17「ルール無用の戦い」
紳士の身なりをした成金オークに変身し、チシャにダイバーマスクのような鉄仮面を身につけさせダーク・ファイトへと乱入した洋介。フィンが毒牙にかかる前に、チシャの妹フィンを取り戻すために。
立食パーティーのように豪奢な会場の中央に鎮座する、檻に囲まれたリング。まるで世界を隔てるかのように作られたその場所に入るのは、暴力しか持ちえない野蛮人。主催者が仰々しい口調で、卑しく金に汚い観客たちをあおる。
「さあ、暴力の世界をご覧にいれよう! 記念すべき一回目の試合は、先程劇的な乱入劇を見せてくれた、鉄仮面の魚人! その名もモルトバール! 彼のスポンサーは同じく乱入劇を見せた、正体不明の成金、オークロック!」
鉄仮面を身に着けたチシャが、割れんばかりの歓声の中静かにリングに入る。ネームはもちろん偽名で、こんなやり取りが乱入の前にあった。
「なあチシャ、やっぱり本名はマズイからリングネームを考えようか」
「異名みたいなやつか? 一応言っておくが俺は魚人一の戦士だからな! カッコいい名前じゃないとダメだぞ!」
「そうだなあ……じゃあ、モルトバールってのはどう? 自分のとこの言葉で、殺し屋クジラって意味なんだけど……」
沈黙。洋介は、これはマズったかなあ……思っていたが、チシャの顔がパアアアッと明るくなった。
「殺し屋クジラ……か、この場にふさわしい名前で、俺にもふさわしい名だな! まあ殺しはしないが……」
なんか満足してくれたし、名前はこれでいいかと考える。チシャがガチャリと会場の奥に偶然あった、ダイバーマスク風の鉄仮面を被った。
「ヨースケ、お前はどうするつもりだ? まさかそのまま出るわけじゃないだろう」
「なあに、この場にふさわしい”ドレスコード”を身に纏うだけですよ」
洋介の服が元の黒いスライムとなり、ぐちゃりと音を立てて洋介を包み込む。そして、ぶくぶくと泡立つように膨らみ、形作っていく。緑の肌をした、筋肉と脂肪が混じった強靭な体に、無理やり纏ったようなタキシード。そして、尖った耳と豚のツラに似合わない、洒落た角度で被ったシルクハット。卑しい成金としてのオークとの姿へと変わった。
「おおっ……そんな風に姿を変えるのだな。ちょっと悍ましいやり方だが……」
「成金オーク、オークロックと呼んでくれたまえ。さあ行こうではないか、私の戦闘奴隷という設定でな」
こうして二人は、会場へと乱入していったのだった。
リングに上がったモルトバールことチシャ。オークロックへと変わった洋介は、最前列の空いている席に、ドスンと音を立てて座った。そして、チシャの対戦相手の チシャの前に立つ、チーターみたいな獣人が気だるそうにリングに入る。
「対するは、荒野の一匹獣! その素早さと鋭い爪でどんな人間もなます切り! チートゥアー!」
まるで早く始めろと言わんばかりのチートゥアーがモルトバールの正面に立つと、檻の扉が閉じられて完全に外界と隔絶される。レフェリーが二人に注意喚起をする。
「普通の格闘技は目突きや金的、噛みつきは禁止されてはいるけどね、このファイトはそれらも全て良しだ。自分の体の一部なら伸ばしたりしてもいいけどね、体から何かを飛ばしたり、飛び道具を使ったり武器を使ったりしたら反則だ。故意の反則は厳しく罰します!」
「説明は以上だ、両者離れて。それでは、アーユーレディ……? ファイッ!」
「シャアッ!」
開始のゴングと同時に、目にもとまらぬスピードでモルトバールに襲い掛かる。そして、手を振ればモルトバールの体に鋭利な刃物で切られたかのような傷がつく。それを見て、おおっと声を上げる観客たち。
「……あの爪は普通なら反則だろう」
オークロックがそう言うが、闇の戦いは止まらない。蹴りを放てば、再び切り傷がつく。どうやら足の爪も鋭くとがっているようだった。やられっぱなしではないモルトバールは、すかさずパンチやキックで応対しようとするが、素早い動きで躱されてしまう。
「おいおい、あれだけカッコよく乱入してきたのに、まさかの防戦一方かぁ!?」
「俺はお前に賭けてんだぞ! 勝ってみせろやあ!」
オークロック以外の観客から、罵声が飛ぶ。チートゥアーは素早く動いた後、突進をしかける。
「お前の心臓を、俺の爪で貫いてやるぜっ!」
真正面から貫手で心臓を貫こうとする……が。それをモルトバールは読んでいたかのように避ける。そして向かってきたチートゥアーの首を両手でつかみ、そのままみぞおちに膝蹴りを浴びせ……押し倒すと同時に、顔面に二ースタンプを浴びせた! チートゥアーは「ぐえっ」とカエルみたいな声を上げて、そのまま……気絶した。
「ウィナー、モルトバール!」
防戦一方かと思いきや、まさかの秒殺劇。一瞬空気が止まり、そしてワアッと、おおおおと歓声が上がる。
「なんて奴だあああ!」
「すごい奴だお前は!」
