陽織、京都で出会う
沈黙のあと、陽織はあの、と手を挙げた。
「わたし、昼間神様にあったかも、です。」
陽織の発言に周囲の大人が、一瞬凍りつく。
そのあと、
「なんですぐに言わなかった?」
「どうしてうちの庭に入れたんだ?」
「何もされなかった?」
と矢継ぎ早に質問された。
陽織は昼間、バラ園の近くで、和装の青年に会った話をする。人とは思えなかったこと。紗香に呼び止められた時にいつのまにかいなくなっていたこと。神様か?と聞いてしまったこと。などなど。
隆弥はしばらく唸っていたが、父に文献から推測される、もう一つの話をする。
「神様の花嫁になった織子姫は、嫁いだあと子を成してこの世に残している。という記述がある。当時神鬼として転生していたのは、大神家の嫡男。今の大神家の者は織子姫の子孫かもしれない。」
「大神家には、そういった文献はないのでしょうか?」
問われた隆弥は、首を捻り考えていた。
しばらくすると
「大神家も、神代同様本家はすでに廃れている。確か奈良にあったはずだが、今は鎌倉と東京にいる分家だけではないかなー。」
と答えた。
大神といえば、現在陽織が高校で担任をしている教師も大神だ。しかし、とうに十神家から外された大神は、当時の文献などもすでに処分し、力がある者もほとんど生まれていないそうだ。
今、明王で教師をする大神春輝は、久しぶりに現れた天才術者という。能力は高いがこの世界の後ろ盾がないため、教師としてSクラスの指導に甘んじているらしい。
翌日、陽織は紗香に京都の街を案内してもらうことになった。はじめはせっかくだから着物で、と言われたが、着慣れない着物での街歩きは辛い、と丁重にお断りした。
両親は2人で外に行くことを心配したが、紗香の力が強いことや、陽織に似ていることで安心して欲しい、と隆弥に説得されていた。
陽織も、せっかくなら京都の街を見てみたい。
紗香は、まず地下鉄四条駅近くにある、大垣書店本店の前で車を止め、運転手に何かを話していた。
「さ、入りましょう!」
陽織の手を引いて入った書店は、都内の書店とはまだ雰囲気か違う。
置いてある本も、都内では見かけない本があったり、雑貨に至っては、観光客向けのお土産まである。
「陽織ちゃん、本が好きって聞いていたから。」
「あ、ありがとうございます。」
京都ならではの小説や観光案内の本はもちろん、最近ネットで購入することが増えていたので、久しぶりの本屋に陽織の目はキラキラとしていた。
「すっごい、ゆったりしてます!」
「あ、お土産もあるんですね!」
「え?こんな本、読んだことない。欲しいなー。」
「えーっ!コレ大型書店の本店にもないー!」
と、あちらこちらを行ったり来たり。
その後、紗香に連れられて、高島屋や松屋に行ったり、修学旅行の定番、新京極を歩いて色々な店を見て回った。
お漬物のお店、豆菓子、匂い袋、香炉、帯や足袋の和装小物のお店。和嶺の結界計画後、以前以上に外出する機会の減った陽織は、目新しいお店や品物に始終キョロキョロとしていた。
「ふふっ、陽織ちゃん、少し休憩しましょうか。」
紗香がそう言って、大通りを左折し少し奥まったところにある、甘味処に入って行った。
陽織はいままでこういった店に入ったことがない。クラスメイトが話していたのは聞いたことがある。でも、ずっと自分とは別世界のお店、と思っていた。
「陽織ちゃん、甘いもの好き?」
紗香に聞かれて、メニューを覗き込む。美味しそうな見た目の写真、でも全く想像もつかなかった。
「えっと、こういうお店初めてなので。」
陽織がそう答えると、紗香は店の人に声をかけて、抹茶パフェを2つ注文した。
抹茶パフェが来ると、2人はスプーンで上のアイスを崩さないように食べ始めた。
「陽織ちゃん、スケートはもうやらないの?」
