12「首都テラリア」
洋介は、一心不乱に城内の気になるところをスケッチしていた。気になるところがあれば、すぐにでも足を止めて風景を描き始める。尖塔の急な角度、窓枠に施された精緻な魔導彫刻、そして大理石の床に落ちる複雑な光の屈折。たとえ歩行の邪魔になろうとも、すぐに足を止めて風景を描き始める。それを見て、リナは不思議に思う。
「あなた、随分そういうことに熱心なのね」
「はい。こんな素晴らしい景色、小説の資料や漫画の背景とかにしてみたいものです」
リナの言葉に顔を向けず、ひたすらペンを走らせる洋介。城の前にある女王セラの彫像を、じっくりと、かつ走らせるべきところは素早くペンを走らせる。細かいところにも目を向けた模写が、ノートに描かれている。
「それにしても、中々上手い絵ね。まるで彫像をそのまま、そのノートに写したみたい」
「別に、元いたところにはこれくらい描ける人は結構いましたよ。これでご飯を食べる人だっていましたしね」
「絵でご飯を……? よっぽど優れた芸術家な訳?」
「絵というより、漫画……絵物語ですかねえ? 物語を絵で描いて、それで人々を楽しませる……そんな人々がいます。俺もそれを目指していたんですよ」
「へえ、そんな職業があるって言うの? 素敵な職業ね」
元の世界における漫画家という職業をそう言ってくれたリナに、少々嬉しくなる洋介。スケッチは完成し、立派な彫像の模写が描かれていた。
「良い絵ね」
「あの……リナさんもちょっと絵を描いてみませんか?」
「私が? 私、そんな上手くないわよ」
「誰だって最初は上手くないものですよ。さあ、描いてみましょう」
「しょ、しょうがないわね……」
洋介に言われ、しぶしぶ洋介のように彫像に向かって絵を描いてみる。しばらくうんうん言いながら絵を描いて、やっと出来上がった時に見せられた絵。特徴は捉えているが、線やパースはガタガタでお世辞にも上手い絵ではなかった。
「み、見るなっ」
「大丈夫ですよ、最初はみんなそんなものですよ」
「とにかく! これからまた調査のために町に買い物とか行くわよ! さっさと行く!」
自分の絵が描かれたノートを洋介に押し付け、さっさと歩きだすリナ。絵を見て、ふと思う。
「もうちょっと練習すれば、いいものになりそうな味のある絵なんだけどなあ」
そう思いながらリナについていった。
そうして、テラリアの町へと繰り出した二人。洋介は自分がよく見るファンタジーの世界とは一線を画したその光景に目移りしていた。見るものが全て珍しい光景に、洋介は感動していた。
「すごい光景だ……お城とかレンガの建物は見たことあるけど、こんな俺がいたところと似たような物品を使う世界が……」
「言っておくけど、こんな光景なのはここテラリアくらいよ」
「にしても、なんでこんな光景が?」
「ああ、理由? それはね、賢者様のおかげね」
「賢者?」
「そう、勇者一行の中で最も知性を持っていたという、稀代の賢者。勇者一行の装備や魔法の質を高めたという話よ。今テラリアを発展させている、古代兵装を基本とした魔道回路の技術も賢者様が基礎を作り、それを元に発展させたというのだから、賢者様のおかげよ」
「……すごい人だ」
それ以外の言葉が出なかった洋介。こんな景色を作り上げた賢者、何者なのだろう。会ってみたいなあと思う反面、勇者一行はセラを遺して魔王と相打ちになり全員亡くなったと聞いている。会えないのがさみしい。
そんな洋介の様子を察したのか、リナが説明し始める。
「説明するわね、生活の基盤となる魔道回路の動力源となる蒼い炎の炉があってね。設置されると、それを中心にいろいろ工房やら店やら住宅やらが増えていくのよ。そういう区画がきっちり分けられているの」
「そんな風に町の区画もきっちり分けられているんですか……あ、あの乗り物は?」
元の世界で見たバイクやバギーのような乗り物を、洋介は指さす。
「あ、アレね。魔石を砕いたものを燃料として動く乗り物よ。古代兵装に魔道回路を組み込み、自動で動く二輪車や四輪駆動車ね。魔石の供給問題とかもあるから、テラリアから遠くへ行く時は馬が現役なんだけど、町の中ではこんな風に結構走っているのよ」
「へえ……四輪駆動……!?」
洋介にとって、自動車やバイクといった乗り物は、元の世界で毎日のように見慣れていたはずだった。なのに、漫画やアニメで見るような異世界でそんなものが当たり前のように走る光景に、違和感がないわけではなかったが、それすらもむしろ世界の一部と思える素敵な光景だった。
「……素敵だな」
「ええ、素敵な光景ね。さて、今度こそ必要なもの買うわよ。ここを離れるために必要なものがたくさんあるから」
そうして、保存のきく食料、予備の武器、高精度の回復薬といったものを買い込んだ。そして買ったモノは、洋介が大体持つ荷物持ちの役割。とはいっても、スライムで腕を包み腕力強化で楽々持ててはいた。傍目には、小柄な少年が自分の数倍の荷物を軽々と運ぶ奇妙な光景だが、ここテラリアでは多様な種族や魔法が日常の一部であり、特段目立つこともなかった。
しばらく物品をひたすら買い込んだ後、鐘が鳴る。まるで何かを告げるかのような合図に、リナは洋介の方に振り向く。
「お昼の時間ね。何か食べに行く?」
「ああお昼ご飯ですか? とはいっても、自分ここのグルメとか知らないんですけど……何かあったりします?」
