリナの後ろから、全身鎧を身に纏った騎士団の何人かが話しかけてきた。その肩には、リナが放った伝書鳥が羽を休めている。
「いえ、見つけられたのは私だけの力ではありません。ここを見つけられたのは、私に協力してくれた人のおかげです」
「協力者……?」
「はい、冒険者なのですが……なぜか私に協力したいと言い出しまして。そして自らあの屋敷に潜入したのです」
「自分から!? 冒険者が報酬のために、そこまでのリスクを冒すとは……よほどの命知らずか、あるいは大層な義侠心の持ち主のようだな」
「それが……彼は少々特殊な力を持っていまして。それ故潜入も容易くできたのです」
「なるほど……」
隊長らしき男が、遠くに見える屋敷を凝視して眉をひそめた。屋敷の様子が騒がしくなってきたように感じた。ドアの前にいた見張りも、中に入っていく。
「きっと言ってた奴が何か騒ぎを起こしたんだな……」
「見張りが消えた……! いよいよ突入の時ですね!」
「ああ、行くぞ!」
リナを含めた騎士団のメンバーは茂みの中から出て、屋敷へと向かっていった。
一方そのころ、シェイドに変身し屋敷の中を逃げ回っている洋介。もちろん、ただ逃げ回っているだけではない。
「シェイドマント!」
体を包み隠す黒のマントで追いかけてくる奴らを球状に包み込み、眠らせたかと思えば、
「カースド・ニードル!」
マントの中から闇でできた黒い針を飛ばし、影に突き刺せば、影も男たちもその場から動けなくなってしまう。影を操る黒い紳士は、そう簡単には捕まらない。
「クソォ! コイツ……強い!」
悔しがるフードの人間たちに、洋介はマントを大きく翻し、一言。
「我は幻影。誰も我に触れることは叶わぬ」
先ほどまでとは違う、厳かな声。どうやらすでにシェイドのようだ。フードの男たちも魔法などで炎などを飛ばしたりして攻撃してはいるが、外套を翻せば虚空を切ってむなしく空振りするばかり。まるで本当に影を相手にしているような、つかみどころのない感覚。
「我は幻影。夜闇の支配者たる黒影の紳士……」
キザなセリフを言い、外套を揺らめかせるシェイド。苦戦し触れることすらもできない様子に、リーダー格の男は忌々しい顔をした。だが、すぐに妙案が浮かんだ。
「そうだ……! いい機会だ。アレを試してみるとするか!」
リーダー格の男が懐から宝石のついた指輪を取り出し、右手にはめる。そして手を突き出すと、指輪は紫色に禍々しく光る。それに対し、シェイドは警戒を強める。
「なんだ……? そんなもので我に触れられると思うのか?」
シェイドは挑発するかのように吐き捨てるが、その時屋敷の奥からガシャアン、ガシャアン、と金属が叩きつけられるかのような音が響き渡る。そして、シェイドの近くにある壁をぶち抜いて現れたのは、鎧で全身を覆った騎士……なのだが、それは体も腕も足も太く、分厚い剣と盾を持った中に人が入っているのか疑わしい存在だった。
「なんだ……この武骨なデカブツは」
「鉄騎兵。鎧の中に魔法のエネルギーを詰め込んだ、俺の意志で自在に動く人形さ。人間には使いこなせない巨大な剣を振るうんだ、それに当たるのを想像してみろ……エグイなんてものじゃない」
「フンッ、そんなもの我に当たるわけがないだろう」
「行けェ鉄騎兵! その影のバケモノを八つ裂きにしろ!」
指輪が再び光ると、鉄騎兵は屋敷の廊下には収まりきらない程の巨体でありながら、廊下の壁を壊しながら素早い動きでシェイドに向かい、巨大な剣を振るう。剣が叩きつけられた壁は、まるでガラスが割れるかのように崩落する。だが、何度振るわれようともシェイドに当たる気配はない。だが。
「シャドウ・クロー!」
マントを硬質化させ鋭い刃物にして、鉄騎兵を攻撃する。だが、軽い金属音を響かせ弾かれるだけで、全く傷つかない。
「カースド・ニードル!」
攻撃が効かないことを理解し、今度は影に針を刺し動きを封じる。ギギギ……と音を立てて鉄騎兵が無理やり体を動かそうとする。すると、針が折れてしまい、拘束から解放されてしまう。
「くっ……! 頑強さと力強さは相当なものか……!」
「フフフ、すごいだろう!? かつて魔王軍が使っていたという兵器だ、そう簡単にやられるような代物じゃない! さあ、そいつを殺してしまえ!」
鉄騎兵は剣を振るう。だがシェイドはそれを簡単に躱し、攻撃が当たりはしない。だが、シェイドが攻撃をしても鉄騎兵には傷をつけることも敵わず、攻撃しても意味がない。影に潜み、本体を攻撃しようと試みるも、影に潜んだ瞬間剣を叩きつけられ、危うく真っ二つになりそうになった。
「クソ……!」
そんな膠着状態が続く。だが、シェイドに異変が起きる。
「ぐっ……!?」
突如動きが鈍くなり、体がドロリと溶けだし始めた。シルクハットも、マントも、黒い体も。シェイドの体が黒いスライムへと戻ってしまい、洋介の体から垂れている。目の前に現れたのは、ビキニパンツを履いてスライムまみれなほぼ裸の男、洋介。
(えっ、なんで……!? さっき乗っ取られていたみたいだけど、それがずっと続いていたら、シェイドの姿が元のスライムに……!? まさか、ずっと使ってたりすると、スライムのエネルギー切れが起こるのか!?)
