陽織、嫌な記憶
世の中にある楽しい行事の前には、必ず試練がある。
特に学校というものは。
そう、クリスマスと冬休みの前には期末試験がある!
中間試験の時に色々あった、湊人と千織は、今回の試験に対する取り組みが今まで以上にに真剣なものだった。
陽織は、黎人からの魔の試験前勉強をやんわり断り、いつものメンバーでの勉強会で、頑張っていた。
去年パパラッチ騒ぎで大変だった期末試験前後も、今回は、真剣に取り組めた。
今回こそ、湊人との真剣勝負だ!
などと考えながら、無事5日間が終わった。
「湊人に、負けた。」
先日はじめて、仕事中陽織から電話があり、黎人は大変な思いをしたが、今回はちょうど移動中だったので、すぐに出ることができた。
しかも、その一言。
黎人は思わず吹き出しそうになるなり、陽織に怒られた。
「じやあ、クリスマスの時は、陽織の残念会も一緒にやろう。」
と黎人が言うと
「クリスマスまで、やっぱり会えないの?」
陽織は寂しそうに呟いた。
黎人は困った顔をしたが、電話の向こうの陽織にはきっと見えない。
「僕も会いたい。ごめんね。」
と言うのが、精一杯だった。
とにかく、後期はほぼ毎日大学の試験と、仕事で、空いてる日が日曜日。その日だけでも、と思うものの、寝るまま惜しんで勉強しているところなので、いた仕方ない。本当は陽織から英気をもらいたいところだが。
「わかった。クリスマスに絶対ね。」
と言って電話を切る。
とはいえ、陽織たちも来年は高3の受験生。遊んでばかりではいられないのが本音だ。
冬休み中も冬季講習で、暮正月以外はほとんど講習だ。
そして、待ちに待ったクリスマス。やっと陽織は黎人に会える。今年はイブに会えなかったので、クリスマス当日になってしまった。
朝早く黎人が迎えにきた。
陽織は黎人の車でまずは銀座に行った。
駐車場に車を置くと、2人で歩行者天国を歩く。
まだそんなに人はいないけれど、道の真ん中にパラソルと椅子が置いてある。
ほかにもクリスマスイルミネーションが街中を彩り、陽織のテンションが上がる。
「陽織、ちょっと待ってね。」
黎人が飲み物を買いに行った。
その時、陽織の視界に過去の自分を嫌でも思い出すような人と目があった。
「あらー?誰かと思ったら、もしかして高校デビュー?」
陽織は身体が固まる。
小学生や中学生の時のクラスメイト3人。
と言って、いいのだろうか?
「え?あれ?陰キャラ神月じゃん!」
「えー?悩殺神月でしょう。」
違う!
「そうよねー。担任まで色目使って。」
違う!
アハハと3人は笑う。
「どうしたの?こんなところで、しかも、何?その服、似合ってなーい!」
3人の1人中原しのぶが陽織の服に手を伸ばそうとした。
しかし、その手は陽織に届くことはなかった。
「女の子が大勢で、1人の子を囲んでるのって、誤解されるよ?」
しのぶの後ろに黎人がいた。
「え、何、この超イケメン!」
「あらいえ、私たち幼馴染の子と、久しぶりに会ったので懐かしくて!」
「あ、それじゃ神月さん、またね。」
3人はいそいそと、陽織の前から退散した。
3人の姿が見えなくなったところで、黎人は立ち尽くす陽織のそばによる。
「大丈夫?陽織。」
まだ陽織は俯いたままで、歯を食いしばって涙をこぼしている。
黎人はいつものように、黙って陽織を包むように抱きしめようとすると、突然、陽織がその手を払って走り出してしまった。
!
