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13「雨の夜」

 雨の予報を受け、タイクーン王国の城へと戻って来た洋介とリナの二人。使用人に二人は別々の部屋を用意され、洋介は荷物などを部屋の隅に置いてベッドに座った。


「ふーっ……やっと一息つけそうだよ」


 洋介の腕を包んでいた黒いスライムがぐちゅるるる! と音を立てて服の袖に戻る。窓を見てみると、灰色の雲が多くなってきており、いかにも雨が降りそうな予感がしていた。


「天候予測、ばっちり当たってるじゃん。侮れないなあ」


 そう言いながら荷物をわかりやすく整理した後、城や町の風景を描いたノートを開いてみる。写生させてもらった女王の彫像、窓枠に施された精緻な魔導彫刻、そして大理石の床に落ちる複雑な光の屈折。そして、わずかな時間を縫ってスケッチした町の風景。四輪駆動のバギーに似た車、町行く人々……このタイクーン王国の一部を切り抜いたかのように描かれた風景画。そして、他のページにはタイクーン王国にあった技術などを文章でまとめている。


「これは良い資料になるな……」


 異世界から戻れるかどうかはわからない。だが、それでも創作家として、小説や漫画のネタになりそうな風景などをスケッチするのはやめられなかった。戻れるとなった時、この風景などを持ち帰れるかはわからない。けれど、もし持ち帰ることができるならこの風景や技術の文章などをまとめたノートを持って帰りたい。そんな思いが詰まっていた。すると、リナが描いた彫像の絵が見えた。線はブレていて、パースもガタガタだがこの絵から「味」を感じ取っていた。


「良い絵だな……もうちょっと練習すればもっと良くなるかも」


 ノートを閉じた後、部屋を見回してみる。ふかふかの絨毯にベッド、タンスや枠が綺麗な鏡、綺麗な部屋でスケッチしたくなるような雰囲気だが、同時に思うこともあった。


「一応客人とはいえ、立派な個室を用意してくれたのはいいけれど……立派すぎて俺みたいな庶民には落ち着かないんだよなあ……」


 まるで高級ホテルに放り込まれたかのような違和感。辺境の安宿ではすぐ眠れたのに……今夜眠れるかなあと思う。窓を開けようにも、すでに雨は降り始め雷まで鳴り始めていたので、カーテンをそっと閉めた。


「さて……明日に備えて早めに眠った方がいいかな……それともこの部屋スケッチしようかな……」


 雨音を聞きながらそんなことを考えていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「どなたですか?」


「リナよ、食事が出るから一緒に食べる?」


「えっ、食事? 女王様と?」


「流石に女王様と一緒じゃないわよ、使用人用の食堂で食べるのよ。食べる?」


「わかった、今行くよ」


 ドアを開けて部屋を出て、部屋の前にいたリナと共に使用人の食堂へと向かっていった。使用人の部屋もまた玉座の間とは違った意味で豪奢な大部屋で、妙に食べ辛かった上に味もわからずじまいな洋介だった。



 食事を終えて、部屋へと戻って来たリナ。雨の音を聞きながら、今この国で起きている奴隷貿易という違法行為。それに関わっているという、魔王を信仰する連中。


「魔王信仰の連中が関わっているということは、恐らくあの悍ましい魔族も関わっているかもしれないということ」


 リナの脳裏に浮かんだのは、幼少期の忌まわしい記憶。燃える自身の村、血だらけの両親や村の人々、泣きわめく自分。そして……自分の目の前に現れ自身を嘲った、惨劇を引き起こしたあの魔族。


「あの魔族は、世界を手中に収めようとした魔王に憧れそんなことをするような男……当然魔王信仰の支援も受けていた。奴とつながりがある以上、魔王信仰の奴らを追っていけば、きっとどこかで息を潜めつつ力を蓄えている奴の情報を得られるかもしれない」


