18「ユーさん」
まさかの襲撃に遭い、ボコボコにされてしまったチシャ。洋介もまた怪我を負い、マトモに戦えない状態になってしまった。そんなところに現れたのは、謎めいた男、ユー。
「ユーさん、どうしてここに? あの時ついてこなかったんじゃあ……」
「なんか、君たちのことが気になっちゃってねえ。案の定、君たち大変な目にあったねえ」
「そうなんですよ。チシャがボコボコにされて、俺もアバラが……このままだと、決勝戦は相手方の不戦勝になってチシャの妹のフィンさんが……」
「ふーむ、それは大変だねえ。じゃあこうしよう、チシャ君の代わりに、俺がリザーバーとして出るのは」
「えっ!? そんな、あたたた……」
大声で驚くと同時にアバラが痛み抑える洋介。それにも関わらず、ユーはすたすたと会場へと向かっていく。洋介は痛むアバラを抑えながら止めようとする。
「ま、待ってくださいユーさん。あのドラグニカという奴はとんでもない奴でして、それにあなたは左腕が……」
「大丈夫、それくらい心配しないでいいよ。後でチシャ君はなんとかしてあげるから、ベッドに寝かしておいて」
「待ってくださ……いででで……」
アバラが折れてるのにそんなこと押し付けるなよ……と思いながら、スライムを腕に纏わせて、何とかチシャを持ち上げ控室に置いてあった粗末なベッドに寝かせる。ずっと痛むアバラを抑えながらスライムを纏い、オークロックへと変身しようとするが、痛みで集中できずスライムは変化できなかった。
一方、会場ではドラグニカの対戦相手が来ないことにブーイングが出ていた。人気者のチシャが出てないことに不満が出ていたものの……ドラグニカの主人は満足そうな表情を浮かべていた。
そして、ブーイングをなだめるのに必死な主催者に対し、誰かが耳打ちして言葉を出す。
「えー、皆さん……ドラグニカの対戦相手、モルトバール選手は負傷により、出場はできなくなりました……しかし、オークロック選手からリザーバーとして別の選手、ユー選手が出ることとなりました……」
「ええーっ!? リザーバー!?」
「あの男じゃなきゃ賭けにならねーぞ!」
ブーイングの中でも慎重に言葉を選び、リザーバーを出す。出てきたのは、ボサボサの白髪に、無精ひげの男。そのうえ、左腕もない。これには観客も盛り下がった。
「なんだよアイツは……」
「流石に不戦勝じゃカッコつかないから、適当な奴を参加させたんだろ……」
「左腕もないんじゃ本当に死ぬんじゃないのか?」
はぁ~とため息をつく観客たち。リングで相対すると、その体格差は歴然だった。ユーは身長百七十後半くらいで、ドラグニカは二メートル後半はある。誰もがドラグニカによる虐殺ショーが始まると予想していた。
(フフフ……リザーバーがあんな優男とは、ドラグニカを襲わせる必要もなかったかな……だがこの試合、勝ったな!)
ドラグニカの主人もまた、勝利を確信していた。
「そ、それではよろしいですか? アーユーレディ……ファイッ!」
宣言と同時に、ドラグニカの太い腕による右ストレートがユーの顔面に突き刺さった。観客たちは終わった……と思っていたが、ユーはそのまま立っていた。まるで何でもないかのように。
「なにっ」
観客が驚く間もなく、ユーは右腕をドラグニカの腕に巻き付けると、思いっきり一本背負いをかまし檻に向かってぶん投げた! 右腕の力だけで一本背負いをかましたことに、驚く観客たち。瞬間、観客たちは沸き立ち、ユーへの声援を送る。
「な、なんだぁっこのユーって男は!?」
「あのドラグニカを、まるで赤子扱いじゃないか!?」
「あのオークロック、何者なんだ? こんな奴をどうやって見つけてきたんだ!?」
「う、お……」
ドラグニカがゆっくり立ち上がろうとしたところに、すかさずローキックを顔面に浴びせ、続けて倒れこみながらの右ひじ打ちをかます。今まで一方的な戦いを見せていたドラグニカに対し、一方的な試合を見せるユーに観客たちは大いに沸いていた。ドラグニカの主人を除いて。
「なんだよ、このクソ展開! せっかくアイツらに頼んで強靭な竜人を捕まえて、薬やら隷属魔法やらで強くしたというのに!」
ユーはそのまま抑え込みはしていないものの、パウンドなどでドラグニカを地面に押さえつけ攻め立てる。観客席からはこれまでのうっぷんからかユーを全面的に応援しており、いいぞそのままぶっ殺せなどと口汚い応援が飛ぶ。
まさかのドラグニカがこんなにも一方的な試合となるとは思っていなかったドラグニカの主人は、指を鳴らした。すると、轡が取れ口が解放される。それを受け竜人の口を生かし噛みつこうとするが、それも避けられる。
「おっと、口まで解放か。けれどそんなくらいじゃ俺は……」
ユーが余裕そうな表情を浮かべるも、途端に竜人は口に炎を溜め、火球を吐き出した! ユーは「おっと」と言いながら避けるも、檻に火球が当たり、火の粉が弾ける。観客たちは驚く。すかさずレフェリーが割って入る。
「反則、ドラグニカ選手反則です! よってこの勝負、リザーバーのユー選手のしょ――」
レフェリーが試合を止めようとした瞬間、ドラグニカによって吹っ飛ばされ、檻に叩きつけられ気絶する。その瞬間、この試合はもはや闇試合ではなく、殺し合いへと変質したことを理解した観客たちは、一斉に逃げ出そうとする。心配になって見に来た洋介も、この惨状に驚く。だがドラグニカの主人はもはや手段を選ばずユーを始末しようとしていた。
「殺せ……そいつを殺せよ!」
「あー、闇だからってそういうことしちゃうタイプ? じゃあこっちも武器とか使ってもいい?」
ユーが剣を握るような仕草をすると、そこからパキパキと音を立てて剣のようなものが生成される。
「だ、大丈夫なのかコレ……!? もうファイトじゃなくない?」
おろおろとする洋介に対し、平然としているユー。そして、剣のようなものを振るうと、とんでもない風が発生し、ドラグニカは吹っ飛ばされ檻にぶつかり、檻を突き破る。そしてそのまま……どさっと主人の上に落ちて動かなくなった。「ぐえっ」と言った声が聞こえた後、ドラグニカの主人は潰され気絶した。これを見て、洋介は声が出なくなった。
(あ、あの男……ユーさんって何者!?)