一瞬躊躇ったが、今の陽織を1人にしてけない。
黎人は、陽織を追う。
陽織は、路地裏のさらに細い通りの隅で、うずくまって、泣いていた。
黎人はしばらく陽織の後ろで、黙って見ている。
泣き虫の陽織だけど、こんな泣き方をする姿は見たことがない。陽織の口癖を思い出す。
『ごめんなさい』
陽織はすぐ、そう言う。
気にはなっていたけど、なぜそこまで、すぐに謝るのだろう?いつも、その言葉が、どこか引っかかっていた。
学校が嫌い、とも言っていた。
しばらくすると、泣き声が小さくなったので、黎人が陽織を後ろから抱きしめた。
ちょっとビクッとしたが、すぐにいつもの陽織に戻ったように、思える。
そのまま、口付けても、先ほどのように拒否する様子はない。むしろ黎人に身体を寄せてくる。
しかし。
「陽織、今日は帰ろう。」
黎人は予約を入れていたレストランに電話をしキャンセルをする。
陽織は黎人に申し訳なくて、また泣き出す。
「陽織、あまり泣くと脱水を起こすよ。」
と言うと、ちょっとだけ笑う。
神代家に戻ると美咲が驚いていた。
しかし、陽織の様子がいつもと違うことに気づき、あまり深くは聞かなかった。
黎人は陽織のコートを脱がせて、ベッドの上で、ただ肩をだく。
「さっきの、3人が前に言ってた陽織が、学校嫌いだった、理由?」
陽織の方がピクッと跳ねる。
正解かな?
しかし、陽織は首を振る。
「もしかして、ほかにも。」
陽織は答えない。
「いいんだよ。嫌なことは、無理に思い出さなくて。僕は今の陽織が一番だから。陽織がここにいてくれるだけで、幸せだから。」
黎人が言うと、陽織が顔をあげ口付けをしてきた。
陽織?
なおも、陽織が服を脱いで、黎人に抱いて欲しいと強請ってきた。
「ん、陽織ダメだよ。そんな気持ちで、求めちゃ。」
黎人は陽織の体に自分のシャツを羽織らせた。
「忘れさせて、欲しいから。」
「わかるけど。でも。ちゃんと、陽織の気持ちが落ち着くまではダメだよ。」
そうやって無理矢理忘れても、
傷は残ったままだから
さらに1時間くらい経っただろうか。
陽織が、ポツリと話を始めた。
小学生のころは、ただの仲間ハズレ、だった。
中学生になってすぐ、わりと人気のある男の子から、告白された。
でも、陽織はスケート第一だったから、やんわり断った。
やんわり断ったつもりだった。
わたし、ことわり方間違ったのかな?
でも、その後から、その男の子を中心に
高飛車、陰険、ヤラセ、男を誘っておいて何様のつもり、と言った、見に覚えのない悪口が始まった。
それだけてばなかった。しばらく忙しくて休んでいる間に、女子からの嫌がらせも始まった。
机の上の花は当たり前。
女子の中心は銀座にいた3人。
あの中の1人が、その男の子を好きだった。
フィギュアスケートのポーズが、性的な嫌がらせに利用されると言う注意は受けていたが、陽織も、その被害に遭った。
陽織の写真が、クラスメイト間のグループメールで拡散された。
何があっても平気!
スケート靴を履けば大丈夫!
リンクに立てば大丈夫!
そうやって、3年間の大半をリンクとカナダで過ごした。
両親には言えなかった。特に父には。
その間、陽織は家庭教師について勉強だけは一生懸命に頑張っていた。オープン模試では常に全国上位。
そんな中、学校から定期試験を受けないと、評定が出せないと言われ、中3の1学期、期末試験をはじめて受けた。
もちろん、学年一位。
でも、それがさらに新たな問題を生んだ。
カンニングじゃないか。
先生を誘惑したんじゃないか。
同級生たちは、好き勝手言う。
中でも、常に一位だった、学年でも人気の女子が、はじめて陽織に対して敵意を向けてきた。
それまでは、見て見ぬふりをしていたのに。
その子の周囲にいた女子からも睨まれるようになった。
学校行きたくない!
学校嫌い!
だから、朝からずっとスケートをしていた。
スケートをしていると、みんな喜んでくれた。
褒めてくれた。
楽しかった。
高校は、あまり評定を気にしない、明王の附属を受け、一応スポーツ推薦ももらっていたが、受かった。
その後、イヤイヤ行った学校で、美織と会った。千織や羽織と会った。湊人や翔太たちにも。
楽しい!
学校が楽しい!友だちが好き!
美織が大好き!そして誰よりも黎人が好き!
「うん。それが今の陽織だよね。」
陽織はこくん、とうなづく。
黎人はやっと陽織に羽織ったシャツを脱がせて、そのまま陽織を抱きしめてくれた。