清々しいまでの掌返しに、辟易しながらもひとまずは安心するオークロック。すると、隣に座っていた強欲そうな何人かの金持ちがオークロックに話しかけてきた。
「あなたの戦闘奴隷……非常によく調教されていますね。今どきのタイクーン王国はこういうのを表立ってやるのは禁じられていますが、どこでどうやって仕入れてきたのですか?」
「この闘技場は、選ばれた人やスポンサーくらいしか来れませんが……あなたはどんなつながりを持ってこちらに?」
「そうですねえ……魚人族の里で規律を乱し、あぶれた危険な者を躾けただけにすぎませんよ。私はただ、このダーク・ファイトの刺激を味わいに来た投資家に過ぎない。良い試合を見せてくれるなら、いくらでもチップを弾きましょう」
その場その場で適当な設定をつらつらと並べていくオークロックこと洋介。うまくごまかせているだろうか……と思いながら、ケージを出てくるモルトバールことチシャを眺める。チートゥアーは大した怪我ではなかったが、それでも痛々しい怪我をしていた。
そこから始まったのは、まさしく闇の試合というべき試合の数々。二試合目は蜂のような昆虫人間と人間の戦いだったが、最初は格闘技の戦いだったものの、最終的な決まり手は昆虫人間による脇腹への刺突で終わる。三試合目、四試合目以降もまた、ほとんど殺し合いと言っても過言ではない暴力の連鎖であった。それを、オークロックの顔はにっこりと、中の洋介の顔は苦々しい顔をしながら見ていた。
(……酷い試合の連続だ。それの勝敗を賭け事に利用したり、時には血しぶきが飛ぶのを面白がったり……なんてひどい光景だ。ただ……)
「オークロック殿。あそこまで残忍に調教された戦士は珍しい。一体、どこの裏ルートで手に入れたのですか? 今どきの王国は厳格で、こういう『嗜み』を弾圧するばかりで退屈でいけない」
「……そうですね、綺麗なだけの世界には飽き飽きすることもありますからね。時には残酷な世界を見なければ楽しくはない」
金持ちにそう応対しながらも、心の中では複雑な気持ちが渦巻く洋介。それは何も、設定とはいえこのような非道を行える連中に合わせないといけないという気持ちだけではない。
(正直言うと……戦闘描写の観察にすごくなっているんだよな。戦いっていうのは、こう……血生臭いものだっていうのを実感させられる。元の世界でも格闘描写とかのイメージを高めるために、MMAの試合やプロレスとか見たけれど……そういうのよりよっぽど勉強になる。辛いやら、悲しいやら……)
そして、一回戦最後の試合。檻の中で対峙するのは、筋骨隆々の二メートル近い身長を持つ男……と、三メートル近い身長を持つ拘束具や轡をはめられた竜人。
「えー、一回戦最後の試合は……骨砕きならぬ、岩砕きの異名を持つ男、バークレー! と、この強さ、まさしく竜の力! ドラグニカ!」
圧倒的体格差、バークレーもまた筋肉の塊だが、ドラグニカは全然違う。それでも、バークレーは目をそらさない。
「岩を砕くようにお前の骨をブチ砕いてやるっ!」
挑発じみた言葉を投げかけるが、ドラグニカは何も答えない。まるで、心、ここにあらずと言った具合に。それを見る観客たちも、妙に白けたような表情とまばらな拍手を送る。これには洋介も何事かと考える。
(……うん? なんだか盛り下がってきたな)
ゴングが鳴り、ファイトが始まる。バークレーがローキックをドラグニカに浴びせると、その太ももが蚯蚓腫れとなる。これには少し観客たちが盛り上がる。そして飛び上がり、丸太でも折るような回し蹴りを顔面に浴びせる……が。
「グォォ……」
低い唸り声で、まるで効いてないと言わんばかりにバークレーの腕をつかみ、まるでおもちゃのように振り上げリングに叩きつけた。そして、顔面に一発を浴びせると……顔面が陥没。この戦いと言うにはあまりに一方的なこの試合に、観客たちは全然湧いてなかった。
「ウィ、ウィナー……」
敵を潰しても喜ばずうつろな目を浮かべるドラグニカ。観客たちは盛り上がらなかったと言うより、勝敗がわかっている試合になど興味はないといった感じだった。
一回戦が終わり、休憩に入るとオークロックの周りには人だかりができていた。あなたは一体どこから来たのか、いかなる商売をしているのか、あの奴隷はどこから手に入れたのかなど、質問攻めにあっていた。それらをかわしながらも、ドラグニカを傍に侍らす仮面の何者かを見ていた。その者は、この闇闘技場の主催者らしき人間に詰め寄られていた。その話に聞き耳を立てる。
「ミラーズ様、困りますよ……この闘技場に、レベルの違う参加者を出さないでください……」
「俺は優勝してあの魚人が欲しいから強い奴を出したのに、なんで文句言われなきゃいけないの?」
「いや、この試合は確かにあの魚人も賭けて試合をしてはいますが……大事なのは一方的な虐殺ショーなのではなく、互いに血みどろになって危険な状態になっても戦う試合なのです。背後で賭けも行われている以上、あまり一方的な実力差の試合は……」
