14「魚人族の里」
夜が明けて、雨が上がった。雫が屋根から垂れ、水たまりが空を映す。洋介も、城のベッドから起き上がる。窓を開ければ快晴の空。
「うーん……今日はいい天気だ」
朝起きた後、ファンタジーな景色が見えることにはもう慣れた。自分はもうこの世界の一部なのだと、はっきりと理解できる。ドアをノックする音が聞こえ、ドアを開ければリナがそこにいた。
「おはよう、よく眠れた?」
「部屋は落ち着かないけど、まあ眠れたと思う」
「そう、それは良かった。じゃあこれから出発するけど……行くところは馬が使えないところだから、あなたに頼みたいことがあるの」
「馬が使えない? それはどうして?」
「ええ、これを見て」
机の上に地図を広げ、指をさしたところは……洋介はこの世界の地図が読めないのでよくわからない。
「えーと、そこはどういうところなの?」
「どういうところって……地図が読めないの? ここは湿地帯ね。水が多くて沼やら池やらが多くてね……馬じゃ足が取られてマトモに動けない上に、距離もかなりあるから、徒歩で行こうにも時間がかかる……この土地に住む魚人をさらうという情報があるから、なるべく早く行かなきゃいけないし」
「ふむふむ……なるほど、ゆえに俺の力が必要という訳か」
「そうよ、できるでしょ?」
「……たぶんできると思う」
二人はテラリアの町を出て、町から離れた人がいないところで顔を見合わせる。
「じゃあ、やってみるよ」
洋介は古びた大学ノートを取り出し、パラパラとめくる。その中に描かれた、一枚の絵や文字で書かれた設定をじっくりと目に焼き付け、目を閉じてそのイメージで脳内を埋め尽くす。すると、洋介の服がドロドロに溶け始めた。何もかもが溶けて、黒いドロドロになる。
黒いドロドロになった何かが洋介の全身を包みこみ、ぐりゅっ、ぐちゅっ、ぐちょっと音を立てて動く。そして、黒いドロドロはぶくぶくと膨らんで、人一人よりもかなり大きな、黒光りするタールみたいな不透明のドロドロとなり、なおもぐりゅっ、ぐにゅっ、ぐちゃっと動く。そしてぐちゅぐちゅと音を立てて形作ると、巨大な黒い怪鳥になった。
刃物のような鋭い黒い羽を持ち、突き立てれば鉄板さえも貫くようなクチバシ、猛禽類のような爪を持つ足、標的を射貫く金色の目、五メートルはありそうな巨体。鳥というよりも魔獣のような姿をしていた。
「ギエェェェェェーッ!」
耳をつんざくような不快な鳴き声をあげる。リナはそんな怪鳥にレイピアを向ける。
「大丈夫? また飲まれてない?」
レイピアを向けられた怪鳥は、しばらく暴れた後、ぴたっと動きが止まる。そして、ぐちゅるるる! と音を立てて、怪鳥の胸の辺りから洋介の顔が出てきた。まるで怪鳥の胸に、人面瘡が浮き上がってきたかのような姿だ。
「だ、大丈夫だよ。こんな風に模ったキャラから顔を出せば、逆にキャラの支配権はこっちにずっとあるんだ。全部包まれてる時は飲まれる時があるけど……」
「はあ……じゃあいい? 乗るわよ。空からの道案内は私がするから、あなたはその通り飛んで行ってちょうだい」
「わかったよ。じゃあ行くよ、しっかり掴まっててね!」
翼を大きく広げ、羽をまき散らしながら飛び上がる。そして、空を飛べばその速さにリナは驚く。
「随分速いわね……これだったらすぐ着きそうね」
「怪鳥フランソワの飛行能力は並みじゃあないよリナさん。そのうえ爪やクチバシの威力はとんでもないし、必殺技の『スカイクロー』は……」
「はいはい、そういうのはいいから。こっちの方角に曲がって」
リナの指示通り方向を切り替え、目的地へと向かっていく怪鳥フランソワ。すると、地面に沼や池が多数確認できるようになると、奥に湖に浮かぶ浮島が見え始めた。
「見えたわ……アレが今回の目的地よ。あそこへは徒歩で行きましょう。いきなりこんなバケモノが現れたら、魚人達はパニックになるわよ」
「そうですね、流石に変身は解除してから行こう」
そうして、建造物から離れた場所にドシンと音を立てて着地した怪鳥フランソワこと洋介。すると、何者か達に取り囲まれた。
「何者だ! 遠目から確認したが、こんな魔獣を連れてこの地に来るとは、貴様魔物使いか!?」
「うわあ!? 魔獣の体から人間の顔が……! なんだコイツは!?」
槍を持ち、リナたちを取り囲んだ彼らは、二足歩行でサメやイルカなどの特徴が取り入れられ、二足歩行でマグロのようなキラキラした肌を持つ、魚人という言葉がぴったりな生き物たちだった。彼らに対しリナは、頭を下げる。
「誤解を招くようなことをしてしまい、申し訳ありませんでした。この者は魔獣ではありません。様々な姿に自らを変えることができる魔術を持つ、我々王立騎士団が雇った冒険者の一人でございます。女王様の命を受けて、この地に馳せ参じた次第にございます」