 リナが王立騎士団に入ったのは、無論自分を認めてくれた女王や国のためでもある。だが、それ以上の理由は自身が住む村を滅ぼし、両親や村の人々を惨殺した魔族を自らの手で撃ち滅ぼすこと。


「両親やみんなの仇……絶対に取ってみせる。今はまだ、実力とか足りないかもしれないけれど、必ずやり遂げるから。その時はアイツも……」


 ふと、洋介のことを思い浮かべてしまったリナ。なんで? と思いつつ、別にあんな奴……と自分で否定する。


「アイツ……確かに便利そうな能力は持っているけれど、別にアイツの手を借りる必要なんかない」


 そういいながら、次の任務に向けて剣を研ぎ始めるのだった。




 夜、玉座の間から離れ、自身の部屋で一人外を眺めるのは、女王セラ。物憂げに窓の外で降りしきる雨を見ながら、思うことは国のことなどいろいろあるが、一番に思うことは……。


「勇者様……」


 暗く、雨が打ち付け自分が映る窓に見えたのは、かつてともに旅をし、世界を救うために戦った勇者。あの時、わがままで世間知らずな自分を変えるきっかけとなってくれた勇者。そして、勇者がぼやけた後窓に映ったのは自分に手を焼きながらも一緒にいてくれた仲間たち。


「戦士……賢者……魔術師……」


 世界の厳しさをよく知り、自らの世間知らずに一番怒り自分のことを殴りもしたが、それすらも自身を変えるきっかけとなった戦士。知識と頭脳を持って自分を導いてくれ、目覚めたばかりの熾天使の力を共に研究してくれた賢者。魔法を教えてくれて、同じ女性として辛いことを共有しながら、ともに歩んでくれた魔術師。全員全員が、忘れがたき思い出。


「彼らは……私にこの国を任せてくれた。あの時だって、魔王との最終決戦の前についてこなくていい、魔王が倒れた後の国のことを考えろと言ってくれて……」


 セラにとって、力さえあれば何とかなってきた魔王やその下にいた四天王などとの戦いより、国に戻り女王として腐敗の温床だった国を再興させることの方が難しかった。勇者一行の一員として、力を盾にある程度強権を振るうこともできた。国の膿とも言える部分を無理やり排除する、贅沢をやめろと貴族たちに強制することもできた。


 貴族たちからは恐れられ、民衆からは好かれる。そんな女王を目指していたが、女王としてできることにも限度がある。国全体を一人で監視することなど不可能だ。巨大な勢力が崩れ、新たな女王による治世が始まるという混乱期において、新たな貴族を就任させて地方を混乱させるのも良くない。それに、腐っていたとしても貴族たちは政治の知識などを持っている。それゆえ、三十年前切れなかった貴族たちも多い。彼らもさすがに代替わりしてはいるものの、一抹の不安はぬぐえない。


「禁止されている奴隷貿易は……ひょっとしたら三十年前からずっとある貴族たちの仕業……? 魔物の発生も同様に……?」


 あの時彼らは積極的に奴隷を購入し、酷い目にあわせていた。だが、疑わしきは罰せずという言葉がある。女王が権力をものに言わせて無理やり捕えたりすれば、何があるかわからない。我ながら甘いとは思ってはいるものの、民衆に好かれるためには必要なことも多々ある。


「ハァ……女王というのも辛いものですね。三十年経ってあの頃より平和になっても、気苦労ばかり大きくて……会いたいなあ、みんなに……」


 あの時旅をした仲間たち、蘇るのはあの日の思い出ばかり。女王の座は辛く、愚痴も中々言えない日々。そんな時だった。


「お母さ~ん、いる~?」


 ドアを開けて入って来たのは、二人の子供。一人はセラを幼くしたような少女と、金髪で温和な顔をした、翼を持たない少年だった。


「カイン……エレナ……」


「どうしたのお母さん? 辛そうな顔してるけど……」


 金髪の少年がひざ元に来て悲しそうな顔をする。それに対し、セラは微笑み頭をなでる。


「大丈夫よカイン、ちょっと……疲れちゃっただけよ」


 それに対し白髪の、セラを幼くしたような少女もひざ元に抱き着く。


「お母さん、無理しないでね。お母さんは強くて優しい女王様だけど、私たちのお母さんなんだからね」


「そうね、エレナ。でもね……私たちだけの時はお母さんって言っていいけれど、公務の場に出る時はちゃんと『女王陛下』って言ってね? そろそろお母さんの即位三十年式典があるんだから」


