陽織、高校3年
4月、始業式。
昨日までの春季講習と例の訓練で3年Sクラスはみんな疲れ切っていた。
「おっはよう?」
陽織が千織に声をかけると、千織がぐったりしてる。「あー、陽織ちゃん、おはようー。」
「なんか、疲れて、ル?」
そこに湊人もやってきて。
「千織ー、大丈夫かー?」
と陽織はまる無視だ。別にいいけど。
「湊人ー。お前らの監督、神嶋来たんだって?」
宏輝が笑いながら、声かけてきた。
美織も教室に入ってくる。
「聞いて聞いて陽織ちゃん!わたしたちの監督、和嶺様だったの!」
と嬉しそう。
「そうなんだー。うちは彩奈さんだったよー。」
「あ、僕たちのところは神林先生の親戚だったよ。」
どうやらこの9人を中心に学校はグループ分けをしたらしい。
美織と宏輝。克哉と葉鳥。千織と湊人。陽織と羽織、翔太。そこに、毎回残りの11人を2人から3人と、監督者の大人を加える。
「いいなー美織ちゃん。わたしなんて、神嶋に何させられたと思う!?いきなり、湊人くんが枯渇しそうですよー、ホラ、巫女はどうするんですかー?って言われて、みんなの前で、き、き、き。」
「?もしかして、キスしろって?」
羽織が聞くと。
「そーだよ!あいつ鬼?!しかも、俺なんか、お兄様はいつもやってますよー、とか言いやがって!陽織のせいだかんな!」
「なんで、わたしのせいなのよ!」
「お前らがところかまわず!」
と顔を赤くした。
「でも、陽織は最初の一回だけだったじゃない。」
と羽織が言ってきた。
「ん?」
「なんか、大神先生、黎人さんにキレられたらしいよ。」
「え?」
「自分が忙しい時に陽織に何かあったらどうするんだ!陽織に何かあったら、困るのはみなさんも同じだ、とか。」
「そ、で、陽織の分は湊人に回せ!って。」
「はあ、だから俺たち休みなしだったのかー?」
という翔太の最後の一言で、また陽織は湊人に怒られた。
「俺たちが休みなしの中で、毎晩兄貴と、やってたくせにー!」
と、湊人が陽織を追いかけてくる?
「え?やってないよ!やってない(毎晩なんて)!」
と、陽織が教室内を逃げ回っている。
と、そこに
「お前ら!高3にもなって何してるんだー!予鈴とっくになってんだろー!」
と、大神が入ってきた。
高3の今年、陽織たちは色々な意味で人生の大きな分岐点を迎える。ほとんどが明王大に進学するが、学部や学科はみんなほとんどバラバラだ。
こんなふうに、みんなで集まってワイワイするのは、この一年が最後になる。
さらに、陽織は来年の春には黎人と結婚する。
自分の実家から出て、新たな生活を始める。
いつまでも、友だちだよ。
いつまでも一緒にいたい。
その言葉は、嘘じゃない。
でも、時間の流れはそれを許さない。
その時、わたしは?
わたしは取り残されるの?
「はい、陽織。」
前の席の舞香からプリントが回ってきた。
最終的な進路希望用紙と、受験志望大学と学部、学科。これを出した後、最終の三者面談もあると聞いた。
「陽織は、農学部の管理栄養士学科?」
と聞かれながら、陽織は自分の後ろにプリントを回した。
「うん。そのつもり。お料理好きだし、健康とかも、考えるのは好きだから。」
陽織は舞香に答えた。
今回の進路希望用紙は親の確認も必要になる。理由は簡単だ。いくら18歳になったとしても、ほとんどは経済的に親に依存する。
親がイエスと言わなければ、大学の学費が出せないのが一般には多い。しかし、その点でも、陽織は父親とまだ話がついていなかった。
第一希望 明王大学 農学部 管理栄養士学科
以上
そう書いた紙を、陽織は母と見ていた。
「これで、良いよね?」
「わたしは構わないけど、お父様はなんて言うか。」
「わたし、ちゃんと社会で習ったよ。父親と母親の権利は同等だって。だから、ママが良いって言ったら、それで出すよ!」
陽織は夕食の後、プリントを母に見せて、確認のサインをもらおうと思っていた。
そこに、上の兄と父が帰宅してきた。
「ただいま。」
「おかえりなさい。あ、じゃあわたし、勉強するから!」
陽織はサッとプリントを背にすると、席を立った。
そこを父が見ていた。
「ちょっと、待ちなさい、陽織。何を隠した?」
父が陽織の腕を掴んだ。
「い、痛いよ父様!なんでもない!」
そうやって、陽織は父から避けようとすると、足元にプリントが落ちた。
「進路希望用紙?」
高嶺がプリントを拾った。
「へえー、陽織は管理栄養士になりたいんだ。」
その時、父は少し複雑そうな顔をした。
「お前、スケートを辞めた理由を建前とはいえ、医学部受験じゃなかったのか?」
陽織は、うわっ、懐かしー、よく覚えてたなー。と関心してしまう。
「医学部なんて、無理、だよ!わたし、そんな勉強、好きじゃない、し。おバカ、だし。」
陽織は目を逸らして答えた。
「あれ?でも陽織、学年の理系で、ほとんどトップクラスでしょ?」
(高兄様!余計なことを!)
「でも、無理だよ!だって、わたし来年には黎人さんと結婚!」
その時、父の手が陽織の頬を叩いた。
そうだった。
父はまだ、そのことは許してなかった!
「まだ、そんなことを言ってるのか!?」
「な、パパは関係ないじゃない!もう、神代の家で、式場やホテルも押さえてあるんだからね!婚約指輪だって、もらったんだから!ママも、ちゃんと、ドレスを見に行ってくれたんだから!パパだけだよ!いつまでも、そんなこと言ってるの!わたしは大学なんて、行かなくたって良いんだから!黎人さんと、結婚するんだから!」
「お前は、神月家の娘だ!医学部へ行くのは当たり前だろう!何馬鹿なことを言っているんだ!それになんだ、その子どもみたいな話し方は!そんなことで、何が結婚だ!結婚は遊びじゃないんだ。だいたい、毎度毎度、男の部屋に泊まって、何しているのか、親が知らないとでも、思ってるのか!いい加減目を覚ましなさい!わたしは、そんなふしだらな娘に、育てた覚えはない!お前もお前だ!母親のくせに、娘を好き勝手させているから、陽織がわがままに、なるんだ!」
そう言って、父は陽織を引っ張ると、テーブルに座らせて、ペンを持たせ、嫌だ!と言う陽織を威圧し、第二志望の欄に、医学部と書かせた。
陽織は泣きながら、
「い、いいもん!試験の時、休むもん。絶対、受けない!受かっても、絶対行かないから!」
と言って、プリントを握って部屋に上がった。
翌朝、陽織の頬は少し腫れていた。目も腫れていた。
進路希望用紙は、くしゃくしゃ。
それを受け取った大神は、なんとなく察して、はあー、と大きなため息をついた。