懐から女王の署名などが書かれた書類を出し、魚人たちに見せるリナ。それを見た魚人たちは、驚いた後ひざまずいた。
「これは失礼いたしました。王立騎士団の者とは知らず、非礼をしたことを詫びます。我らの王が女王陛下に頼んだ依頼を受けてきた騎士団の者だったとは……」
「しかし、このような怪しげな術を使う冒険者を雇うとは、騎士団たちも忙しいのでしょうか?」
「ええ、辺境の方に強力な魔獣や魔物が出るらしくてね。それで騎士団が駆り出されて……私のような者しか派遣できませんでした」
「左様ですか。わかりました、我が王の話を聞いてください。一応聞きますが……その男も一緒に聞かねばなりませんか?」
「……できれば聞かせてほしいわ」
「……わかりました」
すると魚人たちは、懐から縄を取り出し怪鳥フランソワのガワを纏っている洋介を縛り始めた。そんなことしなくても、俺が変身を解けば済む話なのに……と思いながら縛られた。そうして、魚人たちに連れられて洋介たちは彼らの里へと連れていかれるのであった。
彼らの里、魚人たちの里は、湖に浮かぶ浮島だった。水草などを固め、その上に茎の太い植物で作られた建物などがあった。その中央を連れて歩かれる、リナと五メートルはある怪鳥。魚人たちはもっぱらその巨大な鳥に視線を向けていた。
「なんだあの鳥は……」
「狩猟の成果とか?」
「でも見ろよ……あの怪鳥、胸から人間の顔が出てるぜ」
「きっと魔術で鳥と融合した魔術師なんだよ」
村の魚人たちからそんなことを噂され、妙に恥ずかしくなる洋介だった。いっそ変身を解除した方が良いのかな……と思うも、いきなりスライムに戻したらそれはそれで恐怖映像だよな、と思い変身解除はやめることにした。後で里の光景を是非スケッチしたいと思いながら。
そして、そんな水草で作られた建物たちの中で唯一、石でできた玉座に座る、クジラのような姿をした大きな魚人の前にリナと洋介は来た。隣にはシャチのような魚人もいる。リナはその彼にひざまずき、洋介もまた怪鳥フランソワの姿でひざまずく体勢となる。
「王立騎士団の者……と、そのやとわれの冒険者か。よく来てくれた。魚人族の長であるエルホである。となりにいるのは、我が息子のチシャである」
「タイクーン王国王立騎士団より派遣されてきました、リナです。隣にいる怪鳥は、今回の一件に対応するために雇った冒険者、ヨースケでございます。このような姿をしている理由は、彼は姿かたちを自在に変える能力を持っているからです。どうか気にしないで頂きたい」
「ウム……それで、今回王立騎士団を呼び出したのは……我が同胞たちと我が娘であるフィンが何者かに攫われてしまったのだ」
「愛娘やご同胞のご捜索ですか。それで、我々にそれをお願いしたいと」
「そう、特に可愛らしい愛娘のフィンが、奴隷貿易の輩に連れ去られたかもしれないということだ。フィンが一緒にいた付き人と共に、我々の苦手な雷魔法でやられ、連れ去られてしまったのだ……今頃どんな酷い目にあっているやら……」
およよ……と涙を浮かべる魚人族の長エルホ。きっと可愛い娘さんなんだろうな……と思いながら洋介もこの一件を解決させなければ……と思う。
「手掛かりはなく、奴らがどこにいるかもわからない。だが、禁止されている奴隷貿易を調査しているお前たちなら、受けてくれるはず……女王には恩義がある、この依頼を受けた後は必ず報酬を与える」
「わかりました。女王の命に代えても、娘さんやお仲間を必ず連れ戻します」
ぺこりと頭を下げ、立ち上がろうとするリナ。洋介も縄で縛られているとはいえ下がろうとするが、突如大声が上がった。
「ちょっと待った! お二方!」
叫んだのは、エルホの隣にいたシャチモチーフの魚人チシャ。そこらにおいてあった槍を掴み、リナに詰め寄る。
「俺も行かせてくれ!」
「えっと、あなた……この一件は王立騎士団の依頼であって……」
「あんな可愛い娘を、お前たち一人と……ええいお前たちだけに任せるわけにはいかない! 俺もついていく! あんなに花のように可愛い妹なんだ、兄として俺も助けたいんだ!」
大声で熱量を込めてそう言ってくるチシャに対し、リナは断りきることができないでいた。
「わかったわ、あなたもついていくことを許可します。邪魔になるようなことだけはしないでくださいね」
「邪魔になどなるものか! 俺は魚人族一の戦士! 敵などこの槍が一刺しにしてくれる!」
……大丈夫なのかコイツと思いながら、リナと洋介はチシャを連れて魚人族の里を後にするのだった。