主催者も、この惨状に驚き動けなくなっていた。そこにユーは笑顔で詰め寄る。
「あー、モルトバールのリザーバーとして俺が勝ったから、優勝はオークロックさんでいーですよね? 商品もらえます?」
「はっ、はひ……」
あまりの強さに言葉がかすれかすれな主催者は、奥から水槽に入れられたフィンを連れてきた。それを、また剣を振るえば水槽が割れて、中から水とフィンが出てきた。ついでにつけられていた首輪も切れていた。フィンは何が起こったのかわからない様子で、おろおろしていた。
「ヨースケ君、これでいい?」
「あ、はい……ありがとうございます……」
「さてと、今度は君の相棒のチシャ君をなんとかしないとね」
「チシャ……? お兄ちゃんがいるの!?」
「あ、うん。君を助けにここまで……」
「会わせて……お兄ちゃんに会わせて!」
そう懇願するフィンに言われ、洋介はユーと共に控室に行くと、そこにはいまだに苦しそうにしているチシャがいた。それを見たフィンは涙目となり、兄に寄り添う。
「お兄ちゃん……」
「ふぃ、フィン……! よ、よかった……! 無事に助け出すことができたみたいだな……!」
「お兄ちゃんも……私のためにこんなになってまで……」
「大丈夫だ……お前の顔を見ればこんな傷……うぐぐっ!」
やはり深い傷なことは否めないチシャ。すると、ユーが前に出てくる。
「大丈夫だよ、このくらいの傷なら何とかできる」
どうやって……? といった表情になる洋介に対し、ユーは手のひらをチシャにかざす。すると、青い光が出てきて、チシャの傷が治っていく。そして、数分後には完全に傷は癒えていた。
「これでよし」
「……おおっ! 傷が治ったぞ!」
「こんな高度な回復魔法が使えるなんて、あなたは何者なんですか!?」
驚くフィンとチシャに対し、ユーはふっと笑って見せる。
「なに、ただのお節介焼きさ」
この言葉から、何者なんだろうという洋介の疑念はさらに沸き上がった。すると、控室にリナが入って来た。
「やってくれたわねえ、あなたたち。見事フィンちゃんは助けられたみたいね」
「あっ、リナさん。そういえばさっき逃げちゃった貴族たちはどうなったんですか?」
「ええ、ちょうど騎士団が駆けつけることができて、観客たちや主催者もまとめてしょっぴくことができたわ」
「おお~! ナイスタイミング! これで闇試合もおしまいですね!」
「ええ、それに……すごい情報まで手に入りそうな予感よ」
「え、それって……」
「奴隷貿易の重要な情報が得られそうな状態よ。ところで、あなたたちよくこんなひどい試合を勝ちぬけたわね?」
「ええ、大部分はチシャがやったんですけど、決勝戦のとんでもない相手はこのユーさんが……あれ?」
ユーを紹介しようとするが、いつの間にかユーは消えていた。まるで、初めから存在しなかったかのように、完全に消えていた。
「あれ? ユーさん? どこに?」
「あの男が助けてくれたの? あの男、見かけによらず結構やるのね……」
リナがユーを見直す。フィンとチシャは互いに抱き合いながら、喜んでいた。そして会場へと赴くと、見事に縄で縛られていた観客たちに主催者。この事件も解決か……と洋介は安堵した。が。
「でも……俺のアバラも治してから去ってほしかったなあ……」
未だ痛むアバラを抑えながら、リナと共に後処理をすることになった。
ルスダの町、地上。派手な町に似つかわしくない小汚い男が歩いていた。外套を纏いながら、人を避けるように歩くのは先ほどまで闇闘技場にいたユーだった。
「やれやれ、方向音痴とお人好しは、どうにも治らないなあ」
そう独り言ちるユーの前に、白い三角帽子とローブ、腰まですらりと垂れた白髪。左手にはねじ曲がった杖を持っている、ユーと同じ背丈をした美女が立ちはだかった。その美女はユーを見た途端、つかみかかってきた。
「あんた! 一体どこ行ってたの!? あなたが家を出たって聞いたから、依頼を中断しなきゃいけなくなったじゃない!」
「いやあ、ちょっと歩く程度だったんだよ。気づいたら変なところに迷い込んでいて……」
「しかし、家からだいぶ離れたここルスダの町まで迷うなんて、どんな方向音痴よ。昔からこうなんだから……」
「ごめんな、エミリー。お前の依頼中断してまで俺を探してくれて」
「全く……とりあえず、迷わないように、テラリアまで手つないで行こ」
「わかったわかった」
二人の男女は、ルスダの町を手をつないで歩き出す。




