11「女王セラ」
リナに連れられ、何日か走ったりしてタイクーン王国の首都テラリアへとやってきた洋介。首都? 大した事無いでしょ、中世の都市なんて……精々ファンタジー漫画でよく見る背景と思っていた洋介は、度肝を抜かれることとなる。分厚く高い城壁にあった門を潜り抜け、見えたのは。
「あっ、あうっ……」
言葉を失い、うめくことしかできなかった。レンガや大理石の建物、奥に白い大きな城があるのは予想できた。だが、驚いたのは街中を走る乗り物たちだった。
奥に走る、洋介の世界では見慣れた電車と機関車を組み合わせたかのような乗り物。空を飛ぶドローンのような輸送機、馬車などもあるがブブウと音を立てて走るバイクやトラックのような乗り物。そして、何かの端末を持っている一部の人々。さすがに材質は金属やプラスチックではなく、木材や石材、粘土らしきものではあったものの、洋介の世界で見るような物が普通にある光景に、驚くしかなかった。
「な、なんだっ……これっ……」
「これがタイクーン王国首都テラリア。過去に席巻したという古代兵装や技術を応用し、より便利かつ過ごしやすい都市へと三十年の間に変化させた。といっても、これができるのはまだ首都とその近辺の町くらいだけど」
「こ、こんな世界があるのか……ああどうしよう、紙とペンが欲しい……スケッチしたい……ネタに収めたい……ノートに書き留めたい……」
「ペンならあるけど」
洋介はリナから羽ペンをひったくると、未だに持つ大学ノートの空きページ書き込もうとする。だが、ノートには一文字も書き込めず、金属にガリガリとペンを突き立てているような感じがして線を引くこともできなかった。まるで、ノート自体が新たに物事を書き込むことを拒絶しているかのような状態。心の拠り所たるノートに拒絶されているような感覚に、洋介は悲しむ。
「な、なんだよコレ、俺のノートなのに……ネタ帳なのに……」
「……あとでノートあげるから、それに好きなだけ書きなさい。さあ、女王様の所へ行くわよ」
リナに引きずられ、女王がいるという白銀の城へと連れていかれるのであった。
白銀の城の中は、中身もまた白銀で綺麗だった。大理石とも金属ともつかない、白い壁や床。しかれた絨毯に置かれた椅子一つにいたるまで、輝きを放っているような感じさえもする。
そして、一番奥にあった部屋。広い部屋の中、高い位置にある玉座があった。大きいが誰も座る人はいない。
「セラ様、お目通りにございます」
その言葉が聞こえると、リナがひざまずき頭を下げると同時に、洋介も慌てて頭を下げる。カツ、カツと足音が立てられた後、厳かで、それでいて芯の通った女性の声が聞こえてきた。
「どうぞ、面を上げなさい」
顔を上げて見えたのは、白いドレスに身を包み、背中に三対の白い翼を生やし、天使の輪のような光でできた冠が頭の上に浮いていて、仰々しい杖を持った、まるで熾天使のような玉座に座る女王様だった。
「女王セラ様、此度の隠れた奴隷貿易の調査報告を行いたいと思います」
「話しなさい」
「調査の結果、やはり奴隷貿易が行われていることがわかりました。密かに女性などを攫ったりして、他国や好事家たちに売っているようです」
「やはり……昔の奴隷貿易は密かに行われていたのですね」
「はい、そしてこの裏には……魔王を信仰する組織や、この国の貴族たちが裏で噛んでいるとの情報も手に入りました。屋敷も魔王信仰の連中を捕縛した後、跡形もなく消えていました。大きな権力や勢力が一枚嚙んでいることは確かです」
「左様ですか。その情報はどのようにして手に入れましたか?」
「はい、その情報は……こちらの私が雇ったヨースケという冒険者の力を借りてその情報を得ました。彼が貿易の場に潜入し、奴らの会話を聞いてその情報を得ることに成功しました」
リナが洋介に向かって手を伸ばし、紹介する。思わず洋介は再び頭を下げると、セラは「大丈夫です、面を上げなさい」と言って洋介は面を上げる。ディープブルーの輝いているような瞳が、洋介をじっと見つめる。思わずゴクリとつばを飲み込み、緊張していた。それを察したのか、にこりとセラは微笑んだ。優しい、天使のような微笑み。
「そんなに緊張せずとも、あなたのおかげで私たちは貴重な情報を得られて感謝しています。それよりも……私が治める国でそのような非道が再び行われていることに……私は憂いています、この国の未来を」
その悲しそうな顔に、洋介はこの国を本当に思っているんだな……と洋介は感心した。こういうところがリナのような人たちが自ら慕い、忠誠を誓う理由なのだと。心打たれている最中に、セラが言葉を続ける。
「ヨースケ、あなたには感謝しています。このような貴重な情報を得てくれたことに。では褒美を差し上げましょう、何がよろしいですか?」
「と、とんでもありません……! 自分のようなしがない冒険者に褒美だなんて、そんな……」
「いえ、しっかりとした功績には褒美を差し上げるものです。金貨を多数欲しいですか? それか武具などですか?」
天使のような微笑みそう言ってくる女王に、思わず言葉に詰まる洋介。その微笑みに圧倒されながらも、喉からやっとの思いで声を絞り出した。
「金貨、多数……と……」
「多数と?」
「ノートと……ペン……」
ノートとペン。その言葉にセラは不思議そうな顔をするも、再び笑顔になる。
「わかりました、用意させましょう。それで……ヨースケ、この後の予定などはありますか?」