「はぁーい!」


「フフフ……それじゃあ寝る前に歌を歌ってあげましょう。あなたたちの大好きな、勇者の冒険譚」


「わーい!」


 天使のような歌声で二人に聞かせるのはかつて勇者たちから聞いた冒険と、自ら経験した勇者たちとの冒険の物語。子供二人は、そんな母親の歌をうっとりしながら聞くのだった。




 雨の中、とある屋敷で部屋の明かりもつけずに会談する者たちがいた。その男は、いかにも貴族といった恰幅のいい老人と、フードを被り仮面を被った何者かだった。


「……で、ミラやアズラクの町にいた盗賊どもは軒並み捕まり、拠点は制圧されたと?」


「ええ、騎士団や変な奴に邪魔されて奴隷も殆ど解放されてしまいましたよ。一応資料や屋敷は抹消したんですがね、騎士団に隷属魔法とかの首輪を奪われて……アレを本格的に解析にかけられれば、誰が作ったのかはわかりますよ」


「マズイな……せっかくお前たち魔王信仰の手も借りて、軌道に乗り始めてきたというのに、この期に及んで邪魔が入るとは……」


「目くらましもしてはいるんですがねえ、流石に騎士団をずっと引き付けているのは難しいですよ」


「そこをなんとかならんのか? お前たちはかつて魔王軍が使っていたという技術や術式を多数持っているだろう」


 恰幅の良い老人に対し、仮面にフードの男はため息をつきながら答える。


「あのですねえ、その技術は三十年前に魔王軍が使っていた技術をなんとか復元したものでして、今の我々には使えないものも多く、万能な代物ではないのです。誰が作ったのか解析だってできる今の時代なのですから」


「ムムウ……」


 恰幅の良い老人は唸る。それに対し、仮面越しに呆れたような視線を向けるフードの男。するとそこに、ドアを乱暴に開けて入って来たのは……。


「あれー? オヤジいつものお客さん?」


 いかにもチャラく派手な格好をした青年が、傍らに四つん這いで裸になっている女性を連れていた。首には首輪がつけられていて、その首輪からは鎖が伸びていて青年の手に握られていた。


「コラ息子よ! そんなモノを持って屋敷をうろつくなと言ってるだろう! どこで聞かれているのかわからんだぞ!」


「だってさー、貴族の当主として騎士団とかお偉いさんの前で良い顔とか、きちんとした姿勢見せるのってめっちゃ疲れるんだよ。癒しが欲しいんだよー」


 そういいながら女性を立たせた後、両手で胸を揉み、顔をうずめたりもする。女性は全くの無表情で、何をされているかもわからないかのようだ。これには老人も呆れ、フードの男もため息をつく。


「……息子さんは随分と良い趣味をお持ちのようで」


「昔はワシもやっていたとはいえ、教えてもいないのに息子も同じようなことを……ハァ」


「あっ、そうだ! 今度の休み、良い感じのヤツが手に入る話があるんだった。ああいう珍しいのは中々手に入らないから、賭けの対象にもされてるし大枚はたかないとな~じゃ、その日はオヤジよろしく~」


 そう言って、鎖を引っ張り女性を四つん這いにさせた後、まるで犬でも連れ歩くかのように部屋から出て行った。その様子に、自身たちが今行っているコトがバレないか不安になるのだった。




 雨は、それぞれの思いを交錯させながら、さらに激しさを増した。


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