「そうねえ……一応名物があったりするけれど、早めに町を出て事件現場へ行かないといけないし、軽くハンバーガーでも食べましょうか」
「ハンバーガー!?」
いきなり出てきた、ハンバーガーという元の世界で聞きなれた用語に驚く洋介。思わず荷物を落としそうになる。
「な、なに? 何びっくりしているのよ。そんなに驚くような食べ物? まあ、テラリア以外じゃあまり見慣れない食べ物だけど……」
「い、いや……おかしい。おかしいでしょ、いろいろと」
「何が? 何がおかしいの?」
「い、いや……なんでもない。ごめんなさい」
「そう? なら良いんだけど」
そう言って店に向かうリナだったが、洋介は少し悶々とした考えに支配されていた。自分の世界で食べていた、ジャンクフードの代表格みたいな食べ物が、このファンタジーの世界で普通に食べられていることに、違和感しかなかった。
(いや、おかしいだろいろいろと。元の世界じゃ、ファンタジー漫画にハンバーグやジャガイモを出すのはありかなしかで、ネットで散々揉めたこともあったのに。ハンバーグ通り越してハンバーガーだぞ、ハンバーガー。ジャンクフードの代表格。きっと喫茶店で出るような気取ったハンバーガーとか出るのかな……それとも、ハンバーガーとは名ばかりの別の代物なのか……)
そんな悶々とした考えを抱きながら店へとやってきた。そこはまるで、元の世界で見たようなファストフード店のような店。さすがに建物は木製で、見方を変えれば喫茶店のようにも見える。屋外には屋外のテラス席には、パラソル付きの洒落たテーブルや椅子もある。さすがにお昼時だけあってか、人が混んでいる。みんな一様に元の世界で見たハンバーガーやフライドポテトを食べており、ここは本当に異世界なのかと一瞬わからなくなる程だった。しかし、傷だらけの傭兵や鎧を身に纏った騎士団の連中、獣人やらがいるのを見ると、ここはやっぱり異世界なんだなあと思いつつ、食っているものを見て思考がバグりそうになっていた。
「ハンバーガーだ……見紛うことなきハンバーガーだ……」
「どうしたの? ハンバーガーがそんなに嫌?」
「そういう訳ではないんです、ただちょっと……ねえ?」
「???」
洋介が悶々とした感情に支配されている中、リナは席に座り洋介も座る。そしてしばらくした後、お待たせしましたの一言でハンバーガーとフライドポテトが席に置かれた。一口食べる。美味しく、元の世界で食べ慣れたケチャップや肉の味が口の中に広がり、美味しい。
「……美味しいなあ」
「どうしたの? さっきから様子が変だけど」
「ご、ごめん……頭がショートしそうになってるんだ。現実と世界のギャップが、俺の頭を支配しているんだ」
「……?」
ハンバーガーに微妙な表情でかぶりつく洋介に、疑問を抱くリナ。きっと話してもわからないと思っている洋介の心中は複雑だった。
周りを見てみると、談笑する若い男たち。食事をしながら他愛もない会話をする女性たち。その光景は、現代の世界と変わらないファストフード店。まるで現代で見たような景色が、そこにあった。それを見て、脳裏に浮かんだのは。
「洋介、ここの背景はこういうのが良いんじゃないかな」
「セリフももっと凝ったものにしようよ~」
「ここはやっぱりこのキャラを使いましょうよ!」
かつてファストフード店で、作品について語り合った創作仲間たちとのなんでもない会話。作った漫画や小説について、店でポテトやバーガーを食べながら語り合ったあの日。懐かしい思い出に、思わず目が潤む。
安いコーヒー一杯で粘り、互いのプロットを叩き、夢を語り合った創作仲間たちの顔。油で汚れた指先でめくった資料。この世界と酷似した、けれど決定的に異なるあの日常。 目の前のハンバーガーが、かつていた世界の残火のように思えて、喉の奥が熱くなった。もう戻ってこない、あの日と世界。元の世界と同じような景色があっても、本質は全然違う。ああ、自分は本当に違う世界に来てしまっているんだな……と自然と涙がこぼれてしまっていた。
「ど、どうしたのよヨースケ。あなた、なんで泣いてるの?」
「いえ、なんでもありません。これは……自分の問題なんです。俺だけの、問題なんです」
フライドポテトを口いっぱいに放り込み、吐き出したい衝動を我慢する洋介。ポテトがしょっぱいのは塩かそれとも涙か。それはわからない。涙をぬぐい、さっさと食べ終えた。洋介は、今すぐここから離れたかった。
「リナさん、早く買い物済ませましょう」
「……そうね」
洋介の様子に何か重いものを感じたのか、リナも食事をさっさと済ませて店を離れた。
そうして、他の店で買い物を済ませた後、リナは寄りたいところがあると言い出した。そこは町の端っこにある塔だった。そこに入ると、白衣を着た人間に出迎えられ、何やら会話をした後洋介に言った。
「ヨースケ、出発は明日にしましょう」
「えっ、なんで……」
「目的地に行く途中で、豪雨が降るらしいのよ。ここはテラリアの天候予測所で、雨が降るか降らないかを知れる場所。大体八割くらいの確率で当たるわ」
「天気予報まで……すごいな」
「という訳で、今日は城に戻って明日の朝出発ね。セラ様にまた会うかもしれないけど、その時は失礼のないように」
タイクーン王国首都テラリア。その光景と文化レベルの高さに舌を巻く洋介。だけど、あのポテトのしょっぱさはまだ口の中に残っていた。