「い、いえありませんが……」
「もしよろしければ、リナが行っている奴隷貿易の調査を再び手伝ってもらえませんか? 重要な情報を得てくれたあなたは、きっと役に立つはずです。無理強いはしませんし、受けてくれたら今回あげたものとは別に褒賞を差し上げますが……お願いできますか?」
微笑み。後光がさしているような天使の微笑みが、洋介に襲い掛かる。もし調査の手伝いを打診されたら受けるつもりではあったが、そんな微笑みをされては、余計に断るわけにはいかなくなった。
「わ、わかりました……受けます。よろしくお願いいたします」
「ありがとうございます。この国のために、ひいては民のために……よろしくお願いします」
頭を下げるセラに対し、この人……本当に丁寧かつ素晴らしい女王だと胸を打たれる洋介。なんとしてもやり遂げなければ……という使命感にも駆られるのだった。
そんな風にセラに圧倒されていると、玉座の間の扉が開かれた。思わずびっくりして振り返ると、そこにいたのは女王に対しひざまずきもせず、不遜な態度で立つ人物。
三メートルはあるのではないかという背丈と洋介やリナの倍以上はある肩幅に、ばさばさの白く腰まで垂れた髪の毛。それを押さえつける様なつば広の白いキャプリーヌと、種々の宝石や装飾品、その腹の幅に意味あるのかと思いたくなるようなコルセットで飾られたヴィクトリア朝風の白いドレス。片手に持ったレースのついた巨大な傘。そんないかつい体をしながらも、顔は麗しく整っており、まるで彫像が意志を持って動いているかのような雰囲気を感じさせる。
「……白の貴婦人、今は騎士団から報告を受けている最中ですよ」
「失礼、だがわらわもそなたに報告があったから来た」
(白の貴婦人……この女性が!? なんというか、見るからに異形とわかる姿なのに、美しさを兼ね備えた……とんでもない魔女? 貴婦人?)
驚く洋介、少々不満そうな顔のリナ。先ほどまでの微笑みから、一瞬で厳かな表情になったセラ。そして気だるげな顔を見せる白の貴婦人。そのまま貴婦人は女王に続ける。
「この間から受けている強力な魔物の討伐、しばらく休ませてもらう」
「……理由は?」
「少々退屈で疲れた。手ごたえはないくせに、次々出てくるから煩わしいったらない。しばらくしたら戻る」
そのあまりにも身勝手な理由に、リナがものすごく不満そうな表情をしているのが見えた。セラもまた「やれやれ」といった感じで、呆れているのか諦めているのかわからない。
「わかりました、許可しましょう。あなたほどの実力者がそういうのなら、仕方ありませんね。でも、なるべく早く戻ってきてくださいね」
「しかと、ご厚意感謝する」
そう言い残し、さっさと背を向けて玉座の間から出て行ってしまった白の貴婦人。いなくなった後、すかさずリナがセラに進言する。
「いくらあれほどの実力者といえども、女王様にあのような態度に加え、気分による職務放棄。いくらお抱えとはいえ、あのようなことを許すのはいかがなものでしょうか」
「気持ちはわかりますが、あのような人材を野放しにしておくのはもったいないものです。あとで厳しく言っておきますから」
「ですが……」
「これは彼女と私の話ですから、あなたは口を出さないでください。白の貴婦人の話はこれでおしまいです」
一方的に話を打ち切られ、少々不満そうな顔をするリナ。洋介も、苦労しているんだなあと考える。そして、セラはリナたちに向き直る。
「では、改めてあなた方二人には密貿易の調査をお願いします。その前に……」
杖を置いてパンパンと手を叩くと、横から従者らしき人物が現れ、金貨がいっぱい詰まった袋と、ノートと羽ペンを洋介に渡した。
「今回の報酬です。ノートはたくさん書き込めますし、ペンは魔導ペンと呼ばれる代物で、魔力が残っていればいくらでも書けます。どうぞ役立ててください」
「あ、ありがとうございます」
「女王様、報告は以上となります。準備を整えましたら、情報があった土地へと向かいます」
「わかりました。それでは、もう下がってよろしいですよ」
「はい。ヨースケ、行くわよ」
リナに連れられ、玉座の間を出る洋介。いろいろあったがかなり緊張していたため、やっとちゃんとした息ができた。
「ふーっ……緊張したぁ。女王様、すごい人ですね」
「ええ、かつて魔王を倒した勇者一行に加わり、曲がりなりにも世界を救うために旅をして戦ったお方よ。あんな貴婦人と戦えば女王様が勝つに決まってるわ。女王様は熾天使の力を持つのだから」
「セラフィム……! 道理で背中に白い翼が生えてるわけだ」
「聖なる力を持つ天使の御業を使えるのは、この国では女王様ただ一人よ。強さも神聖さも、そこらの聖職者とは比べ物にならないわ。あんな女より……」
相当貴婦人のこと根に持ってるな……と言葉の節々から感じた。しかし、洋介はそれ以上にやりたいことがあった。
「ね、ねえ……準備の前に、この城の中、スケッチして良いですか?」
「す、スケッチ? なんのために?」
「何って……小説の資料とかにするんだ。コレ、いい背景になりそうだ」
「……悪用はしないでね。それ終わったら町へ出て準備をするわよ」
「あのデカい貴婦人、あれもすごいキャラ立ちだな。白の熾天使と、白の異形……タイクーン王国、ネタの宝庫すぎるあっちもすごい資料になりそうだな、町も早くまとめたい」
「……はあ」
洋介のこの姿勢には、少々理解できないと思うリナなのだった。