それを見て、リーダー格の男は笑う。
「フン、化けの皮が剝がれたようだな。どうやら皮を被って強くなっていたようだが……皮が剥がれたらただの男だ! 行けェ! 真っ二つにしろォ!」
分厚い剣が洋介の目前に迫る。あ、終わった……と思った。だが、目の前に何者かが現れ、剣を弾いた。金髪に、レイピア。リナだった。
「リナ!」
「ありがとう! よくやってくれたわね!」
リナが鉄騎兵の前に躍り出る。それを見て、リーダー格の男が驚く。
「王立騎士団だと!? なぜここに!? まあいい、どっちみち殺せば同じことだ!」
指輪を光らせ、鉄騎兵を動かそうとした……が、後ろからリナの仲間と思われる騎士にぶん殴られてしまい、気絶させられた。それと同時に、鉄騎兵の動きも止まってしまう。
「タイクーン王国王立騎士団だ! 禁止されている奴隷貿易の罪で、お前たちを逮捕する!」
リーダー格の男ほかにも多くの人間がいたものの、数名の騎士に全て取り押さえられつつあった。それを見て、洋介は安心した。
「ふーっ、助かった……ありがとうございました」
「全く、無茶しすぎ。でも、ありがとう。それと……やっぱりパンツ履いてよかったわね」
実は、以前全裸だった時にさすがに全裸はマズイだろうとリナが気を使い、スライムを纏いながら着られるものが無いかと探していた。普通の服はなぜか、スライムに包まれると食われるのか消えてしまう。だが、偶然見つけたラバーのパンツなら消えなかったので、それを履くことにしたのだ。
リナの仲間である騎士たちは、敵を捕まえて縛った後、洋介を見て驚いた。
「こんな男が、本当にこんなところに潜入していたというのか?」
「随分貧相な男だが……」
「実はこのヨースケという男、特殊なスライムを身に纏って、全く違う姿になることができるんですよ」
「そうなのか!? まあ、それは後で見せてもらうとして、今は捕まった人たちの救出だ。何人かには逃げられてしまったが……そこのヨースケという男に聞けば何かわかるかもしれない」
騎士団のメンバーたちは、捕えられていた人々を助けるために地下牢に向かっていった。洋介も行こうとしたが、その恰好はダメでしょ、とリナに止められたので外で待つことにした。
そして、地下牢から救出された人々に毛布などをかけ保護した後、奴隷貿易をしていたフードの男たちを縄で捕縛し外に出した。そして、洋介が屋敷の中で聞いた話を、リナを含めた騎士団の人々に話した。もちろんスライムを服に変えてちゃんとした格好で。すると、騎士団の人々は大層驚いた。
「なんだって!? 我がタイクーン王国の貴族奴隷貿易に積極的に関わっているだって!?」
「秘密裏に買っているだけじゃなく、貿易に協力している貴族もいるというのか? これを女王様が聞いたら、とんでもなく怒るぞ」
そして、魔王信仰に関わっている連中が関わっているという話を聞いたリナは……。
「魔王、信仰……! それをあがめる魔族の奴らも、関わって……?」
騎士団のメンバーが驚く中、リナだけは魔王信仰と聞いて神妙な、それでいて悔しそうな顔を浮かべていた。それを見て、騎士団の何人かがポンポンとリナの肩を叩く。
(……何か、ワケありなんだな)
と、あえて深く突っ込まないようにしていた。リナは拳を握りしめた後、他のメンバーに話しかけた。
「ひとまずは、女性たちとこの不届き者たちをお願いします。女王様への報告は、私とヨースケが行います。それにしても……この近辺に出ると言う魔物で手一杯だったと言うのに、よく私たちの所に来れましたね」
「ああ、それなんだがな……白の貴婦人が戦線に入ってきてくれたんだよ」
「白の貴婦人!? あのタイクーン王国最強の冒険者と言われる魔女が!?」
白の貴婦人という言葉に驚いたリナ。そんなにすごいのかと洋介はリナに尋ねる。
「すごいも何も、女王様がお抱えで雇っているというタイクーン王国で最強と言われる魔女にして冒険者……! そんな人物が出てくるほどですか。セラ様も、よほど切羽詰まっていたのですね。にしても、よく動いてくれましたね、女王様の依頼も機嫌次第で断るあの貴婦人が」
そんなわがままが通るほどの人物なのか……と洋介は感嘆する。リナは、洋介の手を引っ張る。
「さあ行きましょうヨースケ。女王様に今回のことを報告しに行くのです」
「えっ、なんで俺も行くのですか?」
「なんでって、あなたが得た情報なのだから、あなたの言葉も交えて報告するのが良いと言う判断よ。さあ、行くわよ! タイクーン王国首都、テラリアへ!」




