19「見たもの、聞いたもの」
ルスダの町における闇闘技場の潜入も終わり、魚人族長の娘、フィンを救出した。そして、タイクーン王国における奴隷密貿易の全容は一気に進展した。リナに案内された、女王が住まう城にある王立騎士団の医務室において、洋介はリナから聞いた。
「ええっ!? あの闇試合にタイクーン王国の貴族がいた!?」
「そうよ、あの闇試合にドラグニカっていう竜人を出して、フィンを奴隷として手に入れようとしていたみたい。確実に勝つためにか、隷属魔法を使って自由意志を奪って、違法な薬や魔法で筋力などを高めていたっぽいわ」
「へえ~、明らかにクロだったんですね」
「そして、そのドラグニカの主人が……タイクーン王国に三十年以上前から存在している、古参貴族だったのよ。三十年前に腐敗していた族の息子で、それを受けてか貴族の夜会じゃ品行方正で通っていた奴がさあ……結局うわべだけで、中身は父親と同じだったってことね」
「それは、とてもすごい人物を捕えたんじゃないですか?」
「ええ。最初は何があっても口を割らないとか言ってたくせに、ちょっと尋問しただけで全部吐いてくれたわ。奴隷貿易に関わっている貴族、魔王信仰の人間たち、奴隷のルート、拠点、全部吐いてくれたわよ」
「ということは……!」
「そう、この国に巣食う、奴隷貿易を根絶やしにできる準備が整ったって訳。女王様がお喜びになっていたわ。あなたの力で一気に対処できるって」
「い、いやあ……俺はちょっと手を貸したくらいですよ。闇試合で活躍したのはチシャとユーさんだし、俺なんてほとんど……」
「確かに、闇試合で活躍したのはチシャとあなたの言うユーだって言ってたけど、元はあなたがきっかけなんだから。きっかけを作り、勇気を持って飛び込んだのはあなたでしょう。これは、女王様からの報奨よ」
そうしてリナが洋介に手渡したのは、金貨が入った袋だった。受け取ると前にもらった時よりかなり重く、前よりも高い報酬だというのを理解した。
「三日後、奴隷貿易の本拠地を一気に攻めるわ。まだ情報が行き渡らないうちに、一気に潰す。女王セラ様の、即位三十年記念式典の直前に、この悪習に終止符を打つの」
「あ、あのう……その襲撃には俺も参加したりとかは……」
洋介のその言葉に、リナは呆れた顔をして話し始めた。
「それ本気で言ってる? 今回の調査は女王様のご依頼だからやってもらっただけで、本拠地を潰すのは騎士団の仕事。女王様はそれに加わってほしいと、あなたには依頼していないわ。それに……」
リナが洋介の右わき腹を指で押すと、洋介に激痛が走った。その痛みに、思わず体が跳ね上がりそうになる。
「痛ァッ!?」
「危機的状況ならともかく、部外者でそれも怪我人に加わってほしいと思うくらい、王立騎士団は落ちぶれちゃいないわよ。激しく動けば余計に悪化したりするかもしれないから、今回は無しってことで」
「は、はい……わかりました」
王立騎士団所属の医者から包帯を巻いてもらい、なんとか痛みは我慢できる具合になった。そして、城から出た洋介に、リナは告げる。
「あの薄汚い奴隷貿易を潰したら、女王様の即位三十年式典にあなたを招待するわ。それまではゆっくりしていなさい」
「あっ、はい。臨時収入も得られましたし、怪我が治るまではスケッチでもしながらゆっくりしていますよ」
そうして、リナと別れてテラリアの町へと繰り出した洋介。極彩色のルスダとは異なる、王都特有の厳かな歴史と、元の世界でよく見たような乗り物。そして人々の営みが織りなす温かな質感。それらをノートに描き写しながら、その日は宿屋へと泊まるのだった。
三日後、洋介は魚人族の里に来ていた。フィンやチシャに会いに来たのはもちろんだが、洋介は以前、バタバタしていてしっかりと見ることができなかった景色を見るためだった。湖に浮かぶ、水草で作られた浮島、葦のような水草でできた建物を、しっかりと見るためだった。
「浮島の編み込み……かなり複雑で特殊な技術なんだな。家も違う形で編み込まれている……魚人族達特有の技術なのかな」
「おいおい、浮島の編み込みをじっくり見るなんて、随分珍しい行動をするんだなお前は」
浮島の一部分をじっくり眺める洋介に話しかけるチシャ。横にはフィンがいて、洋介のことを物珍しそうに見ていた。
「だってさ、魚人族がどんな生活や居住をしているのか気になるじゃん。君たちは強いだけじゃなくて、どんな文化を持って、どんあ生き方をしているか。俺はそれが気になってしょうがないんだよ」
「ヨースケ、お前随分変わった人間なんだな。俺たちの歴史とか住居とか、そんなに知ってどうしたいんだ?」
妹を取り戻し、すっかり穏やかになったチシャが尋ねる。洋介は、恥ずかしそうに答える。
「えっと……こういう俺の所じゃ珍しいものをメモしたりスケッチしてりすることで、自分が描く物語の参考にしたいんだ……」
「物語……?」
