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陽織、振袖を作る

翌日、黎人は朝から仕事に行った。

はじめは不機嫌だったが、陽織がお弁当を作って持たせると、嬉々として出かけて行った。


朝10時ごろになると、陽織と美咲は陽香を迎えに行き、一緒に出かけた。今日は銀座にある別の百貨店。

「わたし銀座ってなんだかごちゃごちゃしているから、苦手なのよ。」

美咲が言って助手席から車を降りた。

今日も運転手付き。


「ねえ、陽織。いつもこんな贅沢してるの?」

母の質問に陽織は苦笑しながらうなづく。

陽香は、今でも11月に美咲が送ってきた、陽織のブラの束を忘れない。


「陽織ちゃん、お正月に挨拶するための着物が仕立ててあるので、受け取りに来たの。確認して。」

美咲がそう言って、陽織を呉服売り場へと引っ張って行く。

「ちよ、ちょっと待って美咲。わたし、着物を買うお金なんて、今ないわよ。」

と陽香が言うが、美咲は全くお構いなしだ。


「ウチの嫁のために用意したのよ!わたしが買うに決まってるじゃない。」

 

美咲から聞くところによると、今年の初め陽織が着せられたのは美咲の振袖だったそうだ。

そのため、今年は陽織用のものを仕立てた。しかしいつも行く日本橋のお店では、美咲の見立てに合うものがなく、渋々銀座のお店にしたらしい。


それでも、美咲が入るとすぐ、神代家担当の店員が顔を出す。だんだん慣れてきたが。

淡いサーモンピンクとオレンジが微妙にグラデーションした染めにたくさんの桜の花を舞わせた御所車。肩から胸元全体には、薄紅の絞り染め。陽織は思わずうっとりとしてしまう。

「きれ、い。」

ほう、と陽織が呟くと、店員たちも満足気に

「すごくお似合いです。」

と褒める。

「な、美咲、こんなに豪華なもの、いただけないわ!」

母の悲鳴に似た声がした。


「あら、だって陽織ちゃんは成人式に振袖着られないのよ。今のうちに、たくさん着せてあげたいわ。」

その言葉に、陽織は振り返る。

成人式?振袖?なぜ?

「既婚者は振袖NGでしょ?それにその頃、お母さんかもしれないじゃない!」

美咲が、カラカラと笑った。

「あとは帯と小物て。」


陽織は一枚の袋帯に目が止まる。

紺と碧に金糸と銀糸の波。その波の上を白で刺繍されたうさぎが跳ねる。

「あらー、素敵な柄じゃない?」

「え?子どもっぽくない、ですか?」

「うさぎは縁起物。それに白兎様みたいじゃない?」

そう言われると嬉しくなった。


帯が決まると、それに合わせて草履とバッグ、小物が決まり、一行は店をあとにする。


3人は休憩することになり、百貨店の中のカフェに入った。

年末の百貨店は大勢の人で賑わう。

3人が席に案内されると、若いウェイトレスがオーダーを取りに来た。

「いつものを3つ。」


そう美咲が言うと、ウェイトレスはポカンとしている。それはそうだ。カフェでいつもの、と言われても。

その時、陽織はウェイトレスと目が合った。

つい先日会ったばかりの、中原しのぶだった。

陽織の顔が強張る。


すると中から店長らしき人が出てきて、しのぶの代わりに美咲に挨拶をし、伝票を書いて奥に行った。

「え、と。お母様?いつものとおっしゃられても。」

陽織が聞くと、

「ごめんなさい。主人関係の友人と来ると、それで通じてたから。」

と、美咲が答えた。


(うわ、セレブだ。それも、半端なく。)


3人の前にはポット付きの紅茶と、ちょっとしたおしゃれな焼き菓子が並んだ。これだけで、おそらく1人前がうん千円。

再度、陽織と陽香は顔を見合わせて苦笑いしてしまった。


「美咲、これからどこに行くの?」

母が不安そうに聞く。

「このあとは、そろそろドレスを見に行こうと思って。」

ドレス?

と、陽織は母と顔を見合わせる。

「呑気な親子ね。お式まで一年ちょっとしかないのよ!今からドレスのデザインを見て、ある程度選んでおかないと、採寸したり、陽織ちゃんのボディを作ったり、フルオーダーするんだもの、間に合わないでしょ!」

採寸?ボディ?フルオーダー!?

母はもちろん、陽織も固まった。


美咲母は、都内屈指の神社の娘。お金持ちか、そうでないか、と聞かれたら、それなりにはお金持ちだとは思う。しかし、さほどセレブ、と思ったことはない。


一方、陽香は大学教授の娘。こちらもそれなり、と思っている。しかも、陽香の実家は研究肌が多くて、中には神代グループで研究をしている者もいる。

たまたま、陽香が高樹の巫女だったことと、下の兄が高樹と同級生で医学部も一緒だったことで、2人はなんの問題もなく結婚した。


中学、高校の時、美咲と陽香の実家は十神家に連なる名家だったので、当時から仲は良かった。それぞれが、さらに名家に嫁いだが、医師が多い神月に比べ、経営者一族の神代は財力が半端ない。


それは知っていた。知っていたが。

陽香は頭を抱えた。

(ウチの娘、やっていけるのかしら。こんなポワボワ呑気なわがままっ子で。)


ーーーーー


中原しのぶの親は、自分で会社を立ち上げ、成功したいわゆる成金だ。割と贅沢をさせたはくれたが、高校生になって、ブランド品に手を出して、借金をしてしまった娘には容赦なかった。

親がお金は建て替えてくれたものの、アルバイトで返せ、と知り合いのカフェを紹介してくれた。


銀座の百貨店のカフェだけあり、お客様はセレブが多い。

客の中にはしのぶが買ったロゴ入りのブランドバッグを当たり前のように幾つも持つ、外国人の成金もいる。しかし、こう言う人間はいかにもブランドです!と持ち歩くので、ダサいと心の中では見下していた。


悔しいのは本物のセレブだ。さりげなく身につけている高級なバッグや小物。自分の母でも普段は着ないような服。身のこなしも違う。

そして、その中に先日久しぶりに会った中学の同級生がいた。先日会った時は、相変わらずオドオドしていて、ちょっとだけスカッとした。


なのに。

わたしは店長に睨まれてしまった。お得意様の顔もわからないのか、と。同級生は彼女を連れてきた女性を"お母様"と呼んていた。

もう1人の女性は見たことがある。何度か学校で見かけた。確か同級生の母親だったと思う。母親同士、親し気に話していた。

しかも、お式?ドレス?

なんなの?あの子!


ーーーーー


カフェを出る時、美咲が店長らしき人と話しをしていた。なんだろう?


そのあと、百貨店の外に出た。

「陽織?さっきいたカフェの子。確か中学の同級生じゃない?」

陽香が言うと、陽織はビクッとした。

「え?そうだった?みんな同じ制服だからかな?気づかなかった。」

陽織は誤魔化す。それを美咲は見逃していなかった。やっぱり、と美咲は自分の感が正しかったことを確信してしまった。


昨日、陽織と黎人が早めに帰ってきた理由。











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