「そんなの知らないよ。あいつらは金が欲しいけど僕はあの魚人が欲しいんだ。確実に優勝するために、群れを乱して追放された荒くれ竜人を隷属魔法やら薬やらで改造したのを用意したのに、何が悪いのさ?」
「……わかりました」
話にならないと言わんばかりに、主催者側は去っていった。だが、その後不穏な言葉が聞こえた。
「あのモルトバールって奴……結構強いよなあ。まさか決勝まで来るつもりじゃないよな……?」
その後、チシャはどんどん勝ち上がっていく。圧勝ではないが、逆転し勝つそのたびに観客たちは湧き、賭けも上々。モルトバール! の掛け声とともに沸き立つ。しかし、ドラグニカの試合はというと、試合直前になって相対した相手が「棄権します……腹痛いんで……」といったり、試合が始まる前に姿を消したりとマトモに試合は行われなかった。観客たちは不満げだったが、雇い主は仮面越しでもわかるほどのドヤ顔を見せていた。
そして決勝。モルトバール対ドラグニカの試合。決勝の観客はほとんどがドラグニカの勝利を考えていたが……一方で人気のあるモルトバールの方にも期待が寄せられていた。
会場の控室。柔軟をするモルトバールことチシャの所に、オークロックが現れて顔を剥ぐと、中から洋介の顔が出てきた。
「チシャ、大丈夫? 相手は凄く強い相手っぽいけど」
「ああ。タイクーン王国には様々な種族がいるが、竜人という種族は亜人の中でも最強に近い種族……だが、そんなもの関係ない。この妹への怒りの鉄拳で、ぶっ倒してやるだけだ!」
「……頼もしいなあ」
圧倒的体格差などにも関わらず、妹のフィンを助けるために闘志を燃やすチシャを、安心した表情で見る洋介。すると、ドアが壊され吹っ飛び、チシャと洋介の前を通過する。洋介はオークロックの顔に戻し、ドアの方を見る。そこには、ドラグニカがいた。二人は警戒する。
「決勝の相手に”ご挨拶”に来たのか?」
オークロックのその言葉に、返答はない。すると、これが返答だと言わんばかりに拳を振り上げ、モルトバールを殴ろうとする。モルトバールは飛び上がって避け、首筋に蹴りを入れる……が。
(か、硬いっ……竜人は元々硬いが、これは尋常ではない……!)
ダメージはさほどなく、足を掴み放り投げ、壁にぶつける。
「ぐあっ……!」
「モルトバール!」
オークロックが心配の言葉をかける……と同時に、ドラグニカの拳がオークロックの腹に突き刺さる。モルトバールと同じく壁まで吹っ飛ばされ、背中から叩きつけられ、そのままうつ伏せになって倒れた。モルトバールとオークロックが気絶したのを見ると、ドラグニカは控室から去っていった。
洋介が目を覚ますと、目の前にいたのは鉄仮面が壊れたチシャだった。倒れて動かない彼を見て、とっさにオークロックの姿で駆け寄ろうとするが……。
「ぐぅっ!」
オークロックの体の中にある、洋介の脇腹が痛んだ。呼吸するたびに骨に響き、動くたびに激痛が走る。激痛に耐えかね、オークロックの体が元の黒いスライムに戻り、ドロリと床に広がってビキニパンツ一丁の洋介が出てきた。右わき腹をさすると、激痛が走る。どうやら肋骨が折れているようだった。
(あ、アバラが……よく漫画とかでアバラが折れても普通に戦うってあるけど、こんなのまともに動ける負傷じゃないよ! 痛いなんてものじゃない……お、オークロックの体でくらってよかったな……マトモに喰らってたらアバラどころじゃなかったな……)
「チシャ、大丈夫か!?」
激痛に耐えながらも、チシャに駆け寄る。チシャは生きてはいたものの、重症でマトモに動ける状態ではなかった。
「く、くそ……あの野郎、戦うならリングで……し、しかし……リングで戦っても、無理だったかもしれん……モノが違う……」
喋るのも辛そうなチシャは、もはや戦える状態ではない。だが、たとえリングで戦ったとしても勝てなかった事実に、チシャは打ちひしがれていた。
「どうしよう……こんなになっちゃチシャは戦えない。かといって、俺がチシャになって出ようにも、アバラ折れてる状態じゃ戦えないし……強いのはスライムであって、俺じゃなかったのが今になってわかったよ……だけどさあ、戦えば勝てるのにわざわざ控室にいる所を襲うか普通!?」
相手方の意味不明な行動にキレつつも、この後どうしたらいいのかわからない洋介。だが、出なければフィンはあのドラグニカの主人の毒牙にかかる。答えが出せない状態だった。すると……。
「あれーっ、ヨースケ君たちどうしたの?」
「えっ、ユーさん!? なんでここに!?」
控室にいきなり現れたユーに、驚くのだった。その飄々とした佇まいは、血と暴力の支配するこの闘技場の空気を、一瞬で日常へと引き戻すような不思議な軽さを持っていた。