「そう、絵物語とか、文字で物語を書いたりするんだ。そして俺は、自分が書いた物語を多くの人々に読んでもらいたい……だから、自分が描いた物語に深みを持たせるために、こういったリアルな景色を元に物語を描きたいんです」
「冒険者としてとんでもない力をもっているのに、そんなことをしたいのか? 変わった夢を持っているんだな……」
「よければさ、チシャやフィンちゃんが知っているだけでも、魚人族の話とか文化とかを教えてほしいんだ」
「わかった、俺たちが言える限りのことを教えてやろう。フィンも、な?」
「はい、助けてもらった人ですし、お礼もかねていろいろなことを教えますね」
フィンとチシャ、そして途中から混ざって来たエルホ王から、魚人族の歴史や文化、食事に狩猟の仕方などを教えてもらった。それは洋介にとって、非常に興味深く、味わい深い内容だった。狩猟採集や料理の技術、そして彼らが信仰している神についてのことも聞かせてもらった。
「……それで、今話したすべてが私たち魚人族の愛する神様、イサナです」
「なるほど……魚人を生み出したのは大海に住む巨大な白いクジラで、そして神への信仰から海に残った者たちと、陸への探求心からここ湿地帯に住む者に分かれていったと……エルホ様、ありがとうございます」
「いや、我々魚人族のアレコレを知りたがる人間はセラ女王様や勇者たちくらいだったなあ。勇者たちは我々を一人の人間として扱い、セラ女王様は国民として受け入れてくれた。それこそ、三十年前に腐敗した権力者たちから酷い扱いを受けていた時には心に染み入る思いでした」
「はあ……勇者と女王様たちはそれこそありがたい存在なんですねえ。そういえば、闇闘技場で竜人とか虫人とか見かけたんですけど、タイクーン王国には魚人以外にもそういう種族もいるんですか?」
「ああ。先程話したように海に住む魚人族、密林に住む虫人族、火山地帯に住む竜人族といった具合に、このタイクーン王国には様々な種族がいるのだ。タイクーン王国を歩いていれば会うこともあるだろう」
「へえ……本日はありがとうございました。また気になることがあれば、また来るかもしれないのでよろしくお願いいたします」
「ウム、魚人族は歓迎するぞ」
「また来てくれな!」
「また会いに来てくださいね」
エルホ、チシャ、フィンの三人から別れの言葉を言ってもらい、魚人族の里を後にした洋介。そして、魚人族の里近くの町にある宿屋へと泊まり、エルホ王たちから聞いた魚人族の歴史などをまとめていた。後で設定資料集にするためだ。
「狩猟や料理につかう石刀の作り方に……魚人族たちがよく食べる魚や水草、そして儀礼……こういう『リアル』な種族としての生き方がわかると、物語やキャラに深みが出てくるんだよね」
元居た世界にはいない『異種族』のリアルをじっくり聞いた洋介は、内心興奮を隠せなかった。洋介の世界には、アフリカなどに少数の民族がいる。いずれも一般的な生活や文化とはかけ離れた存在ではあるものの、いずれも自分と同じ『人間』の延長線上にしかいない。人が厳しい自然などに適応するため、異質な文化や生活を取る。つまりは同じ人間の違う営みでしかない。
だが、先程目の前にいて聞いたのは、自分と同じ人間とは体の構造も何もかもが違う、異種族そのもの。たとえそれが元の世界の創作で聞いたようなものであっても、実際に見て聞いたものでは実感が違う。テレビの画面や漫画紙越しに見た、隔絶したものとは違う彼らのリアル。
「これを文章や漫画にするのは、さぞかし骨が折れるだろうなあ。いくらすごいものを見聞きしたとしても、それを物語に組み込むのは難しい。昨今のゲームやアニメには設定資料集がつきものだけど……話の中で必要なものの取捨選択は必要。魚人族というキャラを生かしつつ、その文化をストーリーの中で生かせれば……」
良いネタに出会えたという興奮は確かにあった。しかし、ある思考が洋介の中によぎる。これをまとめる意味は? 仮に元の世界にこれを持ち帰れたとして、それを元に作品を描いたところで入賞などできるのか? 最高の素材を、自分が下手な調理で台無しにしてしまうのではないか? という思考が頭の中を通り過ぎた。
「な、なんだろう……目の前にあるのは最高のネタなのに。これを俺が扱いきれるのか? って思ってしまった……まただ、たまにこういう時があるんだ。ネガティブが頭の中を支配し始める時が……」
渾身の小説を書いても、二次選考で落とされた時。ネットに投稿した漫画も、順位は結構上だったにも関わらず、順位が下な作品が奇抜なアイデアなどで入選した時。落ち込んで創作活動だけではなく、仕事にも影響が出た。何度も落ち続け、いつしか焦燥感が芽生え始める。このまま一生落選しつづけたらどうしようと。故に、目の前にある最高のネタを、絶対に無下にはできないという思いが芽生えつつあった。
「この、異世界のネタでどうにもできなかったら、どうしよう……」
ネガティブな思考がよぎる。だが、いつまでもこんな思考ではネタ集めにも影響が出ると考えた洋介は。ネガティブな心にフタをして眠ることにした。