陽織は、どう答えたら正解か分からず、紗香の顔を見つめた。
「わたしね、子どもの頃サッカーと剣道、習ってたの。でも、小学校何年生の時だったかなー。父に言われて、辞めさせられた。」
紗香はアイスの下の小豆を救って口に入れる。
「理由は、たぶん陽織ちゃんと一緒。はじめはわからなかった。みんなと同じようにやっていただけなのに!って。」
陽織は紗香の話に、一瞬手の動きが止まる。
「でも、確かにわたしは周りの子より走るのが速い。動きも速い。でも、わたし男の子に混ざってやってたんだよ!」
紗香はちょっと拗ねたように言った。
サッカーと剣道。今の紗香からは想像のつかない選択に驚いた。
「ウチね、男の子いないでしょ?だから両親、特に母は色々な人に嫌なことたくさん言われていたの。本家なのに、とか、男の子がいないなら、他の女性と、とか。もう、何時代だよ!って思うでしょう?」
紗香の言葉に陽織は目を丸くした。
和嶺をうちの養子にって話もあったという。
「だからわたしは、男なんかに負けない!って、男の子と同じようなこと、たくさん選んでやってたの。」
紗香はウフフ、と上品に笑う。やはり想像つかない。
「でも、サッカーの試合でわたしが男子を差し置いて一番得点叩き出した時、父に辞めるように言われたの。わたしは別にプロになりたかったわけじゃないから、いいじゃないって思った。でもね、その時父が本当にプロを目指す子たちの邪魔になっちゃダメだって。わたしがやってるのは、能力を使ったずるいやり方だって。」
そう話す紗香の顔は泣き出しそうだった。
プロを目指すわけではなくても、楽しむためでも、能力使ったらダメ。ましてプロや世界を目指すなら、もっとずるい、と思われちゃう。
そう、言われているようで、陽織は下を向いた。
「あ、ごめん。陽織ちゃんが能力を使わず、本当にすごかったのはちゃんと知ってる!だって、わたしファンだったから。」
えっ?と陽織は顔を挙げた。
「中学生になって洛王に入った時、クラスメイトに同じ経験をしている子が、結構多くいたことを知ったの。もちろん陽織ちゃんと、事情は違うけど。その時の担任の先生に言われた。無くしたモノに目を向けるのではなくて、新しくできることやモノを探すのも楽しいよ、って。でも、可能な限り諦めちゃダメだよ!って。」
紗香は溶けてきたアイスを慌てて口に入れる。
「先生はこういう能力がある人の廃れてしまった家庭で育ったんだって。」
「わたしの生まれた家は奈良にあってね、昔は十神家に連なる家だったの。でもそれはずっと昔のこと。わたしが見ているモノを家族はもちろん、誰も見えないから、信じてくれなかった。
わたしが手から火を出したり水を出すと、気味が悪いって言って、病院に連れて行かれたこともあった。最後には、自分たちでは育てられないって、わたしを京都のお寺に預けたの。8歳の時よ。
お寺の住職さんは見える人で、色々と教えてくれた。だけど力を持っているわけではなかったから、もっと上の人に相談してくれた。
でも、子どものわたしは、自分が親から捨てられた、と言う気持ちだけが強くて、はじめは色々暴走して、周りに迷惑をかけた。
悪い人に利用もされた。
そんな時に助けてくれたのが、洛王中の先生だった。ここは、色々な人がいて、わたしよりも酷い環境で育った子もいた。
みんな、よく世の中に嫌気がささなかったよね、とか悪いこと考えなかったよねって、笑って話した。ここで過ごした毎日が楽しくて、だからわたしは、ここの先生を目指したの。それが、わたしの新しいモノだった。」
「そう言われたの。わたしが諦めなかったのは、神月家の女当主になること!誰に言われても、それは譲らない。陽織ちゃんは、何を諦めたくない?」
紗香にそう言われて、陽織は自分が無くしたモノ、新しいこと、諦めたくないことを考えてみた。




